涙のない明日のために
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ざわつく声と、いらっしゃいという歓迎する声が聞こえてなまえはここが何らかの店だと言うことがわかった。
「オーナー、えっと……人の少ないところないかな」
暗い道から明るい場所に入り、少し目が慣れない。なまえと手をつないだままウェンティがオーナーと呼ばれた誰かに話しかけているけど目深にかぶったフードのせいでよく見えなかった。ワンテンポ遅れて扉が開く音がして、空のつま先が見えた。おそらくパイモンも一緒にいるはずだ。少し疲れたのか、めずらしく息を切らす様子が感じられた。でも無事が確認できてなまえは安堵した。
「二階なら、人は少ないが」
オーナーと呼ばれた人がウェンティの質問に答えた声が聞こえた。姿は見えないが、どうやら男の人だと言うことは理解できる。
「しかし、君は吟遊詩人だろう? 賑わっている場所の方がいいと思うが」
「あははっ、演奏はまた今度やらせてもらうよ」
オーナーの的確な疑問にウェンティは笑ってごまかした。それから、空の方へと向き直り彼らに声をかける。
「じゃあ、ボクたちは先に二階に行ってるね。話はその後だよ」
「わかった」
ウェンティはなまえの手を引いて、二階へとあがる階段へと向かって行った。そのまま彼に手を引かれて二階へと上がったなまえはようやく一息つけた。ウェンティもとりあえず安全を確保したようで、小さく息を吐き出していた。
「うーん、もう外してもいい……かな?」
少し悩んだあとウェンティそう言うとなまえのフードを外した。ようやく開けた視界になまえはほっと息を吐いた。フードで乱れた髪を簡単になおしていると、空とパイモンが階段から姿をあらわした。
「なまえ~! なんでローブなんて着てるのか知らないけど、無事でよかったぞ~」
「パイモンと空も無事でよかった。それで何があったの?」
なまえの姿を見つけて、パイモンが真っ先に怖かったと言いながらもなまえの無事な姿を喜んでいた。しかし、なまえの疑問にその時のことを思い出したのか突然怒り出した。
「追いかけられたせいで忘れてたけど、オイラたち冤罪なんだぞ!!」
「不法侵入はしたけどね。実は……」
パイモンの言葉に次いで空が大聖堂の地下であった出来事をなまえとウェンティに話した。
「仮面……?」
紫色の服に目を覆う仮面。それが空とパイモンの前にあらわれて天空のライアーを先に持っていた犯人の特徴だった。
「あいつはオイラたちに罪を着せるつもりだったんだ!!」
「パイモン、落ち着いて……」
今度会ったら絶対に許さないぞ!! と息巻くパイモン。突然現れてライアーだけ持ち去って消えた手際の良さから、濡れ衣をきせられたパイモンはご立腹だった。なまえがなだめようとするけれど、なかなか落ち着くことはなさそうだ。そんな時、またドアベルが鳴る。誰かが入ってきたようだ。憤るパイモンに空が静かにするように言って、全員新たな来訪者を警戒した。
「ディルック様! 泥棒を見かけていませんか?」
――追手だ。
階下からそんな声が聞こえて全員は同時に耳をすませながら、目を合わせて頷きあった。
「……俺が見てくるから、なまえとウェンティはここにいて」
二階の中心は吹き抜けになっており、下にあるカウンター部分を覗き込むことができる構造になっていた。空はそこに近づいてそっと上から下を覗き見る。栄誉騎士である空なら、もしばれたとしても疑いは向けられないだろうと言う予想のもとだった。
空が階下を覗き込むと見えたのは先程のウェンティがオーナーと呼んだ男に追手らしき人物たちが話しかけている様子だった。追手たちがやけにオーナーに対して敬意を表しているように感じるのは気のせいだろうか。オーナーが何の騒ぎだと尋ねると、追手たちは簡単に経緯を説明する。
「泥棒三人が、天空のライアーを盗もうとした」と。
しかも、三人組という扱いでパイモンが頭数に入れられていない。それはともかく、なまえは辺りを見回して出口はないかと探す。上に続く階段と奥に扉があり、あそこが外へと繋がっているなら出られるなと思った。もしそうでなければ申し訳ないが窓から脱出か、下の追手を振り切って入り口から出るしかない。息を潜めてオーナーがどう出るか耳を澄ませる。そんな追手の言葉にオーナーの返した言葉は辛辣であった。
金にならないものを盗むバカと犯人達のことを指して、追手の守衛たちを唖然とさせていた。オーナーは遠回しにモンドの至宝とされている天空のライアーに価値などないと言っているようなものだ。だから本来であれば怒りをみせるはずの追手たちもそんな様子は見せることはなかった。つまりこのオーナーはこのモンド城内でそれなりの地位を築いているのだということが簡単に想像できた。
「ああ、話が逸れたな。金髪と緑色と全身ローブの三人組はあっちに行ったようだ」
身体的特徴を話していないのに的確に三人の容姿を話すオーナーの言葉は信憑性があったようだ。それとも彼の身分がそうさせたのか。ともかく追手は彼の言葉を疑うこともなく、丁寧に礼を言って酒場から立ち去った。オーナーらしき男はなぜかなまえ達のことを追手に話さなかった。追手が去った事をウェンティがなまえをその場に残したまま空の隣で静かにそっと確認してからなまえのもとに三人そろって戻る。
「無事に追手は撒けたようだね。降りよう」
「あのオーナーに話を聞かないと」
ウェンティの言葉に空も頷いた。あのオーナーには聞きたいことがある。なぜ明らかにあやしい三人組を匿ったのか。この中で知り合いはどうやらウェンティだけのようだから、もしかすると彼に弱味でも握られているのだろうか?ウェンティはどうもあやしい。昼間の風神だと言ったことに対して尋ねてもはぐらかされた。まさか人の弱みに付けこむような人物だとは思いたくないが、一応警戒は続けるべきだと空は思っていた。空がウェンティに対して疑いを深めるなか、そんなことは知らないパイモンは不思議そうにあたりを見まわして首を傾げていた。
「そもそもここはどこなんだ。お前に着いて行くのに必死だったせいでどこに入ったかもわからなかったんだけど……」
「ここはエンジェルズシェアという酒場さ」
「それって、もしかしてアンバーが賑わっているって言ってた酒場か?」
悩むパイモンの疑問にウェンティはあっさり答えて階段を降り始める。彼のあとに空、そしてなまえとパイモンも続いた。
「きっとそうだね! パイモン、ちゃんとアンバーの話覚えててえらい!!」
「ふふん! そうだろ? オイラは頼りになる案内役だからな!」
なまえがしっかり覚えていたパイモンに褒めると、パイモンはもっと褒めてもいいと言わんばかりに胸を張った。階段を下りて、先にカウンターに向かったウェンティを追って空もそちらへ向かう。その後ろでなまえとパイモンがそんな風に盛り上がっていた。パイモンと話していたからなまえは見ていなかった。カウンターの前に立つオーナーのその姿を。
「カウンターから取った酒を置け」
非難する声が聞こえて、なまえははじめてオーナーの姿に目を止めた。その瞬間、なまえはもう平常心ではいられなかった。