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蒼銀の月

周防紅龍。
年齢21歳。
階級、甲。
呼吸は、星の呼吸。

派生元が分かっていないが、先祖の代から、やたらと煉極家、炎の呼吸を越えろだなんだと、押し付けられてきた。
特に、赤い髪を持って生まれてきただけでより一層、祖父から、父から期待され続けてきた。
『紅龍』などという相撲取りか歌舞伎役者、どこかの店の源氏名のような名前をつけられ迷惑きわまりなかった。

選抜試験に挑んだものの、1人の少年に鬼をことごとく倒されて、何もしないまま合格してしまった。
しかも、雪辱も果たせないまま、その少年は死んだと聞くし、事情を知らない祖父や父からは臆病者呼ばわりされるし、悔しかった。
逃げたり出ていく事はできた。
だが、逃げなかった。
選抜試験で、できなかった分を取り戻すように任務に当たり、階級甲まで上り詰めた。

1人の任務もあるが、こうして数人と組む任務の方が多い。
目立ち過ぎる髪を布で巻いて隠していたが、すやすや眠る少年の金髪を見ていると、隠している自分がますます臆病者に思えて、布は手刀で裂かれたのだし、全部取ってしまった。
結っていないと、腰にまで届く長い髪がさらりと広がる。
見苦しくないように毛先だけ整えていたら、ここまで伸びていた。

庭までぶっ飛ばされたらしい三上も、用意してもらった部屋に搬送された。
「女将、この新入りの様子も見たい。同室にしていただけないだろうか」
部屋の用意ができたと告げる女将に告げると、承諾してくれた。
明日、どこまで聞き取れるかわからないが、三上とこの新入りに事情を聞くしかない。
その上で、障子戸の修繕費を出させないと。
「行くか」
あっさりと眠る少年を横抱きにする。
抵抗したり、殺気が出る気配はない。
185位の長身と、その身長に見合う体格の美丈夫は、16歳の少年を抱えても平然と歩いていた。

案内された部屋に用意された布団にそっと横たわらせる。
すやすや、少年は眠っていた。
「おかしな気配はなしか」
体に布団をかけようとした時、少年の瞼が不意に開いた。
「え?」
「……」
しばし、沈黙。
「いやあぁぁぁぁっ!あんた誰っ?」
汚い絶叫を上げ、少年が跳ね起きた。
「あ、れ?」
すぐ目眩を起こし、倒れそうになる。
それを紅龍は、すんなり腕に抱え込んだ。
この状況だけ見たら、変に誤解を受ける格好だった。
「だいぶ具合が悪そうだな」
「えっと……」
紅龍の腕の中で、少年は混乱していた。
「あの~、貴方が助けてくれたんですか?」
「……覚えてないのか?」
「いや、気絶したみたいで、何も覚えてないんですよ……」
紅龍の腕の中で、少年はもごもごしている。
うつむいた顔に、不安と怯えが滲んでいる。
(……何か起きたのだろうが、聞いても明確な答えは得られんか)
「いや、あの、どう言ったらいいのか…」
まるで、思考を読んだかのように少年が言ったのに、一瞬ぎくりときた。
「俺、あの……」
ぐる、と少年の喉が鳴った。
げほげほ咳き込み出した。
「おい!!」
「……ごめんなさい……何だか、急に……」
ぜぇぜぇと呼吸が荒い。
「……ごめんなさい……」
ずし、と腕に体重がかかる。
「疲れさせたな。すまなかった」
詫びると、少年を横たわらせる。
「ここにいるから、ひとまず眠れ」
少年は、青い顔のまま紅龍を見ていたが、やがて瞼がゆっくり閉じ、眠りに落ちていった。

新入りの名前は、我妻善逸。
雷の呼吸で、育手は元鳴柱。
鎹烏は、烏ではなくて雀。

と、いうのは、合流前に調べておいたが、この少年が我妻善逸の可能性が高い。
身体的特徴が金髪までは、わかりようもなかった。
少年は、紅龍が見守っている中で眠っている。
あの時みたいに起きる気配はない。
「状況は、三上が起きてから聞く事にするか」
新入りが無意味に、隊律違反をするわけもない。
不安と怯えの表情は、何か起きたと頭に置いておいた方がいい。

そして翌日。

「三上は、あばら骨4本折る重症だ。藤屋敷で療養になる」
同僚と、善逸を前にして、紅龍は告げた。
呼ばれた医者の診察で、そう診断された。
で、精神的不安定要素もあり、容態が安定するまで聞き取りができなかった。

善逸の加減したとはいっても、雷の呼吸の脚力で蹴られたのだから、重症にはなる。
寝ている筈の人間に、ド突かれるという信じがたい現象と、後輩に手を出そうとしていた事が発覚する恐怖もあって、精神的に不安定にもなるだろう。

当の善逸は、全く覚えていないが。

「我妻」
「は、はいっ!」
紅龍の問いかけに、善逸の声が上ずった。
「体調は、大丈夫か?」
「はい。ご迷惑をおかけしました……」
ぼそぼそ呟き、頭を下げる。
(明るい所で見ると、すごい赤い髪……でも綺麗な色だな)
癖のない髪を結い紐で、後頭部で高く結っている。
結い紐の両端には、紫色の玉が下がっていて赤い髪に映えていた。
(雷で変色した俺の髪と大違い)
しかも色男だし、背も高い。
体格も良い。
その長身には、色味を控え目にした赤い羽織を纏っている。
(格好良いなぁ)
と思っていると。
「我妻、本当に何も覚えてないの?」
と、先輩の一人に聞かれる。
「すみません、何も覚えてないです」
本当の事なので、肩身が狭い。
「本人が覚えてないんだ。仕方ないだろう」
紅龍がその話を打ち切る。
「三上は、この屋敷で療養。俺達だけで例の大名屋敷に向かうぞ」
結局、四人の人数のまま目的地に向かう事になった。

某所を目指す隊列は、先頭を紅龍、次いで先輩二人、最後尾が善逸だった。
遅れないように着いて行く善逸だったが、目的地が近づくにつれて、聞こえて来る不気味な音に、体が震えて仕方なかった。

旧大名屋敷は、人が入っていない筈なのに荒れたようすがなかった。
それだけでも奇妙だ。
(めちゃくちゃ気持ち悪い音しまくってる!帰りたーいっ!)
全身ガタガタ震えて、逃げたい衝動を堪えので必死だった。
紅龍達は周囲を伺っているようだが、これといった異変を察知していない。
「本当にここに鬼がいると思うか?」
「妙な気配もないし、ただの屋敷だよな」
(いや、先輩お二人!明らかに鬼の音がしますけど!?)
「あくまでも調査だが、何が起きるか分からん。誰一人、隊から離れるな」
(周防さん……行くんですね)
不意に、紅龍が善逸を振り返った。
「随分、顔色が悪いな。どうした」
(いや、言っても信じてもらえないので……)
善逸は首をぶんぶんと横に振った。
「こいつ行く前から、結構びびってだからな」
「初任務でもないだろうにな」
(うるせえ……)
「なら、我妻は俺の側から離れるな」
紅龍に引っ張られた。
「俺とこいつらの間にいればいい」
「周防、新入りあまり甘やかさない方がいいぞ」
「なんなら置いて行った方が良くないか?」
「置いて行くなら、初めから連れて来ない」
紅龍はぴしゃっと言って二人を黙らせる。
「我妻」
「は、はい」
「お前が一番はぐれそうだから、間に入れるだけだ。有事の際はきちんと動けよ」
(綺麗な顔して、優しくないなぁ……)
守ってもらえるかと思ったが、淡い期待だった。
「はい……」
諦めの胸中で返事した。

(あれ?)
善逸の耳が足音を聴いた。
この屋敷に入って行く人の足音を聴いた。

「あの、周防さん……」
「何だ」
「……今、人が屋敷に入って行きましたよ」
「人だと?」
紅龍達が善逸の示した先を見るが、誰もいない。
「人なんて、いないじゃないか」
「いえ、あっちの方からこの屋敷に人が確かに、入って行ったんですってば」
「お前、怖いからって変な冗談言うんじゃねぇよ。こっちまで怖くなるじゃねえかよ」
先輩の一人が善逸を睨む。
「……いや、俺」
(やっぱり、言うんじゃなかったかな)
「すみま……」
「何人、入った?」
善逸が謝罪しようとした時、それを紅龍が遮った。
「え?」
「この屋敷に何人入ったか、お前分かるのか」
善逸は紅龍から視線を離し、ぼそりと言う。
「聴いたのは、まだ一人です。あれは、人の足音でした」
先輩二人は、変な物でも見るように善逸を見る。
「なんだそりゃ……正門にも行き着いてないのに」
「足音なんて、しなかったぞ」
(いや、聴こえたから言ったのに)
気味悪がる二人の反応に、善逸は暗くなる。
(鬼の音がするなんて、ますます言えなくなった……)
やっぱり、気味悪がられる。
「我妻、確かに聴いたんだな」
「……周防さん?」
紅龍の声に恐る恐る顔を上げると、彼は真っ直ぐに善逸を見ていた。
「他には?」
「えっと……」
「お前が聴いた事を報告しろ」
(報告って……信じてくれるの?俺の事……)
紅龍から聴こえてくる音は、善逸に驚いていても、気味悪がっていない。

「ここには……」
話して良いのだろうか。
自分だって怖いのに。
この屋敷に、鬼の音がする……鬼がいると言っても良いのだろうか。

「我妻、報告しろ」
善逸は拳を握りしめ、口を開いた。
「この屋敷から……鬼の音が、します……」
心臓がばくばく五月蝿い。
恐怖と違う震えが来る。
「何言ってんだ、新入り!」
「まだ調べてもないんだぞ!」
先輩二人が、口々に言い出す。
問われたから、答えただけ。
(……嘘ついた方が良かったのかな)
じわりと、涙が滲んだ。

「そうか、よく報告してくれた」
ぽす、と大きな手が頭に乗った。
「お前には、聴こえるのか」
「周防さん……」
大きな手は、褒めるように撫でてくれた。
(爺ちゃんみたい……)
「数も分かるのか?」
「……それは……音しかわかりません」
「そうか。だが収穫だ。十分鬼に警戒して調査できる」
(行くんですね……)
内心、ガックリしていた。
撤収するかと思ったのに。

「周防、新入りの言う事信じるのか?」
「物見遊山気分がこれでなくなって、良かったじゃないか」
二人は紅龍の言葉に、図星を突かれ固まる。
「我妻は嘘を言っていない」
断言した。
「俺は、こいつを信じる」
(えっ)
善逸は、自分より高い位置の顔を見上げた。
黒い瞳が善逸を映して笑う。
善逸を信じる優しい音。

「他に入れそうな場所はない。正門から入るぞ。各自、鬼の襲撃に備え警戒を怠るな」
紅龍の音は、きり、と一気に引き締まった。
二人の先輩は、鬼がいるとはまだ半信半疑なようだ。
「我妻、良く話してくれた。礼を言う」
また、ぽすと撫でてくれた。
「……はい」
嬉しくて、泣きそうになって、善逸は顔を上げられなかった。


鬼殺隊の調査において、鬼と戦闘にならなかった事はない。
もし、勝てないまでも最善を尽くして鬼の情報を収集し、戦場を離脱する。
新入りも含め、誰一人死なせない覚悟で紅龍は任務に臨んできた。

紅龍には、先祖がこだわる煉極家より気になる男がいた。

水柱、富岡義勇。

鬼殺隊士となってからは誰とも組まず、一人で彷徨き、なおかつ生きて任務を全うしてきた。
十二鬼月下弦と遭遇するも、それらも撃破し生き延びている。
実力がありながら、本部からの柱拝命を固辞し続けてきて、ある日柱を拝命した。
同じ時に最終選抜を受けた同期と知った。
ならば、彼は、引け目があって柱にならなかったのではないか。
どういう心境の変化で柱を拝命したのか。

自分は十二鬼月下弦も倒していないし、鬼も50体以上倒せていない。
それでも、甲にまで階級を上げた。

だが紅龍は柱になるには、まだ至っていない。

富岡義勇は14の頃には、柱になっていたであろうに。
(心に迷いがあるせいか?)
煉極家を越えろと言う家族。
最終選抜において、何もできないまま終わった自分。
何かが燻っているのだろうか。

それが引っ掛かり、柱になれないのか。
変な呼称だろうが、星柱として立ち煉極家への執着を断ちたかった。
どのみち、炎の呼吸ではないのだ。
煉極家に執着して、何になる。

(俺は、柱として立つ)
屋敷の正門へ先頭を行く紅龍は、見えてくる屋敷を睨む。

その瞳が。

銀色に変わっていた。






































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