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蒼銀の月

ーそれから幾日が過ぎー

「周防さん、待ってよー」
紅龍の後ろをちょこちょこと、善逸が追いかける。

逗留した藤屋敷で混乱したとはいえ、階級が上の紅龍をひっぱたいて、善逸の今日が何故あるかというと、紅龍が紛らわしいことをしたのもあるで、両成敗という事に当の紅龍が落ちつけた。

一旦人に懐くと、相手を信用しきっているからか、善逸は子犬のように付いてくる。
赤い髪の紅龍と金髪の善逸は、年齢、身長差、体格の差もあってか目を引く。
「歩くの速いですよ」
「そうか?普通に歩いているだけだがな」
善逸が追い付くのを待つ。
「俺と周防さんの、足の長さが違うせいじゃないんですか?あんた背が高いし」
「そうなのか?」
「俺普通に歩いてて、置いて行かれてますけど?」
悔しさから、善逸はむくれ気味だ。
「背の高さと足の長さはともかく、気が付かないですまなかった」
「……ともかくで流さないでくださいよ」
これだから色男は……と不満げに睨む。
「で、久々に呼び出して、何ですか?」
「それは、歩きながら話そう」
「はぁ」

紅龍も善逸も、あれからそれぞれの任務があり会うのは久しぶりだった。
「また、お前の力を借りたい」
「へ?」
紅龍は前を見たままだ。
「上にも隊への編成に加えるよう、頼んだ」
「はあ!?」
つい、善逸の声が大きくなる。
通行人達が、何事?と振り返る。
気まずさから、善逸は声の調子を落とす。
「何で俺の知らないところで、勝手に決めるんですか……」
「すまないと思っている」
「本気で思ってます?というか、俺の力って言いますけど俺、大した力ありませんよ?」
「……お前は自分を知らなさ過ぎる」
「へ?」
本当に分からないという顔をして、善逸は首を傾げる。
「また、危険な任務になる」
淀みなく紅龍は言い切った。
「あの~、言いきりますか……」
「裏が取れているからな」
「さいですか……って、調査してたんですか?」
「奴に警告はされているとはいえ、奴を放ってもおけなかったのでな」
「警告?奴って?」
紅龍は足を止め、ふっと善逸を見下ろし、
「呪いの血鬼術の元の鬼……玉兎だ」
「呪い?」
「俺には呪いがかかっている。かけた元が、その玉兎だ」
「あの大名屋敷の任務の時に、呪いをかけられたの?呪いって……」
「多くは話せない。この血鬼術は、ある種の願望を持つ人間には願ったりの呪いだ」
「何で話せないの?血鬼術の効果分かってるんだろ?」
「お前には、もう話したのと同じだから、多くは語らない」
「なんだよ、それ……ワケわかんないんですけど」
「お前は、分かるからいいんだ」
頭をくしゃくしゃされた。
「わっ、ぷ!」
大きな手で頭をくしゃくしゃされて、髪がボサボサになる。
「なにすんだよ、もう!」

ーあれ?ー

紅龍から音がする。
人間のような、人間じゃないような……。
でも生きている。

しかも変な感じだ。
初めて聴く音じゃない。
初めて聴いたはずなのに。

「分かったろう?多くは語らないと言ったのが」
「あんた、どうなってるの?」
「鬼ではないのは確かだな」

えらく達観したように、紅龍は笑っている。
呪いをかけられているのに……。

「何で笑ってるんだよ……こんな音してるのに……」
「暗くなってもどうにもならんだろう。気落ちして血鬼術が消えるなら、いくらでも塞ぎ込むさ」
ぐい、と紅龍の羽織の袖を善逸が握りしめた。
「善逸?」
「どっかに行ったりしないよな?」
見上げてきた顔が、不安で怯えたようになっていた。

「なんて顔をしてるんだ」
「だって……あんた、遠くに行っちゃう気がして」
遠くに行こうとする兄を、引き止めようとしている弟の光景だった。
「まだ、決めてはいないから、大丈夫だ」
「何、それ……決めてないって」
何だか、はじめて聞く言葉じゃない。

「その呪いの元の鬼の住み処に乗り込む。その際、お前の聴覚が必要になってくる」
「あいつの言ってた『餌箱』見つけたの?」
「任務を受けながら、調べていたからな」
さすが、階級甲だと善逸は感心するが、不安が大きくなってきて手を離せない。

「玉兎は異能の鬼にしては格が違う。奴の側にいる猿彦という鬼もだ……下手をすれば猿彦の方が玉兎より強いかもしれない」
善逸の不安は見ているが、紅龍は続けた。
「柱が動く事態だけは避けたい。猿彦を真っ先に討ち、玉兎を斬る。最も、玉兎から動く可能性が濃いがな」
「何でさ」
「次に関わったら、玉兎の方から動くと言っていたからな」
「じゃあ、猿彦って鬼の動きでどうなるか分かんないって可能性もあるよね?」
「最初から柱を同行させろとか、言うつもりではないだろうな?」
善逸はぎくりとなる。
その表情を見て、紅龍は苦笑いする。

「俺はそんなに弱くないぞ。それに、聴覚以外でお前の事は高く評価しているんだ」
「俺、あんたを弱いなんて言ってない……こんな時に、変な冗談とか笑えないんですけど」
「冗談?俺は本気で言っているんだがな」
「俺は物凄く弱いんですよ!高く評価って何をですか!?」
紅龍が遠くに行こうとする不安と、強敵しかいない絶望の任務に涙目になってきた。
「俺は物凄く弱くて、絶対あんたや周りの足手まといになるし、柱がいた方がいいって思っていけませんか?」
ついには涙の粒がぼろぼろと、こぼれだした。

「お、おい。落ち着け、善逸!」
「俺がめちゃくちゃ強かったら、なんぼでも盾にだってなりますよ?でも俺は物凄く弱くて、箸にも棒にもならないんですから!」
泣き出した善逸に、通行人達がじろじろと紅龍に冷ややかな視線を向ける。

「あんたの役に俺だって立ちたいけど……」
「善逸、場所を変えよう!ひとまず、落ち着け!」
ひそひそ声まで聞こえ出しては、なだめるにしても場所が悪い。
「こっちだ!」
泣く善逸の手を引いて、足早に紅龍はその場から移動した。


ひとまず善逸を落ち着かせるために移動した場所は、穏やかな流れの川の土手だった。
川面は陽光を反射してきらきらと輝いている。
土手から下の川原には、花がそこかしこで彩りを見せていた。
二人はそこに腰を下ろしていたね
「ちょっとは、落ち着いてきたか?」
「……はい」
目の周りは、泣き腫らして赤くなっていた「向いてないと分かっている奴を、任務に加えようとは思っていない」
紅龍は怒るでもない。
「お前には、才能がある。自信を持て」

(じいちゃんみたいなこと言ってる……)

「奴の『餌箱』に行き着いても、特定はさせてくれないはずだ。鬼の音を聴いて教えてほしいんだ」
「鬼の音……」
「鬼の音は、お前には聴きたくもないだろうが、こればかりはお前の耳に頼るしかなくてな」
「俺って、役に立ちますか?」
「もちろんだ」
善逸がやけに食い気味に来たので、紅龍は即答した。
「お前の聴覚は今回の任務ですごく役立つだろう」

俺が頼られてる……。

泣き腫らした顔で善逸は、満面の笑顔を浮かべた。
「怖いけど、そこまで周防さんに言われたら俺、頑張りますよ!」
さっきまでの泣き言はどこへやら、役に立つと言われたら俄然がぜんやる気になった。
「そっか……俺役に立つんだ」
なにやら羽織の袖口で口を覆って、キャッキャしだす。

「任務は、大丈夫みたいだな」
「はい!俺頑張りますよ!」
あっさり前向きに豹変されて、やや紅龍は呆気にとられる。
「あの~、一個だけ約束してもらえますか?」
おずおずと善逸は言った。
「何だ?」
「どっかに、行ったりしないでって事。あんたは、鬼殺隊に必要な人だから」
紅龍はそれに、即答しなかった。
「お前に嘘はつきたくないからな」
と、そう返した。
「……まだ、決めてないから、ですか」
「この話はもう終わりだ。行くも留まるも俺が決める」紅龍は立ち上がった。
「日程が決まったら、鎹烏かすがいからすを飛ばす。お前の場合は雀だったな」
「……分かりました」
ちょっと沈んだ声で返事をして、善逸も立ち上がる。
また親しくなった人が、目の前からいなくなるのだろうか。
心のどこかで、いつか慈悟郎も獪岳かいがくもいなくなる事を善逸は怖がっていた。
獪岳とはさして親しくないが、距離が縮まる事を願っていたから。
「さて、時間はまだある。何か食いに行くか」
と紅龍が言った時、

『ぐきゅる~』

派手に善逸の腹の虫が鳴いた。

「……」
「……」

両者に何とも言えない沈黙が起きたあと、紅龍は爆笑し、善逸は顔面真っ赤になった。「……そんなに笑わないでくださいよ……」
「悪い悪い……さんざん泣いたしグズったしで、腹も減ったな」
止まらない笑いをこらえながら、紅龍は言った。
「何を食べたい?奢るぞ」
「……いいんですか?遠慮しませんよ?」
「ほう?」
(可愛げがあるじゃないか)
紅龍はふっと、笑った。

もし、善逸に親友と呼べる友がいれば、できれば、自分が遠くに行っても善逸が泣く事はないだろうか。

くん、と羽織の袖を掴まれた。
紅龍の方は見ていない。
音を聴いたのだろう。

紅龍は思った。

自分はきっと、善逸がいとおしいのだろう。弟のように。
名前で彼を呼んでいるのも、一度気を許せば、善逸の無警戒にあけっぴろげになる所が可愛いからだ。

「やれやれ、そんなに俺は信用できないか?なら、手でも繋ぐか?」
「は?何言ってんですか!?」
顔を真っ赤にして、善逸が怒鳴る。
しかし、羽織の袖の手は離さない。
「手はいいから、こうさせてくださいよ……」迷子になって、やっと見つけてもらえた子供のような仕草で善逸は呟いた。
「はっきり言わないくせに、信用もないでしょうが」
紅龍の袖を握る手は、本当に親か兄弟とはぐれた子供のようだった。
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