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蒼銀の月

鬼に体を痛めつけられた善逸だが、打撲と打ち身で済むという軌跡が起きていた。
骨折もなければ後遺症もないし、3日寝ればもう回復していた。

(……これ、何が起きてんの?)
善逸は、目の前の事に困惑している。
鬼に体を吹き飛ばされて意識を喪失して、藤屋敷で目覚めるまでの事を何も覚えていない。

とにかく、先輩二人がやたらと善逸にへりくだるのだ。
善逸を見る目が、すっかり変わっている。
先輩二人の名前は、新田と佐藤。
「我妻さん、ここですよ。美味い牛鍋屋は」
「見つけたのは、俺、佐藤ですけどね」
「なんだと、てめえ!」
「なんだよ!」
新田と佐藤は、すっかり敬語だ。

(二人に何があったの?て言うか、何?この状況……)
体が回復したら、何が食べたいか聞かれ、頭がぼーっとしていた善逸は、牛鍋が食べたいと言っただけだった。

(本当に、牛鍋屋に連れてきてもらえるなんて思わないんですけど……)
牛鍋屋の前で、新田と佐藤は睨みあっている。
「お前、俺の後付け回してたんじゃないのか?でなきゃ、かぶるかよ?」
「おいおい、新田さんよ。そりゃこっちの台詞だっつーの」
二人がなにやら、バチバチしだす。
「あの~、お店の迷惑になりますから、中に入りませんか?」
おずおずと、声をかけると二人はあっさり態度を変えた。
「ですよねえ!我妻さん、案内しますよ」
「ちょい待て、新田!何をしれっと案内してやがる!」
「と、とにかく、行きましょうよ……」
(だから、これ、何なの?)
先輩二人に、交互に案内される形で善逸は店に連れて入って行った。

そして。

「あの~新田さん。牛鍋のお代は、俺本当に、払わなくて良かったんですか?」
牛鍋は確かに美味しかったのだが、代金は二人が払うと言って、善逸には払わせなかったのだ。
むしろ、三人分をどっちが払うかで、会計時にもめて、店に迷惑をかけてしまった。
「全然!我妻さんは気にしなくていいんです」
新田が言う。
「新田、よくも抜け駆けしやがって……」
恨みがまし気に、佐藤がすごい目付きで睨んでいる。

どっちが気前が良いかで、もめまくったのだ。
「……すみません、ごちそうさまです……」
何だか、気を使ってしまう。
「いいえ!全然。また行きましょう」
「は、はあ…」
先輩に敬語で話されるのは、何だか、落ち着かない。
「あの、いつも通りに話して下さいよ…何だか、落ち着かなくて」
困り顔で頭をかき、気まずくて上目遣いに新田と佐藤を見る。

(何だ?この音?)
二人からやけに、ふわふわした音を感じる。

一方、二人は。
(ヤバい…何ださっきの上目遣い…むちゃくちゃ可愛かったんだけど!)
(年幾つだっけ?14歳くらいに見えるけど…くっそ可愛い!)
「あの~、先輩達?」
「あぁ、悪い」
と新田。
「ええと…いつも通りで良いんですか?」
新田が聞くと、
「はい。その方が落ち着くんです」
気持ち小首を右に傾げ、にっこり笑う。
(か、可愛い!)
二人して、胸をぎゅんと締め上げられた。
「まあ、我妻…が言うなら」
「いつも通りで…」
「はい!」
顔を見合わせる二人に、嬉しそうに善逸が笑った。

(笑うと、可愛いじゃん)
(暗い奴かと思ってたけど、意外に人懐っこい?)
あの霹靂一閃を見てから180度、善逸の見方が変わった二人。
勝手に柱になるとふんで、今のうち顔と名前を売っておこうとしたのだが。
(やめだ!取り入ろうってのが、どうかしてるんだ)

「ところで我妻って、今幾つよ?」
佐藤が気になる事を聞いた。
「はい?16ですけど」

衝撃という雷が、二人の脳天を直撃した。

(16?全然見えねぇ!)
(14くらいかと思ってた!)
16歳で、あの見えない程の速さで鬼を斬るとか、信じられない。
当人は、全然覚えていないが。

「我妻、次回は美味い甘味処知ってるからさ、行ってみるか?」
「えっ!俺甘いもの大好きなんです!是非!」
新田の言葉に、善逸が目をキラキラさせる。
「新田!お前!」
「後輩との親睦は深めとかないとな」
ふふん、と新田がドヤ顔をする。

しかし、これでは善逸を口説いているようにも見えてくる。

「じゃあまた三人で行きましょうよ。今日の牛鍋も楽しかったです」
笑顔全開に加え、何気な殺し文句が炸裂した。
新田も佐藤もこれには完全に、固まった。
(任務行っても、絶対生きて帰る!)
(我妻、可愛すぎる!)
二人とも、修行に打ち込む気概が沸き上がっていた。

普段、何をしているのか。

「おう!またな」
「約束だ」
「はい!」
三人、拳を軽く交わしあって約束した。

先輩二人と別れて、善逸は一人帰っていた。
(人と話すの緊張するけど、大丈夫だったな)
嫌な音はなかったし、爺ちゃんといるときのように楽でいられた。

『人をそんなに怖がらなくていい』
いつだったか、滋悟郎に言われた事があった。

人と接していると聴こえてきてしまう、その人の感情の音。
嘘、嫌悪、拒絶、嘲笑、欲色…言葉には出て来なくても、その人の本音が、わかってしまう。
だから、人と接する時は緊張してしまう。
本音をわかっていても、黙っていなければならない。
言ったら、怖い目に合う。悲しい思いをする。

だけど、新田と佐藤からの、あの尊敬の音はなんだろう?
何かした記憶はない。
鬼にやられて意識喪失して、寝込んでいたし。

あと、何だかふわふわしたあの音は、なんなのだろう。
首を傾げながら、善逸は一人帰っていった。



それから数日後。
善逸は、ものすごい仏頂面をしていた。

可愛い女性隊士から、涙目な上に「貴方にしか頼めないの!」と手まで握られ舞い上がってしまい、子細も聞かず引き受けたら、ある藤屋敷に連れて行かれ、「これに着替えて」と包みを渡された。
で、着替えたのだがどうみても女物にしか見えない。
(これ、何?)
女隊士から、変な音は聴こえていたが必死だし涙目だし、退っ引きならない事態だと思ったのに…。
(しかも、俺の体の体型と寸法にぴったりなんだけど…)
まるで計ったかのようだ。
嫌な予感しかしない。

「着替えましたけど…」
「良かった~、ぴったりね」
のそのそ出てきた善逸の格好を見た女隊士は、涙はどこへやら、にこにこしている。
彼女の後ろには『葵鬘』と襟元に店名の描かれた羽織を来た男が、道具を抱えた二人の助手を連れて立っている。
「お願いします」
「かしこまりました」
女隊士に促された鬘屋は、助手と共に善逸の下にやって来た。
「さ、我妻くん。そこ座って」
(…何で、かつら屋までいんの?)
「このお客様の髪色出すの、苦労しましたよ」
善逸が言われるまま座る横で、鬘屋は助手の出してきた鬘を手にする。
(うっそ!)
見事に、善逸の髪色に近い黄色い鬘だ。
しかし、前頭部の部位しかない。
「これは、付け毛のひとつでございますよ」
にこにこと、鬘屋の主人らしき男は言う。
「お客様の襟足が長いので、馴染ませるのにはお時間はかからないかと」
(はいぃぃぃぃぃ?)
もう1つ、長い鬘が出されてきた。
「こちらの方を後ろと馴染ませますので」
(えぇぇぇぇ!?)
今でいう、エクステンションだ。
鬘屋は、せくせく、てきぱきと善逸の頭に付け毛をしていく。

前頭部分の前髪と横髪で善逸の顔の輪郭が包み込まれる。
横髪は、善逸の胸にかかる長さだ。
ついで、後ろも付け足される。
後ろは、横髪より長い。
背中の半分に届く。
しっかりと『りぼん』とかいう西洋の髪を飾るふりふりの紐で、髪を飾られた。
(髪結師もやってんのかな?…でも、女の人には女の人がするんでね?)
「日高隊士様、化粧師をお連れしました」
そこへ藤屋敷の主人が、化粧師を連れてやって来た。
「あ、やっと来た」
(化粧師ぃぃっ!?)
化粧師と書いて『けわいし』と読む。
今でいう、メイクアップアーティストだ。
得意先は、遊廓や芸姑だ。
(なんだよ…何でこんなに、念入りなの?)
…泣けて来きた。

そんな善逸にお構い無く、化粧師は白粉、紅、頬紅、とばふばふと顔を仕上げていく。
「葵屋さんとあたしは懇意でね、一緒に仕事をする仲なんだよ」
(はい?)
「初めてかもねえ、女の格好したいなんて男のお客引き受けるの」
(俺が頼んだんじゃねーよ!)
中年女性の、なんとも言えない音に反論したかったが、女隊士の圧力が凄まじくて何も言えない。

(この人、何て説明して、鬘屋とか化粧師とか手配してもらったんだよ?)
そう、着物も履き物そうだ。
女物が、すってんてんにならずしっくり着れているのも変だ。

「上手くいくものよねえ」
日高と呼ばれた女隊士が善逸の耳元で囁いた。
可愛らしい顔を意地悪い笑みで歪めて。
「鬼をおびき寄せる囮になりたくないって泣きついて、代わりを探すって言ったら、認めてもらえたんだから」
(はあぁぁぁ!?)

許したのはどこのボケだ!

こめかみがビキつく。

「鬼殺隊士が条件だったけど誰もいなくて、困ってたのよ」
(君が助かりたいだけでしょ…)
「貴方が単純な人で良かったわ」
(でも、こんな俺で…力になれて良かったよ…)
もう、諦めしかない。
(女の子が危ない目に合うくらいなら、俺が犠牲になれば済むもんな)
解決になっていないが…。

そして、どうしてかスイッチの入った化粧師の全力投入で、善逸は見事に仕上げられた。

鏡を見せられ、善逸は自分に見とれてしまった。
薄付きの白粉と、赤過ぎない紅と頬紅が、黄色い髪に良く似合っていた。
(これが、俺?可愛すぎるんですけど?)
と思っていると、
「何であたしより美人になってるのよ!」
(人に女装させた君が、何でキレてんの?)
ドン引きした。
「ま、まあ、いいわ。囮だしすぐバレては困るもの」
何やら自分を納得させようとしている。
「お情けで袴姿にしてあげたんだから、いざって時は、あんた自分で何とかしなさいよ」
(何で上から目線…)
善逸は、女子学生風に仕立てられていた。

しかし。

「袴は無しね。歩き方が男だわ」
(そんなぁ…俺男だし、仕方ないでしょ…)
一通り部屋を歩かされ、動きに男が出るという理由で、袴姿の女子学生風は一方的に却下された。

結局、着物美人な町娘という体に納まるのだった。

(うぅ、女物の体で仕立てられた着物って、歩きにくい…)
日高の後ろをよたよた着いて行く。
頭は、色抜き鬘で髪を付け足され、ふりふりの『リボン』をつけられ、顔はこれでもかと仕上げられた。
着物も、何故か寸法は完璧。
生地の色味も上は淡く、下にいくに連れて濃淡がつく懲りよう。
しかも、巾着の小物まで着物と揃いだ。

(なるべく内股で、小幅で歩けって言われても)とにかく男を出すな。
と無茶振りされた。
(誰も、俺が男とか、気がついてないなんて…)
町通りを歩いているが、全くバレていなかった。

「ひとまず成功ね…すごくムカつくけど」
(試しに歩かされたのね…)
一方的に女装させられたのに、何で逆ギレされるのか。
「あの~、それでこれからどこに行くんですか?」
「着いてくれば分かるわよ」
何だか、嫌な予感がする。

そして。
的中した。

「日高!代わり見つけたって烏から聞いてたけど、この娘むちゃくちゃ可愛いじゃん!」
日高に連れられ、合流した先で男隊士三人に一気にたかられた。
(ひっ!)
男達の音に、善逸は固まってしまう。
(気がつけよ!俺に欲色出すな、気持ち悪い!)
「違うわよ…彼は我妻隊士よ」
「は?」
三人が固まる。
「我妻って、雷の呼吸のあいつだろ?」
「そうなの」
急に日高から、しおらしい音が聴こえる。
「代わりをなかなか見つけられなくて、泣いていたら、彼が声をかけてきて、事情を話したら身代わりになってくれたの!」
(はあぁぁぁっ!?)
可愛いを大全開して、日高は捏造の逸話を騙りまくり出した。
「我妻…お前」
「新入りなのによく言った!」
(違う!)
反論したいが、日高の泣きの演技に潜む圧力に黙らされる。
「しかし、えらくリキ入ってるな…」
(不本意です……)
「鬼を騙すなら、徹底的にって…」
日高は、さめざめと嘘泣きをかましだす。
「私、申し訳なくて!」
(じゃあ、今から俺と変わってくれ)
って、思うだけだが。

「我妻に女装の趣味があったなんて…」
(女装の趣味なんかねーよ!)
三者三様に引かれているが、自分に女装の趣味は無い。
「だけどさ、今回俺達と組む周防がなんていうかな」
(へ?)
「周防は性別で忖択しないぞ」
「我妻隊士が、志願したのを聞けば分かってくれるわよ」
更に嘘泣きしながら、日高は言う。
(……鬼殺隊辞めても、君は良い女優になれるよ、うん……)
もう、善逸は遠い目をしていた。

おそらく、周防とは周防紅龍。
会話の音からして、彼が来る。
あの任務から再開するのは久しぶりだ。
(よりによって、女装で再開かぁ……)
ガックリ肩を落としていると。

「その女性はどうした?」
久しぶりに聞く、声。
思わず振り返ると。
鮮やかな、高く結われた長い紅い髪、紅いあの羽織。
(周防、さんだ……え?)
善逸を見る瞳の色が、違った。

黒い瞳に、銀色の色が差していた。
黒銀色……。
善逸しか、気がついてなかった。














































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