風を捕まえる異邦人
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囁きの森にたどり着いたとき、森は静かに3人を歓迎した。木々が覆い茂り、薄暗い森の中に先ほどの龍がいるなんて考えられないほど静かで、葉の擦れる音しか聞こえなかった。
「「「……」」」
しかし、パイモンは森の奥に龍が降りたと言っていたから、飛び立つ姿を見ていない以上まだ先ほどの龍はこの森のどこかにいるはず。
「さっきのやつ……どこにいるんだろうな……」
辺りを警戒しながら森の中を歩いていると、沈黙に耐えかねたのかパイモンが声を出した。静かな森の中で目立たないようにパイモンの出した声はいつもよりもずっと小さかった。
「……ん? 見ろよ、あれ」
なまえと空がパイモンの言葉に返事をする前にパイモンは何かを見つけたらしい。パイモンに視線をやっていた2人はその言葉につられて再び前を向いた。龍だ。先程の龍がいた。離れていても大きく見えたが地上に降り立っていた龍はもっと大きく見える。龍に感づかれてはいけないと空は咄嗟になまえの手を引っ張って近くの大木の陰に隠れた。そして見つからないように慎重に大木から顔を出して様子を探る。しっかりと龍を目にとらえると龍の前に誰かが立っていることに気がついた。
「(……人?)」
その人を一目見て印象的なのはその人の纏う緑の衣だった。緑色の帽子に、緑色のマントのようなもの。よく見ると丈の短いズボンも緑色である。余程緑が好きなのだろうか。背格好から若いと思われるが顔が見えないためにその人が少年なのか少女なのかはわからなかった。
「……怖がらないで。安心して、ボクは帰ってきたよ」
自らのことを「ぼく」というのならば少年なのだろうか。空達が見ている限り、親しげな様子でその謎の人物は龍に話しかけていた。龍と話すとはいったい何者なのだろうと考えを巡らせていると不意になまえとつないだままだった手にぎゅっと力が込められた。手を離すのを忘れていたと空が思って謝ろうとしてなまえを見た時。彼の目に映ったなまえのその表情に言おうとしたことも、離そうとした手のことも忘れてしまった。
「――!」
彼女は空達のように覗き見ることはせずに大木に背を預けたままだった。空が驚いたのはその状態ではなくなまえの表情だった。空とつながれていない手を胸の前に握って祈るように目を閉じてそっと零れ落ちた涙がなまえの頬を濡らす。その涙がぽとり、ぽとりと頬を伝い落ちた。
なまえは静かに泣いていた。空が彼女へと目を向けなければひとりで泣いていたのだろうか。まさか泣いているとは思わず突然の出来事に空は動揺した。そして、無意識のうちになまえの頬へと手を伸ばそうとしていた自分自身の行動に気づいてそれがさらに彼の動揺に追い打ちをかけた。
「(俺……)」
空は伸ばしかけた手をじっと見た。自分の行動の馴れ馴れしさに驚く。親切にしてくれた恩人に対して、しかも女の子の顔に許可なく触れようとしたなんて信じられなかった。妹が傍にいたらきっと怒られたに違いない。それにしても空には彼女が泣く理由がわからなかった。わからないけどそのままにはしておけないと彼女の名前を呼ぼうとしたとき、意図せず空の身から力があふれた。
「……っ!?」
「ほわっ!?」
何かが破裂するような音が鳴り、龍の方へと意識を集中させていたパイモンが驚きの声をあげた。驚いた空もまたつないでいた手を離して自身の様子に変化はないかと確認する。そして、すぐさま龍の方へと視線を戻した。
やはり龍に気づかれていた。第三者の存在を感じ取った龍は咆哮をあげて、臨戦態勢をとったかと思えば、先ほどまでおとなしくしていたはずなのに目の前の謎の人物へと襲い掛かる。その人は龍の攻撃を素早く避けると音の発生源である空達から何かを探るようにじっと睨みつけた。そして龍が狙いを空達に変えている間にも視線を逸らすことはなかったが2、3歩下がると結局そのまま何も言わずに光と共に消えた。
その人が消えたことにより残されたのは空達とその龍だけになってしまった。思いがけず龍と対峙せざるを得なくなり、戦わなければならないと空は覚悟を決めた。だが、龍は威嚇するように咆哮しただけで空達に構うことなくどこかへと飛び立ってしまった。飛び立つ瞬間に空達を強風が襲い掛かる。
「うわっ!」
「パイモン!」
あまりの強風に普段浮いているとはいえ体重の軽いパイモンは飛ばされそうになり思わず近くにいる空の髪をつかんだ。それに気づいた空もパイモンを助けようとしたが、彼自身も風にあおられて後ろにいたパイモンを掴むことができない。そんななか大木の陰で泣いていたはずのなまえが飛び出してきて、飛んでいかないようにパイモンを掴んで腕の中に閉じ込めた。その際に引っ張られた髪が少し痛かったのは空だけの秘密である。