ふたりっきりの世界の中で
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私は外に出られない。どこか知らない場所にずっといる。閉じ込められているのか、そうでないのかは私にもよくわからない。
姫様。そう呼ばれる白い服で金色の髪の女の子だけが私の話し相手だ。姫様はときどき会いに来てくれる。私が姫様と呼ぶとその子は少し悲しそうな顔をする。その度に「×××でいいのに」というが、その言葉だけはなぜか聞き取れない。私に聞く気がないのかそれとも何か邪魔をするものがあるのか……これもよくわからない。×××。おそらく彼女の名前だろう。けれどいつだってその名は聞き取れない。だから私は彼女を姫様と呼ぶ。
なぜ姫様と呼ぶのかこれもよくわからない。どこかで姫様とそう呼ぶ声を聞いたような気がするがよく思い出せない。姫様はいつも不思議な話をしてくれた。そして最後に必ず同じ言葉を私に言い聞かせる。
「外は悪いものがたくさんいるからなまえは出てはいけないのよ」
「わるいもの?」
「そう。淀みが我が物顔のように蠢いているから。……それが世界を貪っているの。とても危ないから、ここにいてほしい」
この世界に外なんて存在するのだろうか。私は漠然とそう思った。外の世界なんて気にもしたことなかった私は姫様の言葉に素直に頷いた。だって、姫様はいつも間違ったことは言ってなかったし、いつだって私を助けてくれたから。
「今だけでいいから、私と一緒にいてね」
そういった姫様は笑顔なのになんだか辛そうに見えた。何か言いたかったけれど私はそんな姫様に何も言えなかった。いつもはそこで何も言えずに終わるのに、今日の私はなぜか姫様に向かって言葉を紡いでいた。
「姫様。わたし……姫様と一緒にいるよ。だって、ずっと一緒だったじゃない……!」
「なまえ……?」
私の言葉に辛そうな顔をしていた姫様の表情が目に見えて変わる。今度は困惑した顔だった。そんな姫様を見て私も自分のおかしさに気づいた。
「え、……わたし。姫様と会ったのは……あれ?」
「なまえ……、私となまえは……っ!」
姫様と私はずっと一緒になんていなかった。だって姫様はいつも外からやってきて、それで少し話すだけ。そうやっていつも……いつも?
――俺達で必ず見つけよう
混乱した頭の中で覚えのない声が聞こえた。少年の声。それは私と同じ目的で……姫様と同じ金髪の……そうだ。彼の名前はたしか……
「……空……?」
「!!」
そうだ。空。彼の名前は空。私が彼の名前を呟くと姫様の顔色が変わった。
「!!っ思い出さないで! お願い……っ!」
そのままぎゅうと抱きつかれて私の思考は止まった。姫様が私に抱きついていた。思わず姫様の体を私も抱きしめた。手を回して姫様の体を触れた時気づいてしまった。思い出してしまった。触れている彼女の体は温かさも冷たさも何も感じなかったから。
ああ。そうか。これは……。事実を知ると悲しくなった。涙が溢れる。こんなところでも泣けるんだとどこかにいる冷静な私がそう思った。震える手で彼女をぎゅっと抱きしめた。涙とともに嗚咽まであふれて我慢できない。彼女を抱きしめたまま、ただただ泣いた。
「……なんで、なんでなの……っ」
「……っ」
混乱した私はそれしか言えなかった。彼女は何も言ってくれなかった。本当は私だってもっと彼女に言いたかった。どこにいるの、探しているのにずっとずっと探しているのだと。伝えたかった。でも彼女には届かない。届けられない。
しばらくして私を抱きしめてくれた彼女の手が緩んでくっついていたはずの私の体から彼女がそっと離れてゆく。それでも離れたくない私は彼女に縋り付く。せっかく会えたのに。
「……なまえ」
彼女の声は今まで一番優しくて、悲しみを帯びていた。
「……ま、って、」
彼女のその声で別れなのだとわかってしまった。だって、ずっと一緒にいて私達はあの時まで一緒にいたんだ。たとえ偶像だったとしても彼女は彼女なのだから。離れていかないようにそう願いを込めて縋り付いた手に力を込める。もう一緒にはいられないとわかっていながらも、引き止めることしかできない。
「今度はちゃんと会いましょう…なまえ。すべてを見届けたらきっと、あなたもわかってくれるはず。……お兄ちゃんだって……きっと、」
私がすべてを思い出した時、世界が晴れる。この世界は終わる。彼女と私。ふたりっきりの世界は終わる。
「……あなたは、」
私が言おうとしたことに気づいたのか。彼女は人差し指で私の唇に触れて静止を促した。
「次に会うときは、……ちゃんと私の名前を呼んでね」
歪む視界の向こうで悲しそうな笑顔が見えた。泣くばかりの私の腕から抜け出して踵を返した彼女。彼女という支えをなくした私は座り込む。
「お、ねが……い……いかないで……」
手を伸ばしてもその手が彼女に届くことも、彼女が振り返ることもなかった。遠ざかるにつれて見えなくなっていく彼女。白い世界がさらに白くなって……やがて何も見えなくなった。項垂れて泣くばかりの私が残されるだけで、もう他には何も残されていなかった。
それっきりこの場所で彼女と会うことはなかった。
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