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第3章


季節は雪と梅の季節から、東風吹く季節を迎えた。

雪の下で春を待っていた命が徐々に芽吹き、白一色の世界は色とりどりに彩られる。
桜が花開き、人々も自然と活気づいて来る。

「桜か」
百花繚乱の花をつける桜並木を何の感慨もなく、義勇は見上げる。
桜を綺麗だと思ったのはいつだっただろうか。
ひときわ強い風が桜の枝を揺らした。
晴れ空を埋めるような桜吹雪が巻き起こり、道行く町人達から歓声が上がる。
この人達を顔を知らない人達の明日を守って剣を振るうが、鬼の数は果たして減っているのだろうか。
体が回復すると義勇は変わらず戦い続けた。

「……」
花霞の中に気配を感じて、義勇は視線を向けた。
上品な小袖を着た、凛とした美貌の女性がたたずんでいた。
そのたたずまいは、並の女性が持つ雰囲気ではなかった。
何かを背負っているような、一種の覚悟。
物静かだが、その眼差しには強い意思がある。

「富岡義勇ですね」
女性の一声は問いではなく、確認だった。
声さえも凛とし、よく通る美しい声をしていた。
「いかにも……貴女は」
女性は綺麗なお辞儀をし、
「私は産屋敷あまね……鬼殺隊当主、産屋敷耀哉の妻にございます」
「産屋敷……!」
独特の雰囲気を待とっている事に得心がいった。
古の時代に鬼殺隊を創設し、組織の長とも言うべき産屋敷一族。
現当主は産屋敷耀哉。
その名は聞いていたが、会ったことはなかった。
柱以外、耀哉にもあまねにも誰もあっていないだろう。
あまねも義勇の顔を知らない筈なのに、何故迷う事なく義勇の下に現れたのか。
しかしそれについてあまねは触れなかった。
「当主、産屋敷耀哉がお屋敷において、貴方と二人きりでお話がしたいと、おっしゃっておられます」
義勇を急かすでもない、あまねの声は淡々としていた。
それだけで何を話したいのか、義勇は察しがついた。
もう諦めたと思っていたのに。
「これで最後にしていただきたい」
義勇の声は固かった。
「耀哉様もそのおつもりでございます」
あまねは静かに揺るぎなく、応えた。
「……承知しました」
義勇はあまねに連れられ、産屋敷邸へ足を向けた。

初めて訪れた産屋敷邸は、豪邸だった。
長い歴史を感じる重厚な建築様式に、義勇は言葉もない。
あまねに従うまま連れられて行く。
長い廊下を進むと、白い砂利の敷き詰められた美しい日本庭園が広がっていた。
「こちらです」
あまねが立ち止まると、開け放たれた障子戸の広間に促された。
「お館様、富岡義勇をお連れしました」
こちらに背を向け、もう一方の開け放たれた庭を眺める青年が座っていた。
その傍らには、僧侶のような男が控えていた。
「ありがとう、あまね。わざわざすまなかったね」
その声は低いのに穏やかで、聞いていると気分が落ち着いて来る。
青年はゆっくりと体の角度を変えた。
それを控えていた男が支える。
「ありがとう、行冥。大丈夫だよ」
行冥と呼ばれた男の持つ雰囲気はただ者ではない。
何気にしていながら、隙がなく義勇の肌にびりびりと気配が刺さる。
「彼と二人きりで話をするから、あまねと共に席を外しなさい」
「しかし……」
「約束したよね?」
その一言だけなのに躊躇っていた行冥は、あっさり引き下がった。
(不思議なお人だ……)
立ち上がると行冥はかなりの大男だ。
宇髄より大きい。
青年を案じながらもあまねに促され、しぶしぶ出て行った。
「来てくれてありがとう、義勇。こっちへおいで」
(この方が、産屋敷耀哉……)
柔らかく笑う青年の顔左側は、腫瘍のアザが広がり、左目を侵食していた。
義勇は黙って青年に向き合う形で正座した。
「今日は天気が良い。春の庭はとても綺麗だ。庭を見ながら話をしよう」
「……はい」
義勇は自然と従っていた。

「お方様、部屋の外に控えていなくてよろしいのですか?お館様のお身体に万一の事あらば」
「義勇は、お館様に狼藉を働く者ではありません」
あまねはゆらがなかった。
誰もが完全に部屋から離れる事、義勇と二人きりにする事。
義勇と話すのはこれが最後だから、こちらの覚悟を示さなければ義勇と話す事はできない。
耀哉は義勇を水柱として欲していた。
例え当座でもいいから。
本人に納得ずくで柱になって欲しいから、耀哉は覚悟を示さなければならないと。
「お館様にお体のご不調があればどうなさるのですか」
「お館様のお側には義勇がいます。行冥、お館様のお心に従いなさい」
あまねはきっぱりと言い切った。

春空は青く何処までも澄んでいた。
「大丈夫、ふすまの向こうにも誰もいないから。私と義勇の二人だけだ」
耀哉は穏やかに言った。
「この方が義勇も気が楽になるだろう。それにね」
耀哉は笑みを消した。
「これから私が話すのは、私のわがままだ。だから、私は義勇と二人きりにならなければいけないんだよ」
近くで見ると顔の腫瘍は火傷のようにただれている。こうして向かいあっていて体に障りはないのか……。
「あの……お身体は……」
「心配してくれているのかい?ありがとう、君は優しい子だ」
耀哉は義勇に微笑する。
会話中に倒れるかも知れないのに……。
「どうして、ここまでなさるのですか?私は、貴方に無礼を繰り返してきました……」
「それはおあいこだよ。義勇が困っていることを知っていたのにね」
耀哉は申し訳なげに言った。
「だから、これで最後にするよ。私のわがままをね」
義勇が望んでいることを見透かしているかのようだ。
あまねに、これで最後にして欲しいと言った時彼女は即答していた。
ーお館様もそのつもりだーと。
これは、耀哉の覚悟なのだ。
わがままと本人は言っているが。
(俺の全身を使い、この方に向き合わねばならない)
耀哉はどう感じているのか、表情はうかがえない。
この場に呼ばれたのは水柱の件に他ならない。
耀哉からの説明は義勇には不要だった。
「水柱は空位が続いている。水柱にふさわしい子が現れなかった」
切り出す耀哉の言葉を義勇は黙って聞いていた。
「それでね」
義勇を見つめる耀哉の表情が辛そうになる。
「義勇に、自分よりも水柱にふさわしい子が現れるまで、水柱の空位を埋めてもらいたいんだ」
義勇は息を飲んだ。
それは、耀哉の「お願い」だった。
「義勇には水柱を辞退する理由がある。その理由を無理に聞こうとは思わない……だだね」
耀哉は一度言葉を切った。
「柱の空位が一つでも埋まる事で鬼殺隊の子供達の士気が上がる。柱の存在はそれだけ重要なんだ」
哀しそうな感情が耀哉の瞳に浮かぶ。
「散っていった柱の子達……氷月もそうだから。皆自分が柱として在る事が鬼殺隊を支える事を旨としてくれた……たとえ先頭に立ち自らが散ろうともだ」
「貴方は……氷月の事を」
「うん、私は誰一人忘れていないよ」
耀哉は頷く。
「みんな優しく強い子供達だった」
懐かしむように耀哉は目を細めた。
「義勇、これは私のわがままだから義勇は断っていいよ。無理強いはできないからね」
耀哉はわがままと言っているが、これはお願いだ。
だから先に待っていて義を通し、人払いをして誠意をみせる。
義勇が柱にならない理由を語る事がないと分かっていても。
いつ倒れるかもわからないのに、病の体で義勇に向かいあってくる。
(俺のような者でもそこに柱として存在するだけで……)
応援に駆けつけた時の、隊士達の高陽する顔が浮かんだ。
(俺以上の力を持った柱が現れるまで当座として立ってもいいのなら、鬼殺隊の糧となれるのなら……)

耀哉はお願いしてるだけだ、断っていい。
これまでのやり取りの中でしかし、耀哉は義勇の内面に踏み込んで来ようとしなかった。

「……」
義勇は自然と手をつき、耀哉に頭を下げていた。
素直な気持ちの表れだった。
(ここまでされて、断る否やがあろうか……)
義勇の腹は決まった。
「富岡義勇、本日この日を持って水柱を拝命致します」
義勇は静かに告げた。
「……ありがとう義勇。わがままを言ってすまない……」
「いえ……私が決めた事です」
すまなげにする耀哉に義勇は言った。
「本当に君は優しい子だ……よろしく頼むよ」
「御意」
かくして、義勇は水柱を拝命した。

富岡義勇が水柱として立った事は、鎹烏達が飛び回り各隊士達に告げて回った。
「へえ、俺の言葉でも動かなかった奴がねぇ」
宇髄は桜吹雪の下でにやりと笑った。
「あいつを動かしたとしたら、お館様しかいらっしゃらねえ……全く素晴らしいお方だ」
宇髄の出自も全て受け入れ、認めてくれた『派手な』お方。
そのお方が義勇を動かした。
どんなやり取りが交わされたかなんて言うのは邪推で、『地味』の何物でもない。

義勇は折れない柱となる。
確信だった。
下弦と遭遇してもこれを撃破して生還する。
「良い起爆剤になったぜ」
先輩の柱として下弦を撃破しなければ、義勇と同格とは言えない。
「底辺の鬼だの、異能の鬼等を数倒して最強とか評価されんのは、地味過ぎて吐き気がしてたからな!」

ばしん!

宇髄は掌に拳を打ち付けた。
「富岡……いや義勇!俺も下弦を撃つぜ!派手にな!!」
宇髄は下の名前で彼を呼んだ。
同じ柱として、義勇を認めた証だった。























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