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秘密の黄昏時

 甘い誘いには痛い結末があると知りながら、好奇心と誘惑に逆らえなかった。
「幸か不幸かは部長次第ですよ。さあ、僕の手をとって」
 言われるまま彼の手に触れると、ぼとり。男子生徒の右手首から先が取れた。
「ひゃあああっ!???!?」
「落ち着いて、大丈夫。手くらいすぐ生えますから」
 訳がわからないよ!!?
 外れた手が生えるって何!? トカゲなの?!
「聞いたことないですか? 絵師の腕を食べると絵が上達するって。まぁ僕は試したことないですけど」
「嘘でしょ!?」
 こんなやりとりをしている間にも本当に彼の手首からは新しい右手が生えて、取れた右手を私の口に押し込もうとしている。待て待て待て待て状況がっ……ちょっ……入って…………

 ……食べちゃった。

 味はしなかった。そんなもの感じてる余裕なんてなかった。あったとしても聞かないでほしい。
「ね、ね、何か描いてみてください! ほら!」
 差し出されたスケッチブックの白いページに、握らされた鉛筆が近付くと、さらさらと淀みなく動いて黄昏時の教室を描き出した。
 その完成度に、鉛筆を取りこぼした手を見る。
「どうですか? すごいでしょう」
 夕日の窓を背に満足気に微笑む彼の目が光った気がした。






 * * *



 その日から、部員が帰ってから校舎が施錠されるまでの放課後のわずかな時間は二人だけの秘密の時間になった。
 私は構図も何もかもを変えて、新しく描き直した。
 文化祭に向けて飾り付けられた教室を見ながら彼は微笑む。
「楽しみですね」
「うん。もちろん君も文化祭に来るんでしょう? 作品いっぱい描いてたし」
「僕の作品は、自分で並べておきます。部長や部員の皆さんの手は煩わせません」
「……また会えるよね? 文化祭が終わっても」
 もしかしたら、もう会えないかもしれない。そんな予感がした。
 彼は何も言わず、微笑んだ。
 暗くなった窓の外を見る二人。
「あの…」
 言いかけたタイミングでチャイムが鳴った。もう帰らないと。
「さよなら、部長」
「さよなら…」
 名前も、得体も知れない存在のーー。



  * * *



「あれ? 部長、めっちゃ上達してない?」
「文化祭前、一番最後まで残って描いてたもんね〜」
「この無記名の作品誰の? めっちゃ上手いんだけど」
「こんなの描いてる人いたっけ?」
「先生かな」





『秘密の黄昏時』
絵師の腕を食べる√
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