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第3章 軋む森

炭治郎、伊之助は善逸を追って森へ突入した。
しかし、その森も植物人間が溢れ、襲いかかってくるのを迎え撃ち、倒すの繰り返しだった。
この森に入ってどのくらい時間が経過したのか、わからない。
時間の感覚がわからなくなっていた。
「紋逸のやつ何処に行っちまったんだ」
伊之助が苛つき気味にぼやく。
「この霧のせいでなーんもわかんねえ!」
目印も痕跡もない。
「烏飛ばして応援も呼べないからね。俺たちだけで状況を打破しないと…」
炭治郎が言葉を切った。
背中の箱がごそごそと音を立てたからだ。
「祢豆子、出たいんだね。ちょっと待って」
霧が濃いから日差しも届かない。
炭治郎は箱を下ろし、扉を開けてやる。
のそのそと、8歳くらいの女の子が出てきた。
すっくと立ち上がると、14歳くらいにまで外見が変わる。
竈門祢豆子。
14歳の少女。
鬼に襲われた怪我が元で鬼になってしまった炭治郎の妹。
体型を変化させる事ができ、小さくなって日中は箱の中に入って移動している。
箱から出た祢豆子はキョロキョロと周囲を見回し、炭治郎の袖を引いた。
誰かを探しているようだ。
「もしかして、善逸を探しているのか?」
訊ねると、こくこくと頷いた。
「俺達も探しているんだ。だけど、なかなか見つけられなくて」
すまなさそうに炭治郎は言った。
(たんぽぽさん……)
金色の綺麗な、たんぽぽさん。
祢豆子は善逸をたんぽぽみたいな人だという印象を持っていた。
いつも笑顔で、綺麗な花を沢山くれた。
(お花……)
祢豆子の左手首には、善逸が作ってくれた花輪が下がっていた。
萎れ枯れてきていた。
『また作ってあげるね』
そう言って笑う善逸が、いない。
(ーここ、すごく嫌)
ぐるるる……祢豆子の喉が鳴る。
祢豆子の鬼の本能が、何かに反応する。
(あっち!!)
「祢豆子、どうした?!」
祢豆子が炭治郎の袖を引っ張り、霧の奥を指す。
「ぐるるる……」
行こうと祢豆子は二人に訴える。
「さすが俺の子分だぜ!……あの先に親玉がいるって事か」
祢豆子の瞳孔が鋭く尖り、鬼モードになっていた。
「なら、紋逸もいるかもな!行くぜ勘八朗!」
「ああ!祢豆子、頼む!」
祢豆子は頷いた。
二人を引き離さない速さで祢豆子は走り出した。

霧を見据える祢豆子の顔が、みるみる鋭さを増す。
祢豆子の鬼の本能は、この森の核たる鬼を撃つ事を優先したのだ。
炭治郎と伊之助を先導する形で祢豆子は走る。
(これ邪魔!!たんぽぽさん何処!)
ぐん!と祢豆子が加速した。
「祢豆子!!」
炭治郎が叫ぶ。
「俺達にはわからないが、子分には相当腹にくるんだろうぜ!」
伊之助は祢豆子の苛立ちを肌に感じていた。
「何かくる!」
炭治郎が声をあげると同時に、植物人間等がまた現れた。
「結構な数だ!ドンピシャだな!」
伊之助が嬉々とした声を上げる。
(邪魔!!)
威嚇の唸り声を上げ、先を走る祢豆子の爪が鋭く伸びると縦横に弧を描き植物人間達を切り裂く。
それも、弱点を的確に。
加速の勢いも乗った一撃は鬼の怪力も相まって、炭治郎と伊之助も驚く破壊力を見せる。
「……綿パチ朗、お前の妹すげえな」
「うん、すごく強くなってる……」
二人してちょっと打ちのめされていた。
とにかく、祢豆子の動きに無駄がないのだ。
絡みついてくる蔦も脚力だけで引きちぎる。
力任せかと思いきや、柔軟に対応する。
膝の一撃、肘の一撃、踵の一撃、爪の一撃、祢豆子だけで蹴散らしている。
炭治郎、伊之助の出る幕がない…。
「なあ、綿パチ朗……」
「うん……」
「……このまま任せっぱなしも面目なくねえか?」
「うん……でも今入ると祢豆子の邪魔になる」
……かなり情けないが、現実だった。
「今回は援護に回るぜ!!子分の3!!大船に乗ったつもりで安心しろ」
明らかな空元気で伊之助は剣を手にする。
「権之助!子分の援護だ!!援護!」
「うん……」
兄として情けない現実だったがいかんともしがたかった。
霧を裂いて、太い蔦が何本も襲いかかって来た。
「祢豆子!!」
祢豆子はやかましいと言わんばかりに1、2、3本と加速の加重を乗せた体術で蹴り飛ばして行く。
ぶおん!
不規則な動きとあり得ない角度から、祢豆子の頭上から殺気が落ちて来た。
祢豆子は蹴り抜いた態勢だった為、反応が遅れた。
そこへ、鋭い流動の軌跡が迸る。
「打ち潮!!」
頭を潰されかけた祢豆子を守ったのは、炭治郎だった。
「大丈夫か?祢豆子」
刀を構えたまま問う炭治郎の背中。
祢豆子はぐる、と唸る。
「そうか」
それだけ。
でもお日さまのような穏やかな感情が伝わってくる。
「親玉は相当来てほしくないみたいだな。どんどん敵の数が増えてきやがる」
伊之助の言葉通りわらわらと、植物人間が現れる。
「ふーっ!!」
祢豆子が獣のように唸る。
祢豆子には、沢山の人が絡めとられ、泣いている映像が脳裏に浮かび上がっていた。
「祢豆子!落ち着け、落ち着くんだ!」
炭治郎が必死に宥める。
「祢豆……」
炭治郎は押し黙った。
祢豆子の瞳からぼろぼろと涙が溢れていたからだ。
親、兄弟、沢山の人達が苦しんでいる。
(そこから、出してあげる。明るい方に皆行けるように)
あの時、自分は誰も助けてあげられなかったから……。
「祢豆子……大丈夫だよ」
炭治郎の声が低い。
「俺達でこの人達を助けよう」
肩に置かれた手が、祢豆子を冷静にさせた。
(あの向こうにいるの!!)
祢豆子は植物人間の壁の向こうを睨み付け、激しい唸り声を上げた。
「そうか……祢豆子ありがとう」
「親玉さっさとぶちのめして、こいつら楽にしてやろうな」
祢豆子に話しかける伊之助の口調が、優しかった。
「だから、終わってからうんとこいつらの為に泣いてやれ」
ぽんぽんと頭を撫でられた。
鬼の気配は、霧をうまく使って隠れている。
恐らくは姿眩ます、血鬼術。
祢豆子は直感していた。
闇雲に戦っても、炭治郎と伊之助が疲弊してしまう。
この中だと時間感覚も麻痺してしまう。
血鬼術を払った直後、陽光が祢豆子を焼くかも知れなかった。
(大丈夫だよ。霧を焼き払って……)
脳裏に弱々しい少年の映像がよぎった。
泣いている少年だった。


(誰?)
(僕のお兄ちゃんをあいつから解放して……)
善逸に少し雰囲気が似ていた。
(僕のせいでお兄ちゃんは、心が壊れちゃいそうなんだ)
少年はうなだれていた。
(ちゃんと僕が死ななかったから……)
祢豆子に高速で映像が流れ込んでくる。
家の中で鬼に襲われた。
真っ先に狙われ、少年をかばった母親ごと蔦で腹を貫かれた。
家族を守ろうとした父親は頭をあっさり潰された。
そして、父親から喰われた。
少年は死にながら、母親の遺体を残った力で抱きしめ泣く事しかできなかった。
『父さん!母さん!颯太ぁっ!』
絶叫を上げ飛び込んでくる剣士。
(すぐ、わかった……お兄ちゃんだってわかった)
鬼を無視して、剣士が颯太に母親にすがった。
(お兄ちゃんだってわかった……)
『しっかりしろ!助ける!兄さんが必ず助ける!だから死ぬな!』
見たことないぐらい泣いていた。
取り乱していた。
(だけど、僕はどんどん意識がなくなって……)
次に覚えているのは、小柄な剣士と兄が戦っている所。
(お腹は空いてた。でも食べちゃ駄目って我慢したんだ。だって僕のお兄ちゃんだから)
殺して欲しかった……。
お兄ちゃんを食べるくらいなら。
祢豆子はぶるぶる震えた。
雪の中、炭治郎が泣きながら祢豆子を背負っている事を思い出していた。
(お兄ちゃんのおかげで僕は学校に行けて、母さんは元気になれたんだ)
きっと沢山辛い思いをしていた筈だ。
家族の為に。
両親を惨殺され、颯太も変異し兄は、壊れそうになっていた。
小柄な剣士は何か叫んでいた。
でも兄は聞き入れず、自分を脇に抱えた。
(僕を殺して欲しかった……)
自分を守るのは違うと叫びたかった。
でもまた意識が混濁してしまった。
(君だから、僕の最後の力で話してる)
泣きながら、颯太は祢豆子に訴える。
(この奥の、あいつを倒して。お兄ちゃんを助けて……)
ごめんなさい、ごめんなさい。
颯太は泣きながら謝る。
(お兄ちゃんは、僕を助けたかっただけなんだ!あいつがお兄ちゃんを騙したんだ!)
その頬に祢豆子は、手を添えた。
(……お兄ちゃん大好きなのね)
(うん……)
(お兄さんは貴方を守った。やり方は間違ったけど、貴方は人を食べてない)
(お兄ちゃんがずっと眠らせてくれてたから……藤の毒から麻酔を作ったんだ)
颯太の全身は痩せこけていて、長い時間藤の麻酔で消耗しているのがうかがえた。
鬼にとって藤は毒。
鬼に効く麻酔を作るだけでも並大抵の事ではない。
(あいつは嘘つきだ…。僕のせいなんだ。僕がちゃんと死ななかったから)
(お兄さんは残った家族を守りたかったんだよ)
炭治郎が祢豆子を守ろうとしたように。
(だから、人を襲わせないように麻酔を作って貴方を眠らせた)
祢豆子は颯太の頬に手を添えたまま自分の額を寄せた。
映像が流れ込んでくる。
霧に干渉して金髪の少年を引きずり込んだ。
颯太に似た雰囲気の善逸を。
本当の自分を思い出して欲しくて。
(でも、僕がしたことは、お兄ちゃんもあの人も傷つけただけだった)
颯太はもう体も弱り切っていた。
鬼だから死なない。でもそれが、兄をあいつに縛られる原因にしている。
(僕はどうにかなってもいい。あいつを……倒……して。お兄ちゃんを……助け、て)
颯太の意識が飛散した。
颯太が飲まれていく。
闇ヘ。

「あああああああ!!」
祢豆子は絶叫した。
握りしめた手のひらに食い込んだ爪が血を滴らせる。
「祢豆子!?どうしたんだ?」
「綿パチ朗。こいつ誰かと喋ってたみたいだったぜ!」
「分かってる…。祢豆子から、怒りと悲しみの匂いがするんだ」
泣きながら祢豆子が炭治郎、伊之助の手を掴んだ。
(伝わって!!)
祢豆子の血に乗せた颯太の嘆き。
炭治郎なら匂いで、伊之助なら触覚で分かる。
自分が受けたイメージを。
伝えた。
彼の思いを。



























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