伽藍堂
ナマエヘンカン
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目が眩むほど真っ白な電子空間。
膝をついた死神と、水色の燐光を放つロボットしか存在しなかったその空間に、突如として現れた人影があった。
柔らかい低音がロボットを諌める言葉を紡ぐと、Voidollは素直に力を緩める。
──誰だ……?
よって、手放しかけた意識を徐々に取り戻す13は、未だぼんやりする頭で新たな存在を認知するため思考した。
しかしすぐに、まずくないか、という結論に至る。
なにせ、この#コンパスのホームを取り仕切る管理人たるVoidollをひとことで制するとなると、それよりも上の立場にいる者ととって差し支えないだろう。
消滅は免れたものの、厄介な奴に目をつけられたかとうなだれながらも顔を上げると、黒く透き通る穏やかな瞳と目が合った。
「……は? 人間のガキ……?」
「ガキて……まあ、あんたからしたら確かにそうなんかもな。ほら立てるか、死神くん」
呆然とする13に向けて掌を差し出しているのは、十八歳かそこらの少年であった。
茶色の猫っ毛に狐を思わせるつり目、しかしその表情と聞き慣れない訛りを持った優しげな声音のためか決してきつい印象はない。
シンプルなセーターにスキニーパンツ、その上から赤い半纏を羽織ったなんともラフな服装からは微塵も威厳を感じさせず、13は余計に混乱した。
「アナタガワタシノ業務ニ口ヲ挟ムナド、珍シイデスネ?マスター」
特に感情の動きを感じさせることはなかったが、Voidollは意外そうに首を傾げた。
それを聞いていち早く反応したのは、マスターと呼ばれた少年ではなく侵入者のほうだった。
「ッ!?〝マスター〟……だと?」
「え?はあ、おれは確かにこのホームの〝マスター〟やけど。どうしたん?」
──おいおい、『マスター』ってのが実体のある人間のガキだなんて聞いてねえぞ!
13はもちろん何も知らずに#コンパスの世界に潜り込んだのではない。
ある程度下調べをしておいたのは事実だが、ホームに一人ずつ存在する『マスター』というものが何なのかとは明確にされていなかったのである。
まさかこの電脳空間の中で、生身のヒトに遭遇するなど可能性のひとつにも数えていなかった。
しかし逆にこれは好機かもしれない。
Voidollが一番の脅威であることに変わりはないが、他ヒーローの力は制限されており、責任者は特に何の変哲もないごく普通の人間ときた。
Voidollさえ上手く抑えられれば、任務の遂行など楽勝ではないか。
「いーや、マスターってのは、もっとゴリゴリマッチョのオッサン想像してたからびっくりしちまっただけだ。それより助けてくれてありがとよ、あと10秒も遅けりゃこのカタコトマシーンに消し飛ばされちまうところだったぜ」
「気にせんといてや。ボイちゃんって意外と手ぇ出してまうの早いもんなあ、堪忍堪忍」
「アナタノ警戒心ガ不足シテイルダケダト判断デキマスガ……ソレヨリマスター、コノバグヲドウ処分スルツモリデスカ?」
「ああそうやな、忘れてた。──いや、いっぺんお上に突き出してみようと思ってさ」
「………………………………は?」
その言葉を聞いた瞬間、へらりと笑っていた13の顔が固まる。
固まるといってもマスクから覗く赤い瞳が大きく見開かれただけであったが。
差し出していた手で13の肩を軽く叩き、少年は変わらずにこやかに続ける。
「どんな手使ったかは知らんけど大したもんやで、死神くん。ボイちゃんのトラップに一切引っかからずにここまで入って来れたのはあんたが初めてや」
「はっ、そりゃどーも。で、お前、俺ちゃんをどうするって?」
「お上──つまり#コンパス全体を取り仕切ってる運営部にあんたを引き渡してみようって言うたんや。いろいろ調べられた後、まあどうなるかはわからんけど……」
13の鋭い眼光で射抜かれても動じる様子を見せず、少年は意味ありげに妖しく笑う。
そんな彼に、とうとう舌打ちを洩らした13が襲いかかろうと背の鎌を引き抜いた瞬間。
「ボイちゃん」
あくまで柔らかな声音で、少年が管理ロボットの名を呼んだ。
「承知。侵入者ヲ再ビ拘束。分解処理ヲキャンセルシ、本部ヘノ転送モードヘ切リ替エマス。カウントダウン、開始」
それまで静観していたVoidollが言葉を紡ぐたび、目まぐるしく13を取り巻く状況が変化する。
先程の緑の帯が身体を縛り、足元に転送陣が現れ、毎秒減ってゆく数字と共に13の身体が揺らぎ始める。
もはや指一本も動かせない13が、せめてもの抵抗で少年を睨み続ける。
「ああそういえば。まだ名乗ってへんかったなあ。こりゃ失礼、うちは椛いいます。あっちでバラバラにされへんかったら、またどこかで会いましょ。死神くん」
「てめえッ……覚えとけよ……!」
最後にいちばん不吉な言葉を残して微笑む椛と名乗った少年に悪態をついたところで、カウントダウンの数字が0を示した。
侵入者があとかたもなく消え去った電子空間には、椛とVoidollだけが取り残される。
「侵入者ノ転送、及ビ本部のGardollヘノ報告モ完了シマシタ」
「お疲れさん。急に無理言って堪忍なあ」
「コノクライ造作モアリマセン。トモアレ先程モ言イマシタガマスター、アナタガワタシノ業務ニ口ヲ挟ンダノハコレガ初メテダト記憶シテイマス。ドウイウ風ノ吹キ回シデスカ?」
自身のAIでは理解できなかったことが不満だったようで、Voidollがしつこく追及する。
それに対し、椛は上品に半纏の袖で笑んだ口元を隠して言った。
「別に。ただなんとなく、おもしろいことが起きそうやなって感じただけやで」
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