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第2章

全集中・常中を会得していたおかげか、意識が戻ってからの回復は早かった。
起き上がってものの2日で、義勇は任務に復帰していた。

「富岡義勇だが、頼んでいたものを取りに来た」
任務の合間を縫って、義勇はある店に立ち寄っていた。
面を扱う店だった。
「富岡様、お待ちしていました。出来上がってございますよ」
店主が箱を差し出して来た。
その中には、西洋の仮面に和装を施した雅な面が納まっていた。
注文通り、寒梅があしらわれている。
「確かに、受け取った」
義勇は蓋を閉じると、あっさりと金を支払った。
時代錯誤の出で立ちに、高額を払えるのか半信半疑だった店主はつい呆気にとられていた。
それに構わず義勇は店を後にした。

柱である氷月が本部界隈に点在する町にいるか分からないが、義勇は氷月を探した。
もう新しい仮面を身につけているだろうが、借りは返したかった。
時期は雪のちらつく時期になっていた。
「……雪か」
空を見上げ立ち止まる。
雨と違い静かだ。
はらはらと曇天から舞い降りてくる。
「富岡さん?」
背後からの声に振り返ると、新しい仮面を着けた氷月だった。
「久しぶりだな」
「はい。お元気そうで安心しました」
氷月は顕になっている口元を綻ばせた。

「相変わらずお一人で動かれているようですね」
雪のちらつく町並みを肩を並べて歩く。
「どう思われても構わない」
「疲れませんか?」
「別に」
義勇は淡々としていて、掴み処がない。
「任務で会えないかと思っていた」
「はい?」
義勇は立ち止まった。
「君に、借りを返そうと思っていた」
ついと箱を差し出して来た。
ここで?と氷月はきょとんとする。
「私、貴方に借りなんて作りましたか?」
しかし義勇は無言だ。
氷月は自然と出された箱を両手で受け取っていた。
「これ、何ですか?」
「要らないなら、捨ててもらって構わない」
そういう事を聞いているのではないのだが。
「よくわかりませんが、いただいておきます」
箱を腕に抱いて、急に吹き出した。
「何が可笑しい?」
「いえ、女性に贈り物を渡すのが、町通りというのがと……」
「?……変か」
「お店の中とかあるでしょう?」
くすくすと氷月は口元を隠して笑う。
「借りを返したかっただけだ……場所は重要なのか?」
この人は、と氷月は仮面の下の眉を竦める。
「あの、ですね」
氷月は箱を腕に抱いて、義勇を仮面越しに見上げる。
「他意はなくても、個人的に女性に贈り物をするのは気をつけてくださいよ」
「何がだ」
「貴方は、ご自分の容姿に気がついていないから……」
「俺の容姿?」
訳が分からないと義勇は当惑する。
高い身長に、眉目秀麗な美貌、長い黒髪に映える白い肌。
彼の場合、その美貌に加え独特の雰囲気が人目を引く。
「ちゃんと身綺麗にしているぞ」
「私が言いたいのは、そういうことではなく……」
この人は天然なのか?
言いたいことと違う意外な反応に氷月は呆れ、そしてまた笑いだした。
「さっきから何なんだ……」
「気がついていないのなら、それでいいですけど」
憮然とする義勇にくすくす笑う氷月。
「……俺はもう行く」
「伝令を受けたのですか?」
「無駄に彷徨いてはいない。情報は集めている」
その時ばさばさと、義勇の鎹烏が義勇の肩に止まった。
「富岡義勇、本部からの参上要請…」
年のせいか声がぼそぼそしている。
「本部へは行かん」
端麗な顔が険しくなる。
「やる事がある。断りを入れて来い」
「……」
黙したまま、烏は飛びさって行った。
ちらつく雪の中、義勇が歩き出す。
「富岡さん!また会えますよね?」
氷月は義勇の背中に声をかける。
義勇は立ち止まらない。
でも、肩越しに氷月を見た。
軽く、手を上げて。
そして、義勇は町を去った。

「富岡さん」
義勇が去った後をずっと見送っていた氷月だが、口元は綻んでいた。
「これなんだろう?」
気になって近くの茶屋に入り、箱を開けて見た。
中に納められていた仮面に、息を飲んだ。
「綺麗……」
氷月は仮面を手に取った。
寒梅をあしらった、雪化粧に見立てた和装飾の西洋仮面。
「富岡さん……」
水の血鬼術の戦闘で喪失した物と似たあつらえだった。
借りを返したかった……。
義勇はああ言っていたけれど、気持ちが仮面から伝わってくる。
「作ってくれたんだ……」
不器用だから伝わりにくい、義勇の優しさ。
目を隠す為に着けていたが、着ける意味合いが氷月の中で変わった。
「私の青い目に合うような……綺麗な装飾ね」
義勇も綺麗な目だと言ってくれた。
氷月はその仮面を顔に着けた。
「……富岡さんに伝えられるかな……私の本当の名前」
呟いて、顔がかっと上気した。
「え?え?私今何を言った?」
あたふたしていると、
「お待たせしました~。緑茶と和菓子です」
店員が注文していた品を持って来た。
「は、はいぃぃぃっ!」
動転した氷月は椅子から転がり落ちた。

「秦野氷月に伝令!」
お茶と茶菓子で落ち着きを取り戻し、店から出て来た所に鎹烏が飛来してきた。
路地裏に入り、烏を腕に止まらせる。
「この町より東!女性の消失事件多発!鬼の絡む事案と見られる!調査に向かえ!」
「調査……」
調査というが、鬼に行き着く可能性の方が濃い。
調べて帰るだけでは済むまい。
炎柱煉極槇寿郎と岩柱悲鳴嶼行冥も任務でいない。
他の柱の空席で、柱達は多忙を極めていた。
氷月もたまたま帰っていただけで、義勇に会えたのは幸運だった。
「了解しました。参ります」
自分も柱として使命を果たす。
氷月は東へ向かった。

支度を整え、氷月がたどり着いたのはある花街。
「ちょっと……いくら人手がいないって言ってもねぇ……」
吉原ではないが、遊郭や賭博場や芸者達の店が軒を連ねていた。
「女の子を送り込みますか?」
それも一人で。
「潜入調査ではないからまだ良しとしますけども」
夜になり、芸者の店や賭博場、遊郭から様々な人の賑わいが聞こえてくる。
「しかし、これだけ人がいて女性だけが消えるなんて」
氷月は屋根伝いに闇に紛れ、行動していた。
街路を行くと、男性客に絡まれたり別の意味の茶屋に引っぱり込まれる。
危険回避に越したことはない。
さて、何処から調べるか……。
その時だった。
「あはは~やった!女の子だ!」
心底嬉しげな、青年の声が背後から生じた。
氷月の全身から尋常ではない汗が吹き出した。
「花街は美味しい女の子がいっぱいいるから食べるの止まらなくなるんだよね。こうやって鬼狩りに嗅ぎ付けられちゃう」
振り返る事ができなかった。
「まぁ、分かってて食べてたんだけど」
声はいかにも軽薄そうな男といった感じだ。
「分かっていて……?」
「あ、可愛い声してるね」
ふっと風が動いた。
氷月の目の前に、いた。
嬉しげに、氷月を覗き込んでいた。
瞳に虹の光彩を持ち、その眼には。
『上弦』『弐』と刻まれていた。
(上弦の……弐!!)

十二鬼月上位の、弐。

戦慄に体が震える。
接近されて分かる…気配がとにかく尋常ではない。
(どうして、上弦の弐が!?)
「あの方がね、柱を減らしたがってるんだよね~」
思考を読んだように、青年は言った。
つと、上弦の弐の指が氷月の顎にかかる。
「だからさぁ、柱と戦うのめんどくさいんだけど、わざとエサをばらまいたわけ」
食料としか見ていない視線に、悪寒が走る。
「引っ掛かってくれてありがとね」
(飲まれるな!動け!)
ひゅっ!と空気が鳴る。
「おっと危ない」
抜き放たれた一撃を難なくかわし、上弦の弐は危なげなく悠然と屋根の上に立ち、手をひらひらさせる。
その手には、義勇からもらったばかりの仮面が。
「それを返せ!」
「ふぅん、これ大事なものなんだ」
ぱきぱきと音をたてて仮面が凍てついていく。
「やめて!!」
「えぇ~?君美人だし、綺麗な青い目をしているのに要らないでしょう?これ」
上弦の弐はにこにこ笑顔のまま、仮面を凍らせていく。
「やめてって言っているのよ!」
「名前教えてくれたら、やめてあげるよ」
明らかな嘘。
氷の侵食は止まない。
「俺は童磨って言うんだ。君は?」
「……」
目の前で、仮面は氷に侵食されついには砕け散った。
「あ~あ、早く教えてくれないからぁ」
「よくも……」
童磨を睨み付けた氷月の目から涙が溢れる。
「この、外道が!!」
雪の呼吸、拾の型。
ぶわっと雪霞が周囲を包み込む。
一瞬で氷月の気配も姿も消える。
「わあ~綺麗だなぁ、今の季節にあってるよ」
呑気に童磨は笑っている。

雪泥鴻爪せつでいのこうそう

高速の動きで鬼に接近し、鬼の頸を斬る技。
雪霞みを起こし、視界を撹乱させる。
音もなく、刃が童磨の頸に襲い掛かった。
「うん、綺麗だね。まるで白鳥みたいだ」
笑いながら、童磨が両腕を翻し半身下がった。
「じゃあ、俺もね」
じゃっ!と翻ったのは対の金属の扇。
血鬼術。
「凍て曇り」
ぶわっと冷気の雲が巻き起こり、扇がそれを拡散させる。
「!」
強力な凍気が、身体中を凍てつかせた。
咄嗟に距離を取ったが、肺に鋭い痛みが走る。
「あらら、まともに喰らったかな」
氷月の足も腕も白く凍っていた。
「でもこれで死なないのもすごいよ」
「……っ」
「君、柱でしょ?分かるよ」
扇をひらひらさせながら、童磨は笑う。
「うん、弱くない。弱くないけど」
ふっと、また風が動いた。
「でも、こんなものかな?」
童磨は氷月の背後に、回っていた。
「え……」
ばっ!と血飛沫が飛び散った。
左肩から、肺をばっさりと斬られていた。
(見えなかった……!)
膝から倒れ込んだ。
肺を斬られ、血が逆流し吐血しながら咳き込んだ。
「柱って期待したけど、君はこんなものかな?」
氷月はなんとか立ち上がろうと足掻いた。
(格が…違い過ぎる…強い)
肺を凍気でやられたのに、更に追い討ちをかけられ肺を斬られた。
「たくさん鬼を斬って来たんだろうね。でも」
くいと顎を持ち上げられた。
「君、どの格の鬼と戦ってきた?」
うって変わって、凍えた眼差しが氷月を映す。
「君たちが異能の鬼と呼ぶ奴等なのか、ただ数を斬ってきたのか」
氷月から顎を離し、指に着いた血を舐めとる。
「まぁ君は弱くはない。あの技、他の鬼ならやられていたよ」
優しいけれど、残酷な笑顔を童磨は浮かべた。
「だけどね」
扇がきちきちと音を立てた。
こんな時、応援とか助けが来る…そんな事は起こり得ない。
烏が応援を要請しただろうが、間に合わない。
月明かりもない夜にただ虚しく雪だけが舞っていた。

「中途半端に強いと、こうなっちゃうんだよね」

(富岡さん……)
吐血が止まらない。
脳裏に、義勇の姿が過った。
氷月を見た眼差しは、笑っていた。
分かりにくいけれど、確かに笑っていた。
手を上げて遠ざかっていく背中。
そこにいない姿に向かって、氷月は手を伸ばした。
(もう一度、会いたかった……)
「うんと強かったら良かったのにね」
童磨の声はもう聞こえていなかった。
体が痙攣を起こしていた。
「ちゃんと、食べてあげるから」
対の扇が、振り下ろされた……。


「秦野?」
離れた場所で、義勇は雪空を見上げた。
降りだした雪が、強くなった風に乱れ踊った。
その中をばさばさと鎹烏が飛翔してきた。
そして、頭上を旋回し、告げたのは。
「秦野氷月死亡!上弦の弐と遭遇!戦闘の末死亡!」
義勇の目が見開いた。
「秦野が……死んだ」

ーまた、会えますよね?ー

あの交わした言葉が最後になってしまった。
「……柱が折れた……」
自分の声がやけに乾いて聞こえた。
雪乱れ舞う中に、義勇は立ち尽くした。


























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