「普通」の世界は素晴らしい(Tartaglia)
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璃月へと向かうと決まった時からタルタリヤはこの国についての情報を得ていた。それは執行官としては当然のことである。外交先の情報を得て、璃月の民衆に認められさえすればその国での任務はしやすくなるものだから。他の執行官とは違って身元がバレているから特にその点は注意を払っている。人当たりの良い笑顔で仮面を被り、本心を隠すことなんてお手のものだ。
しかし、この国には人間よりも上位の存在が未だ存在しているらしい。それは仙人と呼ばれて岩王帝君と同じように尊敬されていた。そんな仙人達……仙獣については極めて慎重に、そして多分な情報を得ていた。任務の邪魔になりうる存在だったからだ。彼らは岩王帝君の命により今も璃月の守護を担っているという。長命で武力もあるその存在は危険視して当然である。その中で異色な存在であった麒麟という仁獣。
「チャンスがあっても何もできないよね? 君は優しい優しい仙人様だから、虫も殺せない。そんなお前が俺を殺せるはずもない」
「……わ、わたしは、」
タルタリヤの言葉を受けて真っ青になったなまえ。それは彼女こそがその仁獣であったことに由来する。タルタリヤはそんな彼女を一目見て気に入ってしまった。だから連れてきた。傷はつけていない。麒麟に対して傷をつけるという行為は不吉なことであり非常に危険なことだという噂を知っていたからだ。それを知っていたタルタリヤは極めて慎重にそして、彼が好かぬファデュイらしい陰湿で策謀を巡らせたやり方でこの何も知らない純真無垢な彼女を捕まえた。タルタリヤにとっては幸いなことに噂通り無力な彼女は抵抗らしい抵抗もできずにタルタリヤと共に住むことになった。
「そもそも殺すならもうとっくに殺せているはずだ」
「……っ」
「なんなら、いま俺を殺してみる? 」
そう言ったタルタリヤは自身が持っていた果物ナイフの柄をなまえの方に向けた。彼女を射抜く彼の目はどこまでも冷たく、それはまるで彼の故国である極寒の地に似ていた。なまえはそのナイフを震える手で受け取った。しかし、受け取るだけで何もできない。震える手は今にもナイフの柄を離してしまいそうなほど弱々しい。彼女にとって彼の目が怖かったのではない。その切っ先を彼に向けて突き刺してしまう自らの悪意を生み出しかねない状況に恐怖を抱いた。
――そのようなものを生み出せるはずがないのに
悪意を持ち得ないからこそ麒麟は慈悲の獣と呼ばれているのだ。不安に揺れるなまえの表情を見てタルタリヤはやっぱりねと言うように先程までの恐ろしいほど真剣な顔つきから正反対の優しい笑みを浮かべた。そうして彼はなまえの震える手を落ち着かせるように優しく自らの手を重ねた。
「……できないよね。汚れに弱い君が」
「……、」
「花さえも手折ることのできない優しい仁獣が、俺を殺すなんてできるわけがない」
またもや言いきったタルタリヤ。彼は同情したくなるほど真っ青な顔をして未だ震え続けるなまえの手を労わるように軽く撫でた。それからその手からそっとナイフをとりあげる。そして危険から遠ざけるように卓上の離れたところに置いた。自然な動作でなまえの震える体をひきよせて、落ち着かせるように優しく彼女を抱きしめた。
「大丈夫だよ、なまえ。俺は家族のことは守るから」
背中に手を回して彼女の心音と同じタイミングで優しく背中を叩きながら落ち着かせてやる。仁獣は慈悲の生き物だ。生きた虫を踏まずに生きた草を折らず……そのように伝えられているように何も傷つけられない。たとえ、自身が危機にさらされていようとも生まれついたその慈悲はどんな状況でもそれが覆ることはない。それを知っていながらタルタリヤはなまえを逃げられないように捕まえて閉じ込めた。
「――愛しているよ、なまえ。君が俺の家族でいる限り、俺がずっとなまえのことを守ってあげるから」