涙のない明日のために
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結局、何度か脱ごうとしたがそのたびにウェンティがかわいいからそのまま着ておきなよと言って、ローブを脱ぐことを許してくれなかった。ウェンティがなぜそこまで固執するのかはわからなかったがなまえは諦めてローブを着てフードを被っていた。
「久しぶりのこの国はどうだった?」
そんな攻防が終わり、教会前の手すりに並んで座り、ウェンティはなまえが落ち着いたことを確認して世間話をはじめるかのようになまえに問いかけた。その問いになまえは、一瞬固まった。しかし、なまえはウェンティに話すことにした。この国で彼だけがなまえのことを知っている友達だったから。
「……私、四風守護の神殿に行ったの」
「うん」
ウェンティはなまえの言葉に静かに頷いた。その後に続く言葉をわかっていながら、彼はただ静かに話を聞くことを選んだ。
「あの場所が放棄されていたなんて知らなくて、……」
なまえは騎士団の騎士達と歩き回った神殿内を思い出す。人々の祀っていた証などはすでになく、ただヒルチャールや魔物が跋扈する状況になっていた。そんな状況をこんな事態にならなければどうにかしようとすることもなく、ただ放置されていたという事実にショックを受けていた。なまえはウェンティに少しずつ四風守護の神殿で思ったことを伝え始めた。
「モンド城に来た時に遠目からでも見えるあの風神像をみて……、私はずっとあれを再建した時のあの情熱が続いていると思っていたから、四風守護の神殿も当然祀られているものだとばかり思ってて……」
なまえは忘れていた。人間は忘れやすい生き物だと言うことを忘れていた。ただでさえ、命の短い人間なのに。いやだからこそ、忘れやすいのかもしれない。血脈は続くかもしれないけれど、その思考までは勝手に続くわけではない。誰かが祀るのをやめてしまったから神殿は放棄され、それが当然のものという認識になってしまったのだろう。それが時間の流れだといってしまえばそれだけだ。責めるべき人はいないし、仕方ないことでもある。けれど、知っているだけになまえはどうしようもなく悲しかった。
「トワリンのことだって、あのシスターは風神を裏切ったって……」
ウェンティが西風教会のシスターにライアーの行方を尋ねた時、シスターはそう話していた。もっと直接的で極めて強い言葉で非難していたが、なまえにはとてもそれを口に出すことはできなかった。西風教会の人々は皆そう思っているのだろうか。いかに四風守護と呼ばれたとしても、モンドに仇なすものは理由を問わず敵になるのだろうか。風神が彼を助けたいと動いても、人々は排除すべきだと願うのか。排除することこそが神の意志であると信じて。
「だって、トワリンはこの国を守るために戦ったんでしょ? それなのに、なんで……この国の人は……」
なまえはそこまでで言葉を止めた。残っていた理性で最後の言葉はなんとか飲み込んだ。彼の前で言っていい言葉ではないことを知っていたから。胸が痛い。感情の発露を失って、出せない言葉が涙に変わる。なまえはフードの下で涙があふれた。ウェンティに見えないからこそ、落涙しないようになまえは涙を耐えた。
「……なまえ」
「……っ」
でも、なまえは耐えられなかった。ウェンティの声がなまえの思っているよりもずっと優しいものだったから。先程勇者と宝剣の話の中でウェンティはなまえ達にモンドに失望したと言っていたがなまえもまたこの国に、モンドの人々に落胆していた。祀るべき神を祀らずにその自由を当然のものとして享受している人々がいる事実に気持ちが沈んだ。
「この自由がどうやって……あの人たちが命をかけて戦ったのに……トワリンも、アンドリアスも忘れられて良いはずがないよ……皆、忘れられるべきじゃないのに」
かつて、この国の人は自由を渇望していた。暴風に囲まれた壁の内側で、あるいは傲慢な貴族たちの圧政の下で……。歴史に語られる大きな争いや、歴史の中に埋もれた小さな戦い……。そんな数多くの争いを経て今の自由を謳歌できるようになったのだ。もうずいぶん古い話になるけれど、自由を得るまでどれだけの人々が辛酸をなめさせられたのかなまえは知っていた。だからこそ風神はモンドの統治権を手放した。たとえ、なにものでもあろうと誰に縛られることなくその生を謳歌できるように、彼は願った。そうなまえは思っている。
「ウェンティ……どうしよう、私……平和を悲しいと思ってしまった」
かつて自由を求めて命をかけた人々のことを思えば、この平和は彼らが望んだもので喜ぶべきものである。大きな争いのない世界は穏やかで笑顔があふれている。争いなどない方がいい。分かっている。あんな光景は二度と見たくない。それでも、なまえは言葉にできない悲しさでいっぱいだった。もう二度と会えない彼らの姿はもうおぼろげなものだけれど、なまえはその雄姿を知っていたからこそ辛い。彼らは正しく英雄であったから。
「皆が望んだのに私は……、でも、彼らはそれを恨んだりしていないんだよね。私が勝手に思っているだけ」
北風の狼となったアンドリアスは今は奔狼領とよばれる場所で狼の守護者となっている。人を守るべきはずの神が人の輪からはみ出したものだけを守護する神になった理由をなまえは知らない。アンドリアスは死んだ後、四風守護の一員となり風神の傘下となった。それでも彼は今なお彼が守ると定めた狼達を守っている。
「私って最低だよ。ウェンティも呆れてるでしょ? 何もできないのに口では一丁前のことを言うって……」
どうせ何も変えられないのにね。そう言って自嘲気味に話すなまえは顔を伏せた。ウェンティはただ悲しかった。なまえは未だに過去に囚われている。その過去はなまえのせいではないことは彼女の友は皆知っていた。あの時だって、なまえは何もできないと言ったけれど彼女自身が言っていたのを忘れてしまったのだろうか。死ぬはずの人間が生き残る結果になったということを。感謝こそすれ、恨むことなんてないのに。
「なまえは何もできないわけないよ。あの時、君がどれほどの葛藤の末、あの道を選んだことを知っている。おかげで多くの人の命が無事だった」
そうウェンティがなまえを励ますけれど、彼女は涙を拭うように手を動かすだけで何も答えることはなかった。