秘密の黄昏時
翌日、部活に昨日の男子生徒は現れなかった。
他の子も知らないと言うし、名簿に載っている名前を見て、はっきり顔が浮かぶほど男子生徒は少ない。
そう、昨日の男子生徒は美術部ではなかった。
なのに何故あんな時間まで美術室にいたのだろう。あんなにも画材を持っていたのに、作品を描いていたのに、部外者だった男子生徒。
頭の中で「何故」を繰り返して、しかし筆を握る手は黙々とキャンバスに色を重ねていく。
下校時間が迫り、一人減り、二人減り、またオレンジ色の光が差す頃、音もなく彼は現れた。
いつの間にか、隣で昨日の続きを描いていた。
「なん、で……いつの間に……」
「ずっといましたよ? ここに」
黄昏時になると現れる幽霊なのか? と問えば腹を抱えて笑われた。
「あっははははは! 面白い発想ですね!」
ひいひい言いながら筆を置き、私に向き直る。両手をだらりと垂らし、イタズラっぽく笑って「うらめしや〜」と彼は言った。
「どう?」
「全然怖くない」
「でしょうねぇ」
だって幽霊じゃないですからと言いながら再び筆を持ち、絵に向き合う彼の表情は楽しげながらも真剣だ。
人でなかったとしても、悪いものではない……のかもしれない。
「ねぇ、どうして昨日、急にいなくなったの?」
「忘れ物を取りに…」
「一言言ってくれたら良かったのに」
「すぐ追いつけると思ったんですよ」
「今度はちゃんと言ってね」
彼はじっと私の目を見て「また一緒に帰ってくれますか」と尋ねた。もちろん、と答えると、表情が和らいだ。
しばらく二人とも無言でキャンバスに絵の具を置いていた。
彼が突然こんなことを言い出した。
「部長さんは、もっと絵が上手くなりたい、とか考えた事ありますか」
「あるよ」
それは絵を描く人皆思うことでしょう?
「力添えしましょうか」
「どういうこと?」
「一瞬で画力の大幅アップ、してみたくないですか」
さっきより暗くなった教室。どこか嬉しそうに楽しそうに、問いかける彼の表情は逆光でよく見えない。
きっとこれは、年頃の誰もが一度は夢見るチャンス。
きっとこれは、逃せば二度と訪れないチャンス。
▷ 「とても魅力的なお誘いね」
▷ とても気になる
.
他の子も知らないと言うし、名簿に載っている名前を見て、はっきり顔が浮かぶほど男子生徒は少ない。
そう、昨日の男子生徒は美術部ではなかった。
なのに何故あんな時間まで美術室にいたのだろう。あんなにも画材を持っていたのに、作品を描いていたのに、部外者だった男子生徒。
頭の中で「何故」を繰り返して、しかし筆を握る手は黙々とキャンバスに色を重ねていく。
下校時間が迫り、一人減り、二人減り、またオレンジ色の光が差す頃、音もなく彼は現れた。
いつの間にか、隣で昨日の続きを描いていた。
「なん、で……いつの間に……」
「ずっといましたよ? ここに」
黄昏時になると現れる幽霊なのか? と問えば腹を抱えて笑われた。
「あっははははは! 面白い発想ですね!」
ひいひい言いながら筆を置き、私に向き直る。両手をだらりと垂らし、イタズラっぽく笑って「うらめしや〜」と彼は言った。
「どう?」
「全然怖くない」
「でしょうねぇ」
だって幽霊じゃないですからと言いながら再び筆を持ち、絵に向き合う彼の表情は楽しげながらも真剣だ。
人でなかったとしても、悪いものではない……のかもしれない。
「ねぇ、どうして昨日、急にいなくなったの?」
「忘れ物を取りに…」
「一言言ってくれたら良かったのに」
「すぐ追いつけると思ったんですよ」
「今度はちゃんと言ってね」
彼はじっと私の目を見て「また一緒に帰ってくれますか」と尋ねた。もちろん、と答えると、表情が和らいだ。
しばらく二人とも無言でキャンバスに絵の具を置いていた。
彼が突然こんなことを言い出した。
「部長さんは、もっと絵が上手くなりたい、とか考えた事ありますか」
「あるよ」
それは絵を描く人皆思うことでしょう?
「力添えしましょうか」
「どういうこと?」
「一瞬で画力の大幅アップ、してみたくないですか」
さっきより暗くなった教室。どこか嬉しそうに楽しそうに、問いかける彼の表情は逆光でよく見えない。
きっとこれは、年頃の誰もが一度は夢見るチャンス。
きっとこれは、逃せば二度と訪れないチャンス。
▷ 「とても魅力的なお誘いね」
▷ とても気になる
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