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第3章

その月の三日後、義勇は14になった。

だから何が変わるでもなく、ただひたすらに己を鍛え、任務に邁進するだけだった。
使い込んだ日輪刀も鍛冶屋の里で打ち直してもらい、自分もこまめに手入れしていた。
よく使い込まれていながら、義勇は扱いが丁寧だと好評価を里から得ていた。

いつの間にか、ずっとあちこち彷徨いていることも言われなくなった。
むしろ義勇が応援や援護に駆けつけると、柱が来たかのような反応を隊士達から受けるようになっていた。

本人には甚だ迷惑だが、隊士達に活力が湧くのは肌で感じるのでいかんともし難かった。

(俺は、柱じゃない)
山の中を一人歩きながら義勇は憮然となる。
あの祭りの神とかのたまう音柱に久々に柱になるよう言われたせいか日が経つのに、頭が重くて仕方ない。
周りからもやけに期待されるからか、体も重い。
放っておいてもらいたかった。
だからますます人と距離を置いて、応援や援護を終えるとさっさと撤収した。
何だか逃げているようで余計もやもやした。
「そういえば……音柱とは初めて聞くな……」
今更、そこに至る。
おそらく、炎柱や岩柱そして雪柱は把握していたのだろうが。
「氷月とあまり話す機会もなかったか」
本当に今更だ。
「……」
振り返ると虚しくなって来るからそれ以上考えるのを止めた。

風はまだ冷たかった。
雪解けもまだ先だから、まだ銀世界が広がっていた。
鬼が関与する事件事案を調査する為、日の沈まないうちに山を越えたかった。
調べた事を少しでも多く伝える為に。
「……?」
視界が揺れた。
足元がふらついて、体が傾いだ。
「……っ。何だ?」
ざむ、と雪に両手を着いた。
こんな所で体調を崩すとかあり得なかった。
意識を喪失すれば、鬼の餌食になってしまう。
「何だ……急にこんな所で」
しかし、体を支える事ができなくなった。
雪の上に、横倒しに倒れてしまう。
「義勇!」
鎹烏が叫ぶように鳴いた。
「ここへ隠を……」
皆まで言えず首がかくんと落ちた。
頭に雪の冷たさが、髪が濡れていくのが伝わって来る。
急にどうしたのか……。
頭が重くて、体も重い。
動けなかった。
「富岡か?地味にひっくり返ってどうした」
雪さえも舞い上がらせる事なく、あの祭りの神が降って湧いた。
「……うわ、派手に顔が真っ青だぞ。大丈夫じゃねーな」
「お前、何故ここにいる……」
「は?鬼の足取り調査に決まってんだろ。成り立ては実績積まなきゃなんねーし?」
ふわりと体が浮いた。
宇髄の太い腕にあっさり横抱きにされていた。
落ちそうになっていた意識が、羞恥で一瞬覚醒した。
「おい……下ろせ」
「好きでやってねーよ!背中は日輪刀背負ってるんだ。これしかねーだろが」
悪態吐きながら宇髄は、義勇の目方などものともせず走り出した。
「飛ばすからな」
「下ろせ……恥をかきたくない」
この現状は鍛えてどうなるものの恥のかきかたではない……。
「あぁ!?馬鹿か?歩いて帰れんだろうが!具合悪い奴は黙ってろ!ボケ!」
宇髄の全力疾走は、上背の高さを感じさせず軽快だった。
独特の走り方で雪をものともしない。
(すごい安定感だ。速度が落ちない)
抱えられている義勇にかかる負荷など最小限だ。
(駄目だ……)
急に目の前が暗くなった。
かくんと宇髄の肩に頭が落ちる。
「富岡?おい!」
宇髄が呼び掛けるが義勇は完全に意識を喪失していた。
「やべぇ!お前!急患だ!蝶屋敷に伝えろ!」
派手な飾りを着けた鎹烏が一声鳴き、飛翔していった。

かちんという音に、義勇の意識が覚醒した。
「ごめんなさい、起こしてしまいましたね」
見たことない顔だった。
頭の両側に蝶の髪飾りを着けた少女が、何やらガラス瓶を吊るしている所だった。
「これは点滴です。気分はどうですか?」
義勇の腕には管が刺してあってガラス瓶と繋がっていた。
「……よく分からない」
「ちょっと失礼しますね」
少女は断りを入れると、義勇の手首を取り親指の付け根付近に指を当て、首から下げた懐中時計を見ながら何やら計っていた。
「点滴が終わったら楽になると思います。また様子を見に来ますね」
懐中時計を胸元にしまい、少女は笑いかけた。
「ここは藤屋敷か?」
「いいえ。ここは通称蝶屋敷。鬼殺隊士達を治療する施設ですよ」
治療施設があるのは知っているが、いつから蝶屋敷と呼ばれるようになったのか。
「私は胡蝶カナエ。鬼殺隊士ですが医療にも従事しています」
よく見れば確かに隊服を着ている。
「富岡義勇だ」
「はい、知っています。音柱様が担ぎ込んで来たときに、名前を聞きました」
「そうか……」
「精神的な圧力や緊張が重なっていたみたいですね」
気遣わしげな表情を浮かべカナエは言った。
「私は退室します。何かあったら鈴を鳴らして下さいね」
枕元に紐が伸びていて、天井に蝶が着いた鈴が下がっていた。
「じゃあ」
カナエは言って、部屋を出て行った。

「カナエ、あいつはどうよ?」
カナエが部屋を出て角を曲がると、あの派手な出で立ちの宇髄が壁に寄りかかって待っていた。
「だいぶ疲労していますね。精神的に」
「精神的な疲労ねぇ……」
カナエは14歳だが、この医療施設の先代に師事を受け医学や薬学を修めた才女だ。
岩柱悲鳴嶋に妹しのぶと共に命を救われ、渋る行冥を説得して鬼殺隊士となった。
「点滴が終わっても、一週間様子を見ないと」
壁に寄りかかったまま、宇髄は天井を見上げた。
「あいつ単独行動が多いんだよ。山で俺様が鉢合わせなけりゃ鬼に喰われてた」
「それか凍死ですね」
さらっと言われた。
宇髄は一瞬言葉に詰まる。
「……精神的に疲労してるのは、単独行動が噛んでるのか?」
「そこまでは分かりません。本人から聞かないと」
「本人にねえ……」
鎖の鬼を撃破後の義勇と会話したが、あの感じでは聞き出せそうにない。
「しっかし、あの野郎……」
ぎりと宇髄は眉を吊り上げた。
カナエが言葉を待つ。
「俺にタメ口聞くわ、お前とか言うわ、祭りの神に対して口の聞き方がなってねぇ!」
「それですか……」
カナエは苦笑いしか出てこない。
「ここでは大きな声を出さないで下さい!」
カナエより小さな体格の11歳くらいの少女が眉を吊り上げ、宇髄を叱る。
「お、胡蝶妹」
「しのぶです!音柱様」
幼いながら隊服を着ている。
流石は岩柱が見出だしただけの事はあった。
長い髪をひっつめにして、蝶の髪飾りを着けていた。
しのぶは姉の医療補助をしていた。
カナエと姉妹だけあって、しのぶも医学や薬学の修得が早い。
「もう!貴方がここへ来ると五月蝿くて仕方ないです!」
「相変わらず派手に威勢が良いな」
「音柱様も相変わらずですね」
11歳のしのぶは同い年の娘達よりも大人びてみえる。
「あの方はきちんと私と姉さんで看ますから、もうお帰り下さい」
「もう、しのぶったら」
「言うことは一人前だな。分かった、俺は帰るよ」
しのぶの反応を面白がりながら宇髄は壁から体を離した。
「すみません、宇髄さん」
「良いって。じゃあな」
頭を下げるカナエと頬をぷんぷん膨らませるしのぶに手を振り、宇髄の姿は消えた。


そろそろ点滴が終わる時間になり、胡蝶姉妹は義勇の病室に向かった。
入ると、義勇はちょうど目を覚ましたようだった。
「富岡さん、お加減はいかがですか?」
「……悪くない」
笑顔のカナエの後ろに隠れるようにしのぶも続く。
点滴のガラス瓶は空になっていた。
「針抜きますね。ちょっと痛いですよ」
腕から抜かれた針の長さに義勇の目がぎょっとなった。
「そんな長い針が入っていたのか」
「皆、驚きます」
カナエは苦笑いして介助役のしのぶに針を渡す。
ブリキの皿にしのぶが受けとる。
針を抜いた箇所を丁寧に消毒して綿を当てガーゼで固定する。
「この子は、私の妹のしのぶです」
「……胡蝶しのぶです」
ぺこりとしのぶは頭を下げた。
「富岡さん、点滴は終わりましたけど一週間安静ですよ」
「一週間も寝ていられない」
カナエに義勇は言う。
「助けてもらった事は礼を言うが……」
「富岡さんには休息が必要です」
にっこりとカナエが笑う。
「また意識喪失して、宇髄さんに運び込まれたいですか?」
「宇髄……?」
「隠のお姉さん達が台所で何やら喜んでましたよ?」
やけに明るい笑顔でカナエが言う。
怪訝な顔をしていた義勇だが、
「……っ!」
記憶がよみがえってきて、義勇の顔が一気に赤くなった。
上背があり筋骨隆々の宇髄に横抱きにされ、運ばれている途中意識を喪失したのだ。
あの様で運ばれたのか……。
(恥だ……剣士としてなんたる事だ……)
「姉さん、大変!富岡さんの顔が赤いわ!」
しのぶが慌てる。
「大丈夫よ、しのぶ」
カナエの笑顔が爽やか過ぎる。
「一週間、絶対安静ですよ?富岡さん」
「分かった……」
義勇はうなずくしかなかった。
しのぶだけが訳がわからず、ぽかんとしていた。

「富岡くん、体調はどう?」
施設に入院してから三日目、義勇と同い年ということもあってかカナエは義勇に敬語ではなくなっていた。
「だいぶ良くなってきた」
義勇は長く上体を起こせるようになっていた。
「みたいね、顔色も良くなってきてるし」
食事も初日はあまり食べられていなかったが、少しずつ量も増えていた。
自分でもこんなに弱っていたのかと内心驚いた。
「あと4日、ゆっくり休んで。富岡くんにはゆっくりする時間が必要みたいだから」
「時間か」
「うん。ずっとあちこち仕事してたんでしょ?肉体的な疲労もたまっていたのよ」
「俺が彷徨いているのを知っているのか……宇髄からか?」
「宇髄さんから聞いた…それもあるけど、有名だから。富岡義勇は単独行動が多いって」
「そうか」
「まさか貴方がその本人とは思わなかったけどね」
カナエは言って義勇の脈を取り、手にした紙に書き込んでいく。
「体調が良くなって来たら少しは運動しましょう。少しずつね」
それだけ言ってカナエは筆と紙を手に踵を返した。
立ち止まるでもなく、カナエは退室して行った。
「……ありがとう……」
義勇は呟いた。
人伝てに義勇の事を聞いているのなら、柱になる事を固辞していることも知っているのに、何も聞いてこなかった。
それが、何だか救われる思いだった。
気が楽になった。
肩にかけた綿の入った上着を直すと、髪が胸元に滑り落ちた。
髪も長くなった。
「そういえば、紐は何処に行った?……」
思い出したように義勇は呟いた。













































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