風の申し子
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――トワリン。東風の龍とよばれていたその龍はモンドを襲った龍の名前である。かつて風神に力を貸した神の眷属であり、元素生物のなかでもっとも巨大な生き物でもある。それはなまえの友の一人でもあった。しかし彼女の知っているはずのあの龍は以前とはまったく違った気配がまとわりついていた。その気配になまえはどれほど心を揺さぶられたか。
森でトワリンを見たとき、その異変にすぐ気がついていた。その異変を知ってなまえは血の気が引いた。あまりの動揺にそのまま姿を見ることもできずに立っているのもやっとだった。けれど、そうなった理由がわからぬなまえにできることなど何もなかった。今までトワリンがモンドにもたらしてきた貢献を思えば魔龍などと呼ばれていいはずがない。
――凡人は忘れやすいからな、こうして碑に刻んでおかなければいけないんだ
不意に友の言葉がなまえの脳裏に浮かんだ。かつて、なまえが彼に会いに行ったときに彼女にそう話した。忘れることは悪いことではない。そう思っていた。世の中には知るべきでないことはたくさんあるし、知ってもどうにもならないことも多い。だからこそ、なまえはずっとその彼の為すことを悪いことではないにせよ、別にしなくてもいいことだと思っていた。でも、こうしてトワリンのことがモンドの人々に忘れられているのを目の当たりにした時、なまえは改めて彼が碑文を刻んだ意味が分かったような気がした。だからこそ、何とかしたいと思う心だけがずっとあって、それでも何もできない自分が嫌になる。モンド城に来てみれば何かわかるかと思ったが、その前にこんなことになってしまった。
「……」
それにしてもなぜ彼女は暴風に巻き込まれながらもこれほど冷静でいられるのだろうか。その答えは簡単だ。なまえには空とパイモンにさえ話していない秘密があるからだった。決してふたりを信用していないわけではない。ただ、こわかった。この秘密はなまえの根幹に関わるものである。秘密とは知られてはならないものである。誰にも知られるべきではないものだ。だからこそ、ひとりきりじゃないとその秘密を披露することはできない。暴風がモンドを襲い、人々の目がない今なら大丈夫かもしれない。そうなまえは思っていた。だから、その秘密を披露しても問題ない。だがなまえがその秘密を披露する前にそんな彼女の腕をつかむ存在があった。
「――なまえ」
「えっ……」
名前を呼ばれて、腕を掴まれる。なまえを呼んだその声はこの状況において不思議なほど静かで、まるで凪いだ風のようだった。その声を耳に入れたなまえは声の聞こえた方へと振り向く。荒れ狂う風がなまえの周りにあったとしても、彼には関係なかった。手慣れたようになまえの手を捕まえた彼は暴風にさらに舞い上げられそうになった彼女を自分の方へと引き寄せた。その力は彼の見た目とは違って力強く、とても頼もしく思えた。そんななまえの視界が彼のまとう緑でいっぱいになったは一瞬で、それが誰かなんて考えずともすぐにわかった。懐かしさに胸がいっぱいになって、現状も忘れて涙があふれそうになった。その涙も暴風がすべて吹き飛ばしてしまったけれど。そんななまえのあふれた感情の理由を言葉にせずとも彼もわかっていた。
「ウェンティ……!」
名前を呼ぶと久しぶりなのに、慣れたように抱きしめられて返事と共に なまえもまたウェンティの首に腕をまわす。ぐっと抱き合って、懐かしいにおいをかぎながらなまえはぎゅっと腕の力を強めた。そんななまえの様子に安心したようにくすりと笑い声が聞こえた。そうして風の翼なんてなくても飛べる彼はいとも容易く竜巻から抜け出すと人の目のないところを選んでふわりとその誰もいない場所に降りた。軽やかに降りたその人は抱きしめていたなまえから手を緩めて、彼女もまた同じように彼から離れた。そうしてなまえが見たのは記憶通りの可愛らしい少年の姿だった。
「やっぱり、君だと思った」
「ウェンティ……」
なまえを助けてくれたのはモンドにいる友達だった。彼の名前はウェンティ。吟遊詩人のウェンティだ。
「あの時、森の中になまえもいたでしょ?」
「気づいてたの……?」
「ボクが君に気づかないはずがないよ」
あれだけあからさまにアピールされちゃボクじゃなくても気づくよ、と苦笑いを浮かべたウェンティ。けれど、苦笑いを浮かべながらも彼はずっとなまえを優しく見つめていた。そんなウェンティの言葉に少し恥ずかしくなったなまえはうつむいた。