笑顔はついぞ見ることもなく(Morax)
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草の生えない道を軽やかに歩くその娘の姿を見つけて、彼は進行方向をそちらに変えた。偶然を理由に楽しそうに進む彼女へと近づいていく。
「なまえ」
「? ――あ、……帝君、……」
名前を呼ぶと歩みを止めた彼女が振り向いた。そして、帝君こと岩神モラクスの姿を認めて先ほどまでの歌でも歌いそうな楽しそうな顔はたちどころに消えてしまった。それからいつも彼に見せている少し申し訳なさそうな罰の悪そうな表情になって、頭を下げた。
「す、すみません。……えっと、何かございましたか……?」
「いや。なまえを見かけたから声をかけただけだ」
「……そう、ですか」
「「……」」
おずおずと申し訳なさしか感じられない雰囲気を全身で表して縮こまりながら話すなまえにモラクスはただ見かけただけだと言葉を返した。その後はやはりいつもの通り会話が続かず沈黙が広がるばかりだ。なまえにとってこの時間はあまり好ましいものではなかった。目の前のモラクスを前にするとなまえは申し訳なさだけが頭の中をぐるぐると回り出し他には何も考えられなくなる。だからいつも会話を切り出してくれるのはモラクスばかりであった。今回もそれは変わらない。黙りこくるばかりのなまえにモラクスは静かに口を開いた。
「これからどこかへ行こうとしていたのか?」
「……、いえ。ただお散歩していた、だけです」
「……」
二、三言話せばすぐに沈黙が広がる。それもいつものことだ。本来であればなまえの方が彼を気遣わなければならないはずなのにいつも逆に気遣われていた。それもまたなまえの罪悪感を持たせていた。
「あの、……帝君」
「どうした?」
でもモラクスの声色は優しくて、なまえに対する怒りや憤りといった感情は読み取れなかった。それがさらになまえの申し訳なさを助長させることになるとは彼自身は気づいていなかった。
「え、と……あの、いつも……ありがとうございます。いつも、本当に……ありがとうございます」
「なまえ、常に言っているがお前のその体質は俺も知るところだ。仁獣が平静でいるのはこの地が平和であると言う証でもある。だからお前は何も気にせずこの地にいればいい」
これはモラクスの本心であった。血や汚れに弱いなまえはまさしく麒麟である。他の麒麟に比べてその体質がより顕著に表れている彼女が武の力など持てるはずがないことは理解していた。だからこそ、モラクスはなまえとそのような契約は結ばなかった。ただ彼女が何のしがらみも感じずに穏やかに生きていけるように願ってひとつだけ契約をした。
――璃月にいてほしい
かつてモラクスが見下していた魔神の傍になまえはいた。その魔神が死した時、彼はなまえと出会った。吹き荒ぶ白の中、座り込んだなまえがその原因であろう場所をじっと見つめていた。静かに、だがたしかに涙を流していたなまえの顔を見てモラクスは弱い人間だと思った。
――塵みたいにちっぽけだから守ってあげないと
それを見て、かつて友が話していた言葉が脳裏を過ぎった。すぐそこに危機があるのに立ち上がろうともしないなまえにモラクスは咄嗟にその腕をとっていた。その時の彼はたしかにその友の影響を受けていた。そんな彼の行動にようやく彼の顔を見たなまえは何かを感じ取るとすぐさま顔を青くした。そして何もできることもなく、そのまま意識を失った。彼の体中に染み付いた武神としての力を感じてなまえは意識を保つことができなかったのだ。だが彼はなまえを助けた。
それから2人の関わりは始まった。現在璃月に住まう仙人達の中で一番最初になまえと出会ったのがモラクスだった。しかし2人の距離は近づくことはない。彼が武神ゆえに色濃く纏わりつく死の気配になまえが耐えられなかったから。それでも、モラクスはかつて彼が彼の領民達に誓ったものと同じようになまえを守ってくれた。
それは璃月に留まるというただ一つの契約を交わしたためであったが、なまえにとっては死した魔神のためにもこの地を離れる気はなかった。だからなまえには何の不利もない契約だった。最初に提案された時にそう告げたけれど、モラクスは「お前の気が変わるかわからないから」とそう言って契約を結んだ。そして、彼の配下の仙人達もまたなまえに目をかけて助けてくれるようになったのだった。
モラクスがなまえにこの地に留まってほしかったのは璃月が平穏な土地であるように願ったからだった。彼が岩の神としてこの国の安寧を託されたように吉兆の印である麒麟がこの地にいてくれるのならばそれは達成できると思ったから。なまえが何の不自由もなく、ひとりで璃月を歩き回れるそのことこそがモラクスの統治がうまくいっていると言う何よりの証である。
――そう。なまえがこうして穏やかに暮らしているならばそれでよかったはずだ。だけど、彼は願ってしまった。これは神としてではなく彼の個人的な願いだった。未だ叶わぬからこそ焦がれるそのただ一つの願いは口に出せば叶うかもしれない。
ただ一言彼女に告げればいいだけだ。だがそれはおそらくモラクスの見たいものではない。それがわかっているから、彼は彼女が自発的にそうなるように様々なアプローチをかけているがなかなかその願いは叶わない。他人には簡単に見せるそれを彼は未だに見ることができていない。結局今日もまたなまえはモラクスの前では沈んだ申し訳なさを前面に出した顔しか見せてくれなかった。
そして彼が帝君としてなまえを見たのはこれが最後であった。
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なまえ
麒麟。モラクスとこの地に留まるように契約を交わした。彼との契約は対等なはずなのだがなまえにとって利点しかないことを気にしており、とても後ろめたい気持ちでいる。だから帝君に対してはいつも遠慮がちである。
岩王帝君
岩神。なまえを見かけたら必ず声をかけているが、彼女は目を合わせることはなく俯くばかりである。いつも申し訳なさそうにしている姿しか知らないが、彼は気にしなくても良いと思っている。他の仙人達と同じように言葉を交わしてみたいとも思い、見かけたら積極的声をかけているがその効果は芳しい。
あとがき
ご覧いただきましてありがとうございます。帝君に対して申し訳なく思う子とただ笑顔が見たいモラクスの話でした。このお話の後にタルタリヤと出会います。つまり、モラクスは一度も笑顔を見ることはないと言うわけです。うわ、つら……。
この麒麟の子のシリーズは意図的に出てくる皆が普通のことをさせたい、したいと望んでいます。タルタリヤは同じ世界を過ごす誰かを望んでいた。魈は普通に会話したい。岩神は他人に見せるような普通の笑顔が見たい。甘雨は彼女のような普通の麒麟の生き方を心のどこかで焦がれている。というわけで私はずっとこれを普通シリーズと呼んでいました。
ちなみに『孤独を愛するあなたへ(Ganyu)』で甘雨がなまえと帝君は何も契約をしていないと指摘していましたが、2人の契約はかなり昔のものなので甘雨が知らなかっただけです。そもそも、2人が契約を結んでいることはほとんど知られていません。仙人達には麒麟だから守ってやってくれといえば通じそうな気がします。