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いずれ交わる道へ

初めて会った瞬間から、自分は嫌われているとわかった。

一年の奉公があけ、次の仕事を探している最中に知り合った女の子に騙され、山のような借金を背負わされ人生どん底の時、桑島慈悟郎に救われ、慈悟郎の弟子として、慈悟郎の家に連れて来られた。

そこには、善逸より年長の少年がいて、慈悟郎を出迎えたのだが、慈悟郎から事情を説明されると、明らかに、嫌な音が聴こえた。

俺はこの人に、歓迎されてない。

気まずくて、いたたまれなかった。
でも、借金を肩代わりして払ってくれた慈悟郎に恩返ししないなんてできなかったから、逃げ出したかったけど、踏みとどまった。


修行は善逸が想像していた以上に地獄だった。
奉公先でもいろんな目にあってきたが、辛すぎて沢山泣いた。

そんなある日。
慈悟郎の見守る中、善逸は藁の的を前に、教わった雷の呼吸を繰り返していた。
手には真剣。
藁を壱の型で、斬る課題を課せられていた。

慈悟郎に散々、体の使い方の基礎を叩き込まれた。
受け身の取り方、雷の呼吸の真髄である脚力を活かす筋肉の使い方。
その過程において、これは慈悟郎しか気づいていないが、修行しているうちに、善逸は全集中の呼吸も本人が気がつかないうちに会得していた。
通常の呼吸から、全集中の呼吸へ善逸は何気にやっていた。
それが彼にとって自然な事過ぎて、気がついていないのだ。

慈悟郎は、善逸に可能性を見いだしていた。
やはり、自分の目に狂いはないと。
問題は劣等感からくる自信のなさだ。
それが才能に歯止めをかけているのを、どうにもしてやれなかった。

慈悟郎が見守る中、なかなか動きがないように思えたが。
すっ、と善逸の左足が大きく下がる。
体が前傾姿勢になり、柄に手がかかる。
しぃぃぃぃ

動く。

慈悟郎の眉が動いたと同時に。

稲光を残して善逸の姿が消えた。

善逸の姿は的の向こうに、駆け抜けていた。
キン、と済んだ鯉口の噛み合う音の後、的がばっさりと地面に転がり落ちた。
「え……」
信じられないという顔をして、善逸は斬られた的を振り返り見詰めた。
「爺ちゃん……俺……」
呆然と善逸は慈悟郎を見た。
「できたな善逸!壱の型ができたな!」
善逸は斬られた的を拾い上げ、ようやく実感した。
「斬れた……やっと出来た…よ」
ぼろぼろ涙がこぼれた。
「諦めなかったからだぞ、善逸!」
慈悟郎が満面の笑顔で、善逸の背中をばしばしと叩いた。
「痛い……痛いよ、爺ちゃん」
ぐすぐす泣きながら善逸は背中を叩かれ続けた。
「一つ前進だ!しかし、ここからだぞ」
「ふぇ……?」
「雷の呼吸の型はあと五つだ。ここからだぞ、善逸!」
「う、うん……がんばる、よ」
「涙と鼻水を拭かんか、全く……って儂の袖を使うでない!馬鹿者!」
「いでっ!」
師匠の袖を鼻紙がわりにしたために、善逸は思いきりげんこつを食らうのだった。

その様子を獪岳は呆然と見つめていた。
ここに連れて来られたカスが、数ヶ月経っても壱の型さえできなかった奴が、壱の型を会得した。

獪岳が会得できなかった壱の型を。
変な焦燥と苛立ちが、獪岳の胸にじわりと滲んだ。

善逸は泣きわめきながらも、呼吸法も受け身も雷の呼吸使いの足捌きも、時間がかかっても会得した。
そして、獪岳が戦慄するのは、善逸がそこから伸びてくる事だ。
あのカスには到底無理だと思っていたのに。

(あのカスの方が俺より上なのか?だから先生は、あのカスに時間をかけるのか?)
ぎりぎりと胃の底が締め付けられるような不快感が、獪岳を襲う。

壱の型だけできなかった獪岳は、弐の型から陸の型まで必死になって会得した。
なのに、目の前で。
出来損ないが、自分ができなかった壱の型を会得した。

(あ、獪岳……)
ざわつく音に顔を向けると、獪岳が立ち去る背中が見えた。

何か成し遂げると、獪岳の背中が遠ざかる。追い付こうとすると離れて行ってしまう。
自分が邪魔なのは、分かっている。
だけど、ちゃんとできるようになったら、強くなったら認めてくれるんじゃないのか……。
まだ、壱の型だけだけど……。
(爺ちゃんみたいに、誉めて欲しい……)
淡い願いだろうけれど。

善逸は日中の時間と夜中に、弐の型から陸の型までの修行に打ち込んだ。
早く獪岳に認めてもらいたくて。
距離を縮めたくて。
だけど、どうしてもできなかった。
悔しかった。
壱の型が全ての型の基本のため、どの型も納刀状態から始まる。
左足を引き、前傾姿勢になる。
そこから、弐の型を放つのだが……。
「違う……」
違和感しかない。
五連撃は出来た。
しかし、その場で回転する事ができない。
踏み込み回転すると、壱の型の初速が生かしきれなかった。
あまり踏み込むと抜ききってしまい、連撃が繋がらなくなる。
違和感ばかりつきまとう。
参の型も、残りの型も。
できるけれど、違和感しかなかった。
(爺ちゃんが使ってきた型なのに……ちゃんと覚えたいのに……)
自分が情けなくなってきて、涙が止まらなかった。
その時よぎったのは、獪岳の事。
ちゃんと認めてもらいたい。
善逸は涙を拭って、また弐の型から、陸の型の修行に打ち込んだ。

中天に昇っていた月だけが、善逸を照らしていた。

「おい、起きろ!カス!」
翌朝、獪岳に善逸は、乱暴に起こされた。
「先生を待たせんじゃねぇよ!」
「……」
「ったく、いつまでも寝腐りやがって」
「ごめんなさい……すぐ行くよ」
「行きます、だろうが!このカスが!」
真夜中過ぎまで、弐の型から陸の型の修行をしていて、すっかり寝坊してしまった。
獪岳に引っ張られながら、善逸は今日の修行に連れて行かれた。

弐の型から陸の型まで、獪岳と慈悟郎の見ている前でやってみるのだが、うまくいかない。
弐の型は、霹靂一閃になってしまう事があり、参の型から陸の型までは連撃が繋がらないし、踏み込み過ぎて抜ききってしまう。
抜ききってしまうと「死に体」になってしまう。
反撃をくらってしまいかねない。
「先生っ!」
苛立たしげに獪岳が声を上げる。
滋悟郎は沈黙していたが、
「休憩にするぞ。しばらく休め、善逸」
「……爺ちゃん」
肩で荒く息をしながら、善逸は柄を握りしめうつむいた。。
「獪岳、お前は向こうで100本打ち稽古じゃ」
「はい」
獪岳はそれ見たことか、と滋悟郎に見えない角度から、冷ややかに善逸を嘲笑った。
が。
「善逸、朝飯を食べておるまい。済ませて来い。その後また見てやろう」
この言葉に獪岳は、胸が焼ける思いだった。
(先生っ!あれだけまるで駄目なのを見ているのにっ)
「爺ちゃん……」
うつむいた顔を上げた表情が、明るかった。
「次は休み無しじゃ、しっかり腹に入れておけ」
「うん、分かった!」
善逸は返事をすると、小屋へと戻って行った。

「獪岳」
「何ですか」
滋悟郎は、善逸の背中を見つめながら言った。
「善逸は、弐の型から陸の型を使うまいよ」
「何を仰っているのですか?」
使えない、ではないのか?
「仰っている意味がわかりません。あいつに、弐の型から陸の型は無理ですよ」
「あの子は、できないのではない……使わない選択をするやも知れん」
「?」
「自分の力をどこで使うべきか、無自覚に見極めようとしているとしたら」
「ご冗談を……」

あいつが、弐の型から陸の型まで使えるようになる?
使わない選択をとる?
なんだそれは……。
「雷の呼吸の複雑な所じゃ。全ての型の基本は壱の型。次の型は必ず納刀状態から始まる」
抜き放ちの居合いの流れから弐の型へ。雷の呼吸の型はそのつど、納刀する。
「お前の、弐の型から陸の型は見事じゃ。よくあそこまで、練る事が出来た。流石は儂の弟子じゃ」
壱の型が使えない獪岳は弐の型から陸の型の会得のために修行に明け暮れ、それらを会得する事が出来た。
「あの子の壱の型と、お前の弐の型から陸の型が並び立てば死角が無くなると儂は思っておる」
ざわざわと、獪岳の全身が暗くざわついた。
「それは……どういう……」
「あの子とお前を儂の後継にしたい」
(なんだと……っ)
脳が沸騰しそうな程、暗い感情が駆け巡った。
「自らに合う呼吸を見つけ、派生させてもおかしくないのに、お前は雷の呼吸を会得し、あの子は会得しようとしてくれておる。こんな嬉しい事はないぞ」
獪岳の胸中を知らず、滋悟郎は笑う。
「鬼殺隊始まって以来の鳴柱は二人で一つ、こんな快挙はないと思わんか?」
「……そう、ですね……」
(あいつが……俺に追い付いて来るって言いたいのかよっ!)
獪岳の中に暗い炎がくすぶっていた。

壱の型は自ら敵に向かって踏み込んで行く型だ。
獪岳はこれがどうしてもできなかった。
(俺は……あいつとは違うんだ)
臆病者で、いつも泣きわめいているような奴が自ら敵に飛び込んで行く型を会得した事は、獪岳を平静ではいられなくさせていた。
しかも、弐の型から陸の型を会得しても使わない選択をする……。
(あのカスがそこまで考えてる訳がねえ!)
滋悟郎は善逸を買いかぶり過ぎだ。
それだと、獪岳より能力が上ということになる。

その頃、善逸はおひつのご飯をおにぎりにして、漬物といっしょに食べていた。
滋悟郎の雷の呼吸をなんとか会得したいのに、なかなかできない。
「どうしてだろ……」
呟いた時だ。

ー必要ないだろ、お前にはー

善逸の目が混濁した。


「善逸に後の型は必要ねーよ」
ハサミを手にした深層善逸が、ジャキジャキとハサミを鳴らした。
「善逸の命を脅かす輩は、全部ぶったぎる。他の型は要らねーんだよ」
真っ向勝負。
短期決戦、一点突破。
「鬼と長期戦なんてやるもんじゃねぇ……弱点が頸なら、そこを斬る」

自分が分かっているくせに。
何に変えても守りたいものがあっても、選択を間違えれば全て失ってしまう。
多数の技は臨機応変に対応できるだろう。
だが、善逸には要らない。
並外れた聴覚と雷の呼吸の脚力、壱の型さえあればいい。
善逸なら、できる。
雷の呼吸を否定する訳ではない。
師範には申し訳ないが、善逸には後の型が不要なのだ。
「待ち受けているのが、どれだけ蕀の道で、血ヘド吐く道でも、壱の型だけでいい」
深層意識が、型の習得を拒んでいた。
どれだけ表意識が頑張っても、できないのだ。
「爺さんには悪いけど、善逸の本質からしたらな……要らないんだよ」

ーじゃきん!ー

金属音が鳴り響いた。

「あれ?」
気がついたら、布団の中だった。
のそっと起きると、外の音からして夜になってしまっていた。
「嘘っ!」
あわてて布団から飛び出し、襖を開けると、滋悟郎が囲炉裏を見つめていた。
「爺ちゃん……」
「おぉ!目が覚めたか」
「あの……」
「なかなか戻って来ないから様子を見に行けば、ひっくり返っておったぞ。お前は」
「へ?」
全然覚えていない。
食事をしていたまでは覚えているのだが。
「無理をさせ過ぎたかのう」
「爺ちゃんのせいじゃないよ!」
善逸はあわてて言った。
どうしよう、迷惑をかけてしまった。
「もう大丈夫か?」
うつむいていたら、滋悟郎から問われた。
「う、うん」
「そうか。なら、いい」
にっこり笑ってくれた。
「爺ちゃん、ずっと起きてたの?爺ちゃんこそ大丈夫?」
「ありがとう、善逸。大丈夫じゃよ」
おいでと手招きされた。
おずおずと側へ行き、正座する。
「明日は獪岳と打ち稽古じゃ。できるか?」
「へ?」
「型だけやっているわけにも行くまい。できるか?」
「うん、できる。頑張るよ」
「よし」
滋悟郎が頭をわしわしと撫でた。
こうして撫でられると、胸の中がほっこりする。

獪岳に認めてもらいたい。
だけど、追い付こうとすると離れてしまう。
何か一つ、獪岳が認めてくれるものがあれば、認めてくれるだろうか。

あの背中に追い付きたい。

ー行けよ、蕀の道をー

じゃきん、と金属音が鳴り響いた。







































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