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霞みの森の剣士

集落に近づくにつれ、空気が変わりだした。
じわじわと。
炭治郎は臭い。
善逸は音。
伊之助は肌に触れる感覚。
まさに、三者三様だ。

「嫌な匂いだ…」
表情も険しく炭治郎が呟く。
「何の音もしないんだけど…」
善逸は落ち着きなく炭治郎の袖を握りしめたまま。
「まだ、俺にはさっぱりわかんねえ」
といいながらも、伊之助の上半身の産毛が逆立っている。
「わかんねえが、俺の全身が気持ち悪さでわさわさしやがる」
「ざわざわとかじゃないの?」
歯がガチガチ鳴るせいか、つっこむ善逸の言葉も震えている。
「善逸の耳が何も聴いてないのも、妙だ。気をつけよう」
炭治郎が注意を促す。
3人は、集落にたどり着く。
霧のかかる集落に。


「善逸、何か聴こえるかい?」
集落に入ると男の話通り、真っ白で何も見えない。
「聴こえないよ…何も」
炭治郎の問いかけに、善逸は顔を青くしたまま応える。
「この集落やっぱり変だよ。人の…生き物の音が全くしないなんて…」
「お前の耳が何も音を聴かねえんなら、ここには人が居ないって事になるな」
伊之助の言葉に、善逸はひっと体をすくませる。
「じゃ、聞くけどさ。炭治郎と伊之助は何か分かるの?」
音は聴こえない。
あとは匂いと触覚だ。
「嫌な匂いがする…でも、この集落じゃない」
炭治郎は鼻をひくつかせ、呟く。
そして、霧の先に視線を向ける。
自分達の正面に。
「この霧の先から…匂いがする」
「俺の全身が、あの先がヤバいって言ってるぜ!こりゃ当たりだな!」
緊張感を出す炭治郎と緊張感のない伊之助の反応は、対象的だ。
2人の言葉に、善逸はますますすくみ上がってしまう。
「なら余計、深入りはまずいって!1度ここから出ようってば!」
集落から何の音もない…家畜もやられているのは、善逸の耳が聴いている。
炭治郎も匂いでわかっているだろう。
伊之助は、わかっていても意に介さないだろうが。

「出られるんならな」

と伊之助。
「なにそれ」
「この霧、ただの霧じゃねえからさ」
善逸、伊之助の言葉に一瞬沈黙する。
「は?」
「だから、この霧がただの霧じゃねぇ…」
「気がついてるならさっさと言えよ!!この猪頭!!」
皆まで言わさず、善逸は伊之助の被り物の端を引っ張り怒鳴った。
「てか、集落に入る前に獣の呼吸使うとかくらい言えよ!空間識覚だっけ?使えよ!」
伊之助独学の型の名称だ。
「るせぇな!人探しじゃなくて鬼探しだろが!目的地はここじゃなくて、その森だろうが!間違うな!ボケ逸!」
善逸の手を振り払い、伊之助も詰め寄る。
「誰がボケ逸だ!」
「お前しか、いねえじゃねぇかよ!」
善逸は恐怖から、伊之助は腹立ちでお互いに睨み合う。

「伊之助、教えて」
炭治郎が二人の間に割って入ってきた。
「普通の霧じゃないって、どういう事?」
伊之助は善逸に一瞥くれてから、顔を離す。
「話をしてくれた人は、帰れたんだよ?」
「そん時はなんでかはわかんねえよ。だけどよ、この集落にわく霧は、俺らを閉じ込めちまってる」
ふしゅうう、と伊之助は息を吐く。
沈黙した伊之助の次の言葉を炭治郎は待った。

そして、伊之助は…。

「未来の山の王が言うんだ!間違いはねえ!俺らは閉じ込められちまって帰れねえ!」

自信満々にどーんと、言いきった。

「…」
「…」

そこには、なんとも言えない沈黙が生まれた。
結論。
閉じ込めらて皆帰れなくなったという現実。

「あー!もうやだ!もうやだ!もうやだ!霧に閉じ込められるとか、事態最悪だし!こんなことってある?!」
髪を掻き乱し、善逸は泣きべそをかき出した。
「鎹烏も無理じゃん!来れないじゃん!助けなんて来ないじゃん!」
「あー、うっとおしい!泣くなボケ逸!」
「ボケ逸じゃなくて善逸だって!」
泣きながら、伊之助につっこみが入れられるのは余裕か…。
「善逸、泣いてても仕方ないよ。このまま、任務を続けよう」
「炭治郎…」
ひっくひっくと善逸はしゃくりあげる。
「親玉自ら来いつってんだ!手間が省けたってもんだろ!」
伊之助は高笑いする。
「何でそうなるんだよぉ、もお」
善逸はもう、泣き止められなくなった。
情けなくびーびー善逸は泣く。

炭治郎と伊之助は顔を見合わせた。
この状況で、泣きわめく善逸を置いてきぼりにもできない。
那谷蜘蛛山の時と違って、もう敵の領域の中だ。
「あー!めんどくせえ!俺様におぶされ」
伊之助はしゃがむと善逸に背中を向けた。
「伊之助」
炭治郎が優しい所もあるんだ、とほっとする。
「その辺の建物の中にでも放り込んでおいてやらぁ」
「いや待て待て、善逸を置いて行くのは却って危ないよ!」
炭治郎が慌てふためく。
「酷い……二人して俺を捨てて行くのかよぉ」
善逸はまだぐずぐず泣いている。
「いや、そんなことしないから」
そもそも伊之助は、人をおぶってどうやって家に放り込む気だったのか。

「とにかく、進もう。ここにいても何も変わらないよ」
炭治郎が、善逸の背中をそっと押した。

その時。

霧がざわついた。
あからさまな、異様な匂い、音、そして触覚。
ざわりざわりと何かが蠢く。
(この音なんだ?!)
善逸の全身が総毛立つ。
「あっちから、なんか飛んで来るぅ!」
西の方向を指差し、善逸が叫んだ。
霧が揺れ、何かが飛んできた。
三人はー善逸は怯えまくりながらーその場から一気に飛びすさった。

ごん!という衝撃音と土煙が立ち昇った。
「な、な、何?」
善逸はすっかり腰が抜けてへたり込んでしまっている。
「向こうから仕掛けてきやがるとはな」
伊之助は嬉々としていた。
「これは?!」
炭治郎は目を見開いた。
三人が飛びすさった場所を穿ったのは、人の手のひら大の種だった。
殺傷能力が高いのは、種を中心に地面がはぜているのを見れば明らかだった。
「がっつり、地面が窪んでる……」
善逸の体はもうがくがく震えていた。
しかも、種からみちみちと割れるような音が……。種子が発芽するかのように、中からずるりと出てきたのは、幾つもの茎。
それが見る間に葉を伸ばし捩りあい、綱のような蔦となる。
そして幹のように太くなったそこに、すうと切れ目が走ったかと思うと、ギョロりと一眼が開いた。

人の眼だった。

「ええええっ!気持ち悪いいいっ!」
へたり込んだまま善逸は後方にジリジリと後ずさる。
「立って善逸!!やられるぞ!」
炭治郎が叫ぶ。
善逸は首を横にぶんぶんと振った。
「恐怖で8割、体が動かないよ!無理だよぉ」
めりめり。不気味な音に善逸は固まった。
善逸が喚きたてるその間に蔦が更に分裂、その数を増やしたのだ。
「どんな成長の仕方するわけ?!増えなくていいってば!!」
「あーイラつく!お前、蜘蛛山の時どうやって生き残ったんだよ!」
「知らないよ!気がついたら宙吊りの家の上だったし、誰かが放り投げたんでしょ?俺のこと!」
イラつく伊之助に善逸は言い返す。
善逸の本領発揮は気絶してから。
一切のしがらみから解放されて初めてその実力を発揮する。
目の当たりにしたことのない伊之助と炭治郎は知るよしもない。
空気が唸った。
喚きあっている所めがけ、綱並みの蔦の質量が襲いかかってきた。
「ひえええっ!」
恐怖で8割動けない割に、鋭敏な聴覚により善逸は鮮やかに致命的一撃をかわす。
「けっ!動けるじゃねえかよ」
「た、たまたまだよ」
善逸は膝が震えているせいでうまく踏みとどまれなくて、派手にスッ転んでいた。
「善逸、戦うのが無理ならどこかに隠れていて!俺と伊之助でこいつは斬る!」
炭治郎の言葉に善逸は一瞬白くなった。

(それって……俺が邪魔?あの、俺達が守るから一緒に戦おう!じゃなくて?)
別に炭治郎は善逸が邪魔になったわけではなく、今の善逸の状態を見て言っただけなのだが。
(俺、いらないのか……?!)
被害妄想が出てきた。

「伊之助は援護してくれ!!俺があの元を斬る!」
刀を鞘走らせ、炭治郎が地面を蹴る。
「俺に指図すんじゃねぇ!!」
伊之助も蔦に向かって走り出した。

(あの、確かに怖いんだけど、そこは鼓舞するとか、励ますとかあるでしょ?そしたら俺だって頑張るよ?)
……前も似たような事があった気がするが。

伊之助が持ち前の柔軟さで、蔦の攻撃を掻い潜って行く。
「けっ!ぬるいぬるい!」
伊之助は蔦の攻撃を一手に引き受けても、速さが落ちない。
「やれ!権八朗!」
炭治郎はその隙を抜い、一眼の幹の間合いに踏み込んでいた。
技を出さなくても『今なら斬れる』匂いがしたからだ。
弱点は、一眼のみ。
ざん!!と炭治郎の剣は一眼を見事に切り裂いた。
「ぎぃぃぃぃぃぃっ!!」
刹那、この植物は断末魔を上げた。
上げながら蔦が、もがきのたうちまわった
「ひっ!!」
善逸は耳をふさぎ、うずくまってしまった。
瞬間、音はある種の映像のように善逸の脳に鳴り響く。
無数の人の、渦巻く顔。
それが一斉に、善逸を見ていた。
「善逸!!」
炭治郎の声に我に返ると、蔦の最後の足掻きか、のたうつその先が善逸に襲いかかってきた。
音が鳴る。
虚ろな人の顔の音が鳴る。。

人の顔がたくさん、落ちて来る…。
ふっと意識が遠退いた。

瞬間。

善逸を貫く筈の蔦は、一瞬で斬り飛ばされていた。
「え?」
「なんだ?!」
善逸に駆け寄ろうとした二人は何が起こったのか呆然とした。
善逸は何もしていないように見えた。
ただ静かに響いたのは、鞘の鳴る音だけ。
「凡逸、今何した?」
伊之助が声をかけるが、善逸はぼうっとしている。
「おい!凡逸!」
声を荒げ、伊之助が揺さぶったーその時。
ざわり。
また霧が揺れた。
「次が来るぞ!」
炭治郎が柄を握る。
ぼっ!と大気を震わせ、霧の向こうからおびただしい数の種が飛んできた。
「へ?」
間抜けた声を上げ善逸が目覚めたのは正にその時。
「どえええええっ!」
被弾しかけた伊之助を突き飛ばす形で助ける奇跡を起こし、種の嵐を鮮やかにかわす妙技をやってのけた。
種は着弾し、土煙をもうもうと上げる。
「何?何?何が起きたんだよ!」
「お前、覚えてねえのかよ」
「何がだよ!」
伊之助と言いあっている間にも種の弾幕が襲いかかって来る。
「人の塊とか、俺無理ですからあっ!」
「はぁ?お前何言ってんだよ!」
伊之助は、地面を穿ったそれに固まった。
種ではあるが、まだ未熟な薄い種皮に覆われているだけで、ぐちゃりと潰れていた。

人の肉だった。

「なんだこれ……」
伊之助の背筋が震える。炭治郎も。
善逸の耳はこの音を聴いていたのだ。
しかし、無情にも弾幕は飛来し地面に被弾し
潰れていく。
「今日だけ!今日だけ休ませて!お願いぃぃ!」
善逸は顔面蒼白の状態で、拝みポーズまで出た。
「わかった!どこかに隠れていて!」
「へ?」
炭治郎にあっさり許されて逆に拍子抜けした。
善逸は炭治郎には想像もつかない音を聴いている。戦わせるより、下がらせる事にしたのだ。
(そんな、あっさり……)
それもそれで意気消沈した矢先、種の弾幕が容赦なく降り注ぐ。
「ひえええっ」
怯えているには俊敏に種をかわし続けたのだが、自ら仲間と違う方向へと姿を消してしまった。
まるで吸い込まれるように。
伊之助がヤバい感じがすると言った方向へと。
























































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