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暗黒沈静

物心着いた頃から、いつもあいつは誰にも期待されていなかった。
必要とされていなかった。
辛い事とか、耐えられない事とか沢山抱えて落ちてきた時があった。

「あーあ……」
目の前に落ちて来たきりうずくまって、起きようとしない、13歳の少年を俺は見おろす。
「うわぁ……また大量に連れてきたなぁ……」
降り注いでくる嫌なそれらを俺は刃のでかいハサミで、じゃきじゃき切り裂いてやった。
「善逸に要らないもんは、ぜーんぶ俺が切ってやるよ」
要らない、要らない。
善逸を傷つけたりする情報は、全部要らない。
誰も善逸を守ってくれない。
認めてくれない。
だったら、善逸が善逸を守るしかない。
目の前に落ちて来た善逸は、相当な目に遭ったのだろう。
ここに落ちてくる時は、よっぽどの事態だ。
今は、何をやっても起きないだろう。
『外』の奴等には、善逸が起きなくてもどうなろうと知ったことではないのは察しがつく。
「ぜーんぶ拒絶して、周りに溜め込んだもんぶちまけりゃ楽になれるのに、できないもんな……善逸」
こいつはどんなに悲惨な目に遭っても、人と繋がろうとする。
誰も傷つけようとしない。
破壊しようとしない。
この空間は、善逸という人間の精神の底の底。
そして、巨大なハサミを持つのも、落ちて来てうずくまっているのも、どちらも善逸だった。
うずくまっている方が普段意識の表に出ている善逸。
ハサミを持っている方が、この底の底にいる善逸。
つまるところ、どっちも俺だ。
うっとおしいから、今うずくまっている方を表善逸と呼ぶ。
で、この場所は表意識が知るよしもない、精神の底。
深層意識ってやつだ。
で、この更に奥に善逸の『核』がある。
精神の核。
これが壊れちまうと、善逸は廃人になっちまう。
その核はどんなだったか全然、俺でも覚えていない。
でも、それが壊れそうな程の経験が、ここを真っ黒に塗り潰した。
そして、抑圧されまくって落ちてきた表善逸の『外』の情報はここでも表善逸を壊そうとするから、ここで俺が細切れにする。
その為に、俺が生まれた。

善逸を傷付ける事だって、俺はできる。
表善逸の見たこと、聞いたこと、経験したこと、全部ここに『情報』としてどんどんたまっていくからだ。
こんなとこ、表善逸は知らない。
誰も知らない。

だから、突き動かして破壊衝動のままに周りを自分を壊させるのは可能だ。
でもそれは、善逸から『解離』することになる。
『解離』は善逸の中に全く別の人格を作り出す。それで、自分を守る防御機能だ。
こいつから、脳を乗っ取り『善逸』になる。
「別にそんなの、望んでねーし」
うずくまる表善逸の背中側に座る。
「俺は善逸が、善逸でいられりゃ良い」
表善逸は、ぶつぶつ呟いている。
腕の中にすっかり顔を隠してしまい、背中を丸め縮こまっていた。
「お前乗っ取って、『外』出たって待ってるのは、『核』の崩壊と『善逸』の終わりだ」
終わるなんて、冗談じゃない。
くだらなくても、カスな人生でも、死ぬまでいきたいじゃないか。
ずっと一人でも。
それでも、一人は嫌で、だから人と繋がりたがる。
「悲しいよなぁ、お前」
望んでも、求めても、手に入らないのに。
「こんなに拒絶しても、完全にできない」
すっくと立ち上がる。
「人が寝てるの良いことに、何しても良いわけじゃあねーぞ……クソ男ども」
表善逸がここまで落ちてきた原因の『外』の情報がまた落ちてきた。
表善逸を騙して、自分の借金を押し付け身代わりに売ったクソ女の行く筈だった、『店』の男ども。
「俺に触んじゃねーよ……ぶっ殺す」
ハサミを、じゃきん!とならした。
その時。
「……そんなことはしないよ……」
ぶつぶつ、表善逸が呟いた。
一瞬、起きたかと思ったが違う。
表善逸じゃない。
「やるなら死なない程度に、ね」
のそりと起きてきた『そいつ』も善逸だった。
解離した?
なら、増えないうちに切らなきゃならない。
そう思っていたら、『違う』と気がついた。
こいつは、表善逸が何もかも肯定されていたら出ていた筈の『才能』の方だ。
しかし、何故共にいる?
しかも解離と勘違いするくらい意識がある。
「君が善逸を守ってくれているから、俺は腐らずにいられたよ」
そう言って、にこりと笑った。
「破壊衝動は要らない。あいつらをぶちのめすだけだからね」
「 ……」
「善逸がもたなくなるよ?」
言われて、頭が冷えた。
そうだ、善逸を守らないといけなかった。
あいつらを殺すのは、善逸の体だ。
目覚めて、惨劇を見たら……。
「分かった……で、やれんのか?」
「うん」
あっさりした返事だった。
「大人、4人だぞ」
「前の奉公先が、剣術の道場でね」
こいつは、どう呼ぶかな……。
考えていたら、すくっと立ち上がった。
「格好良いなぁって、稽古をこっそり見てた」
でかい剣術道場の下働きで雇われていたっけな。
「もし俺が、どこかの良家の子息で剣術道場に通っていて、稽古が終わったら可愛い娘が外で待っていてくれて、一緒に帰るんだ」
そんな夢、見たっけな。
夢だけど。
実際は、屋敷や庭掃除したり、門下生の胴着洗ったり、夢の世界とは程遠かった。
「善逸を脅したこれで、のしてやるよ」
こいつは、善逸でいいや。
面倒くさくなったし。
善逸の手には、長刀が握られていた。
「ちゃんと、刃は使わないから大丈夫」
こいつを通して、稽古の時の音が聞こえる。
俺は、これを処分できなかった。
善逸に要ると思ったからだ。
だけど、本人が自分で諦めたからどうなるかと思っていた。
まさか、こいつの中にちゃんと残ってやがるとはな。
そりゃ、そうか。
こいつの善逸の『才能』には必要な情報だから俺も残した。
「筋肉の使い方、呼吸の使い方、足の使い方、音は全部聴いているからね」
普段の表善逸じゃない、凛とした表善逸。
本当はこうなる筈だったのに。
これも善逸だけどな。
「なら、頼む。『外』のクソ男どもやってこい」
「言い方、めちゃくちゃだね」
それだけ言って、すっと、消えた。

待つのに時間はかからなかった。
「ただいま」
「ただいまは要らねぇよ。ここは善逸の来る所じゃねぇからな」
「だね」
善逸は俺に長刀を差し出してきた。
「要らないから、消してよ」
「当然」
俺は長刀を手に取ると、それを『切り裂いた』
バラバラと長刀が、消えていく。
「奴等は?」
「死なない程度に痛めつけたよ。みんな、びっくりしてた」
急にど突かれたら、そりゃ驚くだろう。
そして全員震え上がらせたことは、善逸から伝わって来る。
「ちゃんと働かせてって、しっかり言っておいたし、もう大丈夫だよ」
「どんだけやってくれたんだよ。当然、感謝するけどな」
本当なら、善逸はこうだ。
武術の才能があって、強くて。
でも、善逸自身が、『才能』にフタをしている。
「表善逸起きたら、お前またフタされるぞ」
「別に構わないよ。俺『解離』してる訳じゃないから」
こいつも、俺で良かった。
寂しさそうにしているが、それは表善逸自身が自己肯定が低いからだ。
「認められたいなぁ……」
善逸は呟いた。
「うんと強くて、格好良かったら愛されたかな……必要とされたかな」
善逸は自分で言ってから、俺に言った。
「表善逸が起きそうだよ」
「なら、さっさと起きろよ。いつまでも、ここにいるんじゃねぇ」
「うん、じゃあ起きるね」
善逸は消えた。
『外』で目覚めたろう。
俺は、いつも通りここにいる。
善逸を守る。


「なに……これ」
善逸の視界に映るのは、乱闘があったかのように荒れた納屋だった。
下卑た4人の男に納屋に連れ込まれ、長刀で脅され床に押し倒された。
絶望的な恐怖に襲われ、意識が飛んだ。
そして、気がついたら……。
「いったい何事?俺あの時……」
くら、と頭が揺れた。
一瞬、目の焦点が定まらなくなる。
弾かれたように覚醒し、
「てか、俺何で納屋なんかにいんの?え?え?着物めちゃくちゃになってるんですけど!?」
意識が飛ぶ前の事がすっぽ抜けていた。
「……そうだ、女の子に騙されて、身代わりに俺買われたんだった……」
女の子を助ける為に頑張って作ったお金は巻き上げられて、彼女の持っていた証文は、自分の名前にすげ替えられていた。
しかも、作った筈のお金は返済金額に満ちていなかった。

一部ピンはねされ、女の子に持ち逃げされていたのだった……。

足りないなら、働いて返せとその日に店に文無しで買われ……で……。
「何で、納屋なのよ……。何がどーなってる訳?」
しかも、雇い主の敷地内の納屋が大荒れで、善逸のみしかいない。
「……」
弁償及び修理……となると……。
「何がどーなってるわけよ!!」
と、大声を上げていると。
「あのー」
「ひっ!!」
野太い声に、善逸のひきつった声が重なる。
ギクシャクした動きで振り返ると、
「善逸……善逸さん!!これを使ってくだせえ!!」
何故か全身ぼろぼろの男から、新しい着物を渡された。
「言い付け通り、別の店に話つけました!案内しますんで、着替えてください!」
「はい?」
話が見えてこない。
「あの……俺、納屋を荒らしちゃっているみたいなんですけど……?」
「納屋は俺達で直しますので、ご心配なく!」
「……?俺達?直す?」
ますます、話が見えてこない。
「あの、足りないお金なんですけど……」
「それは、できた時に返していただければけっこうですので!」
えらく慌てふためいた音が聴こえる。
しかも、善逸に怯えた音もする。
意識がない間に何が起きたのか。
女の子に騙された衝撃で、理性を無くして買われた先の納屋を壊したのか……。
聞きたいけど、善逸にびびりまくって雑音だらけで分からない。
「分かりました……」
着物を受け取り、着替えた後善逸は違う店に奉公することになった。


俺が、善逸の要らないもの切ってやるからな。
沢山、情報が落ちてくる。
暗闇にどんどん吸い込まれていくが全部塗りつぶすか、切り裂いている。

お前は、お前でいればいい。

音のない底で、彼は今日もハサミを手にする。










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