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いずれ交わる道へ


どんなに頑張っても、弐の型から陸の型が全然修得できない……。
獪岳からは、「先生のお前にかける時
間は無駄」とか、「消えろ」とか、ぼろカス言われまくった。

獪岳との打ち稽古は、滋悟郎が立ち会ってなければ鬱憤晴らしに利用されたし、獪岳をかなり苛立たせていた。

木刀をいいことに、散々ぼこぼこにされた善逸は、一人で手当てしていた。
滋悟郎と下で修行するようになって、前より怪我の治りは早いし、体も頑丈になった気がする。
その分、気絶しにくくなって、余計にそれが獪岳を苛つかせるのか、滋悟郎のいない時の打ちのめしかたは、加速する。

「こそこそ嫌われるのもキツいけど、こうもはっきり嫌われるのもキツいよな……」
自分で包帯巻くのも馴れてきた。
「爺ちゃん、知り合いのいる町に出掛けて明日の昼じゃないと帰って来ないし……明日の昼まで、獪岳にぼこぼこにされるんだろうな」
獪岳は、滋悟郎がいないと善逸とは一緒に食事もしない。
そこまで嫌うなよ、とは思うが自分が獪岳を苛つかせているのが分かるから、どうと言えなかった。

嫌なら出て行けばいい。
前みたいに逃げ出して、楽すればいい。
でもそれじゃ変われない。
期待してくれている人がいるのに、その人を裏切れない。
「爺ちゃんに感謝だよ……あんだけ木刀でやられても、骨折れてないし。痣だけで済んでるし」
獪岳の狡猾な所は、痣が全部着物で隠れる部位ばかりだ。
顔の擦り傷は地面に倒れた時のものだし、額の痣もそうだし、滋悟郎が見ても不信がられない周到ぶりだ。

ぎすぎすした家の中で寝たくもないから、体の手当ても食事も寝るのも外でする、と決めていた。
何があったか分からないが、獪岳の音が更に不満と苛立ちの音が強くなって、歪に軋んでいた。
「やっぱり、俺が出来損ないだから……」
手当てを終えて、膝を抱えてうずくまる。
来年、鬼殺隊の選抜試験がある。
獪岳と共に行くよう言われているが、無理に決まっている。

試験場の藤襲山は鬼が放たれていると聞く。
壱の型しか使えない自分が生き残れるとは思えないし、あの瞬間、獪岳の音が物凄く軋んだのを覚えている。
「獪岳とは、行けないよ……」
滋悟郎は協力しあって突破して欲しいのだろうが、獪岳が拒絶しているのに絶望的だ。
なら、どうする?

ー壱の型、磨き抜けよ。それしかないぜー

どん、と地面に倒れて善逸は我に反った。
「あれ?疲れてるのかな?」
埃だらけの羽織を脱ぐと肩まで被る。
「……明日の昼爺ちゃんが帰って来るんだ。ちゃんと寝ておこ……」
木の根を枕がわりに、善逸は丸くなった。

そして、善逸の思った通り、善逸は昼前まで獪岳にぼこぼこにされた。


精神的に善逸はドン底状態だった。
滋悟郎がいない間の、獪岳の鬱憤晴らしの加速もあるが、恩人の技を一つしか修得できていないからだ。

その頃、同時進行している事象があった。

「善逸、かなり追い詰められてるね」
「あー、お前かよ」
真っ暗な深層意識の底で、深層善逸が「彼」に応える。
「あいつに、壱の型以外要らねーんだよ。お前だってわかってるだろ」
「仕方ないでしょ?表意識の情報は、俺じゃ拒絶できないから」
「だから潜在意識のお前に働きかけてやってんじゃん」
善逸の精神世界は、まるで多重人格がいるかのようだが、これらは善逸にとって変わる気はない。
あくまでも善逸の知らない、精神世界の底なのだ。

「木の上でとうとう泣き出してる。師範を困らせ出したよ」
「クソガキすぎるな……俺」
ハサミが、かちかち不気味な音を立てる。
「君が働きかけているからこれ以上できないのが辛いみたいだ」
「うるせえ。泣きわめかせときゃいいんだよ。もう、あいつの中で答えは出てるんだからよ!」
「善逸の命を脅かす輩は、全部ぶったぎる……本当の善逸ってけっこう怖いよね?」

周囲への破壊衝動や自傷行動は、全て内側に押し込められている分、そのエネルギーを処理しているのも深層意識だった。
だから、深層善逸はげっそりやつれている。
「あいつは人との繋がりを拒絶してねーから……俺が守らないと……」
そう言った時だ。
物凄い衝撃に襲われた。
全身が引き裂かれるような、焼けつくような熱さと痛みに襲われた。
「雷の直撃、食らったみたいだな」
しかし、深層意識の底に善逸が落ちて来ない。
「耐えたな」
「すごいね、善逸」
「普通、死んでるだろ」
「これって、出来てるね」
「ああ、全集中・常中な」
常に全集中の状態を指す常中。
この状態でいれば、体の回復が早まる。
身体機能も上昇する。
「しっかり、反映させてあるからな」
「さすが、深層意識」
「あいつが、気づいているわけねーけど、善逸が生きてるならそれでいい。」
善逸の精神世界は、相互補助の関係性。
表意識を深層意識が補助していた。
「師範は、善逸を分かってくれてるな…」

深層意識にも響く、「一つの事を極めろ」「打たれて打たれて強くなる鋼のような刃になれ」という滋悟郎の熱く優しい激に、珍しく深層善逸は小さく笑った。


「善逸、動けるか?」
「うん…」
辺りはすっかり夕闇が訪れていた。
木の上で泣きわめいた結果、雷の直撃を食らうという即死の事故に遭ったにもかかわらず、髪の色が金髪になるだけで済んだという奇跡が起きていた。
口から煙も出ていたのに、裂傷も火傷もない。
雷の熱量をどう逃がしたのやら。
「よっ、と」
ふらつきもせず善逸は立ち上がる。
「あーあ、爺ちゃんからもらった羽織、焦げてる……」
情けない顔をして、善逸は羽織を眺め下ろす。
「本当、俺ろくでもないや……」
「羽織はまた作ってやる。そんな顔をするな」
滋悟郎は、善逸を観察する。
雷の直撃を食らった時は死んだかと思った。
善逸の昇っていた木は裂けて、焼け焦げていた。
しかも背中から落ちて、脊椎も頸椎も損傷がない。
髪の色が変わるだけで済んだのは、運が良かった……で説明がつかない。
(善逸は……会得しておる……でなくては雷の直撃で生きているわけがない。)
本人は気づいていないようだが。
「今日はもう帰るぞ」
「うん…」
獪岳がいると思うと足がすくむが、滋悟郎がいれば大丈夫だった。

「何ですか……こいつの髪は」
朝と晩で別人みたいな髪の色になった善逸を見て、獪岳は当然絶句した。
「雷の直撃を受けてな……まあ、命が助かったのは幸運じゃったよ」
その会話を背中に、善逸は今日の晩ごはんを用意していた。
「善逸、本当に大丈夫か?」
晩ごはんの用意をする善逸に滋悟郎は声をかける。
「全然平気だよ」
短く言って、せっせとお膳を並べ、料理を並べて行く。
ふらつきも、どこか痺れた様子もない。
「善逸、念のため医者に診てもらおう。何かあっては一大事じゃ」
医者、と聞いて善逸はぎくりとなった。
診てもらったりしたら、獪岳の鬱憤晴らしの痕がバレてしまう。
「本当に大丈夫だって。ほら、来年選抜試験でしょ?爺ちゃんは獪岳の修行つけなきゃ」
獪岳からも動揺の音がする。
自分が黙っていればいいのだ。
獪岳は悪くない。
出来損ないの自分が悪いのだ。
「……善逸、何か隠しておらんか?」
「何も隠してないよ?爺ちゃん、心配し過ぎだって」
善逸はしれっと振る舞った。
「なら、良いがの」
「うん、大丈夫だって」
滋悟郎に笑顔で応え、善逸はやり過ごした。


(俺の事を庇いやがった……どういうつもりだ)
夜中、獪岳は善逸の部屋に入り込んだ。
善逸は、すやすや眠っている。
呼吸にも異常はない。

冗談みたいな話だ。
雷の直撃受けて、生きてるなど。
詳しく聞けば、こいつの昇った木は黒焦げて裂けたという。
雷の直撃受けて、髪の色変わるだけで済んだのは幸運とか、あり得なかった。

(こいつ、まさか?)
背筋がゾッとした。
自分でもまだ会得していない、全集中・常中を会得している可能性がある。
でないと、雷の直撃を食らって生きているわけがない。
いくら木が雷の力を逃がしているにしても、即死だろう。即死でなくても後遺症が出るはずだ。
しかし普通に食事はしたし、後片付けも一人でやると言ってやり通したし、異常は見られなかった。
今もすやすや寝こけている。
部屋に侵入されているのに。

「う~ん」
ごろんと善逸が寝返りを打った。
寝間着の合わせがずれて、包帯からはみ出した赤い痣が見えた。
自分が鬱憤晴らしでつけた、稽古と称した暴行の痕だ。

最近、打たれ強いのだ。
やってもやっても倒れない。
弱いくせに、遅いくせに、止めようとしない。
だから、余計に苛立ってきて、動けなくなるまでぼこぼこにしてしまう。
打たれ強くなってきたのも、常中状態が出来てるためか?
そう思うと、嫉妬と怒りが込み上げて来る。
(こんなカスと来年、最終選抜に行けって言うのか?)
そして協力しあって突破し、二人して鬼殺隊に入る?
(……冗談じゃねぇよ……周囲から馬鹿にされるじゃねぇか)
それに同じ時期に試験を受けるということは、善逸が自分に追い付いてきているということに他ならない。

(目障りだ。いっその事、再起不能にして……)
じり、と善逸に近づいた。
精神的に追い詰めて、ここから出ていかせる。
対策は考えている。
獪岳を庇った時点で、滋悟郎に善逸が本当の事を言う訳がない。
(消えろ、このカス)
首に手を伸ばしたその時。
全身が軋む程の殺気に晒された。
これ以上踏み込んだら、自分が殺される。
獪岳の全身に、脂汗が吹き出した。

(なんだ……あれは)
逃げるように善逸の部屋を出た獪岳は、家の外にいた。
脂汗が止まらない。心臓も早鐘を打っている。
(あいつ、寝ている筈なのに……あの殺気は何だ?)
善逸の殺気に臆した……。
(そんな訳あるか!!)
強引に否定した。
痛め付けるのを止めたのは、滋悟郎に発覚されるのを恐れたからだ。自分に言い訳をした。
「あのカスに、俺がビビる訳あるか」
夜の闇に、獪岳は吐き捨てた。

ー時が過ぎー

善逸15歳の年。
本来なら獪岳と藤襲山へ最終選抜に行かねばならないのに、出立の刻限になっても善逸は来なかった。
「あの大馬鹿者!!逃げおって!!」
逃亡阻止の罠もこういう時に限って、見事に突破されていた。
「俺は構いませんよ。先生」
「獪岳、そうは言うが」
「あいつの性根を鍛え直してやって下さいよ。あいつ、基礎は出来てるんでしょう?」
「ううむ……」
滋悟郎は顔をしかめ、唸った。
「では、俺は行きます」
獪岳は滋悟郎に頭を下げ、日輪刀を手に藤襲山へと向かって行った。

「獪岳……」
獪岳の姿を善逸は、こっそり見送っていた。

自分は行けない。
まだ共に戦えない。
だから、ここで修行する。

壱の型を極め抜く。
どんなに辛くても、苦しくても。
爺ちゃんが言ってくれたから。
「一つの事を極めろ」
と。
壱の型を極め抜いたら、追いかけるから。
獪岳は嫌がるだろうけれど。

いつか、肩を並べて戦いたいから。

「きっと、認めてくれるよね」
善逸は、踵を返し、山の中に入って行った。


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