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時は流れて

我妻善春。読みは「あがつま よしはる」

3月3日生まれ。
魚座。
我妻家分家の長男だ。

頭もよく運動神経も抜群だが、生まれつき体が弱く、貧血を起こしてよく倒れる。

いわゆる美少年だ。
肌の色も白く、体格も小柄。
我妻家の男子の中では、善春は大人しかった。

「美少年」「運動神経抜群」「頭が良い」が「病弱」と、三拍子ならぬ四拍子の少女マンガに出てきそうな男の子だった。

季節の変わり目に体調を崩し寝込んでいた。
5歳の頃には、高熱で死にかけもした。

中学卒業式の当日も、熱を出して出席できなかった。
前日から冷え込んでいたから、気をつけていたのに…。
情けなくて悔しくて、一人ベッドに横たわり悔し涙が滲んだ。

もう、卒業式も終わっただろうな…。
と寂しく窓の外を見た。
「炭治は、ちゃんと出られたのにな…」

竈門炭治。読みは「かまど すみはる」
竈門家分家の次男で善春とは同年代だ。
幼稚園、小学校、中学とずっと一緒だった。腐れ縁というのだろうか。

炭治は「ナイト」というあだ名で呼ばれていた。
善春が倒れるといつも飛んで来たためだ。
恋愛が致命的に下手だったという善春の父親の、善貴「よしたか」の結婚はかなり遅かった。
本家からも心配されていたらしい。
それでも、二歳離れた年の弟、善光「よしみつ」も生まれたし、本家もひと安心のようだった。
竈門家分家の息子、炭治とは家も近所だし、血縁というのもあって仲が良かった。
「そういえば、炭治…産屋敷学園の高等部に行くんだっけ」

高校生になっても、ずっと同じといくわけはさすがにない…と自分で笑ったが、なんだか急に心細さを感じていた。
産屋敷学園は、中高一貫の私立学園だ。
竈門家、我妻家の子供達は自然とここに進学していた。

産屋敷財閥の経営する施設で、神社も運営している。
年に一度、一族の代表が産屋敷神社に集まって、それぞれの家に伝わる神楽を奉納する習わしがあった。
その時は善春も、父親に付き従って出席していた。
ちゃんと、神楽の手解きも受けており、舞う事ができる。
善春は体が弱いこともあって、都会から離れて暮らしていた。
体が弱くても、神楽で使う呼吸法は独特で、それを使うと善春でも長く神楽ができた。

神楽でのみ使用する事、と厳格に定められた刀もある。
どういうわけか、きちんと個人に作られるのだ。

きちんと、刀剣許可証もとってある。
善春の刀も作ってもらった。
刀身が黄金に染まり、稲妻紋様がびっしりと走った代物だ。
刀鍛冶は、なんて装飾していないと言っていたらしいが、後から模様が浮き出るとか、あるのだろうか。
「炭治ともなかなか、会えなくなるなぁ」
熱がまだ引かず、体が熱い。
熱を出すのが嫌だった。
怖い夢を見るからだ。
目を開けるといつも炭治がいてくれた。

「…っく…」
急に吐き気がきた。
母親を呼ぼうと枕元のスマホを取ろうとするが、手が滑ってスマホを落としてしまった。
吐いたら、汚してしまう。
しかし、胃の内容物が込み上げてきて、苦しい。
と、善春の耳に、聴き慣れた音が聴こえた。

「善春!!」
部屋のドアが開き、赤褐色の髪の少年が飛び込んできた。
「やっぱり、全然大丈夫じゃあないじゃんか!」
顔面蒼白、今にも吐きそうな善春を見た竈門炭治は、
「これに吐け!いいから!」
善春の家の洗面器を出してきた。
炭治は、善春の家の間取りは知り尽くしている。

限界だった善春は、その中に胃の内容物を吐き出した。
「ごめん…」
ひとしきり嘔吐し、荒い息を繰り返した
「母さん、は…」
「叔母さんは、叔父さん…お前の父さんからの電話に出ててさ、話がおわらないんだよ」「父さん、から」
「終わるの待ってたんだけどさ、急に嫌な予感がしたから、来たわけ。そしたら、お前吐きそうになってた」
炭治は、善春の口元を拭ってやる。
「ね、炭治」
「うん?」
「ホント炭治には、お世話になりっぱなしだったね…俺」
急に涙がぼろぼろ溢れ出した。
「善春?また、怖い夢見たのか?」
「違う…炭治となかなか、会えなくなるなぁって思ったらさ」
春から、学校が違う。

炭治の家族は、竈門本家の住む都会に引っ越すこともあり、両親から産屋敷学園高等部への進学を勧められたのだ。

善春は本音を言えば、竈門本家と我妻本家が至極当たり前に進学する産屋敷学園に興味があった。
父親の善貴も産屋敷学園の卒業生だ。
しかし、今住んでいる所からは遠すぎて、体が弱い善春には無理だった。
「新年にならないと、会えそうにないね」「そんな事ないさ」
「え…」
「夏休みだってあるし、冬休みだってある。俺が遊びに行ってやるって!」
炭治は、にかっと笑った。
「ただなぁ、お前の事見ててやれなくなるのがな…も…」
顔をしかめて、後頭部を掻く。
炭継すみつぐ兄ちゃんや 、俺みたく、勘の働く奴がいなさすぎるんだよな」炭継は、炭治の1つ年上の兄だ。
兄炭継も産屋敷学園に転校になった。
言って、炭治はぎょっとなる。
善春が、とうとう泣き出したからだ。
「俺、寂しいんだ…体弱いから友達もいなくて、炭治や、継兄つぐにいだけしかいないから…」
ぎゅっと、善春の手はシーツを握り締める。「長男なのに、情けないよね…」

父親も母親も、仕事が忙しく、善春の卒業式当日、都合がとれたのは母親だけだった。

叔父の善貴から電話が来る前、見舞い来た炭治に、善春が熱を出したため、息子の晴れの日を残せなかったと、母親は気落ちしていた。
善春を丈夫に生んでやれなかったことを悔いていた。
「そう言うのやめろって、ちっさい頃から俺言ってきたよな?」
ぐっと、肩を起こされ炭治の方も向かされた。
「叔父さんも叔母さんも、善春がいてくれるだけでいいんだよ。お前が死にかけた時の事、今でも泣くんだぞ、二人とも」
「…」
「だから、長男だからとか、言うな」
ぐいぐいと涙を拭ってくれる。
「うん…ごめん、炭治…」
「炭治くん!善春は!?」
善春に何かあると、炭治が火事場の馬鹿力の勢いで動く為、事態を把握しやすい。

母親が電話を切り上げ、上がってきたのだ「母さん…ごめんなさい…吐いちゃって…」
「なんですって!?大変、すぐ嘴平はしびら医院に電話しなきゃ!」

嘴平医院は、炭治の父親の友人が経営する病院だ。
我妻善貴家のかかり付け医でもある。

「吐いたら、楽になったから、大丈夫だよ」「そうなの?大丈夫なの?」
母親に善春はうなずく。
「良かったあぁ~、善春に何かあったらと思うと!あたし…!」
安心から、おいおい泣き出した。
5歳の頃に死にかけたとはいえ、目の前で泣かれるのは、子供としては心苦しい。

「母さんがこれだと…多分父さんも…」
善春の母親は、炭治が火事場の馬鹿力の勢いを出すところを見ているはずだ。
善貴に電話で異変を話しているはず。
となると…仕事が終わり次第、あり得ない速さ
で善貴が帰って来る。

「炭治兄ちゃん!善春兄ちゃんは!?」
その前に、弟善光が爆走して飛び込んできた。
クラスメートと、公園に遊びに行ったはずなのに…。
「善光!善春は大丈夫よ、炭治くんがいてくれたからあぁ~」
(お願い、母さん落ち着いて…)
「善春兄ちゃん、食べたいものある?お小遣いあるよ、俺!」
「ありがとう…気持ちだけで嬉しいよ、善光…」
…なんだか、部屋が騒がしくなってきた。

我妻家の騒がしさの系統が、善貴、善光に受け継がれているのに、善春にはない。

我妻家の賑やかさを削ぐに削がれて、大人しいし体は弱いし、小柄で顔も体も白い。
髪色も陽の照り返しで、金髪に見えるぐらいの明るい茶色だ。

「善春」
「何?」
「決めてる事があるんだ。動けるようになったらさ、卒業写真撮ろうな!学校で。俺達家族と、お前ん家でさ」
「炭治…」
また、涙が出てきた。
竈門家は、なんでこんなに、優しいんだろう。
嬉しい……だけど、炭治は何か忘れてないだろうか?

と、そこに。

「嫌な予感がしたから来たけど」
忽然とそこへ、長身の少年が現れた。
竈門家の長男竈門炭継だ。
柔和な目元が多い竈門家には珍しく、きりりと鋭い。
しかし、眼差しの穏やかさは竈門家の系統だった。
「兄ちゃん、急にわくなよ…心臓に悪いな」「善春…顔色が悪いな」
善春に何かあると周囲は眼中にない。
実弟と叔母、そして善光がびっくりしているのだが、意に介していない。
炭継は善春の側へやってきた。
「大丈夫か?善春」
「…」
ちなみに、善春も固まっている。
「兄ちゃんが急に来たからびっくりしちゃってるだろ」
「…何だ、いたのか炭治」
言ってから叔母に気がつく。
「叔母さんすみません、勝手に上がってしまって」
「いいのよ。炭継くんも相変わらずよねえ」
ズレているというか、慣れているというか。善光もびっくりしたのは、最初だけだった。

「何の話をしてたんだ?」
「善春の卒業写真だよ。我妻家と竈門家でできないかなって」
「それは一体いつやるんだ?」
「善春が良くなってから」
「これから引っ越しだ何だとバタつくのにか?」
ストレートな正論が炸裂した。
「!それは……」
「善春の方が現状をよく見ているようだぞ」ふんず、と炭継は炭治の襟首を掴み上げた。「痛た!何すんだよ!」
「あまり、思いつきで物を言うな。根拠のない言動は慎め…全く」
炭継は叔母に向き直ると、
「お騒がせしました。引っ越しの段取りがあるので、これで失礼します」
「ちょっ!炭継兄ちゃん、まだ善春と話が終わってないんだけど」
「善春は、安静にさせておけ」
「一方的に連れ帰る気かよ!」
炭継はあまり力を入れてないようだが、炭治は抵抗できない。
「これで最後でもない。また後日にな」
炭治とはうって変わって優しい眼差しになる。
「うん、継兄」
「俺と善春と扱い違いすぎ」
炭治がむくれる。
「ねー、また遊んでくれる?継兄ちゃん、治兄ちゃん」
善光が目をキラキラさせて、聞いてくる。「あぁ、またな」
炭継は善光に頷く。
「炭継兄ちゃん、根拠は?」
「ある」
挙げ足を取ろうとした弟に、あっさり返した。
「何だよ、それ」
「いいから、帰るぞ」
炭継は善春に軽く笑いかけてから、炭治を連れて出て行った。

二人が出て行ったら、部屋が急に静かになった。
「善春兄ちゃん、本当に大丈夫?」
「うん。大丈夫だから、善光は友達のところに戻っていいよ」
「…戻れないよ、もう帰るって言ってきちゃったし」
「じゃあ善光、母さんの夕飯の仕度手伝ってくれるかしら?」
洗面器を抱えて、母親が言った。
「うん、手伝う!」
「善春、一人にして大丈夫?」
「うん、大丈夫」
善春に頷いて、母親と善光は出て行った

「継兄…善光と遊べる事、はっきり言ってたな…」
根拠のないことは口にしないのが、炭継だった。
まるでこの先もあるかのように。

その事は、後日知る事になる。









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