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第3章 軋む森

炭治郎、伊之助、祢豆子達が鬼と戦闘を繰り広げている最中、善逸、隼人もまた戦いが始まっていた…。

隼人の繰り出す斬撃が善逸を襲う。
いずれも、速く鋭い。
善逸の聴覚が鋭敏でなければ、今頃斬り伏せられている。
雷の呼吸を脚力に集中させ、慈悟朗にしごかれた足裁きでかわしていく。
剣圧が、木の幹を枝を下草を切り払う。
(気を抜いたら、やられる!)
反応速度が違う。
雷の呼吸は速さに特化した呼吸だが、経験者の太刀筋をこの如くかわしていけるものではない。
善逸は怯える状況になかった。
あるのは、異様な緊張感だった。
鞭のようにしなり、変則的な軌道を描く隼人の剣撃は刀を振るっていのるかと思う程だった。
「…良い動きだ。桑島はよく君を鍛えたようだな」
「……」
二人は距離をとったまま向き合う。
「初見で、よく相手の動きを見ている。たいしたものだ」
隼人の音を聞き取っているからだ。
筋肉の動き、呼吸音、血流の音。
しかし、音を聞き取るだけで勝てるのなら苦労はない。
音が分かるからこそ、迂闊に格上の領域に踏み込めない。
戦うならば。
善逸は隼人と戦う気がなかった。
「桑島は、君に敵から逃げる事だけ教えたのか?戦わねば死ぬぞ」
「俺は貴方と戦う気はないよ!」
必死に叫んだ。
「貴方の弟を斬る気もない!」
隼人を壊す元を絶つとは決めた。でも、最大の元凶がその根幹なら、それを斬りたかった。
絶つべきは隼人の弟ではない。
だが、自分の声は届かない。
でも、少しでもいいから届いてと願った。
隼人に剣は抜けなかった。
「……もう、俺を楽にさせてくれないか」
「隼人さん?」
「鬼連れとして、鬼狩りに追われた。鬼殺隊は鬼を許さない……」
さあああ……
葉を揺らすような呼吸音。
「俺は、俺が正しいと思って奴に従ったんだ……」
硝子がひび割れていくような、隼人の音。
「仲間、師匠を殺した!そして桑島と剣を交えた!弟を守る為だ!」
構えが、変わる。
森の呼吸、壱の型。
「蔦穿ち!」
ぶおん!と大気が唸る。
普段の剣撃に更にしなりが増し、速度も増す。
「ー!!」
反射的に横へ跳んだ。
樹人が繰り出してきたものの比ではない一撃は、善逸のいた場所を剣撃とは思えない威力で穿った。
「……くっ……」
左腕、上腕部が衝撃だけで血しぶいた。
避けるのが遅かったら、腕が落ちていた。
腕は動く。裂傷ですんだのは、幸いか。
「終わらんぞ」
追撃が来る。
僅かな動きの停滞を隼人は見逃さない。
(速い!)
横凪ぎの一閃。
羽織と隊服の胸元が、びいっと嫌な音を立てた。
しかし、鮮血はない。
衣服は裂かれながらも、どうにか回避した。
じわりと切っ先が掠めた箇所から血が滲んだ。
(速い…強い…)
脂汗がどっと吹き出す。
いつもなら震え上がって怯えて、意識を失っている。
だけど。
(気絶しちゃ駄目だ!炭治郎にこの人を絶対会わせるんだ!)
意識を今の状況に総動員していた。
(この人に斬られるわけにいかない!絶対に!)
「終わろう、善逸」
呼吸音が更に深くなる。
森の呼吸、弐の型。
「黒疾風・針葉」
「ー!!」
耳鳴りに似た音に体が動く。
首、心臓、内臓を狙った三連突きを善逸の体が回避に徹した。
それでも。
「あぐっ!」
隊服の襟が抉られ、羽織左脇が擦過音と共に弾け、胴を捻ったと同時に隊服腹部の生地が裂ける。
下草に受け身は取ったが、襟を抉られた衝撃に息ができない。
「……流石は、桑島の弟子だな。雷の呼吸の体さばき見事だ」
隊服の襟に救われた。
じいちゃんのくれた羽織に守られた。
地獄の特訓のおかげで死なずに済んだ。
(俺の実力じゃない……)
運が良いだけなのに。
「俺は誉めるに値しないよ……俺が1番分かってるんだから…」
下草に手をつき、体を起こす。
「俺がちゃんと才能あったら、貴方に誉められてすごく嬉しい。でも俺は才能なんてないんだ」
寂しげに善逸はこんな時に笑った。
「俺は貴方が誉める価値なんてないよ……だけど」
決意の眼差しで隼人を見据える。
「俺は炭治郎に貴方を会わせるんだ!絶対死なない!」
ふらつきながらも立ち上がる。
「……もういい……」
「よくない!全然よくない!炭治郎に会わせた後、じいちゃんにあんたをぶん殴ってもらうんだ!」
拳を握りしめ叫んだ。
「じいちゃんのげんこつは、すっごくすっごく痛いんだからな!あんたをじいちゃんのところに連れて行ってやる!」
隼人はきょとんとした。
(こいつは何を言っている?俺に殺されようとしているのに)
「俺は絶対気絶しない!あんたをじいちゃんのところに連れて行く!絶対に!もう決めた!決めたからな、俺!」
隼人には訳のわからないことを善逸は叫ぶ。
全く持って意味不明だ。
(剣も抜かず、反撃もしないのに)
刹那、過る記憶。

剣も抜かず、反撃もしない慈悟朗の姿。
鳴柱はぼろぼろになる醜態を晒しても、隼人を一喝した。
ーお前の気が済むまでやれ!その後げんこつの嵐だ!覚悟しておけ!ー
そして、言っていた。
ー弟の処置、ようやった。人間を喰わせなかったのは天晴れだ。流石は俺の友だー
間を置き慈悟朗は言った。
ー辛かったな……苦しかったな。だが、もう終わりにしよう、隼人。
隊律違反の軽減、お前の罪の軽減、弟の身柄の保護を俺の全身全霊でお館様に乞う!ー
慈悟朗は隼人を見限っていなかった。
しかし、隼人は技を放った…。
その言葉を受け入れたら、自分が間違っていたことになるから…。

(できない!認められない!桑島!時を越えても俺に認めろと言うのか!?)
隼人の全身が戦慄いた。
今度は鬼の走狗となり鬼に人を喰わせていた。
自分はまだしも、弟が殺される!
(桑島!貴様……貴様ぁっ!!)
目の前に立つのは、もはや善逸として認識できなくなった。
「桑島あぁぁぁぁっ!!!」
隼人は吠えた。
硝子のひび割れはどんどん細かく増えていく。
(俺のこと、じいちゃんと間違えて…っ)
隼人は変わった。
殺気が露になった。
森の呼吸、弐の型。
再びあの呼吸音、耳鳴りに似た音。
我を忘れ同じ型を放とうとしている。
三連突きが来る。
回避の姿勢に善逸は入った。
「黒疾風・落葉」
「なっ!」
体勢は『黒疾風・針葉』と大差ない所作のまま放たれたのは。
5連続の連撃。
「桑島……これもわざと受けたのか?」
冷ややかな声。
致命傷を回避するので精一杯だった。
鮮やかな緑の刃が、善逸の全身を斬り刻んだ。
「俺はじいちゃん……桑島じゃない」
うつ伏せに倒れながら、善逸は声を絞り出す。
「黒疾風は2つある…知っているだろ」
体勢、所作、呼吸音はどちらも同じ。
『針葉』か『落葉』か、判別しづらくなっていた。
「俺は、どこまでお前に憐れまれているのだろうな」
「自惚れんな!」
善逸は怒鳴った。
全身痛い。
致命傷を回避できたのはまぐれだ。
「じいちゃんはそんな人じゃない!」
友達だから、まだ引き戻せるから、手出ししなかった。
隼人はどんどん壊れている。
その時代の慈悟朗しか見えてない。
「隼人は友達だ……俺は勝手にそう思ってる」
自然と口をついていた。
出血している。ふらふらする。
でも、また立ち上がる。
「また、言うか」
「ああ、何度だって言ってやる!」
善逸は隼人から目を逸らさない。
「あんたは、俺の友達だ!」
「しつこいぞ、桑島」
隼人の声は凍てついていた。
呼吸音が、変わる。
「あの時、逃げずに斬っておくべきだったよ」
型の質が変わる。
森の呼吸、参の型。
「白疾風・刃葉嵐舞」
発動はあまりにも静かで速さも桁違いだ。
5連続の連撃は変わらないが、更に巻き起こされる真空状態が善逸を襲う。
羽織が細切れになる。
「回避だけは流石、桑島だな」
背中から倒れる善逸に冷たい声が降る。
「次で最後だ」
周囲の空気がぴぃんと張り詰めた。
(集中……全集中……回避するんだ)
聴覚、両足に意識を集中する。
森の呼吸、参の型。
「白疾風・風月無辺」
『白疾風・刃葉嵐舞』は、黒疾風よりも更に速い剣技。
しかし、これは。
際限のなく続く無音の森。
月明かりに全てが蒼く沈みどこまでも美しい世界。
月明かりに吹き抜ける風纏う、嵐の前の静けさの隼人の所作。
森の奥で静かに佇む太古の大樹のように。
森が牙を剥いた。
善逸の体は反応した。
下草が土を纏い弾け、枝が跳ね上がる。
幹が裂け、若い木は斬り倒される。
剣の軌跡、感覚をずらす連撃は攻撃がいつ終わるか、読めない。
際限がないかのように。
善逸の動きは、迅雷のように速かった。
雷の呼吸の剣士の脚力は尋常ではない。
その呼吸法故、脚への負荷がかかる為独自の修行を積んでいる。
しかし、相手はただ回避に専念を許さない。
森の呼吸、壱の型。
連撃の最後に重ねてきた。
「蔦穿ち」
「ー!!」
肺を狙った一撃を善逸は後方へ跳びすさる。
直撃は避けられたが、衝撃に撥ね飛ばされた。

撥ね飛ばされ、地面に叩きつけられた善逸は胸を抱え、喘いだ。
苦しい。
むき出しの胸には更に赤い筋が走っていた。
あと少し回避が遅れていたら、肺を斬られていた。
(すごい…じいちゃんの友達)
実力は圧倒的だ。
戦う気があったとしても勝てない。
さっきの『白疾風・風月無辺』は綺麗だった。
無軌道に走る軌跡は森を抜ける風のようで。
佇む隼人はその風を静かに受ける大樹のようで。
僅かな間で呼吸を変え、壱の型を重ねてきた鮮やかさ。
(悔しいけど、俺じゃ勝負にならない)
善逸の隊服はすっかりズタズタだった。
羽織も両袖は裂けて千切れ飛び、隊服の袖もズボンの太腿部位も裂けてしまっていた。
全身裂傷だらけだ。
それでも、健の損傷断裂は見事に回避していた。
隼人の足音が近づいてくる。
(起きなきゃ……)
しかし、体に力が入らない。
(動け)
ぼやける逆さまの視界に、何か映り込んだ。
(あれは……)
枝葉に守られるように、誰か横たわっていた。
規則正しい微かな寝息。
(まさか、あの子?隼人の……)
守りたい者。
「桑島」
凍てついた隼人の声。
「去らばだ」
ぴたりと切っ先が、胸に突きつけられた。
その時。
異変は起きた。



















































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