はじまり
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穏やかな風の吹く地で私はこの地で唯一の昔からの友に見送られようとしていた。私が再び旅に出ると話した時、彼は想像通り不機嫌になった。それから、しばらく不機嫌な彼の機嫌をとるために彼の好きなものを貢ぎ、それでも機嫌のなおらない彼のためにいろいろな旅の話や思い出話をしてその傍にいた。そんな感じで彼に尽くして、尽くして、尽くしまくってようやく不本意ながらも仕方ないと旅に出ることをしぶしぶ了承してくれたのだった。
「なまえはこんなこと気にしないと思っていたから、ボクの方で勝手に用意したよ」
そう私に何かが入った袋を差し出してきた。
「……ありがとう?」
「お礼はいいから! ……いいかい、なまえ。これをちゃんと服の上の周りから見えるところに付けるんだよ? ……わかった?」
手の中の“それ”を見つめて首を傾げつつも礼を言った私に彼はそう言った。どうやら、彼は私がそれがなんなのかわかっていないことをわかっているようだ。彼は“それ”が何なのか私に教えてくれたあと、またもやそれのつける場所について提案してくる。
「首飾りでも、腰につけてもいいけど必ず、必ず! 見えるところにつけなくちゃいけないからね!」
精巧なニセモノであるそれを彼は身につけるように言った。念を押すように何度も確認してくるから、私は彼の見ている前で他者から見える位置にそれをつけた。ようやく身に付けられたそれは私の動きに合わせて揺れる。それを見て彼はうんうんと納得したように大きく頷いていた。だけど、それは束の間ですぐまた別の心配が頭をよぎったようだ。
「君はどこか抜けているからボクは心配なんだ。そうだ、あの頑固頭には気を付けて。彼はすぐに君を巻き込もうとするから。知り合いだからと言って手助けなんてしなくてもいいんだからね」
悪く言っているようにも聞こえるがなんだかんだ言って二人は仲良しみたいだからあまり気にしなくてもいいような気もする。でも、あきらかに彼のことを大げさに言っているような気がするのは私の気のせいだろうか。彼が他人を巻き込もうとするような人ではないことを知っているはずだけど、一応誤解は解いておこう。あの人は平等を重んじる真面目な人なのだから。
「それは誤解だよ。あの時は私もあの人に助けてもらったから手助けしただけで普段からそういうわけじゃないよ」
生真面目なあの人の顔を思い浮かべて友に悪態をつく目の前の彼に苦笑する。
「それにあの人だって私の友達だから助けるのは当たり前。あなただって私のことをいつも助けてくれるでしょ? それと同じ」
「……ボクが、なまえのことを助けるのは君のことが、……心配だからだよ」
私の反論に彼は小さな声で答えた。小さな声だったけど向かい風だったおかげでその声は私のもとへちゃんと届いた。
「……うん。いつも心配してくれてありがとう」
「ボクは……」
彼は何か言いたげに口を開いたがまた閉じてしまった。そんな彼の姿を見ながら思った。相変わらず彼は過保護だ。私が旅を再開させることに良い顔をしないのも、不機嫌なままでもこうしてこの餞別の品を私のために用意してくれたのもすべては私を心配してくれているからだ。そんなに心配しなくてもいいのにと思いながらも心配してくれる人がいるのはとても有難いし、それにとてもうれしい。
「君がここから出ていくのが悪いんだよ。前はあの子がいたから良かったけど……」
「うん。わかってる。私なら大丈夫だよ。あの子がいなくても私にはこの弓があるから」
あの子から弓を引き継ぐと決めた時、慣れ親しんだあの槍を手放した私に弓術の基本を教えてくれたのも彼だった。この弓がなければ私は目の前の彼と長い間一緒にいることはなかったかもしれない。弓は彼女との絆でもあるけれど彼との絆でもあるのだ。
「……そういうことじゃないよ。弓はなまえの行動を止めてはくれないだろう?」
やっぱり彼は私を心配してくれている。少しふくれっ面な彼の言葉にはずっと私を思いやる心が感じられていた。
「――大丈夫だよ、私は無事にまた帰ってくるから」
「……なまえはいつもそう言えばボクが笑顔で見送ると思っているよね」
私の言葉を受けてふくれっ面にジト目がプラスされてもうこの手は効かないなと彼の成長を嬉しく思った。その反面、別にだましているわけではないのになんだか申し訳ないような気持ちになる。私の戸惑いを感じ取ったのか彼は大げさに息を吐きだした。それから諦めたように首を振った彼は先ほどまでの不機嫌な顔から一変して、いつもの表情に戻る。けれど私の思い込みが間違いではなければ彼は別れを惜しむようにその瞳には少しの寂しさが隠れているように見えた。
「わかってるよ、なまえ。ボクが何を言っても君は出ていく」
「……」
「ごめんね。わがままを言って君を困らせたね。……いってらっしゃいなまえ」
彼はそうして私に向かって笑顔を見せた。それでも彼のまとう雰囲気は少し寂しさを感じとれるままだ。けれど、久々に見た彼の笑顔はやっぱり可愛くて、変わらぬ笑顔に私の心は安堵した。
「かならずまた、会えるよね?」
「うん、会えるよ。だって友達だもの」
「……」
私は放浪の旅を再開する。だけど、もうこの地は私の故郷といっても過言ではない。本当の故郷にはもう戻れない。それにこの土地にはそう呼べるだけの出会いと経験と思い出があった。たとえそのどれもがなくなったとしても彼という友がいる限り、私はこの地を故郷とよべる。
「――いってきます、ウェンティ」
だから私も胸を張って彼にいってきますと言えるのだ。