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河辺本丸

 川の端、谷の下方にかつて小さな村があった。
 急な斜面に作られた階段を中心に建つ家屋が見える。片手で数えられるほど少ないそれらは、無人になって久しく、空っぽの窓を風が通る音だけが響いていた。
 階段の一番下から中程までかかるほど大きな屋敷が一軒だけ建っている。旅館だろうか。観光地だった面影はないようだが。
 玄関を潜れば食堂がある。入ってすぐの地下へと続く階段の先には「せせらぎの湯」と書かれた看板が見えた。
 二階はトイレ。食堂に来たお客さんも使っていたのだろう。窓は小さく光があまり入ってこない。少し、怖い。
 三階には部屋が並んでいた。宿泊用の客室かと思って覗いてみたら、視界に飛び込んできたのは大きな炉。山と積まれた箱には、木炭が詰められていた。サウナだろうか。
 部屋の前、廊下の一画に机と椅子が置かれている。椅子の後ろには年季の入った薬箪笥もある。小さな引き出しをひとつ引っ張り出してみると、乾燥させた葉っぱが入っていた。
 三階から先は客室なのか、同じような間取りが続く。
 途中、「執務室」と看板のついた部屋があったが、さてはて旅館の「執務」とは。
 ところで窓から見える景色を見ていると、この建物は山に沿うように段々と建っているようだ。小さな庭もあった。畑もあった。四季を旅する心地だ。
 時折足音や密やかな声、自分以外の何かが動く気配がしたが、結局姿は見えなかった。山猿でも迷い込んでいたのだろうか。
 日が西に傾き、空の色が変わりつつある。そろそろ帰らねば。
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