ただ並んで歩いてみたいだけ(Xiao)
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息が切れるのもかまわずに私は走っていた。草の生えない場所をひたすら駆け抜けて、追手を振り切るために走っていた。
「Du ya!!」
「Movo unta nye! Mi plata ye!!」
「……っ!」
私はヒルチャールに追われていた。もし、非戦闘員がヒルチャールに襲われたらどうするか?
そんなの隠れてやり過ごすか、逃げるしかない。勇敢な人や、守るべきものがあるのなら立ち向かうかもしれない。けれど私にはそんな勇気は湧き起こらない。死ぬことが怖いわけではない。私が傷を負うということが不吉を呼ぶ。正確にいうとそれを誰かに見られたらである。
私は麒麟。仁獣と呼ばれることもある仙獣である。以前は獣の姿でいたけれど、ある時同じ仙人の仲間に人に顕現するべきだと言われた。それからはずっと人間の姿で過ごしている。もう慣れたので獣の姿だろうが人間の姿だろうが不便はない。俗世とは関わらないようにしているけれど、最近郊外に出てくる人が多い。それは平和であるという証拠でもある。
「Ye!」
「……っ」
「Mimi Kundaia ye zido mi!」
危機的状況というものは時として関係ないことを考えてしまうものだ。窮地に陥る時ほど、良い案は思い浮かばず現実逃避のようなことをしてしまう。いつもならもう諦めてくれるはずのヒルチャールはまだ私の後をつけてくる。火のついた棒を振りまわすのはやめてほしい。こわい。そう思っていたら、上からヒルチャールが飛んできた。
「Movo unta nye !」
「Dada! Movo unta nye!」
「……えっ、どうして……?」
「Muhe unu ye zido!」
少し距離があったから避けられたけど、はじめての事でつい足が止まってしまった。後ろから何かを叫びながら迫るヒルチャールと前から私に向かってくるヒルチャール。左右のどちらかに逃げようとしたけれど、私の足元に牽制する様に矢が飛んできた。火のついた棒を振り回すヒルチャールを避けると転んだヒルチャールのいた場所の草が燃える。焦げていく草に悲しさが込み上げるけれど、どうすることもできない。ヒルチャールはまだ他にもいるのか。
逃げられていたと思っていたが、私は罠に嵌められたのだとようやく気がついた。挟まれて囲まれる。擬態を解いて空に逃げるべきかと思ったが飛び道具で狙われればひとたまりもない。凡人がいるかもしれないということなど考えずにもっと早くに空へと逃げるべきだったと後悔した。
ヒルチャールがこんな風に狡猾な作戦を立てられるなんて知らない。ジリジリと近寄ってくるヒルチャールに私は慄いた。死ぬことは怖くないけど、やっぱりそれに至るまでの過程は怖い。それにヒルチャールからは明確な敵意が悪意が感じられた。刺さる不快な感情に頭が痛む。傷をつけるための道具を持ったヒルチャールを恐れた私は恐怖のあまり、腰が抜けて膝から崩れた。
――何かあったら我を呼べ
頭の中に声が響いた。実際に聞こえたわけではない。ふと記憶が蘇っただけだ。
「しょ、……」
彼の姿を思い出して無意識のうちに名前を呼んで助けを求めようとした。けれど、ハッと口を抑えてやめた。喉まで出かけた名前を飲み込む。……だめだ。彼にそんなことはさせられない。私は戦えないけど、それを理由に彼を戦わせるわけにはいかない。ここから逃れられる手段はあるはず。
考えないと……!
まずは立ち上がらなければいけない。迫り来るヒルチャールに捕まらないために。震える足を叱咤して私は立ちあがろうとするが簡単にできるはずもなく、迫り来る危機に恐怖を抱く。ヒルチャールの私を狙うその殺気を受けて気分が悪い。視界がぐらぐらと不安定になりながらも、私はどうにか立ちあがろうとした。何度も挑戦するがまるで自分のものではないように足が言うことを聞かなかった。
「Ye dada kucha!」
「Muhe unu ye zido!」
ヒルチャールがなにか頻繁に言葉を話している。いつもと違う様子に嫌な予感が加速する。
――怖い
何を話しているのかも、ヒルチャールがしつこく追い詰めてくる理由もわからない。理由のわからない恐怖というものはすっごく怖くて、どうにもできない私はぎゅっと目をつぶって、迫りくる敵意に耐えるために身を守る体制になった。
「Ye dala!?」
「……?」
いつまで経ってもくるはずの痛みがなく、聞こえてきたのは何かがぶつかり合う音とヒルチャールの声だけだった。おそるおそる目を開けるとそこにはヒルチャールの姿ではなく、見慣れた背中があった。
「危険な時は我の名を呼べと言っただろう」
「魈……っ!」
「Du kucha tomo ye?」
頭を抱えて座り込む私の前でヒルチャールの攻撃から救ってくれたのは降魔大聖だった。……来てしまった。私は助かったという安堵と同時に彼に対しての申し訳なさに苛まれた。そんな私の気持ちを知ることもなく彼はいつものように私に背を向けていた。
「Ye ika?」
「Mimi ika?」
私は彼の顔よりも彼の背中の方が見る機会が多い。それはつまり、私と彼が会うのは専ら、こういう危機的状況ばかりだからだ。そして彼はいつだって私に背を向けて体を張って危険から遠ざけてくれるのだ。
「……魈、……」
だから私はいつも彼の背中ばかりを見つめていた。
「Nini zido!」
「Dada! Nini zido!!」
彼の背中の向こうでヒルチャールたちが口々に声をあげていた。さきほどよりも大きな声はどうやら怒っているようだがなんて言っているのかわからない私にはどうすることもできなかった。それに怯むことなく魈は槍を一振りして、威勢のいいヒルチャールたちへ牽制した。