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2章 善逸と森の剣士

小さい頃から、森が好きだった。
誰かと遊ぶより、森の中で1人時が経つのも忘れるくらい好きだった。
森は移ろう季節によって、気配を変える。
命が生まれ森へと還りまた生まれる円環。
枝葉から差す陽光、森の中を撫でて行くように吹き抜ける風、木々を潤す水の匂い。
森の命の息吹きを全身に感じていると、幸福感さえあった。

隼人の周りには、人間を喰らう『鬼』と『鬼狩り』の噂が囁かれていた。
だけど、実際彼の周りにそういった被害はなくただの噂話くらいにしか思っていなかった。
それでも彼は、鬼に襲われた人間が『鬼化』するということと鬼が実在して、襲われた人間が鬼化する。
そして、その鬼を退治する鬼狩り。
これらに興味があった。
調べてみたかったが家は貧しく、学ぶにしてもそんな余裕はなかった。
隼人も親を手伝って、小さい頃から働いていた。
母親が弟を身籠ってからは、より働かなくてはならなかった。
学校へは行けなかった。
弟が生まれてからは、なおさら働かなくてはならなかった。
生活は苦しくて、隼人は家計を支えたくて奉公に出ようか1人悩んでいた。
年の離れた弟を学校に活かせてやりたかったし、母親も伏せがちで薬にも金がかかった。
夜、1人森へと向かい悩んだ。
弟に寂しい思いをさせてしまう。
でも自分が奉公に出れば仕送りで家族を助けられる、と。
その時、森に漂う空気の中に異様な気配があった。
隼人は森の空間を把握する事ができるようになっていた。本人は気がついていなかったが。
息を吸い、静かに吐き出すと全身を葉が舞うような感覚に包まれた。
ー向こうだー
隼人は走り、たどり着いた先で視界に映ったのは、見た事のない異形の怪物。
そして、1人の剣士。
鮮やかな緑色の輝きを放つ刀を握っていた。
一瞬だった。
鋭い風が巻きおこった刹那、怪物の首が胴体から斬り飛ばされていたのだ。
そして、怪物は灰となって消滅した。
隼人は直感した。
この人は噂話に聞く鬼狩りだと。
そして灰になった怪物は鬼だと。
あり得ない現状を前に、冷静な自分がいた。
散っていく灰の向こうで、剣士がひたと隼人を見た。
「子供か。鬼ではなさそうだが何故ここにいる」
剣士に問われ、隼人は今しかないと自らの直感を信じ叫んでいた。
「俺を鬼狩りにして下さい!」
と。
「随分と唐突で、単刀直入だな」
剣士は呆気にとられ、次に苦笑いした。
森が隼人を剣士の元に導いた。
隼人はそう確信していた。
相手にされないのは覚悟していた。
食い下がるつもりでいたのだが。
「少年。どこで呼吸法を会得した?」
刀を鞘に納めた剣士に問われた。
「呼吸、法?」
「気がついていないのか?お前は」
剣士が、驚いた表情になる。
「お前の息の仕方は、鬼狩りの使う呼吸法というやつだ」
つい、と剣士の指先が隼人の足元を指差す。
「その足周りの汚れ方、随分遠くから走って来たのだろう。そして、それだけ走りながら少年は息を乱していない」
言われて、足周りを見ると確かに汚れていた。
そう言えば、気がついたら疲れにくくなっていた。重たいものだってなんだって運んでいた。
「少年。私と鬼がここにいるとどうやって知った?ここは、森の深部だぞ」
「意識を集中しました。そしたら、わかったんです」
言葉は詰まらず、すらすら出た。
剣士は、ほうと感心した表情になる。
「あの!俺は!」
「まずは落ち着け。私に分かるように子細を話せ」
だいぶ興奮して前のめりになる隼人に、剣士は苦笑いをしたまま落ち着くよう諭した。


鬼狩りにして欲しい。
その経緯を聞いた剣士は、柄頭に手を乗せ静かに言った。
「鬼狩りの世界は奉公より過酷だぞ。休みはない。体の欠損、或いは自分の限界を知るまで辞めることも許されない」
重い言葉だった。
「郷里にも帰れない。殉職したとしても骸さえもな」
組織は国の非公認。
何の保証もない。
「外の世界、鬼の事が知りたいでは動機になりませんか?」
「そうは言っていない。鬼狩りの志望動機は人様々。私は覚悟はあるのかと聞いている」
そして、ふっと笑った。
兄がいたらこんな風かと思う笑いだった。
「鬼を知りたい。それもあるのだろうが、お前の心底の理由は家族だろう」
あっさり見透かされていた。
「養うは良い。志望動機は少年の自由だ。だが、死んではならないのだぞ」
鋭い眼光が、隼人を射るようにひたと見る。
「はい!」
隼人は強く応えた。
「わかった。勘の鋭さ、胆力申し分ない。何より、既に呼吸法を会得している中々の逸材だ」
「!!では、俺は!」
顔が喜色満面になるのを抑えられなかった。
「今日の明日では性急すぎるだろう。7日待て、私が少年を働き手として迎えに行く」
「はい!」
隼人この時、14歳だった。


そして7日後、剣士は働き手を探している商人を装おってやってきた。
畑仕事の仕事ぶりに目をとめた体を作って。
布にはそれなりの大金を包んでいて、さすがにそれには隼人も両親も血の気が引いた。

子を売る真似はできないと母親は渋った。
しかし、当面はその金で暮らせる金だった。
隼人は今だと、ずっと奉公に出る事を考えていた旨を口にした。

「この人の目に止まったのもきっとご縁だよ!俺頑張って働くから行かせて欲しい」
両親に土下座のように頭を下げた。
両親は、散々悩んだ。
隼人は家族に嘘をつくのが心苦しかった。
でも覚悟を伝えると、両親はとうとう折れた。

「兄ちゃん、帰って来るよね?」
8歳の弟、颯太が泣き顔で袖を引いてきた。
「はっきりと約束できないけど、帰れる時は帰って来るよ」
だから、自分の分まで両親を頼むと言うと颯太は泣きながら頷いた。
ー嘘つきで、ごめんなさいー
絶対死なない。誰よりも強くなるから。

支度を済ませ、隼人を呼んで泣く弟、両親に手を振り隼人は郷里を後にした。
「あの……」
「さっきの金の事か?郷里を後にする感傷もなしか」
前を見たまま剣士が言う。
「家族に嘘をついて出てきたのに、感傷的になれません」
「……自分で決めた事だから、か」
「はい」
「決断の早さは構わんが、時にはよく熟考しろ。後ろを振り返るのもあって良い」
「……。」
「後々悩み、心を壊さんようにな」
「俺は大丈夫です」
隼人は、後を振り返らなかった。
家族はいつもこの胸の中に共にいる。
だから振り返らない。
「……そうか。では、修行では徹底的に鍛え上げ抜くから覚悟しておけよ」
剣士の言葉に隼人は頷いた。
「もちろんです。貴方に返さなくてはならないものもあるんですから」
「それだが、出世払いで良い。急がないからな」
えっと剣士を仰ぎ見ると、微かに笑っていた。
「お前は前のめりな所がある。修行を急がれて何かあっては困るからな」
隼人は後々、鬼殺隊士の一番下の階級癸の報酬を知り、絶句するのだった。


ざわ、と枝を揺らす風の音に隼人は我に返った。
日輪刀を手にしたまま立ち尽くしていたようだ。
もう忘れたと思っていた昔の事。
家族の、育手の師範の事。
何故、今思い出す……。
何十年も昔の事だ。
一度振り返らないと決めたら、貫いていたのに。
脳裏をよぎる、友の姿にどくん!と心臓が跳ねた。
刃を打ち合った。

ー隼人、落ち着け!こうなってしまっては、やるべきことは……鬼殺隊の本分を果たすしかない!ー

「黙れ……」

ー隼人!!ー

「貴方に……お前に……何が分かる……」
古い記憶に言葉が震えた。
心が騒ぐ。
自分の中の森が、ざわめく。
「何もかも失って、これ以上もう失いたくない」
隊律違反を犯した。
そこまでしても、守りたかった。
友に剣を向けても。

「隼人、さん?」
「ー!!」
背中にかかる声に、隼人は振り向き様に抜刀していた。
びっ!と音をたてて切っ先が切り裂いたのは、
「ひえっ!!」
善逸に着せた寝間着の胸ぐら。
善逸は、大股開きで気絶していた…。














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