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蒼銀の月

あの銀色の色は何だろう?
この音は何だろう?

自分に近づいてくる紅龍から聴こえてくる音に、善逸は棒立ちになる。

「久しぶり、と言いたいが何だその格好は」呆れぎみに言われた。
「これは、不本意なんですよ…」
善逸は何とも言えない表情になる。
「まあ、あの子が危ない目に遭わなくて済むなら、こんなのなんてことないので」
「彼女も鬼殺隊士だ。任務に危険は承知の筈だが」
じろっと、紅龍は日高を見る。
「彼が囮になるって言ってくれたんです!」
日高は胸の前で手を組み合わせ、涙目モードの猫かぶりだ。
「それでどうして、ここまで力が入っているんだ」

ごもっとも。

「鬼にすぐ男だってバレないためです!」
迷惑な話、鬼にも美食家がいる。
子供だけとか、女だけとか、若い男とか、選り好みするのだ。
「この着物では、きちんとした助力をしてやらねば、我妻が喰われるぞ」
紅龍は隊士達を軽く睨んだ。
「心配無用です!」
「絶対守ります!」
何故か、男達に気合いが入っている。
「ちょっと、貴方達!何を気合いいれてんのよ!」
当然、日高が怒る。
そもそも、身代わりにしたのは彼女だが。
「我妻、可愛いし」
「この任務で絶対守って、飯食い行きたいし」
「こいつは男でしょ!」
化粧師に入った職人のスイッチは、はんぱなかったようだ。
(女装で男にモテてもなぁ…)
もめ出した隊士達の傍ら、善逸は複雑だ。
(そもそも、俺に女装させた君がなんでキレてんのよ…)
日高に、睨まれているし。
(とゆーか、俺、日輪刀ないんですけど)
丸腰だった。
だから紅龍が、きちんと助力しろと言ったのだ。
「とにかく、行くぞ。若い娘の蒸発事件で街には警官が巡回している。彼等に気をつけつつ、街に入る」
非公認の組織であるため、警察にも軍隊にも鬼殺隊は公認されていない。
当然、帯刀は法令違反だ。
見つかれば大騒ぎになる。

「日高、お前は待機だ」
「えっ?」
紅龍の言葉に、日高が間抜けた声を出す。
「我妻がお前の代わりになってくれたんだ、お前が同行する必要はなくなったからな」
(まあ、そうですよね…)
「我妻一人で歩かせるわけにもいかない、我妻には俺が付く」
(はい?)
思わず紅龍を見上げる、と同時に日高の鋭い視線が突き刺さる。
(なんで、睨まれるの俺?)
「我妻も日高を心配したのだろうが、囮作戦の話の時点でそうするつもりだったがな」
「一人で決めたんすか?ちゃんと打ち合わせはしといてくださいよ…俺、こんな格好までなったのに…」
女装させられた不満がたまっていたらしく、善逸の口から本音が出る。
「日高の身代わりにお前がなるとは、思わなかったのでな」
善逸は慌てて口を押さえる。
「確認するが、我妻は「自分」で身代わりになったんだな?」
「あ、当たり前でしょ?まあ、ここまでリキ入れすぎもあれですけど?」
(俺、なんであの子かばってるんだろ)
任務放棄、職務怠慢とぶちまければいいのに。
「そうか、ならいい。しかし、職人が施したようななりだな」
ぎくっと、全身が強張る。
「任務にお前が急遽加わった事は、烏を飛ばしておく。経理の事もあるのでな」
(そういうのも考えるの?)
「お前達二人は、一定の距離を保ちつつ俺と我妻の周囲の警戒及び援護、気を抜くなよ」
「はいっ!」
二人が応える。
日高は待機扱いになった。
納得してなげだが、自業自得だ。

紅龍達は、娘達が蒸発する街へ向かった。


大きい街は、ガス灯が明かりを灯し、夜でも人や車が往来していた。
警官が三人一組で班を作り、街を巡回している。

紅龍達は建物の隙間をぬって、こそこそ移動するしかなかった。
隙間を通れなければ、警官に見つからないよう慎重かつ、素早く移動した。

紅龍は目立つ赤い髪をハイカラな布で飾り、さりげなく装っている。
街の奥へ入り込むと、打ち合わせ通りに散開し、他隊士二人は距離を取って紅龍と善逸の周囲の警戒及び鬼の気配に目を光らせていた。

「失礼、お二方」
街路を歩く紅龍と善逸は、呼び止められた。
警官だ。
三人一組の班の一部が、声をかけてきたのだ。
「なんでしょう」
紅龍はさりげなく応対した。
「一般人には見えんな、かと言って軍人にも見えん。警官でもあるまい?」
班長らしき男が、じろりと紅龍達を見る。
その観察眼の鋭さに、内心「警官も侮れん」と紅龍は感心する。

「その腰の物は何か?見せてもらおうか」
「ああ、これですか」
さらりと紅龍は、羽織の中から刀を出した。
(うっそ!)
善逸は声を上げそうになるのを、どうにかこらえた。
「よくできているでしょう?ここ最近の事件があってから彼女と街を歩く時は、魔除けで持ち歩く事にしたので」
肩を掴まれ、胸元に引き寄せられた。
(ちょ…!ちょっと!)
「都市伝説って奴とは分かっていても、鬼とかいうのに連れていかれたくないもので、伝説の鬼斬りの刀の作り物を作ってみたんですよ」
(嘘も方便っていうけど…)
顔を真っ赤にしながら、善逸は紅龍で胸に顔を押し付けられる格好で固まっていた。
「…確かに、よくできている」
鞘から抜いた刀身は、見事に作り物だったのだ。
街に入る前に、日輪刀とただの作り物にすり替えていたのだ。
(すり替えって、いつやってたんだよ!)
「…では、その妙な格好は」
「これも、都市伝説の鬼斬りの出で立ちにしてみたんですよ」
笑顔で語る紅龍に、何とも言えない沈黙が、警官三人に漂った。
(ハタから聞いてりゃ、都市伝説を鵜呑みにしてるヤバい人ですよね…)
さらに強く抱きすくめられて、羞恥で何も言えない、顔は上げられないで善逸は息苦しささえ覚えた。
「この格好なら鬼とかもよってこないでしょう?」
警官達は呆れかえっている。
眉目秀麗な男子が、都市伝説を真に受けて都市伝説に出てくる鬼斬りの格好をして街に出ているのだから。

しかも、目の前で婦女子(女装した男)を抱き寄せて語るとか、「こいつ情緒不安定では」と言いたげになっている。

「彼女は、俺にとって大切な人ですからね」
(周防さん、即興でお芝居できるんですねぇぇぇ!)
顔をあげさせられ、視界に映るのは男の顔をした紅龍だ。
(え…)
急に、体が震え出す。
「分かった…呼び止めて申し訳ない。ただ紛らわしい格好は、止めていただきたい」
「いや、すみません」
紅龍はすまなげに謝る。
班長らしき男は、善逸が震え出したのを見て怯えさせたと勘違いしたらしい。
「お嬢さん」
(お嬢さんじゃないです!)
声は出そうにも出ない。
体の震えが止まらないのだ。
あの視線…こっちを見る、男の…。
(ヤバい…頭がぼーっとしてきた…)
「雛子さん?」
(雛子って、俺?)
「…怯えさせてしまったようだ…申し訳ない。若い娘の蒸発事件が多発している故、早く帰られよ」
「はい、すみませんでした」
紅龍は謝罪した。
警官達はそれ以上聞き込む事はなく、その場を去って行った。
状況をやりきったのは、良かったのだが。

「我妻、大丈夫か?」
(大丈夫じゃないです…)
視線が…。
紅龍は芝居で見ただけなのに…。
体が震える。
そして、「こういった怖い思い」がよぎると頭がぼーっとしてくる。
あの視線を向けられた?
誰に?いつ?どこで?

「我妻、こっちに」
このままだと、人の注目を受ける。
路地裏へ入り込んだ。

「芝居とはいえ、やり過ぎたか…すまない」
「はは、迫真の芝居でしたよ…」
(ヤバい…どうしたんだろ)
体の震えが止まらない。
笑っているつもりなのに、顔がひきつる。
「もう、雛子さんて偽名もばっちりじゃないですか…びっくりしましたよ」
(あれ?)
涙が頬を伝う。
(何これ?俺、周防さんが怖いわけじゃないのに…)

よぎる。

暗い部屋。

暗い路地裏。

憂さ晴らしにいじめられた日。

気味悪がられた日。

いろんな視線、いろんな音。

大人達に必要とされたけど、必要とされたのは普段嫌われていた「気持ち悪い耳」

賭け事に、便利だから。

そして、それから…。

体が痛い。

動けない。

押さえつけられて…。

そして、それから。

あの。

視線。

あの、「男の目」

いつもなら、どんどん頭がぼーっとしてくるのに、違う。
違った。
頭はぼーっとしている。
だけどこんなに、掘り起こされるみたいに、暗い所から溢れてこようとしてくるなんて。

これは…。

ーなんだ、女じゃないのかよー

いる。

自分の中に、入り込んでいる。

普通の鬼じゃない…。

心を喰われる。

知られたくない事や、忘れたいことを掘り起こされる。

それがなければ、目の前の人を疑い、信じられなくなる。

そして、いつか心が「からっぽ」になって、脱け殻の体が喰われる…。

心を喰って、脱け殻を喰う鬼だ。

ー極上の獲物が来たと思ったのに、野郎で、しかも鬼狩りかよー

まんまと騙されたと言わんばかり、鬼の怒りが伝わってくる。

ー野郎を喰う趣味はないが、鬼狩りなら食い散らかすだけ食い散らかしてやるー


「や…嫌だぁぁっ!」
「我妻!?」
急に善逸が絶叫し、取り乱しだした。
「嫌だ…嫌だってば!」
「我妻、どうした!」
善逸が絶叫した事で、声が響き渡り、何事かと集まってくる人の気配。
「一旦退くしかないか」
善逸を抱え上げ、建物の屋根まで飛び上がる。

「周防さん!」
「我妻どうしたんですか」
一定の距離から事態を見守っていた二人も、合流してきた。
「わからない…だが、普通じゃない」
紅龍の腕の中で、善逸はがくがく震え、泣いていた。

一方。

「くそっ!何だこれ!?」
深層意識に底では、塗りつぶし、押し込めてきた「もの」が掘り起こされ、引きずり出される事態に、「彼」に焦燥と動揺が生じていた。

何かに干渉された。
「人間」じゃない。
今善逸にここに落ちてこられるわけにいかない。
これらを「見た」ら善逸が壊れる。
塗っても塗っても追いつかない。
「ちくしょう…善逸を守れねぇ…」
深層意識の真っ暗闇が、空間が歪み出していた。
その様を「彼」は見上げていたが。

「壊させねえ…」
固く握りしめた拳から血が滴った。
「善逸は壊させねえ…」

どんなに裏切られても、酷い目に遭わされても、信じたい人を信じてきた。
人を嫌いになりきれなかった。
繋がりを断ち切れなかった。

欲しいから。
人の愛情を。
手に入らないと分かっていても。
いつかは、と信じていたから。

「…向こう…だ」
「…お前か」
かなり疲弊した潜在意識の善逸がいた。
「彼をこさせないようにしてる…その分、「見て」しまっているけど…奴の音は聴いた」
「そうか…」
カチカチとハサミが鳴る。
「今回ばかりは…我を押さえられねぇ…」
落ちくぼんだ目に凄まじい殺気が満ちていた。
「善逸を守るんだ」
「当たり前だ!お前を俺の我で突き動かす!だから、ぶった斬れ!」
「あぁ、そのつもりだ」
深層意識と潜在意識が動き出していた。

善逸の脳裏によぎる、嫌な光景。
知られたくない事ばかりだ。
「非常事態だ、一旦退く。体制を立て直すぞ」
紅龍の声がする。
体がふわりと浮いて、大急ぎで街の外に移動しているのを感じる。
本当、この耳はよく聴いている。

「我妻、分かるか」
紅龍の声。
分かっている。
だけど、掘り起こされた「もの」のせいか、震えが収まらない。

「何かあったんですか」
待機していた日高が、戻ってきた紅龍達に走り寄ってきた。
「急に我妻が錯乱しだしたんだよ」
「普通じゃないって事で、一旦退いたんだ」
二人の隊士が話す。
「そうなの」
日高が善逸を見る。
善逸はまだ、紅龍に抱き抱えられていた。

音がする。
一方的に女装させておいて、嫉妬している。
(何だよ…周防さんに下心ありありじゃん)
打ち合わせとけば、お姫様抱っこされてただろうに。
彼女は、一片も善逸を案じてはいなかった。

(俺、変な術にかかったのかな…)
彼女の音に悲しくなりながら、しかし心の違和感は続いていた。

「は…っ」
善逸の体がびくん!とはねた。
「我妻!?」
紅龍が叫ぶ。
善逸の耳には紅龍の声は届いていなかった。


嫌だ、気持ち悪い。
喜んでいるのは、この「音」だけだ。

見たくない。
思い出したくない。
「音」も「感触」も。
「あんなこと」はなかったはずだから。
辛い事はいっぱいあった…だけど、だけど!

〈お前は可愛いなあ〉

誰か嗤っている。

嫌だ。
嫌だ。
それ以上…来るな…入って来るな…。

揺れる。

何が?何が揺れている?

何って…。あの部屋で…あの音のあいつが…。

俺を…っ。

その景色が不意に、真っ白になった。


それは、唐突だった。
善逸の体が痙攣し、ぐったりとなった。
口の端からよだれを垂らし、目は虚ろだった。

すぐ蝶屋敷へ向かわねばと、紅龍が焦った時。
腕の中の善逸が動いた。
紅龍の腕の中から自ら降りていた。
「我妻…」
「チュン太郎…やるじゃん」
紅龍を見ないまま、虚ろな顔で善逸は笑う。

隠をド突きながら、チュン太郎がやってきたのだ。
隠の手には、善逸の日輪刀が握られていた。
「街にいたら遅かったけど、仕切り直ししたからちょうど良かったな」
チュン太郎の必殺技、『きつつきの呼吸』

これでもかとド突かれまくった隠はへろへろになりながら、善逸に日輪刀を手渡した。
「チュン太郎、ありがとな」
「チュン!?」
善逸の異変にチュン太郎は戸惑う。
善逸のいつもの「異変」ではないからだ。

「あんの腐れ野郎…普通に死ねると思うなよ」

しいぃぃぃぃ

雷の呼吸が響いたと同時に。

地面が弾けた。

凄まじい脚力が地面を弾けさせ、雷の残滓を残して。

善逸は消えた。

























































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