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霞みの森の剣士

善逸がぐずりまくったのもあり、藤の館を出たのが昼過ぎてしまった。

館の主人から、人数分のおにぎりと竹筒に入ったお茶を受け取り、3人と箱の中の祢豆子は伝令から聞いた森を目指し出発した。

空は快晴。
何もなければ絶好の行楽日よりだ。
ただ、この3人の中で異様な風体な嘴平伊之助は、嫌でも目立つ。
頭には猪の面を被り、上半身は裸。
腰には二振りの日輪刀が布に巻かれて腰の両方に下がっている。
都市部に行けば間違いなく職務質問級だ。
素顔はかなりの美形なのに。
目的地に行く道中、すれ違う人達に奇異の眼差しを向けられた。
本人は全く意に介してないが。
伊之助は意気揚々と先頭を歩いている。

(何であんなに自分に自信を持てるのかなぁ)
善逸は、二人が羨ましかった。
伊之助は豪胆なところもあるし、大半の事はさして気にもしない。
無鉄砲な猪突猛進なところがたまに傷だが。
いろいろあって、少しは善逸も前進したのだが、なかなか自信が持てないらしい。

とぼとぼと、最後尾をはぐれない程度の歩調で歩いている。
善逸の視界には、炭治郎の背中。そして、大好きな祢豆子の入っている箱。
妹を人間に戻す為に、炭治郎は鬼殺隊士になった。

(こんなに優しい音がするのに…それだけ祢豆子ちゃんは炭治郎にとって大切な存在なんだ)
善逸は、生き物のそして様々な音を『聴く』

聴覚が鋭敏な善逸は、音で人の性質を聞き分けられる。
優しい音を軋ませながら、それでも炭治郎は戦っている。なのに、炭治郎の音は少しも歪まない。
どんな強敵にも立ち向かって行く。
(すごいよな…炭治郎は。祢豆子ちゃんのためにそこまで強くなれるなんてさ)
自分はどうだろう。
良いところなんてない。誰からも期待されない。
人を困らせたりするのだけは、一人前で。
いつまでも後向きで。
鬼退治も気がついたら誰かが倒してくれていて、自分はいつも何もしていない。
なのに、炭治郎も伊之助も自分を見限らないし、鬼殺隊をクビにもならない。
(こんなことって、あるのかな…)

やや気落ちする善逸の頭の上に、ぽふんと慣れた感触がやってきた。

チュン!

と一声鳴いたのは、善逸の鎹烏ならぬ鎹雀。
チュン太郎。
何やら頭の上でさえずっている。

『善逸は頑張ってるんだよ!自分ちゃんと見て報告してるんだから!自信持ってよ!』
と、全身を使ってさえずるのだが、善逸にチュン太郎の言葉は通じない。
鬼殺隊士達の行動や、任務の成果、本部からの伝令、伝言などのやり取りを行うのが鎹烏。
善逸はどういうわけか、この雀だった。
「お前は気楽で良いなぁ……お花見気分てやつ?」

ぶち

頭の上でさえずるとしか解釈しない善逸に、チュン太郎がキレた。
高速の突っつきで、善逸をド突き回す。
「あだだだだ!!何するんだよ!可愛くないな!!」
「雀さんは、心配してくれてるんだよ」
優しい声に、はっと善逸は顔を上げた。
いつの間にか、立ち止まっていたようだ。
炭治郎は、立ち止まった善逸に気がついて、彼の側まで戻ってきたのだ。
「炭治郎…」
「雀さんが何言ってるかまでは聞こえなかったけど、すごく心配してるよ」
炭治郎の優しい音を聴いていると、泣きたくなる。
「心配してくれてるなら、なんで俺の事をド突き回すんだよ……」
善逸は、ボサボサになった髪を直しながらぼやく。
「大丈夫。1人で行くわけじゃないんだ。伊之助も俺もいる。今までも3人で乗り越えてきたんだから」
「…うん」
炭治郎は優しい。赤味を帯びた瞳が笑っていた。
「おい!綿パチ朗!凡逸!何してやがんだ!さっさと来やがれ!!」
はるか彼方の伊之助が、大声量で吠えた。
「名前、いい加減覚えろよ…」
炭治郎は辟易したように呟くと、
「すまない!すぐ行くよ!」
と返し、善逸を促す。
「行こう」
「…うん」
伊之助に追い付くため、2人は駆け出した。




















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