「歌う審神者と刀剣男士」番外編
ナマエヘンカン
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『半年前に中退したクラスメイトが、今日一日だけ帰ってくる』。
それは朝のSHRで知らされたもので、あまりにも唐突だった。担任の言葉に、私は反射的に隣の空席を見る。
半年前までその席に座っていた男子は、ある日を境にぱったり学校に来なくなった。
でもその理由がこれまた強烈だったんだ。
不登校とかじゃなくて。
担任が、その男子が『時の政府からの指名で〝審神者〟として2200年代で働くことになった』と言ったのは昨日のことのように覚えてる。
まず正直言って、嘘でしょ、って思った。
審神者ってあれでしょ?
たしか、付喪神を率いて歴史を変えようとする敵を倒す人。
たぶんみんな聞いたことはあるはずだけど、てっきり桃太郎レベルのおとぎ話だと思ってたし、まさか存在するとは思ってなかった。
かといってその男子は信じてたのかっていうとそうじゃないみたいで、本当に突然のことで本人もびっくりしてた、ってメッセージが来たってクラスの男子たちが話してたのを聞いた。
そりゃ隣の席だから英語ではよくペアを組んだりしてたけど、綺麗な顔と声してるなあ、くらいの印象しかなくて、実は名前もしっかり覚えてない。
なんてったってそこまで仲良くなるより前にいなくなっちゃったし。
本名なのかあだ名なのか、苗字なのか名前なのかわからないけど、『朔』って呼ばれてたことくらいしか知らないんだ。
ぼんやり考えたところで、すらりと教室の扉がスライドして件の男子──まあいいや、『朔』くんが入ってきた。
意外にも、特に変わったところは見当たらなかった。学校指定の黒い学生服も、クセの強い黒髪も、半年前とひとつも変わっていない。
ちなみに私的にはこの人はイケメンというよりは綺麗だと思ってる、勝手に。
女装して黙ってればたぶんかなりの美人さんだ。
荷物は、エナメルバッグと大きめのトートバッグ、そして背中に竹刀袋。
でも、学校に竹刀袋なんて背負ってきたことあったかな。
気になったのはそれくらいだった。
仲の良い男子達と軽く挨拶を交わしながら教室を突っ切ってきた朔くんが、やけに重たそうな荷物をどすっと置いて椅子を引く。
流石に黙ってるのは愛想が悪いしとりあえず声をかけてみる。
「ひ、久しぶり」
「おう、久しぶり」
朔くんが人の良さそうな笑顔で挨拶を返してくれる。折角だしもうちょっと会話しようかな。
「勉強ってどうしてたの? もしかして全然してなかったり?」
「いや、通信講座を取り寄せてやってたから、進度は大丈夫なはず。つっても教材だけだから、学校の有り難みをようやく理解したって感じだわ」
やっぱ人に教えてもらわねえとわかりにくいったらねえよ、と苦笑いする朔くんに、さすがに同情する。
そっか、勉強しなくて楽ちん生活送ってたわけじゃないのね。
お疲れ様です。
ちなみに、あえてしつこく未来のことについて聞かなかったのは、これから友達の質問攻めに遭うことが予想できているが上の私なりの気遣いだ。
担任はHRの締めくくりに、四限目の後半に避難訓練があることを伝えた。やりい、古典がちょっと削れる、と心の中でガッツポーズを決める。
そういえば、朔くんがエナメルバッグを置いたときに、がしゃん、って感じの変な音がした気がするんだけど、気のせいだったのかな。
ちらっと視線を向けてみたけど、朔くんはトートから教材やペンケースを出して揃えてるところだった。
まあ、いいや。
四限目。
お腹も空いてきて、みんなちらちらと時計を気にし始めた頃だ。
でもなんだっていって四限に避難訓練なんかあるんだろう。
お昼遅くなるの嫌だなあ。
そうこうしてる間にも、担任、もとい古典教師の解説は続いている。
板書を写すべく、渋々シャーペンを手に取ったそのとき。
ジリリリリリリ!とけたたましい音が響き渡った。
このベルがどのタイミングで始まるかわからないから、寝かけてた人がみんなビクッと体を揺らす。
避難訓練あるあるだよね。
でも。いつものように続くと思われた校内放送は、私達の知るものとは違った。
「緊急指令!直ちに出陣を要請する!」
……え、何?なんて言ったの?『出陣』って……聞き間違いだよね?
そうは思ったけど、やけに騒がしい教室がそれが聞き間違いじゃなかったことを伝えている。
「おお、やっとか」
不意に、隣からがたんと音がして、背の高い姿が立ち上がった。
見るまでもなく、朔くんだ。
呑気ささえ感じるその言葉は、あれほどうるさい教室内でも不思議とみんなの耳にも届いたようで、嘘のように静寂が訪れる。
三十九人の視線を浴びても、平然と微笑みを浮かべて立つ朔くんは、先生に向けて尋ねる。
「先生、校長の許可はとれてるんでしたっけ?」
「うん、とれてるよ。むしろお願いしたいくらいなんだけど、その……無理するのだけは、やめてね」
何の許可だよ、とは思ったけど、まず、なに、先生はどういうことか知ってるってことなの。
誰か説明してよ。
心配そうにそう言った先生に、朔くんは心底おかしいというふうにははっ、と笑った。
「ありがとうございます。──まあ、するとしても無理するのはおれじゃないんですけどね。あいつらにはよく言っておきます」
あ、待って。
今までのやりとりと、不可解なことが頭の中で次々と渦巻いた結果、私は察してしまった。
朔くんが今日一日だけこっちに帰ってきた理由をだ。考えすぎかな、と現実逃避しようとしたけど、無駄だった。
どうしよう。きっと、当たりだ。
「肥前国審神者番号一一三五番。時の政府より賜った、『平成審神者母校壊滅部隊』殲滅任務を開始します。霊力解放の許可願います」
何を言ったのか全然わからなかったけど、朔くんのよく通る声に、驚くことに頭上のスピーカーから返答がくる。
「了解しました。肥前国審神者番号一一三五番の術式使用を許可。──なお、これより通常の校内放送に切り替えます。生徒は指示に従い避難してください」
両隣の教室からは戸惑いの声と椅子を引く音、戸締りの音が聞こえてくるけど、うちのクラスはそれどころじゃない。
朔くんの全身が、バチバチと音を立てながら薄い青緑色に輝き始めたからだ。
青緑の稲妻を纏いながら朔くんの髪の色が変わっていく。
ゆっくり色素が抜けていき、鈍い灰色に煌めいたんだ。
驚く私たちをよそに、朔くんはズボンのポケットから取り出したヘアピンを使って右側だけを留めて、左側は逆立てるように手早く整えた。
もともと華やかな顔立ちとそのヘアスタイルも相まって、さらに派手な印象がプラスされる。
そこであまりのことに私たちが気圧されてるのかと思ってたけど、なんとなく違うみたいだってことに気づいた。
朔くんを中心に、なんだかこの教室が清浄な空気で満たされてるような気がするんだ。
例えるならそう、空気の綺麗な高原にいるみたいな感じ。
さっきまで暖房とストーブをガンガンに焚いて乾燥しまくってたとは思えない心地良さが広がってる……気がするだけだけど。
彼は一度ぐるっと教室を見渡すと、みんなを安心させるかのようににこ、と笑う。
そして竹刀袋と重そうなエナメルバッグを背負いあげて扉のほうへ小走りで向かった。
最後に、じゃあなるべく早く避難頼むな! と片手を上げてから廊下へ飛び出していった。
うん、やっぱり私の予想は当たっていたみたい。
朔くんは『審神者』としてのこっちでの任務を果たすために戻ってきたんだ。
それにしても、今から敵が来るっていうにも関わらず、あまりにも緊張感を感じさせない態度に恐れ入る。
もともと肝が据わってるのか、審神者だからなのかわからないけど。
ところで、あのエナメルバッグと竹刀袋……うーん、気になるけど、まずは避難が先だ。
入試を目前に控え、登校しない三年生を除く一、二年生の約800人と教師が校庭に整列する。
それもなぜか、いつもとは逆方向にだ。
いつもなら校庭のど真ん中に校舎の方を向いているところを、今日に限っては校舎にいちばん近い位置に、そして校舎に背を向けて並ぶように指示された。
当然ながら、うちのクラス以外は先程の放送とこの状況にかなり困惑してるみたいだった。
だって突然の『出陣要請』だ、誰に言ってんの? って感じでみんな首を捻っただろう。
まあうちのクラスは別の意味で困惑気味だけど。
そこで漸く校長が前方に現れマイクを受け取り、事情の説明を始める。あらかた私の予想は当たってたけど、周囲のどよめきが収まらない。
当たり前だけどね。
だって非現実にも程があるでしょ、『本来は、付喪神を率いて未来で戦う〝審神者〟の宿敵である、〝時間遡行軍〟がこの学校を襲撃しに現れる。避難訓練は、生徒たちをひとところに集めて安全を確保するための口実。警察や自衛隊には相手にできないので、本校出身の審神者に迎撃を依頼した。生徒と教員はここで待機すること』なんてさ。
この学校から審神者になった子がいるなんてとっくに知れ渡ってると思ってたけど、まだおとぎ話だと思い込んでる人達もけっこういるようで、今更エイプリルフールかよ、なんて笑い声さえ聞こえる。
そんな緊張感のない生徒達を抑えようと先生達がそろそろ怒鳴り声を上げようとしたとき──空から黒い雷が降ってきた。
空気を裂くようなズシャッ、と物凄い音が喧騒をかき消す。
雷の落ちたところには赤と黒の靄が渦巻き、なんとも不気味だった。
もう笑う人なんていなかった。
隣のクラスの女の子がガタガタと肩を震わせている。そりゃそうだ、靄の中から出てきたモノを見て、これは警察や自衛隊も動かせないなって納得しちゃったもん。
一言で表すと、それは『怪物』以外の何者でもなかった。
かろうじて人の形に見えなくもないけど、軽く2mはありそうな巨体にひび割れた武具を纏い、あちこちから突き出た突起、手には信じられないほどの長さの刀を携えている。靄の赤色は、こいつにまとわりつく炎だったみたい。
決して醜悪な見た目というわけでもないけど、これはさすがに怖い。普通に怖い。
あちこちから甲高い悲鳴が上がるけど、誰かが下手に逃げないことを祈っとこう。
「ふーん、おめえが大将か?」
よく通る凛とした声が降ってきた。
ていうか実際、マイクかメガホンなんかで拡張されたみたいな声だ。
正確には頭上、それも後ろから。
一斉に声の主を振り仰ぐと、校舎の正面玄関の屋根部分に、人影が見える。紛れもない、朔くんだ。
でも、さっきとは服装が変わってた。
遠目だけど白い和服と灰色の袴、つまり和装に着替えたみたいだ。
意味はわからないけど。
そうしたらいきなり前方から低い唸り声が聞こえてきてビクッと意識を戻す。
もしかしたら怪物は朔くんに返事をしたのかもしれない。
随分律儀じゃない? と一瞬考えたけど、昔々の戦国時代では一対一でお互いに名乗りをあげてから戦ってたらしいってことをふと思い出した。
怪物、刀持ってるしそういう考え方なのかも。
でも一対一というわけもなく、怪物の唸り声に続くように、その背後の靄から新たに異形が現れる。
思わず、げえ、なんて女の子らしくない声を出しちゃうくらいにはキモかった。
前に立つのと同じ形のモノも、もっと違う形のモノも、色違いのモノも合わせてざっと20くらい。
ずいぶんな大勢でこっちを潰しに来たみたいだった。
これには朔くんも、ちょっとうんざりしたような声音になる。
「なかなかたくさんのお友達がいらっしゃるみてえだな……わがまま言って二部隊連れてきた甲斐があったなこりゃ」
その言葉にひっかかってもう一回後ろを振り返る。見間違いじゃないよね。朔くん、一人だよね。でも今二部隊とか言ったよね。
……ん? ちょっと待って。
たしか審神者って、付喪神を従えて戦うんだよね。
それって何の付喪神なんだろう。
付喪神っていうからには、なにかしらのモノに宿った神様ってことでしょ。
考えたこともなかった。
こんなときにクエスチョンマークを勝手に浮かべ始めた私もなかなか呑気なものだと思うけど、それは朔くんのあの笑顔が頭に焼き付いて離れないせいだ。
この人なら、なんとかできそうな気がする。
直感がそう言ってるんだ。
「……さあ、ここからが見せ場だな」
ひとつ、手を打って言葉が続く。
「みんな、神ってのがどういう存在かわかるか」
「あれは、『信仰』がねえと何の力も持たないモノなんだ」
「審神者。付喪神。いきなり言われても嘘みてえだと思うよなあ」
でもさ、と一旦息を吐く。
「信じてくれれば、それだけで戦えるんだ」
「おれが使役するまでもねえ、みんながあいつらのことを信じてくれるだけで、あいつらは皆のために戦えるんだ」
「だから頼む。今この瞬間だけでもいい」
「審神者たちを、勇敢な付喪神たちを、おれを」
──信じてほしい。
どこか悲痛さのにじみ出るような声。
ひとつひとつに、これほど強い思いがこもった言葉なんて私は今まで聞いたことがなかったかもしれない。朔くんの声は、聞く人全ての心を揺さぶるような、そんな力を秘めていたんだ。
ずるいなあ、と思う。
だって今の言葉を聞いて、朔くんを、審神者を、まだ目にもしてない付喪神を、信じない人がいるはずないもんね。
瞬間、教室で感じたものと同じ、ううん、もっとずっと強い『気』が辺りに満ちていくのを感じた。
よかった、みんなの朔くんを信じる気持ちはちゃんと繋がってる。
ここから朔くんの表情はわからないけど、ほっとしたように、ひょっとしたら泣きそうな笑顔を浮かべた、気がした。
小さな声で、でもたしかにありがとう、と呟く。
もしかしたら不安だったのかもしれない。
明るい笑顔を作っていても、もしみんなが信じてくれなかったら、自分の力が及ばなかったら、って心配だったのかもしれない。
審神者になったからって、朔くんは私たちと同い年で、まだ16歳の子供だ。
そう考えると、遠くの存在に思えていた彼を、ちょっと近くに感じることができた。
顔を上げた朔くんは、すっかりいつも通りの調子の声を張り上げる。
「時間遡行軍さんよ、ちょいとばかし誤算だったみてえだな。数がありゃ勝てると思ったんだろうけど、生憎こっちも同じでさあ」
「普通なら一部隊、つまりおめえらもおれらも六対六だよな。それは時空を超える都合上負荷がでけえから、上限が設けられてるってこった」
バッグに手を突っ込んで、30cmもないくらいの黒い棒みたいなものを数本まとめて取り出す。
「でも実はさ、ちょいと面倒になるっちゃなるけど不可能ってわけでもねえんだよ。あいつらは依り代さえありゃ人の身を顕現することは難しくねえ」
そしてそれらを──前方へ。私たちの上空へ、投擲した。
「肝心なのは信仰、『人の子の信ずる心に神はあり』ってなあ!」
朔くんが投げた物体の影を思わず目で追って、私は言葉もなくぽかんとするしかなかった。
きっとみんなもそうだったと思う。さすがにもう驚くこともないと思ったんだけど、まさかこんな。
そのまま音を立てて地面に落下するはずの6本の黒い棒状のものは、瞬きをする一瞬のうちに6人の子どもになって、そしてそのそれぞれがふわりと列の先頭よりほんのちょっと前に着地したんだ。
「第二部隊、包丁藤四郎!博多藤四郎!五虎退!厚藤四郎!信濃藤四郎!隊長、乱藤四郎!」
朔くんの鋭い声に、
「ほーい!」「任せときんしゃい!」「は、はい…!」「おうよ!」「じゃ、頑張るよ〜!」「ふふっ、ボクに任せて♡」
と応えが返る。
6人の子ども、ってとっさに思ったのは、位置的にここからはかなり離れてるにしても、私よりかはみんな小柄に見えたから。
小学生くらいの外見かな、声もずいぶん高いけど、声変わりしてない男の子のもののような気がする。
あ、でも、最後に呼ばれた子だけ、やたら髪が長くてスカートを履いてるように見えるような……うん? 女の子なのかな……?
あと今のは、名前なんだろうか。
あの子たちが人間じゃないことは確かなんだけど、人名なようなそうでもないような不思議な響きだ。
続いて新たに5つの黒い影が飛び出し、第二部隊って呼ばれた子達の横に肩を並べる。
「第一部隊!後藤藤四郎!前田藤四郎!平野藤四郎!薬研藤四郎!秋田藤四郎!」
「頑張るぜ!」「全力を尽くします!」「補佐致しましょう!」「任せな大将!」「楽しみです!」
互いに肩を叩き合う少年たち(?)。朔くんはというと竹刀袋から何かを取り出すところだった。
黒革の袋からするりと抜き払われたそれを見て、私ははっとした。ここからでもわかる、あれは日本刀だ。
もしかして、と11人の子どもたちをよく観察してみると、私はあることに気づいた。
朔くんが投げた黒い棒は、子どもに変わったわけじゃない。
その証拠に、彼らはひとり1本ずつ黒い棒を腰に提げている。
あの子どもたちは、それ──つまり、刀から派生した付喪神なんだ。
それならさっきの『依り代さえあれば人の身が顕現できる』っていう台詞も納得できた。
あまりにも非現実的なことに変わりはないんだけどね。
そう考えれば合点がいく。
審神者が率いるのは、刀剣の付喪神様。
だから敵も、それぞれ刀を持ってるんだね。
よっ、という掛け声と共に、今度は刀を投げることはせず手に持ったまま、朔くんが跳躍する。
そのまま私たちの頭上を越えて、子どもたちと列の先頭の間に舞い降りた影は、ふたつ。
そこで、もしかして付喪神様は全員可愛らしい子どもの姿なのだろうか、という私の考えはあっさり裏切られた。
朔くんよりちょっと高いすらりとした長身、子ども達とよく似た紺色の軍服に、携えた刀の鞘と同じ鮮やかな朱色の帯と黄金の鎧が映える。
そして何より目を惹くのは、ありえないほど自然な空色の髪だった。
細かいところは見えないけど、恐ろしいほどのイケメンであることは確かだった。
もうオーラが人間レベルじゃないもん。
空色のイケメンは降りてきたときから朔くんの手を取っていたんだけど、まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいに手甲越しにその手に口づけた。
朔くんは呆れたように苦笑いしてる。
今の朔くんの格好がお姫様とはあまりにもかけ離れててなんとも言えないけど、美形同士がやるとこんなに様になるんだな……って場違いにも遠い目をしてしまう。
イケメンは手を放すと、子どもたち共々こちらに向き直って、ざっ、と一斉に片膝をつく。
集団行動のプロもびっくりなんじゃないかと思うくらいにブレのない動きだった。
これまた人間離れした金色の瞳が私達の顔を見据えるのがわかる。
「第一部隊長、一期一振。11振りの弟達と共に、粟田口の名に恥じぬ戦をお約束致します。──そして、主の故郷であるこの時代を、私達を信じてくださる皆様を、この力を尽くしてお守り致しましょう」
容姿の印象を裏切らない丁寧な口調の爽やかな声が、不思議と安心感を与えてくれる。
ていうか、後ろの子ども達はこのお兄さんの、あっ違った、このいちごなんちゃらっていう刀の弟だったのか……
「よっしゃ、ここはおれが守ってっからおめえらは好きに暴れてこい。いち、でかい奴は頼んだぞ」
「お任せください」
朔くんがイケメンの背中をしばいて、イケメンが笑顔で返すと、
「ボクだって今日は隊長なんだから!いち兄、勝負しよ!」
「隊長同士だけはずるいです!」
「俺もいち兄と勝負したいー!」
さっきの女の子っぽい子を始め、途端に弟たちが群がる。いち兄、っていうのはいちごなんちゃらさんの愛称なのか……可愛いな。
いち兄と呼ばれたイケメンは案外豪快にはっはっはと笑うと、
「それじゃあ、頼りにしているよ、私の自慢の弟たち」
目をきらきらさせた少年たちが、眩しい笑顔で元気よく返事をした。
ここで前言撤回。
一度始まった彼らの戦いは、可愛らしいなんてものじゃなかった。
自分の何倍もある大きさの敵にも臆さず、子ども達は軽々と宙を舞って携えた小さな刀で確実に相手を斬り裂く。
戦闘経験なんて皆無な私にも殺気なんてものはひしひしと伝わってくるんだけど、それより兄弟達と一緒に戦えることが嬉しいみたいで、皆揃って笑顔なのが逆に怖い。
目まぐるしく飛び回る戦いの渦中から、笑い声や気勢がひっきりなしに聞こえてくる。
倒された敵は、人魂みたいなものに変わって、空に昇っていくようだった。
神様というだけあって、もしかしたら敵を倒してるというより浄化してるのかも。
気づいたら10分くらい経っていて、私だけじゃなくたぶん他の生徒も先生達も、ぽかんとその戦いを見てた。
いつの間にか敵の軍勢もかなり削れていて、残るは最初に出てきた大きな怪物くらいだった。
残党を片し終わった子どもたちが、少し息を切らしながら、でも充実した表情で元の位置に戻ってくる。
子ども達の頭を順番に撫でくりまわしていた朔くんがつと目線を上げて、にいっと笑う。
視線の先には、怪物と対峙する空色のイケメンの背中。それに気づいた子ども達が、わっと声援を送った。
「いち兄ーーーー!! 頑張れぇーーー!!!!!」
その声に感化されるように、整列する私たちの中からも声が上がる。なんだかスポーツの試合の観戦みたいになってきてるね。
「やっちまえー!」「いいぞいいぞ!」「頑張れーー!!」「信じてるよ!」「勝てー!」
私もこっそり、手を組んで祈る。
私には何もできないけど、せめて、朔くんと付喪神様たちに、勝利を。
心から祈った。
そして朔くんからも激励が飛ぶ。
「おい、いち、聞こえてるか! 折角だ、おめえの見た目に似合わねえ図太い根性、弟と皆に見せてやれよーー!!」
イケメンはちょっとずっこけたみたいだったけど、肩越しにちらりと振り向いて叫び返す。
「み、見た目に似合わないは余計ですぞ主! しかし、皆様のご期待に応えられぬようでは、一期一振の名折れですな……なれば、」
低く落とした姿勢から、刀が目にも留まらぬ速さで振り抜かれる。
「吉光の名は、伊達じゃないッ!!」
裂帛の叫び声と共に放たれた一撃が怪物の巨体を真っ二つに裂き、断末魔の悲鳴が響き渡る。
チン、と気持ちいい音を立てて刀を納めた一期一振さんがゆっくり振り向くと、運動場は歓声に溢れた。
「任務遂行お疲れ様でした。一一三五番、よくやってくれました」
一期一振さんがガタイのいいラグビー部員に胴上げをされ、興味津々な女子たちに子どもたちがもみくちゃにされている中、さっきの校内放送と同じ声が聞こえてそちらを見ると、朔くんの手元に浮かんだ不思議な液晶画面みたいなものから聞こえてくるみたいだった。
「お役に立てて何よりです。じゃ、そろそろ帰還を──」
「その必要はないよ、主!」
朔くんの言葉をかき消すように大きな声が響いて、さらに大きいサイズの液晶画面が上空に展開する。
なんだなんだとみんなが見上げると、幅10mほどもある画面に映ってたのは、色違いの着物を着た、私達と同い歳くらいの二人の男子だった。
「清光!? 安定も! どういうことだ!」
画面を見上げた朔くんがびっくりしたように叫び返す。
ってことは、あの人たちも刀の付喪神なのか。
「いや、せっかく主が故郷の時代に帰ってるんだから、ゆっくりしてきたらいいのにねって話になって」
「政府の人に話してみたらいいって言ってくれてさ」
赤いつり目の男子とくるっとした青い目の男子が交互に話す。
なるほど、つまり朔くんの帰省のために手を回してくれたってことね。
すごくいい人たちじゃん。
「そっか。ありがとなおめえら」
「いーっていーって。主いつも頑張ってるんだし、たまには羽伸ばしてき──うわちょっと」
ドタドタドタ、と騒がしい音の後、2人を押し退けて、なんだか、すごく犬を連想させる茶髪の男子が画面内に現れた。
「おおー!ここに映っとるんが主の時代か! なっはは、珍しいもんがようけありそうじゃのう、わしもいっぺん行ってみたいぜよ〜」
ドラマや漫画とかでよく見る坂本龍馬みたいな喋り方のその人の横から、さらに二人の男性が顔を出す。
二人ともちょっとずつ色は違うものの綺麗な紫の髪で、どことなく上品な顔立ちをしてる。
「清光? 安定? 陸奥? 何をしているんだい?──おや、賑やかだと思って来てみれば主じゃないか。粟田口の皆も、任務ご苦労さまだね」
「主。これからそちらで少しぐらい自由時間はあるんだろう? 陸奥もああ言っていることだし、平成の文化を感じられる雅な土産を頼むよ」
そしてその言葉が終わらないうちに、画面の手前に白いものがにょきっ、と生えてきた。
と思ったら、それは白い布を被った男子だった。
顔はよく見えないけど、翡翠色の目がきらきらしてる。
「……のんびりするのはいいが、あまり遅くなるなよ。兄弟が心配する」
いちばん画面にどアップで映ってる割に、そっぽを向いてぼそぼそと呟く。
それまで頷くだけで精一杯だったらしい朔くんが、ようやくふはっと笑い声を洩らした。
「六振りともありがとな。土産たくさん買って帰るからいい子にしとけってみんなに伝えてくれ」
場所で揉めてたらしい六人がようやく画面内に収まって笑う。
と、さらに新たな声が聞こえてきた。
「おい初期刀組ー! どこだ! 貴様らまだ内番が終わっていないぞ!!」
「あ、やばい長谷部が来る!」
「じゃあ主、また!」
ブツン。
最後にバタバタと解散する彼らの背中を映した後、ブラックアウトした画面は青緑色の光になって消えていく。
「え、なんか、俺が思ってた神様と違う……」
急に静かになった運動場に、うちのクラスの男子の呆気に取られたような声がいやに響き、
「それな……」
振り向いた朔くんの苦笑混じりの同意に、みんなが声を上げて笑った。
もちろん、私も。
神様って聞いて、どんなひげもじゃのおじいちゃんだろうって思ったら、最初に私たちよりちっちゃい子ども達が出てくるし。
アイドル顔負けのイケメンは出てくるし。
画面の向こうにも個性の強そうな面子が揃ってるし。
なんか全然、怖そうな印象はなかった。
逆にあんなふうな神様たちと一緒だから、大変なんだろうけど、朔くんもこんなにパワフルに笑っていられるんだろうな。
朔くんたちが未来に帰ってしまっても、私たちの毎日は彼らに守られてる。
私は戦うことなんてできないけど、せめて審神者と、優しい付喪神様たちを応援しよう、と心に決めたのだった。
1/1ページ