「普通」の世界は素晴らしい(Tartaglia)
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「……」
何がいけなかったのだろう。なまえはタルタルヤに抱きしめられたまま何もできずに天を仰いだ。けれども視界に映るのは無機質な天井だけで彼女の望んだ青い空は見えない。
「(……どう、して……?)」
興味本位でこの人間を見てしまったことか。麒麟という性質上、あの岩の魔神に付き従わなかったことか。多くの血が流れるたびに隠れていたせいか。逃げたから、こんなことになってしまったのか。
「(でも、彼は……いつもあたたかい)」
この男はなまえを拐いながらも危害を加える真似をすることはなかった。
「(……やさしい、のかな)」
足を動かすとじゃらり、となまえの行動を制限するための鎖が鳴った。
「(この人は、やさしいひとなのかもしれない)」
それはなまえが本当に思ったことだったのか、それとも彼女が生きるために言い聞かせたことなのか。なまえ自身にも、もはやわからなかった。普通ではない環境では普通でいられない。それならば異常な環境での普通に染まる方がいい。自らの足とこの家の一番奥の部屋にある固定されたベッドとつながった鎖がタルタリヤに抱きしめられたなまえの目に入る。
「(今の璃月は危ない場所だから、保護してくれているのかもしれない)」
人間の進出はここ最近めざましい。戦えないなまえにとって悪意のある人間は魔物よりも怖いものである。仙獣に対して敬意をはらう者ばかりでないことをなまえはすでに知ってしまったから。
「(このひとは、私をあいしてるって言っていた……)」
麒麟は群れない。だからなまえは1人でいた。同じ麒麟の血が流れているとはいえ、半仙の甘雨とは違ってなまえは弱い。血の匂いを感じるだけで倒れそうになる。そんななまえのことを知り、帝君も魔神戦争に参加しないことを許してくれた。
「(あいしてる? ……あいしてる、ってなんだろう……)」
1人でいるからこその無知。無知は罪ではない。しかし誰かがなまえに物を教えていれば事態は変わったかもしれない。
「(わからない、けれど、言われるとなんだかあたたかい気持ちになる。……それに、もうこのひとにくっつかれるのは、いやじゃないの)」
なまえははじめてタルタリヤに答えるように彼の体に手をまわした。
「!」
「(いやじゃないのは、わたしがこのひとを『すき』だからなのかな)」
いつもタルタリヤがそうするようになまえも彼の背中に腕を回して少し力を込めた。先ほどよりずっと密着してなんだか嬉しくなった。
「(わたしは……このひとを『すき』になってしまったんだ)」
なまえは長く生きているのに無知だった。最低限の生きる術しか知らない。無知は愚かだ。この慈悲深き仙獣に物を教えていれば、こんなことにはならなかった。
「(いやじゃないってことは、『すき』ってことだよね)」
誰かと触れ合うのはとても暖かい。温もりがなまえの体温と溶け合うような感覚までしてきて気づかぬうちにすっかり絆されてしまっていた。足に繋がれた鎖。出ることの許されない場所。目の前の人間としか交流できない事実。ここに連れてこられて何日経ったのかもうわからない。わからないけれど、未だに誰も助けに来ないということはなまえのことを思うものはこの世の中に目の前の彼しかいないということだ。
なまえが魔物から逃げきれなくて危なくなったら必ず助けてくれる降魔大聖やなまえにはよくわからない自信作だというからくりをみせてくれる留雲借風真君。会いにいけば歓迎してくれる理水畳山真君や厳しくも優しい削月築陽真君。なまえの知らない話を教えてくれた歌塵浪市真君。寒い夜にそっとそばにいてくれた魔神マルコシアス。琉璃百合の花畑の近くで時折出会う半仙の甘雨。そして、何の力にもなれなかったのに幾度も様子を見にきてくれた優しい岩王帝君……。すべてなまえの大切な思い出であり、彼らこそが彼女の
でも、もうかつてのように仙人達はなまえに手を差し伸べてはくれない。救ってはくれない。そもそも誰かに助けてもらおうなんて虫が良すぎる。汚れに弱い事を言い訳にして何もできずに隠れ、逃げてきた罰だと思った。もう誰も役に立たないなまえのことなんて気にしない。だから、誰も助けてくれない。そう思った。
その結論はなまえの心に重くのしかかった。誰も来ないというたったひとつの事実で彼女はひどく追い詰められた。そしてなまえに今までのなまえではいけないのだと思わせてしまった。
せめて、なまえが迎仙儀式の事件を知っていたのなら、結末は違ったものになったのかもしれない。だが、彼女はそれを知ることはなかった。重なり合った偶然という事実。それがなまえの運命を歪めてしまった。あるいはなまえを歪ませるための偶然だったのかもしれない。普通のままではこの世界にいられなかった。仙獣という仲間たちに見捨てられた事はなまえを深く傷つけ、世界に存在する意味を無くした。だから、この異常な空間でなまえは異常な中での「普通」になることを選んでしまった。