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第1章

とある町。
凍てついた月の輝く真夜中。
月明かりを背に無常の刃を義勇は引き抜く。
青く染まる世界でより一層、義勇の日輪刀は冷たい青い輝きを放つ。
「止めろ!春子を殺さないでくれ!」
泣いて義勇にすがる男を無造作に背後に突き飛ばす。
「肩を喰い千切られておきながら、鬼の命の助命を請うか」
義勇の視界には、口元を血で汚した16歳程の娘。
目は血走り、牙を生やし、爪も鋭く尖り体格さえむくむくと変容していた。
「俺の婚約者なんだ!頼む!」
「現実を見ろ。あれはもう、お前の知る娘ではない」
奇声を上げ、娘が襲い掛かってきた。
義勇は動じない。
成り立ての鬼は、動きが単調。
速さ、力、常軌を逸脱しているが技を出すまでもない。
異能の気配もない。
義勇の一太刀が伸びてきた爪を肘から斬り飛ばす。
「春子!」
青年が絶叫する。
構わず義勇は踏み込んだ。
刀が青い水流の軌跡を描き、娘の頸をはねた。
月夜に鬼と化した娘の頸が舞い、地面に叩きつけられた。
呆然とする青年の目の前で、娘の頸も体もぼろぼろと崩れ散っていく。
「春子……」
青年は地面に座り込んだままむせび泣く。
その青年に、義勇は小袋を投げつけた。
「解毒剤だ、飲んでおけ。あの娘のようになりたくなければな」
鬼に傷をつけられた者は、やがて鬼になる。
一種の毒のようなものであると蝶屋敷から解毒剤を渡されていた。
「春子がいなくなったのに、こんなもの渡されても……」
「そうか」
青年の視界に音もなく、青い光が射した。
義勇が青年に刀を突きつけていた。
「ひ……」
「鬼になられては、明日を生きる者達が死ぬ。それを受けとる気がないのならば」
義勇の両眼は凍てついていた。
「鬼になる前に、斬る」
いざとなると、青年に恐怖が込み上げる。
「ま……っ」
義勇は構わず、刃が月光を跳ね返し翻った。

ひら。

舞い散るのは、雪の華。
義勇と青年の間に、少女が介入してきた。
頸に振り下ろされた刃は、腰から引き抜いた鞘に受け止められた。
「何の真似だ」
義勇の声が低く、冷たくなる。
「ーこの方は、本気で死にたいわけではありません」
顔を上げた少女の顔には、和装の装飾の施された仮面がついていた。
「彼は、今の現状に投げやりになっているだけです」
義勇の眼差しがきつくなる。
「解毒剤を飲まなければ、いずれ鬼になるぞ」
「飲んでもらいます」
少女はきっぱりと言い切った。
「だから刀を納めて下さい」
「……」
数瞬義勇は少女を睨み付け、刀を引いた。
少女はそれを見届けてから、青年に向き直った。
「解毒剤を飲んで下さい。あの剣士に救っていただいた命です」
「……」
青年は少女の顔に絶句していた。
羽織姿で、しかし見たこともない洋装に仮面の出で立ち。
「死を貴方は拒絶していました。それを恥じる事はないと思います」
少女は解毒剤の袋を青年にしっかりと握らせた。
「亡くなられた方を悼むなら、生きてその方を偲ぶ事です。貴方が亡くなられた方の分まで生きて下さい」
「……あんた達一体……」
「1人でも、貴方のような方達を守りたい、救いたいと願い戦う者です」
顕になっている口元が寂しく笑った。
「なかなか思うようにいきませんが……」
青年は、解毒剤の小袋を握り締め嗚咽する。
「寒いですが、早く」
少女は竹の水筒を差し出した。
青年は黙って受けとると解毒剤を飲み下した。
「これで大丈夫です」
仮面の少女は安堵の笑みを浮かべた。
やにわに周囲が騒がしくなる。
警察の気配が近づいて来ていた。
「さようなら」
それだけ残し、少女と義勇の姿は消えた。


「待って下さい!」
町外れの森の中、先を行く義勇を少女が追いかけてきた。
「鬼になる兆候もない人をどうして斬ろうとしたのです?」
「解毒剤を飲もうとしなかった。放っておけば鬼になっている」
義勇は立ち止まる事がなかった。
「鬼に傷をつけられた者は鬼になる。お前も鬼殺隊士ならば知っているだろう」
「知っています。ですが、あの方は投げやりになっていただけ。飲むようになだめるべきだったのです」
「……どこから俺をつけていた」
「貴方の鎹烏に伝えもらいました」
「……あの年寄り烏が……」
義勇の声に怒りがこもる。
「富岡義勇」
姓名を呼ばれ、義勇の足が止まる。
「いつまで、本部への参上を拒むのですか」
「……鎹烏の次は女隊士か」
肩越しに向けられた視線は、凍てついた湖のようだった。
その眼光に、少女の体がすくんだ。
「俺に柱になれというのだろう」
義勇が左手の甲をかざすと、『甲』の文字が浮かび上がる。
「階級は『甲』……十二鬼月下弦を倒し柱の条件を満たしているから、俺に水柱を拝命せよと告げたいのだろうが……」
「そこまで分かっているのならば!」
「俺は柱に相応しくない。本部に参上しない理由はそれだけだ。さっさと本部に帰って伝えろ」
「わかりません!」
立ち去ろうとする義勇の前に、少女は回り込んだ。
「水柱として充分実力がありながら、何故そこまで拒むのですか!」
「……何度も言う気はない」
「私は、水の呼吸から派生した雪の呼吸使いです!」
「そうか。だからなんだ?」
冷淡過ぎる義勇に、少女の手が翻った。
が。
頬を打つ前に、あっさり掴まれた。
「俺が本気で怒る前に引き下がれ」
「私は雪柱になりました」
「……それで」
義勇の眼差しがどんどん凍てついていく。
湖に厚い氷が張っていくように。
「柱は今、空席が続いているのです!柱が立つ事で戦力の拡充と、隊士達の士気向上になるのです!五大柱たる一つを…水柱の空席を埋めて下さい!」
「相応しくない者が柱を名乗って、士気が向上もあるか」
「貴方はどうして、そこまで頑なになるのですか?お館様は、貴方を待っています」
「……買い被り過ぎだ。もう俺に構うな」
びきり、と義勇という湖が凍てついた瞬間だった。
すなわち、義勇が激怒した。
底冷えする怒りに晒され、少女は手を離した。
全身が、がくがくと震え止まらなかった。
義勇は震える少女を無視し、去っていった。

「あいつは何なんだ」
歩きながら、義勇は自らを落ち着けるのに大きく息を吐いた。
「伝令!伝令!」
頭上に鎹烏が舞う。
気が乱れ高ぶっているこの時に。
「今度はなんだ……」
「ここより北西!鬼出現!近くにいる鬼殺隊士は急行せよ!」
「また、応援要請か」
「血鬼術使う異能の鬼!注意せよ!注意せよ!」
すうううう。
瞼を閉じ、義勇は呼吸を繰り返した。
水となれ。
波一つ立てない湖の如くなれ。
次に瞼を開いた時には、その両眼は静寂に広がる湖のように静まり返っていた。
義勇の足が滑るように走る。
鬼の元へと。

義勇が急行し見たのは、巫女装束を纏った女の鬼だった。
まるで何かの神に仕える巫女のような。
そして死んではいないものの、隊士達が負傷し、呻いていた。
「階級、甲。富岡義勇だ。応援に来た」
鞘から刀を引き抜き、隊士達と鬼の間に立ちはだかる。
「富岡、義勇だと」
隊士の1人が荒い息を繰り返しながら、顔を暗くする。
「柱は近くにいないのか?階級甲でも、あいつには勝てないぞ」
「……」
「何で柱じゃないんだよ」
「貴様、まずは礼儀作法からやり直せ」
応援要請に応じたのにあまりの言い方に呆れがきた。
「貴方、強くて美味しそうね」
鬼が嗤った。
「いつ鬼になったのか忘れてしまったのだけど」
しゃん!と手にした薙刀に下がる鈴がなる。
「人間をきちんと食べて、魂を天にお返しするお勤めは忘れていないの」
「神の方で迷惑だ」
「人間の魂は私に食べらて清められるの」
(鬼は…人の話を聞かんな)
しゃん、しゃんと薙刀の鈴が鳴る。
「だって、人間は鬼より酷いのよ。自分たちの為なら神様のお社だってないがしろにするもの。そして、お勤めをする私も他の人達もみーんな殺しちゃった」
しゃん。
鈴の響きが強くなる。
「人間は、鬼より残酷に殺したの。何故だかよく覚えてるわ」
血鬼術。
「この薙刀は私の血鬼術と一つなの」
神に捧げる演武の如く、薙刀が翻り無数の鈴が出現した。
「演武・鈴虫」
りぃぃぃんと大気が鳴動した。
打ち出された鈴の虫が、全方位から義勇に襲い掛かった。

すうううう。
水の呼吸、参の型。

「流流舞い」
舞うような打ち寄せる波の軌跡が鈴を悉く斬り飛ばした。
隊士誰一人被弾していない。
「へえ、綺麗。死にきれなかった私を鬼にしてくださったあの方に感謝しなきゃ」
鬼の眼に宿るのは消えない復讐の炎。
「ねぇ、人間はみんな私みたいな鬼に誰かを食べられて、私達鬼を憎いって言うのよ」
血鬼術。
「演武・斜陽舞踊」
りぃぃぃんと鈴の虫が薙刀の刃に集い光を宿す。
「どっちが酷いのかしら?人間に酷い目にに遭わされた私達は可哀想じゃないのね!」
鈴虫の質量を乗せた一撃が義勇に落ちる。
義勇の足捌きが変わる。
「雫石波紋突き」
擦過音を立てて、薙刀の軌道が逸らされた。
「この質量をそんな刀で折れないなんて、貴方は強いなぁ。貴方を食べて私もっと強くなれる」
りぃぃぃん、りぃぃぃんと鈴虫が舞始める。
「演武・飛翔乱舞」
薙刀が舞踊の如く舞い、旋回する。

りぃぃぃん!

高速で無数の鈴虫が打ち出された。
「あの時の雨鬼といい、この鬼といい……」
あの仮面の女といい……。
義勇の両眼は再び底冷えした。
「身の上話は閻魔に言え」
水の呼吸、肆の型。
「打ち潮」
飛翔乱舞の鈴虫の質量は斬撃を伴った。
10連の光の刃と打ち潮がぶつかりあい、光と水飛沫が散りる。
「ふふ、また同じ技ね!」
「だからなんだ」
義勇は動じない。
「もっとすごいの見せたらどうなの?」

りぃぃぃん、りぃぃぃんりぃぃぃん。

光の質量が増していく。
「たくさんの鈴の虫達が奏でるこの光で穴だらけにしてあげる!!」
血鬼術。
「演武・光羽乱舞斬」
回転を付けた鈴虫の乱れ打ち。
「穴だらけはごめんだ」
水の呼吸、拾の型。
「生生流転」
義勇は自ら光の乱舞に踏み込んだ。
一撃二撃目が、光の塊を受け流して行く。
「ふふ、遅い!」
しかし、三撃目、四撃目と速度が上がって来る。
逆巻く激流がその勢いを増すが如く。
次々と、切り裂かれていく鈴の虫の光の質量。
「何…これ…」
猛り狂う水の龍の如く、義勇が迫る。
五撃目に鬼の薙刀を持つ腕が斬り飛ばされた。
鬼巫女の間合いに義勇が踏み込む。
(間合いに入られた!?)
困惑と動揺、焦燥に駆られた。
6撃目、腕の再生はさせぬとばかり、頸にその刃が龍の牙となって食い込んだ。
斬。
巫女鬼の頸がはねとんだ。
斬り抜けた義勇は、転がってきた鬼の頸を見下ろした。
「死ぬのは嫌!人間に復讐したい!私は、まだ足りないのに!」
「……」
鬼巫女はぼろぼろ涙をこぼした。
「何よ……何よ……何よ!!人間は可哀想じゃないわ!鬼と変わらない!何も変わらない!」
怨嗟の眼差しが義勇を睨み付ける。
「人間が鬼に復讐して良くて、人間に全てを奪われた人間が鬼になって復讐するのは悪い事なの?ねえ!!」
絶叫だった。
「形勢逆転したら弱者ぶってんじゃないわよ!!身勝手で自分勝手で、都合の良い最低な生き物!!」
鬼巫女は崩れ散りながら、止めない。
「……何よ……鬼より酷い人間なんて山ほどいるのに……」

りぃぃぃんりぃぃぃんりぃぃぃん。

頸を斬った筈なのに、鈴の虫達が暴れだす。
「みんな……みんな……道連れにしてやる!!」
執念だった。
人間への怨み。
嚇怒。
「人間なんてみんな死ね!!地上から消えろ!!」
真っ向からの憎悪。
辺りはおびただしい鈴の音と光に満ちる。
「毎日のお勤めをして、普通に生きていたのに……」

りぃぃぃんりぃぃぃんりぃぃぃん!!

音は大気を震わせ、光は異様さを増す。
「私は!!鬼じゃなく人間に殺されたんだ!!」
怨嗟の怒号を残し、鬼巫女は崩れ去った。
しかし、彼女の怨みの術が義勇を鬼殺隊士に、落ちてくる。
鈴の音を奏でる大質量の光の柱。
「……この型を出すとは……まだ、修行が足りないな……」

すうううう。
水の呼吸、拾壱の型。

「凪」
全ての光が突き立つ寸前、全て光の粒となって打ち払われた。
はらはらと、涙のように光の粒が地面に降り注いだ。
「悪いが、俺は僧侶じゃない」
刀を一払いし、鞘に納めた。
「ふふ。そうよね」
不意に湧いた声は、義勇に寒気を与えた。
「鬼狩りは鬼狩り。あの子も負けたくせにわめき散らしてみっともない」
義勇の視界に翻ったのは十二単。
「……お前!」
「あら、びっくりした?」
扇で口元を隠し、鬼が嗤う。
義勇は眼を見たが、眼には何も刻まれていない。
斬った鬼と瓜二つ。
しかし、こちらの方は髪は赤く、その眼は紫紺色をしていた。
「あの子は、雨が降らないと使えないけど、私は関係ないわ」
扇が翻った。
血鬼術。
「天眼の雨槍」
発動も速い。
肆の型を出すよりも速く、無数の雨槍が降り注いだ。
義勇は型を変えた。
自らの被弾を構わず流流舞い、打ち潮から流れを作り、滅多に使わないねじれ渦で雨槍を凪ぎ払った。
「あの子の時みたいにいかないわよ?」
くつくつと、鬼は嗤いながら言った。
「こいつら守ったのは流石だけど、可哀想ねぇ、貴方」
水煙の中立つ義勇は、隊服も羽織も裂け血まみれだった。
「富岡……」
「邪魔になる、行け」
隊士達に言ったのは、それだけだった。
頭も切ったのか、右頬を血が伝う。
(俺は柱じゃない……だが、こいつらは死なせない)
「す、すまん!」
あたふたと、隊士達が撤退していく。
「あはは!薄情ねぇ?言われてあっさり貴方を見捨てるなんて」
「これで良い」
義勇は鬼を睨み付ける。
「貴様は何者だ」
「私?下弦でも上弦でもないわよ。あの子は上弦になりたがってたけどね」
扇を鬼が翳す。
「あんまり急ぐから、狩られてしまうのよねぇ」
「…………」
「そう。あの方に、あの人滅茶苦茶怒られて可哀想だったわ」
にっこりと鬼は笑顔になる。
「だからあの子を倒してくれてありがとう」
「鬼に礼など言われたくない」
「ふふ。そうよね、でも貴方のおかげですっきりしたの。あの子、あの方に認めてもらったってすっかり信じこんじゃってねぇ」
扇に水が集中する。
「天眼の裂水」
「!」
技を出す暇がない。
左へと回避する。
すっぱりと地面が裂ける。
「ふふ、貴方強いけどまだまだよね」
水が揺れる。
「貴方を食べるのは私よ」
ベロりと鬼は舌なめずりした。
























































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