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蒼銀の月

善逸に明るさがなくなると、まるで別人だ。
いや、元がこうなのか。

意識喪失した善逸を抱えて、炎から脱出したが紅龍は体を火傷していた。

髪も少々焦げた。ばっさり切ろうとも思ったが、短くすると子供っぽくなるのを思い出し、止めた。

蝶屋敷を目指したかったが、紅龍は火傷していたし、一時意識を回復した善逸は精神が不安定で、自分と善逸の状況を見た紅龍は、善逸とともに近い藤屋敷で休む事を決めた。

善逸は女装の化粧も、鬘も取ってもらい、いつもの容姿に戻っていた。

しかし、自分から話すこともしないし、こちらを見ようともしない。
気がつくと、ぐすぐす泣いている。
一人にもしておけないので、同室にしてもらったのだが…。
「善逸、部屋の隅にいないで、こっちに来い」
びくっと善逸の肩が震えた。
「寝間着だけで寒いだろう。布団に入れ」
善逸は応えない。歯のカチカチ鳴る音が聞こえる。
善逸は目覚めてから、紅龍を見るや大慌てで布団を飛び出し、部屋の隅に縮こまってしまった。

「俺、ちゃんとやります…だから…」
自分自分を抱きしめ、膝に顔を埋める。
人間いろんな人生がある。
善逸にも、彼自信これまでの人生経験があったのだろう。この様子では、よほどの。

紅龍と会話を交わしていたのも善逸のはずだが、鬼の術の影響のせいか若干幼いし、随分怯えまくっている。
「仕事ちゃんとやります…だから、だから」
紅龍は、黙って立ち上がる。
包帯の下の火傷は痛むが、動けないほどでもない。
紅龍が動いた事に、善逸が息を飲む。
「仕事、か。ならな、善逸」
紅龍は善逸の側に膝をついた。
善逸のわずかに上げた顔が、怯えていた。
「休め、善逸。お前の今の仕事だ」
「え…?」
「ちゃんと仕事をするんだろ?なら、休むのがお前の仕事だ」
善逸がぽかんとした顔で紅龍を見上げた。
表情が随分、幼く見える。
「休めって言われたの、初めてです」
言ってから、はっと口をつぐんだ。
「えっと…」
紅龍に、まくしてたてていた荒んだ面差しもない。
「貴方は、優しいんですね」
寂しそうに笑って、善逸は言った。
「嬉しいけど、俺に優しくしない方がいいです…優しい人は、すぐにいなくなってしまうから…」
「いなくなる?」
「今日、明日じゃないけど…いなくなるんです…側にいてくれると思ったら、手が届かなくなる…」
優しい人はすぐにいなくなる。
「多分、俺に関わったから…」
膝に顔を埋めて、善逸は呟いた。
不意によぎるのは、遠い背中だ。
「何で、そんな風に思うんだ?」
「何でって……」
善逸を拒絶する…兄弟子の背中が脳裏によぎる。
距離を縮めたいのに、できなかった。

自分から、愛情を求めると、遠ざかる。

脳裏に、すごく綺麗な青い瞳の少女が過った。
瞳の色の事で、いじめられていた。
その子を助けたのがきっかけで仲良くなったけれど…。
あの日、奉公先は猟奇事件にみまわれたのだ。

(気がついたら、大怪我してて、奉公先は働けなくなってて、あのお姉さんもいなくなってた…)
なんで大怪我したのか、記憶がなかった。
生存者という事で、警察から事情を聞かれたが、覚えてないので答えられなかった。
それから何年かして、ある花町で働いていた時、あのお姉さんの音を聴いた。

生きてた!近くにいる!
嬉しかったのに…。

お姉さんは、喰われた。

その時、聴いた音は聴いたこともないくらいの音で…。
思い出したら、恐怖がわいた。
「ー!!」
とっさに耳をふさいだ。
無意味なのは分かっていても、そうせずにいられなかった。
「大丈夫か?」
紅龍が触れようとした。
が。
ぱん!とその手を善逸がはたいた。
「あ…」
自分ではたいてしまった事に、顔がこわばる。
「ご、ごめんなさい…貴方は、優しい人なのに…」
「何故、言い切れる?」
気になったから、聞いただけだったが、善逸は「しまった」という顔になり、おどおどしだす。
「言ってみろ」
紅龍は、気味悪がる様子もなかった。
だから、善逸は言った。
「…俺、聴いた音で全部分かるんです…」
「そうだな」
なら、旧大名屋敷の誰にも聞こえなかった音に反応したりも、納得できた。

常人よりも、善逸は聴覚が鋭い。
それは良いこともあり、悪いこともあるのだろう。
「俺には普通に聞こえても、みんなはそうじゃない…気味悪がられてやっと分かって、それからは、黙ってる事にしたんです」
でも、我慢しきれないほどの音は、つい口に出してきた。旧大名屋敷の時みたいに。
「俺は、気味悪いとは思わんよ」
「え」
「現に、お前の耳のおかげで旧大名屋敷では、情報を聞けたしな」
自然に、ぽすんと頭を撫でた。
善逸は戸惑って、頭を撫でる手に触れるか触れないかのところで、自分の手をもて余す。「鋭い耳も良いことばかりじゃ、なさそうだな…鬼の音はだいぶ怖いようだしな」
屋敷の中での音の聴こえ方は、紅龍には想像もつかない。

「同期に友人はいないのか?」
善逸は首を横に振る。
「選抜試験終わったら、みんなすぐいなくなってしまったから…話す暇もなかったし…」
「そうか、それはかなり寂しいな…ところで、その手はいつまでそうしているつもりだ?」
紅龍は苦笑いし、善逸の手首辺りを掴んだ。
「…っく…」
善逸のがひきつったような声をもらす。
「大丈夫だ、酷いことはしない」
善逸を安心させるように笑う。
「休むのが仕事だと言っただろう?」
「…はい」
おどおどしながらも、素直に頷いた。
紅龍は立つように促し、善逸の手を引いたのだが。
「わ…」
善逸の膝が、がくんと折れ倒れそうになる。
「っと…」
善逸を抱き締めるような形で、紅龍はその体を支えた。
「大丈夫か?」
紅龍は耳元で囁く姿勢になる。
はたから見たら誤解される光景だ。
「あ、だいじょう、ぶです」
とは言いつつも、紅龍から逃げようかと、もがきだす。
「色々あったみたいだが、俺の事少しは信用してくれ」
苦笑いも出る。
「両親から、こうされた事とかないのか?お前」
「…ないです…俺、捨て子だったし」
誰かに抱きしめられた記憶なんて、どこにもない。

怖い思いをしても、寂しい思いをしても、いつも一人だった。
「あの、離してください…大丈夫ですから」
温かい音は心地好く善逸の耳に響く。
離せと言ったが、大きな手と腕の感触がなんだか安心する。
(お兄さんみたいだなぁ…)
紅龍は、怖がる弟をなだめる兄のようで。
兄がいたら、幼い頃にこうしてもらえたのかなと、腕の中で思った。

「全然、大丈夫じゃなさそうだな」
優しく背中をぽんぽんされた。
気がついたら、泣いていた。
自分でも、びっくりした。
「こうしててやるから、大丈夫だ」
「…いなくなったり、しませんよね?」
善逸は、呟いた。
「善逸?」
「貴方は、鬼殺隊にいなきゃ駄目ですよ…」
「死にそうに見えるか、俺が?大丈夫だ」
頭をくしゃくしゃされた。
(違う…だって、貴方から聴こえるのに)

暗く蒼い世界。蒼い銀色の月の音。
そこに、紅龍はいて彼を月が見ている。

ーその音をそれ以上聴くな!ー

誰かが叫んだ。

月が揺れる。
蒼い銀色の月の表面が揺れて、開いた。

ぎょろりと見開く、一つの眼。

ー聴くな!ー

叫びとともに、金属音が鳴り響いた。

意識が薄れる。
あの音は聴いては駄目だ。聴こえないところに行かないと。
でも目を閉じたら、この人がいなくなってしまうかもしれない。

だけど…この音は。
(この人が月に連れて行かれたら…嫌だ)
ぎゅっと、紅龍の袖を握りしめた。
「遠くには、行かないで!」
善逸は、必死に叫んだ。
見上げた紅龍の目と、善逸の目がかち合った。
(ぎん、色)
紅龍の銀色の両目。見たとたんに、意識が一気に遠退く。
意識を失いたくない。この人がいなくなっていたら。
「…まだ、決めていない…大丈夫だ」
紅龍は笑っていた。
「だから、そんな顔をするな」
お互いの口が重なるのでは、というくらい顔を寄せ、紅龍は囁いた。
「眠った方がいい。俺はここにいるから」「……」
意識が遠退くのに、綺麗な顔に迫られて、顔が上気する。
「大丈夫、大丈夫だ」
おまじないのように言われて、善逸はようやく意識を手放した。


眠った、と思ったのだが、善逸がしっかり袖を掴んで放してくれそうにない。器用に眠っている。
「さて、眠ってくれたはいいが、どうしたものか」
抱えて布団まで行き、寝かせたものの、袖を掴んだ手を放してくれない。
「呪いに気がついたか。大した奴だ」
と苦笑いする。
どこまで聴こえるのだろう。
気味悪いとは思わないが、時と場合によっては、彼をそれが苦しめる。
遠くに行くなと、善逸は言った。

死ぬ事を言っているのか、または…、玉兎の下で永劫に生きる事を言っているのか…。
どう選択するかまだ、決めていない。
しかし、先祖の代にかけられた血鬼術の呪いが、自分の代で発動した。
「どうしたものかな」
病気でも寿命でも死ねない。玉兎に喰われるか、殺されない限り生き続ける。
しかも、常人離れした力がわいてくる。
人でも鬼でもない、曖昧な存在で生き続ける。

冥月の牢獄の力は確かに感じる。
天と地の二つの月の眼に睨まれ、周防紅龍はそこから動けなくなっている。

不老不死に憧れる話は聞いた事があるが、実際人間は何年まで耐えられるのか。

ふと思う。ならば、鬼は?頸を切られない限り生き続ける鬼は、永劫の時をどう生きているのだろう。
「鬼殺隊士が鬼を案じる、か」
我ながら笑えてきた。
善逸は袖を離してくれそうにない。
火傷の事もあるし、このまま横になる事にした。
「見られたら間違いなく誤解されるな……」
苦笑いするしかない。
目の前の善逸は起きる気配がない。

火傷も痛みが徐々に引いている。
そう時も経たずに、治るだろう。
これが鬼でもないが、人間でもなくなっていく兆候か。
玉兎の血鬼術は、人間を鬼化させるわけではない。
しかし、人間でもなくなってしまう。
寿命でも病気でも死ねないのは、もう人間でもない。

玉兎を斬れば解放される。
しかし、紅龍の中に戸惑いがある。
鬼に肩入れをしてしまっているのか、斬る気になれない。
「どんな形になるにせよ、遠くに行ってしまうかもな」まだ、決めてはいない。

しかし、迷いを抱えて玉兎は斬れない。
そもそも、また玉兎に遭遇する事ができるのか。
瞼を閉じ、考えていたら、眠気が襲ってきた。
善逸を抱え込むようにして、紅龍は眠りについていた。


(あれ?すごく、あったかい……)
善逸は、なにかに包み込まれる温もりにぼんやりと目を覚ました。

「へ?」
誰かに、抱きしめられる格好で横になっている。
たくましい胸板に、がっしりした腕が善逸を抱えていた。
「んっ……苦し……」
もぞもぞ動いたら、より抱きしめられた。
「苦し……いっての!」
どうにか顔を動かしたら、
「え……?」
紅龍の美麗な寝顔が、ど正面に飛び込んできた。
(はあぁぁぁぁっ!?何だ、これえぇぇぇぇっ!)
何が何だか、どういう状況でこうなった?
頭が混乱し、心臓が破裂するのではというぐらい、動悸が早くなる。

「ん?あぁ、起きたのか?善逸」
混乱真っ只中に、紅龍が薄く目を開けた。
(善逸!?)
何故に名前で呼ばれているのか。
(任務で女装させられて、そっから街入って……)
気分が悪くなって……。
(全然、覚えてないっ!)
しかも、辺りから聴こえる音からして、朝方になっている。
紅龍も入り込む明るさに、
「……だいぶ眠っていたか……すっかり寝過ごしたな」
寝起き声がやけに艶っぽい。

「ち、ちょっと……」
「もう、大丈夫なのか?」
「はあ?何がだよ!?」
「あれだけ大人しかったのに、もう賑やかいな」
紅龍はやけに安心した様子で笑っている。
「はい?」
「大人しすぎるよりは、まあいいか」
「状況説明しろよ!つーか、何でこうなってんの!」
「ん?」
「頭、起きてます!?」
善逸の顔は真っ赤だ。
「どうした?熱が出たのか?」
心配して、跳ね起きるのはいいのだが、善逸を下にして、顔を覗き込んでしまっている。
「あ、あんたなぁ……」
ぶるぶると善逸は拳を震わせる。
「今の状況見ろよ!俺に、なにしよーとしてるわけ!?」
「状況?」
善逸を見下ろし、はた、と紅龍も固まった。
自分が後輩を組み敷いているとしかみえない……。
「っ!いや、これは、違う!」
そこへ……。
「周防様、お加減はいかかでございましょうか?」
藤屋敷の主が、様子を見にきたらしい。
主の声に、ますます顔は赤くなり、善逸の顔はゆでダコ状態になった。
「もう!どいてよおっ!」
善逸は、思い切り紅龍をひっぱたいていた。












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