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第2章

上弦の弐によって、雪柱が討たれた。

その訃報は鬼殺隊士達に動揺を与えていた。
逆にその死に報いる為に更に奮起する方ではないのか……。
浮き足だつ隊士達を落ち着かせる為に、柱が駆け回っていると聞くが鬼殺隊の程度がこれでは知れてしまう。
上弦の弐自らが動き、柱を討った。
柱は鬼殺隊にとって最強で不動の存在でなくてはならない……その柱を討った上弦は異次元になる。
そもそも、上弦を撃破した柱はここ百年以上現れていない。
遭遇した柱が悉く葬られている。
「また、柱が二人だけになっちまった……」
「雪柱は、遺体もないそうだ」
ひそひそと隊士達が不安げに囁いていた。
「柱になっても上弦に出くわしたら元も子もないぞ」
「ずっと平の方が楽だ。柱でも勝てない十二鬼月と遭遇して戦いたくもない」
「お前達、雪柱の死を何だと思っている」
義勇の背後からの静かな声に、隊士達がはねるように振り返る。
「と、富岡……」
「柱二人が浮き足だつ鬼殺隊の為に、走り回っているというのに、任務にも行かず立ち話か」
「皆が皆、柱やお前みたいに強くなんかねぇんだよ!本当の事言って何が悪い!」
「雪柱は自分の使命を全うした」
義勇の脳裏には、素顔の氷月の顔が浮かんでいた。
「圧倒的不利だろうと命尽きる最後まで、柱の使命を全うした者の死を貶めるな」
腹の底が不快だった。
柱であった氷月が弱い筈はない。
上弦が強すぎるのだ。
肝心な時に、駆け付けられる距離にいなかった事が悔やまれた。
氷月の助力にどこまで役に立てられたかは分からない。
それでも……。
「柱でもないやつが偉そうに説教か?」
苛ついた隊士が喰ってかかってきた。
「鬼を50体以上倒しても、下弦の鬼を倒しても、柱になろうともしないくせに!」
眉を吊り上げ、隊士はまくし立てる。
「お前階級、甲だろ?……下弦も倒してきてるのに…力があるくせに何でならないんだよ!」
「おい……」
仲間が流石に止めに入る。
「一人であっちこっち彷徨いて鬼を倒して柱気取りか?こっちを馬鹿にしてるのかよ?」
「止めろって……」
「うるせえ!」
隊士は引き下がらない。
「雪柱様の加勢だってできなかったやつが説教してくるな!」
「……」
加勢できなかった事は事実だ。
それについては言い訳になるから、反論もできない。
しかし、譲れない事がある。
「俺は自分の力量は知っている……相応しい者が柱になるべきだ」
「は?ふざけんなよ……実力あるくせに舐めてんのかよ」
「本当の事だ」
「……っ!いちいち澄ました顔で……ムカつくんだよ!」
怒鳴るなり拳が義勇に飛んだ。
あっさりかわされたが。
「私情の殴り合いは、隊律違反だ」
「やかましい!」
「殴られて事態が変わるならいくらでも殴られてやるが……不毛だ」
次の拳も交わした。
「……雪柱の死を無駄にしたくない……残された俺達で戦って行くしかないのだから」
腹の底は渦を巻くように不快さが消えない。
彼の暴言は、不安から浮き足だっているせいだろう。
上手く落ち着かせる言葉が見つからない。
落ち着いて任務を果たして欲しいと言いたかっただけだったのだが。
「……不快にさせてすまなかった」
言って、義勇は踵を返した。

雪が舞う。
夜の銀世界は特に静かで、空気さえ凍りついているかのようだ。
雪の舞うこの時期は音が一切感じられない。
山沿いに近い集落は積雪も多くなる。
雪靴も履かず、しかし淀みない足捌きで義勇は雪の中を疾走する。
高速で走れば雪が纏いつき視界も悪くなるはずだが、速度は落ちない。
とん!と軽やかに雪を蹴り、糸杉のような長身が跳躍する。
軽く蹴っているようなのに、飛翔するように一気に距離を詰めた。
鬼へと。
義勇の着地した箇所から新雪が舞い上がり、吹きすさぶ風にさらわれていく。
「お前が作った雪像は全て破壊した」
淡々と義勇は言い、刀を引き抜いた。
冬の夜闇に、青い刀身が鋭い光を放った。
血鬼術による鬼の分身だったが、義勇は作り出された5体を破壊し、本体である鬼に追いすがった。
「この鬼狩りがあっ!」
万策尽きた鬼は、爪を振りかざし義勇に襲いかかった。
義勇はそれを静かに迎え撃った。

水の呼吸、肆の型。

「打ち潮」
しなやかな曲線が舞い、鬼は頸を四肢もろともに切り飛ばされた。
雪降りしきる中に、鞘に刃を納める音だけが響く。
雪と共に散る鬼の残骸に背を向け、義勇は空を見上げる。
「助太刀の礼も遂に果たせないままか……」
氷月の死後、義勇はより一層稽古に打ち込み、任務に邁進した。
ひたすらに己を追い込んで。
そうして鍛え上げ、練り上げてきた剣の道。
義勇の心は、凪いだ湖に一人たたずんでいる。
歩を進めるでもなく、退くでもない。
錆兎の死、そして氷月の死。
誰かを守れない、誰かを救えるでもない自分が許せなくて何処にも行けない。
鬼を狩り、顔も知らない誰かの明日を守る事が贖罪になるのならばと剣を振るう。
柱が立つ事が急務と耳にするが、どうしてそれを受け入れろというのか。
鬼を50体以上倒し、下弦を倒している……だから何だというのか。
強さは手に入れただろう。
だが、選抜試験において何もしていないのに、柱を受け入れる事はできなかった。
「心がこんな風に全て雪に埋もれてしまえば楽だったろうな……」
しかし、凪いだ湖に心が留まり動けなくても、その湖が凍てつくことも埋まることもない。
義勇は、あの選抜試験から心が身動き取れなくなっていた。
そしてその事を誰にも話す気もなかった。
墓まで持っていくつもりだ。
「仮面の借りを返して、秦野にまだ返すものがあったのだがな……」
あるはずの日常はある日なくなる。
約束を交わしても急に果たせなくなる。
錆兎と真菰との約束、氷月との約束。
虚しかった。

ーまた、会えますよね?ー

氷月の問いかけに、義勇は手を上げて応えたが彼女に伝わっていただろうか。
もう確認もできない。
「情けないな……」
どうしてこうも悔いるのか。
息を一つ吐く。
頬に滴が伝うが、滴に触れる雪がそれをさらっていく。
義勇が気づく事はなかった。

時も日常も何事もとどまる事なく流れていく。
あと一月もすれば桜が咲く季節が来る。
それまでは、梅が紅や白の花を咲かせ雪景色に色を差す。
しかし、時の流れも日常の移り変わりも義勇には関係なかった。
凪いだ湖に心を留めたまま、剣を振るっていた。
今この時も。

「退け…もう充分だ」
5人の鬼殺隊士達に短く言い放った。
「富岡さん……!」
義勇の見つめる先には、鬼。
両目に『下弦』『陸』と刻まれていた。
「己を恥じるなら生きて鍛え直せ」
隊士達に言う。
本人は意識してないが、助太刀の度介入しているうちに口癖になっていた。
抜き放つ刃は冷水のように冷たく青く光る。
「下弦を相手によく持ちこたえた」
はっと隊士の一人が表情を変える。
「あとは、任せろ」
「すみませんっ!」
全員が、半泣きになりながら後退していく。
下弦の陸は、鎖を生み出し攻撃する血鬼術を使ってきた。
斬っても無限に湧き、絡みつかれれば火傷を負ってしまう。
そんな相手に対し、負傷しながらも持ちこたえた事を褒めこそすれ、見下す事はない。
「大見栄を切るのう。儂の血鬼術見ておったろに」
下弦の陸は義勇を小馬鹿に一笑した。
義勇は無言だ。
「鬼狩りも数だけばかり!敵ではないわ!」
宿の蔵に巣食い、奉公人を喰らっていた。
蔵中を焼きながら、鎖が埋め尽くしていく。
「ははは!打たれるか、焼かれるか!選べ!」
「どちらも断る」

水の呼吸、拾壱の型。

「凪」
鎖が全て雲散霧消する。
義勇を打つこともなく、焼くこともできなかった。
「儂の血鬼術が……」
信じられないと、鎖の鬼は愕然となった。
「貴様、柱であったか!」
脂汗が下弦の陸の顔に滲む。
「違う」
短い呟きと共に、青い刀身が翻った。
下弦の間合いにあっさりと踏み入っていた。
枝を払うように、下弦の陸の頸は斬り飛ばされた。
「俺は柱ではない」
納刀の澄んだ音に義勇の冷淡な声が重なる。
灰となっていく下弦に目を向ける事なく、義勇は蔵の外へと足を向けた。
「なかなか派手じゃねぇか」
その声は、背中から不意に湧いた。
若い男の声。
全く気配も音さえも感じなかった。
「奴の血鬼術を一撃で消しちまうとはやるな、お前」
「……ずっと見ていたのか」
僅かなりと、男を見る目が冷たくなる。
奇抜な出で立ちだった。
頭に布を巻き、その額には輝石が大小あわせてちりばめられた額当て。
小さな輝石を繋いだ飾りが額当ての両側でしゃらりと光る。
隊服も着ているが、両腕が剥き出しだった。
金色に光る腕輪を両腕につけ、両手の爪は朱と緑でどぎつく塗り分けされていた。
左顔半分も何やら理解不能な化粧をしていた。
「おいおい、俺様が傍観してたとでも言う気か?」
心外と言わんばかりに男は鼻を鳴らす。
「これでも派手に急いで駆けつけたんだぜ」
義勇よりも上背のある男は上体を屈めて目線をあわせてきた。
「加勢しようとしたら、派手に終わっちまって出る幕無しって訳だ」
「そうか」
それだけ言って義勇は歩き出す。
「ちょい待て!」
「まだ用があるのか?」
「俺様が誰か気にならねぇのか?」
「ならん」
ふい、と顔をそむけてちてちと蔵の外へと出た。
「待ちやがれ!」
音もなく男は義勇の前に回り込んできた。
「気にならねぇとは良い度胸だな。この祭りの神を前にしてよお」
「……頭の中を診てもらえ」
「ああ!?」
凄まれるが義勇は意に介さない。
「てめえ……いったいいくつだ?頭ん中ガキじゃねえのか?」
「富岡義勇、年は13。階級は甲だ」
「人の話を聞いてんのか?」
「この月のあと三日後に14だ」
「野郎の年と名前を誰も聞いてねぇっつてんでんだろが……」
こめかみがぴきついていた。
「俺様は宇髄天元!祭りの神にして鬼殺隊を支える音柱だ!」
妙な決めポーズまで披露したが、
「……そうか。で済んだのならもう行くぞ」
全く無反応だった。
「おい、少しは驚け。俺様は柱であり、祭りの神だぞ」
「……お前こそ、いくつだ……」
だんだん精神的に疲れてきた。
「お前?お前つったか!?俺様は15だ!」
(……15だったのか……)
「何だその沈黙は!」
義勇より高い上背に、筋骨隆々とした体格の良さで実年齢が15と言われて、反応に困ったのだ。
「て、何だお前の方が年下か。この年の10月で俺様は16になるぞ!二つ年長だな!」
「だからなんだ…いい加減帰してくれ」
辟易していた。
「……お前、会話は致命的に地味だな」
「ほっといてくれ」
宇髄は逞しい腕を組み、はあ~とため息を吐いた。
「そうか。お前が富岡義勇か」
「だったら何だ」
「下弦の陸をあっさり斬り伏せたあの腕前からして、並の剣士じゃないとは思ったが」
宇髄の空気がうって変わる。
「下弦を悉く葬る力を持ちながら、柱になろうとしない水の呼吸使いがいると耳にしていたぜ?」
義勇の頭より高い位置から鋭い視線が刺さる。
「何故柱になろうとしねえ?実力があるくせに死ぬほど地味な奴だな」
「……答えるいわれは無い」
「何だと?何だ、その言いぐさは」
宇髄の顔に苛立ちの感情が浮かぶ。
「言った通りだ。答えるいわれはない」
「今鬼殺隊がどんな状況か知っているだろうが!」
宇髄は義勇に詰め寄った。
「俺は、柱に興味はない」
(こいつ……?)
義勇のあまりに無機質な声の音程に、逆に困惑した。
柱というのが義勇の何に触れるのか、一気に声が無機質になったからだ。
(これ以上は何言っても無駄だな……)
眼差しも急に変わった。
表情がなくなった。
「もう俺に関わるな」
義勇は宇髄の前から姿を消した。








































































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