「普通」の世界は素晴らしい(Tartaglia)
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ここはタルタリヤが璃月にいる間、拠点としている家である。ファデュイから提供されていることもあってその機密性、防犯性も完璧だ。璃月には似合わないその防犯性はタルタリヤにとって、とても安心をもたらしてくれている。けれどその安心は外部からの侵入者に対するものではない。そんなことを思いながらタルタリヤは今日もその家に帰った。
ガラガラと音を立てる引き戸を開ける。この引き戸も動かせば音が鳴って防犯の観点から見てもとてもいいとタルタリヤは常々思っていた。そして、来客を知らせる音としてもとても役に立つ。家屋内の居間へと続く廊下の向こうから何かを引きずる音が聞こえて彼の気分は上がった。弾む心のまま、廊下の奥に目を凝らして、いるであろうなまえの姿を認めてタルタリヤは楽しそうに笑った。
「ただいま、良い子にしてた?」
「……」
開かれた扉の音に反応して居間に至る廊下の向こうから顔を出しているなまえ。楽しそうなタルタリヤの笑顔を見てなまえは小さく驚いた顔をしながらも声を出すことはせずに、おずおずと小さく頷いてみせた。それからは彼がなまえの方に向かうまで彼女はそこから動くことはなかった。それはなまえは玄関先まで来ることはないということを知っていたからだ。居間になまえを連れ立って入ったタルタリヤはいつものように彼女と当たり障りのない話をしながら食事を共にした。
以前はタルタリヤの声だけが響く食卓だったが今ではなまえもぽつりぽつりと言葉を返してくれるようになっていた。その事実に進展が得られているのだと確信してタルタリヤは尚のこと喜ばしい。食事後にしばしの休息の時間がある。居間に備え付けられた家具は食卓だけではない。くつろぐためのソファーなども完備されている。そこに2人並んで座るのも慣れた日課の一つといえるだろう。
「なまえ」
「……」
先にソファーに腰を下ろしていたのはなまえだった。その隣にタルタリヤが座ったとしても、もう彼女は何も言うことはない。ソファーの前の背の低いテーブルの上には果物が入った盛り籠と、重ねられた白い皿が複数枚、汚れた手を拭くための濡れた白い布巾、そして果物を向くためのナイフが置かれている。
「……いつになったら、そとに……」
テーブルの上に置かれた果物を少し悲しそうに見つめたなまえ。それからぽつりとタルタリヤの方へ顔を向けもせずに彼に問いかけた。
「そうだね」
彼はただ一言それだけを言って、彼女の視線の先にある果物ナイフを手にとる。
「最初に言っただろう?」
「……」
そしてタルタリヤは盛り籠の中からリンゴを1つ取り出した。なまえはこの家に連れてこられた日にタルタリヤに言われた言葉を思い出していた。その間にもタルタリヤは鼻歌を歌いそうなほどの上機嫌な様子でナイフをリンゴに当てて、皮をむき始めた。リンゴの皮が向かれて中身がだんだんとみえてくる。くるくると器用にまわして皮を細くつなげたままに薄く剥いていく器用な指先。刃が入れられて剥かれていくリンゴを見ながらなまえはかつて彼に言われたことをポツリと呟いた。
「ここから、……この家から……でたいなら、おれを……こ、ころせば、いい……」
震える声で紡ぎだしたなまえの言葉にタルタリヤの手が止まった。しかし、またその手は動き出して。彼女は彼のその動きをじっと見つめている。
なまえは自分がどうすればいいのかわからないままだ。ただただこの家で彼の庇護下で生きていくしかないのだろうか。しばらくはリンゴの皮を剥くナイフの音だけが部屋に響いていた。なまえもタルタリヤも何も言わなかった。もうすぐ、すべて皮がむき終わるというところでつながっていたリンゴの皮がその重力に負けて切れた。赤い皮がタルタリヤの足に落ちた。彼は残念そうな顔をしてその皮を拾い上げて、皿の上に置く。そして、もう一枚新しい皿をとって剥きかけのリンゴを置いた。なまえは彼の行動をじっと見つめていた。リンゴから手を離したタルタリヤは手を濡れ布巾で拭った。
「……俺が君を手に入れるまでどれほど苦労したか」
そう言ってタルタリヤがなまえを見た。
「君と初めて会った時、俺は君に言ったはずだ。逃げるなら今のうちだ、って。それをしなかったのはなまえだろう?」
「……っ」
「俺はお前にチャンスを与えたはずだよ」
タルタリヤの言うことは嘘ではない。彼はなまえがいつでもそうできるように隙を作っていた。しかし、なまえは外に出ることはできなかった。なまえがただの人間であったならタルタリヤのもとから逃げ出すことは容易であった。それほどのチャンスを彼は作ってくれていた。だがなまえは今日に至るまで一度も外に出られてはいない。