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第4章 終

義勇が水柱拝命を受け入れて、4年の年月が流れた。

しのぶの姉、胡蝶カナエが花柱として立った
が、変わらず医療従事と二足の草鞋で尽力していた。
妹しのぶは、柱として忙しい姉に更に協力し、カナエ不在でも医療が滞る事がないように立ち回ってくれている。

この日は定例の柱合会議の日だった。
4年の間に、柱が幾人立ちそして散ってしまっていた。
下弦の鬼ではなく、上弦の鬼にいずれも倒されてしまっていた。
この百年以上、上弦の鬼を倒せた柱は未だにいない。
会議の内容は、十二鬼月は1人で倒さなければ柱としての条件を満たさないと昇格できない、と、かなり厳しい基準の話まで出た。
結局、結論が出ず先送りになってしまったが……。

「柱が上弦に遭遇する度に葬られていちゃ拉致があかないって言ってもよ……」
耀哉が退室して、柱合会議はお開きとなり、庭園には柱達だけが残った。
会議が終わるのを待って発言したのは、風柱として立ったばかりの不死川実弥だった。
「下弦の陸でも半端ねぇ強さだったんだぜ?俺は……隊士一人犠牲にして、柱になったクチだ。そんな条件つけられたら、柱じゃなくなっちまうじゃねえかよ」
兄弟子、粂野匡近と下弦の陸と戦い結果匡近は殉職してしまった。
「まぁ聞け不死川、ここにいる柱は上弦の強さを知らねえ。予想だ推測くらいしかできねえ」
言ったのは、宇髄。
彼も4年の間に倒せたのは下弦の壱。
その強さを肌に感じていた。
下弦の壱に宇髄でも楽勝とはいかなかった。
上弦の強さなど想像もできなかった。
「そうだろ?悲鳴嶋さんよ」
「確かに。しかし、だからといって尽力して散った者達を否定する事はできまい」
数珠を擦り合わせ、悲鳴嶋は言う。
「下弦を倒したから最強というのではなく、更に高見を目指して我等は精進あるのみ」
悲鳴嶋は義勇に顔を向けた。
悲鳴嶋は目が見えない。
しかし優れた聴覚、三半規管で対象を把握できる。
「下弦をことごとく撃破してきたお前ならば、分かるだろう」
「……俺の意見を取り入れるより、実際に経験した方が良い」
義勇の言い方に、カナエは「それはそうだけど……」と困り顔になる。
宇髄は、「派手に喧嘩売りやがって」と面白がりだす。

実際、悲鳴嶋は不快感を示し、実弥に至ってはあからさまに激怒していた。
「てめえ……悲鳴嶋さんになんてクチの聞き方してやがんだァ?」
「俺は、事実を言っているだけだ」
「一人で下弦を大量にぶちのめしてきたからって、えらくお高く止まってるじゃねぇかよ?」
自分の意見を言っても参考にはならないと、義勇は言いたかっただけだったのだが、伝わらなくて火に油になってしまった。
「下弦も個体によって能力、強さがばらつく。憶測や推測以前の話だ」
「何だとォ!?」
カナエが顔に手を当て、ため息を吐く。
宇髄は、いつ実弥と義勇が取っ組み合いになるかを面白がって、止めるそぶりもない。
「富岡さんよォ……あんたは自分が俺等と違うって前に言ってたなァ……」
柱となっても義勇は単独行動を続けていて、他の柱と協力した試しがない。
耀哉が咎めないのが、富岡に対して更に気に障った。
「だから、悲鳴嶋さんを始めここにいる柱全員を馬鹿にする気か?あぁ!?」
実弥が詰め寄るが、義勇の表情は変わらない。
「馬鹿になどしていない。憶測や推測以前の話だと言っている」
「人の話を聞いてたのか……てめえ……」
実弥のこめかみが、びきびきとひきつっていた。
「入れ替わってしまったら、下弦の鬼の強さが変わるから義勇くんの経験だけじゃ分からないって言いたいのよ」
カナエが義勇の言いたい事を要訳する。
「ね、義勇くん」
「……下弦は入れ替わるからな」
「うん、だから聞かれても上弦の強さを推し測るのは参考にはならないのよね」
「まあ、そうだ」
「……よーするに分からないつー事かよ!クソが!」
実弥は吐き捨て、義勇から離れた。
悲鳴嶋は憮然としていた。
「ぶっゃけ下弦は1人で倒さなきゃ話にならねぇかもな」
「宇髄さん!」
「不死川、俺は地味な話はしてねぇよ」
実弥を見る額当ての下の眼差しは鋭い。
「下弦の強さを参考にして強くなった気になってたら、上弦には勝てねえ。下弦は狩ったらすぐ穴埋めされる……下弦だけの戦歴なんて確かに参考にはならないだろうな」
「じゃあ、全部否定しろって事ですか!」
実弥が声を荒らげる。
「お前なぁ……地味過ぎるわ」
「な……」
「議論するまでもねぇよ。相手の強さはまるで見えねえ、だったら稽古、実戦あるのみだろうが」
言って、宇髄は悲鳴嶋を見る。
「あんたも自分でさっき言ったじゃあねぇかよ。高見を目指して精進あるのみって」
「……うむ」
「なら、今俺等がやる事は見えてきたんじゃねえの?」
全員がきょとんとしたが、悲鳴嶋が頷く。
「宇髄よ。柱同士の稽古だな」
にやりと宇髄は笑う。
「さっすが、柱古参だ。話が分かる」
「は?柱同士で稽古だと!?ただでさえ柱はやる事あるってのに、いつやるんだよ!」
しごく最もな事を実弥が言う。
「あ?義勇に言わせっぱなしにしとくのか?」
「ちょっと、宇髄さん……」
カナエがほとほと困り果てている。
(……俺のせいか?皆が揉めている……)
「……時間が取れた者同士がやれば良いんじゃないのか……?」
事態を納めようと言ったが……
「富岡さんよ……今言ったな?」
実弥が怨霊のような顔で義勇を睨み付けた。
首を傾げている義勇の横で、カナエはガックリ肩を落としている。
「なら、普段彷徨いているあんたに頼もうかァ?今すぐに」
「もう……何でこうなるの……」
「一人でいつも彷徨いている程お強い水柱様に、胸貸してもらおうか!!」
実弥は完全にいきり立ってしまっている。
(不死川、時間あるのか)
「分かった」
「この野郎っ……クソボコにしてやる……」
あっさり返事をされ、それはそれで血管切れんばかりに実弥はぶち切れていた。

「義勇くん、語彙力…4年前と全然変わってない」
義勇は実弥に引っ張られる形で産屋敷邸から引っ張り出されていった。
「社交的な義勇も想像つかねぇが、確かに語彙力進歩してねぇよな」
他人事みたいに宇髄は笑う。
「宇髄さん、何言ってるんですか!早く止めないと稽古と称したケンカになって、隊律違反になりますよ!」
「大丈夫だと思うぜ」
「何故そう思うんですか?」
「不死川もあの年17で柱になったわけじゃねえ。義勇とやり合えば分かるさ」
実弥も剣士、打ち合う以前の話で義勇の強さに気づくだろう。
「時間が取れたら俺もやらせてもらう。良いよな?悲鳴嶋さんよ」
「うむ」
「あの、私は」
「カナエは医療の事もある…時間が取れたらで良い」
悲鳴嶋の言葉に、カナエは申し訳なげになる。
「…すみません」
「気にするな。カナエはカナエの使命を果たせ」
元気づけるように悲鳴嶋はポンと肩を叩いた。
「はい!」
悲鳴嶋にカナエは頷いた。

一方、実弥と義勇は。

木刀を各々手にし、開けた場所で対峙していた。
建物内で全力を出せば建物が倒壊する。
屋外しかなかった。
実弥は動けなかった。
いざ義勇に打ち込もうとするのだが、足が動かない。
義勇はただそこに立っているようにしか見えないのに、圧倒的な圧力が実弥の動きを封じていた。
(何だよこれ……これが歴戦の柱ってか?)
木刀を持って向かいあって、変化はすぐだった。
義勇は殺気さえ出していない。
なのに、動けない。
義勇が動いた。
音もなく、唐突に。
「ー!!」
左肩めがけ木刀が振り下ろされた。
(速いっ!)
かあん!!と木刀同士が激突する音が鳴り響いた。
かろうじて実弥は義勇の攻撃を受け止めていた。
(いつ動いた?)
空気の揺らぎも感じなかった。
義勇は完全に『静』だった。
次にどう出るのか、読めない。
いや、そんな格ではない。

湖だ。

義勇は、波一つ立たない湖のような静けさなのだ。
どこから攻められるか分からない。
(これが駆け出しと、4年の差ってやつか?)
自分が、攻めあぐねている……。
匡近と鬼と戦いかなりの場数踏んできた筈なのに、違う。
鬼との駆け引きと訳が違う。
(……面白れェ……)
認めたくないのに、義勇と向かいあっていると強者と戦う事の高陽感を嫌でも分かってしまう。

次に来たのは連撃だった。
踏み込みも速い。
速さに荷重が乗り、細身にしか見えない義勇の太刀筋は重く、鋭い。
(くっそ!押されちまう)
木刀が跳ね上げられた。
(嘘だろ!?)
胴ががら空きにされた。
躊躇いなく、義勇の木刀が横凪ぎに一閃する。
(まだ、終われねぇ!!)
実弥を突き動かすのは高陽感だった。
強者ともっと戦いたい。
悔しいが、義勇は強い。
だから、義勇よりも強くなりたい!!

ーしぃぁぁぁぁぁぁー

横凪ぎの一閃を寸での所で後方に飛び、凌いだ。
実弥の呼吸を聞いても、義勇の表情は変わらない。
「型の打ち合いに変えるのか?構わないが」
(こいつの済まし面に、俺の風で波風立たせてやりたくなってきたぜ!)
「富岡さんよォ、言ったなァ?」
義勇の強さを認めたなんて言いたくない。
「なら、全力でやろうぜ!下弦をぶちのめした者同士、とことんやりあおうぜ!」
「分かった」
義勇は少しも実弥を止めない。
稽古をやりたいだけだと思っているからだ。
「さて、どっちが先におっ倒れるかなァ?」
(稽古だよな?……倒れるまで帰してもらえないのか)
もとより手を抜く気もない。
実弥が仕掛けた。
ー風の呼吸・壱の型ー
「塵旋風・削ぎ」
つむじ風を起こしながら、実弥が斬り込んでくる。
初見だが、義勇は動揺していなかった。
ー水の呼吸・参の型ー
「流流舞い」
斬り込んでくる木刀の軌道をいなし、波状の風の追い討ちを回避する。
(いなされた!)
「ならこれはどうだァ!」
ー風の呼吸・参の型ー
「晴嵐風樹!!」
周囲を切り裂く風を纏っての4連撃。
ー水の呼吸・肆の型ー
「打ち潮」
4連撃をまたいなされた。
追い討ちの風も全て打ち払われる。
(くっそ!俺が遅いなんてあり得ねェ!)
実弥の間合いに、義勇が踏み込んでいた。
静かな眼差しは、実弥に寒気さえ感じさせた。
頸を狙ってきた木刀を反射神経の反応だけで、木刀で受け止める。
「へっ!どうよ!」
「……」
実弥は本当にやめる気がないらしい。

結局、夜になるまで続いた。

(くっそ!……全然倒れねえ……)
実弥は技を繰り出し過ぎて息が上がり全身汗だくになっていた。
かたや義勇も、実弥とやり合って汗だくになっていた。
表情は、全然変わっていないが。
「もうやめないか。木刀ももうもたない」
二人の木刀は限界だった。
「それに、疲労の事もある。日を改めてまた稽古をした方が良いと思うが」
「何でてめえに言われなきゃならねェ」
睨む実弥に、義勇は内心で心底彼を評価していた。
自分に引けを取らなかった。
実弥はこれからも強くなるだろう。
義勇も実弥と打ち合って、自分のまだ至らない所に気がつく事ができた。
さて、こういう時はどうするのだったろうか。
ー仲良くなるには裸の付き合い、風呂で語り合うのも一つの方法ー
とか、書物にあった。
「不死川」
「んだよ」
「今から風呂に行こう」
「はァ!?何でてめえと風呂に行かなきゃならねえんだよ!」
多少ドン引かれている。
「風呂くらい入れるわ!てめえとなんか死んでもごめんだ!俺は帰る!」
自分で稽古に連れてきた筈なのに実弥は怒り肩で帰って行った。

「難しい……書物のようにいかないな……」
富岡義勇は圧倒的に言葉が足りなかった。















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