第3章 軋む森
祢豆子から伝わってくる匂い、無念に満ちた感覚は映像となって、二人の脳裏に焼き付く。
「……」
「……」
二人とも言葉もなかった。
祢豆子は、二人の手を掴んだまま震えていた。
「綿パチ朗、今まで生きてきた中でよ。初めてだ…。こんなの」
「ああ…」
自分が鬼になった事で、鬼殺の剣士が鬼に騙されている事。
鬼を倒して兄を解放して欲しいと痛い程に願う弟。
(善逸……君はその人といるのか?)
鬼を倒して、その人の元に行く。
(助けるんだ!必ず)
炭治郎は震える祢豆子の頭を空いた手で撫でる。
「この匂いの人は祢豆子なら分かってくれるって話してくれたんだ。なら、俺達で倒すぞ」
ぼろぼろ泣きながら祢豆子は頷く。
「人の弱みに漬け込むクソ外道なんざ、細切れにしてやらぁ!」
二人とも涙声だった。
そこへ、植物人間の絡みあった太綱とかした蔦が襲いかかる。
「胸糞悪い……ぶったぎる!!」
伊之助が斬りかかった刹那、違う角度からも襲われた。
「伊之助!!」
蔦が燃え上がった。
ヒノカミ神楽、炎舞。
炭治郎の二連撃が太綱の蔦を切り裂いた。
「伊之助!!祢豆子に任せろ!!やってくれる!!」
祢豆子の血が、襲いかかる蔦に飛散、付着する。
「行け!祢豆子!」
炭治郎の信頼の叫び。
祢豆子は手を突き出し、強く握りしめた。
(爆血!!)
祢豆子の血が付着した蔦が一気に燃え上がった。
炎は蔦を侵食し次々燃やし始める。
血鬼術、爆血。
祢豆子の血鬼術。
鬼だけを燃やし、鬼の血鬼術を無効化する。
炎は蔦を伝い奥まで燃え移って行く。
霧が僅かに薄れる。
「今だ!行くぞ!」
炭治郎のかけ声と共に三人は、薄くなった霧の中ヘ飛び込んだ。
「出てこい!このクソ外道があ!」
伊之助が怒りの叫びを上げる。
霧の向こうにいたのは。
「霧で散々惑わして未だに力尽きんとは、小賢しい」
忌々しげに唸る鬼。
身体中を樹皮のようなものが覆っていた。
祢豆子の爆血の貰い火をくらい、所々火傷している。
「へっ!いい様だな!どうよ、俺様の子分の一発はよ!」
「鬼狩り風情に何故鬼が味方している?」
不快げに鬼は唸る。
「こいつは綿パチ朗の妹で、俺様の子分だ。てめえと一緒にすんじゃねぇよ」
切っ先を突き付け、伊之助は鼻で笑う。
「鬼とかなんとか、そんなことはな大した問題じゃねえからな」
かつては祢豆子を斬ろうとした。
だけど、今は違う。
「それよりも俺達はてめえをぶったぎる為にきた」
怒りを滲ませ、伊之助はぎりぎりと奥歯を鳴らす。
「ほう?長きに渡って肉の果実を喰らって力を着けた俺をか」
「けっ!やられる三下が吐く台詞だな」
「見るからに未熟げな鬼狩り風情には敵の強さも分からんようだ」
「それがやられ役の台詞だって言ってんだ!」
伊之助が斬りかかった。
「馬鹿が!!逆に喰らってやるわ!」
辺りは、実を下げた果樹園のようになっていた。
実を実らせていない木が、根からごそりと動きだし手裏剣のように刃のように鋭い葉を飛ばしてきた。
「んなっ」
「伊之助!」
ねじれ渦。
螺旋を描く剣撃で伊之助に襲いかかる葉の群れを炭治郎が切り払う。
旋回に巻き込まれ、ほとんどが粉々になる。
「伊之助、冷静になれ。ここはあいつの領域だ」
炭治郎の鼻をつく、果実とは程遠い異臭を放つ実を実らせた果樹園。
「お前、人を木にしていたのか」
炭治郎は鬼を睨み付けた。
「効率的に飯を喰う為さ。種を飲ませ樹人に変えて養分を摂らせる」
「養分…?」
「人を襲って、樹人が喰うのさ。ある程度喰えば養分が貯まる。満ち足りた奴から肉の果実を実らせる」
いやらしく鬼は嗤う。
「実ったそいつを俺が喰う。肉の果実を実らせた樹人は用済みだ。カスカスになっちまうんでな」
ニヤニヤと得意気に鬼は語る。
「まともに人間狩っていても鬼狩りに目を付けられる。大昔、鬼狩りに酷い目にあわされたからな。だから、考えたのさ」
人の肉の実を実らせる、果樹園を。
「良いことわざがあるよなぁ。木を隠すなら森の中だったか?」
鬼はけたけた嗤った。
森を山を点々とした。
鬼狩りが迫って来たら、そいつらを樹人に襲わせ逃げたり鬼狩りを喰わせたりして逃げ延びてきた。
「ちまちまやってたのさ。果樹園も規模をでかくすると、鬼狩りにすぐばれちまうからな」
柱をよこさない鬼狩り組織には感謝さえした。
「力が着くとよぉ、鬼狩りも柱以外はカスばっかりになってよぉ、柱が動かない程度にあしらってやれたぜ」
「なんだと…」
炭治郎の語尾が怒りに震える。
「本当の事だぞ。まともに動けるのは数える程度。群れなきゃ戦えねぇカスども。俺はそれだけ力を着けたのさ!」
そして自分で、ある集落を襲った。
人狩りをしたくなったのだ。
久々の悲鳴は心地よく、肉の果実にはない肉の食感と血の喉ごしを堪能した。
ちょっとのつもりだったが、久々に味わうと止まらなくなってしまった。
新しい樹人にする人間にはさっさと種を飲ませ、食事した。
ある家を襲った。
扉をぶち抜いたら、美味そうな少年がいた。
腹をぶち抜いて引き寄せようと腕を変化させ襲った。
そしたら、餌がかってにもう一人そいつの前に飛び出して来て一緒に貫かれた。
女だった。
「訳が分からなかったぜ。自分から餌になりに来てよ」
まあいいかと思っていたら、鎌を手に喚きながら男が斬りかかってきた。
あっさり、頭を潰してやったが。
ーさて、こいつ喰ってから女喰って1番美味そうなあれ喰って終わるかー
と、男を喰い尽くしてそっちへ向かったら、
少年が死に損なっていた。
女の背中を抱きしめ泣いていた。
でももうすぐ死ぬ。女が割って入ったせいで即死できなかった。
鮮度の心配せずに女が喰えるからいいか。
と女を喰らおうとしたら、剣士が飛び込んできた。
すぐわかった。
鬼狩りだと。
しかし、剣士はこっちを無視して餌にとりすがっていた。
『父さん!母さん!颯太ぁっ!』
絶叫していた。
取り乱していた。
鬼を前に、錯乱状態。
ちょうど良いから、鬼狩りも喰うか。
奴らがやるように、首を飛ばそうとした。
そしたら。
ー霹靂一閃ー
稲妻を纏う一撃が、鬼の蔦の腕を斬り飛ばした。
呆然とした鬼の前には小柄な剣士が、柄に手をかけたまま、睨み付けていた。
全身がたったそれだけで総毛だった。
ただの鬼狩りではない。
こいつは柱だと。
力を着けたから分かってしまった。
まずい!狩られる!
焦燥感に駆られた時だ。
同じ鬼の匂いがした。
『颯太!やめろ!』
剣士に、鬼が喰おうとした少年が襲いかかっていた。
柱の注意が一瞬それた。
好機と、時間稼ぎに樹人を柱に焚き付け逃げた。
柱は追って来なかった。
それどころではなくなったのだろう。
すぐに遠くに逃げた。
近くは危険だから。
ある森まで逃げて、樹人をちまちま増やしていた時だ。
あの鬼狩りが森に入ってきた。
腕にはあの餌の少年を抱いて。
少年は餌というより鬼になっていて美味しい匂いがなくなっていた。
しかも少年の体から、食べると危険な匂いがしていたのだ。
藤の匂い。
非常食にもできなかった。
剣士の方はなんだか虚ろで痩せこけていて食べても美味そうではなかった。
『颯太、兄さんが治してやるからな』
とぶつぶつ呟いていた。
『だけど見つからないんだ……ごめんな…。薬で眠らせ続けさせてしまって。ごめんな』
崩れ落ちるように座り込み、少年を抱きしめていた。
『師範も斬った……友にも剣を向けた。間違ってるのかな…だけど、ああするしかなかったんだ!』
慟哭と憔悴。
したり、と鬼は思った。
こいつを利用して、更に力をつける。
そして、柱を狩る程の力を得て、無惨の耳に届けばなれる。
「俺は十二鬼月になるために、その鬼狩りを利用しようって決めたのさ」
十二鬼月と聞いて、炭治郎の表情が怒りにびきっとひきつる。
伊之助は全身が怒りに震えた。
剣士にとって腕の中の少年はどうやら重要のようで、そこへつけこむのは容易だった。
「話しを持ちかけたら、あっさり乗ってきたぜ」
「お前、なんて唆[そその]かした……」
炭治郎の声は低い。
「唆す?言い方が悪いガキだな。提案と言え」
鬼はせせら笑いした。
「俺は鬼だ。鬼は鬼になった人間を元に戻す方法を知っている。俺と取引しようってな」
「ー!!」
炭治郎の顔色が変わる。
祢豆子を人間に戻す方法を探していた。
炭治郎もそうだった。
しかし、炭治郎の表情はすぐに曇った。
「嘘だな……」
「あ?」
「お前、その剣士に嘘をついたな」
炭治郎は鼻が利く。
善逸が相手の音を聞き取るように炭治郎は匂いで相手の事が分かる。
「得意気にべらべらとほざくな!!」
鬼を睨み付けた顔は般若のような形相と化していた。
「気持ち悪いガキだな…嘘ついて何が悪い?さっきのお前みたいな顔して俺にすがってきたぜ?あの男」
剣士は驚き、しかし寸暇を置かず、すがってきた。
十二鬼月になる力をつけるまで協力しろ。
鬼が十二鬼月になったら弟を人間に戻す、取り引きだと。
「ちょっとためらってたが、うなずくのに時間はかからなかったな。よく働いてくれたぜ」
あの剣士の提案も飲んだ。
場所を今のこの森にする事。
鬼狩りに足がつかないよう樹人を剣士が間引く事をすると。
良質の樹人を残せば良質な腹持ちの良い実ができるからと。
樹人の元はそれとなく剣士があちこちからさらってきた。
餌もそうだった。
しかし、時が経つと集落ができだした。
それらが森に入るようになってきた。
『心配はいらない。かなり力はつけているんだ。そろそろ、鬼狩りみたいな強い餌の肉の実も食べた方が良いぞ』
「奴はわざと樹人を間引かず、森からわざと溢れさせて鬼狩りを引き寄せる餌を巻いたのさ」
「んで、読み通りのこのこと俺達が来たって事か」
「変なものを被っているわりには、物わかりが良い奴だ」
伊之助は無視した。付き合う気もない。
「もう何も喋るな。てめえさえいなくなりゃ、そいつは貴様の言いなりにはならねえ」
「俺が鬼狩りを心底信用すると思うか?」
嫌な感情の匂いに炭治郎の胸がざわついた。
「あいつには、俺の一部が植えてある。建前は、『老化』させない為」
「ー!!」
「まあ、年とられて死なれても困るのは本当だが、いざ手のひら返されてやられるのは嫌だったからな」
不気味な匂いが漂い出す。
「お前らより森に入った鬼狩りがもう一匹いたろ?いつまでも俺に喰わせずに飼ってやがるし、様子は変だし」
だから。
鬼は嗤った。
「あいつも弟も『芽吹かせて』そいつを殺させてやる!貴様ら喰えば充分柱を喰える力が手に入りそうだしな!」
「ー!!その前に貴様の頸を斬る!」
炭治郎は鞘を払い、地を蹴った。
伊之助も祢豆子も続く。
(速い強い技で、こいつを斬らなければ!)
ごう、と炭治郎の息が陽炎を吐く。
ヒノカミ神楽!
刀身が陽炎を纏う。
(もう一度、できるか?いや、やるしかない!)
炎舞!
「お前、状況見ずにごり押しする奴だろう」
鬼が嗤う。
炭治郎の軌道上に、肉の実を実り終わらせた樹人の集合体が立ちはだかった。
既に炎舞は迸り、止められなかった。
ヒノカミ神楽・炎舞で斬り飛ばしたのは、
樹人の集合体。
鬼に届かなかった。
「残念、用済みの樹人はこうやって有効活用してるんだ」
伊之助、祢豆子も牽制されていた。
「焦って周りが見えてなかったようだな」
炭治郎の全身が痙攣を起こした。
ヒノカミ神楽の反動だった。
使いこなすことが厳しい現状で、無理やり使おうとすると、すぐに倒れてしまう。
「権八郎!」
蔦が炭治郎を貫く寸前、伊之助がかっさらう。
その伊之助を祢豆子が援護する。
「お前!そこはヒノなんとかじゃねえだろが!一度使ってんだからよ!」
怒鳴られた。
「でかい威力に頼るな。焦んじゃねえ!!」
「おいおい、なんだあ。仲間の足引っ張ってんのかよ」
愉快げに鬼は嘲笑った。
「やかましい!こいつは勇み足しただけだ!」
……フォローになっていない。
「今はヒノなんとかじゃなくて、水の呼吸に絞れ」
「伊之助…ごめん…」
びきついた伊之助は、炭治郎の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「こんな時にぶっ倒れられると迷惑なんだよ!誰も助けられないどころか全滅だ!」
伊之助は祢豆子が二人を樹人から守りながら、戦うのを背中に感じていた。
「しっかりしろよ。最善の技くらい使い処を見ろよ。お前師匠から何教わったんだ」
突き放された。
「体動くようになるまで引っ込んでろ」
乱暴に炭治郎を突飛ばし、伊之助は祢豆子に加勢する。
「芽吹かせる前に、あのクソ外道の頸を斬る!力を借せ!子分の三!」
「そのデコ野郎に礼を言うぜ」
樹人を撃破して、あと僅か。
ほんの僅かの差。
「芽吹け」
それは呟かれた。
「……」
「……」
二人とも言葉もなかった。
祢豆子は、二人の手を掴んだまま震えていた。
「綿パチ朗、今まで生きてきた中でよ。初めてだ…。こんなの」
「ああ…」
自分が鬼になった事で、鬼殺の剣士が鬼に騙されている事。
鬼を倒して兄を解放して欲しいと痛い程に願う弟。
(善逸……君はその人といるのか?)
鬼を倒して、その人の元に行く。
(助けるんだ!必ず)
炭治郎は震える祢豆子の頭を空いた手で撫でる。
「この匂いの人は祢豆子なら分かってくれるって話してくれたんだ。なら、俺達で倒すぞ」
ぼろぼろ泣きながら祢豆子は頷く。
「人の弱みに漬け込むクソ外道なんざ、細切れにしてやらぁ!」
二人とも涙声だった。
そこへ、植物人間の絡みあった太綱とかした蔦が襲いかかる。
「胸糞悪い……ぶったぎる!!」
伊之助が斬りかかった刹那、違う角度からも襲われた。
「伊之助!!」
蔦が燃え上がった。
ヒノカミ神楽、炎舞。
炭治郎の二連撃が太綱の蔦を切り裂いた。
「伊之助!!祢豆子に任せろ!!やってくれる!!」
祢豆子の血が、襲いかかる蔦に飛散、付着する。
「行け!祢豆子!」
炭治郎の信頼の叫び。
祢豆子は手を突き出し、強く握りしめた。
(爆血!!)
祢豆子の血が付着した蔦が一気に燃え上がった。
炎は蔦を侵食し次々燃やし始める。
血鬼術、爆血。
祢豆子の血鬼術。
鬼だけを燃やし、鬼の血鬼術を無効化する。
炎は蔦を伝い奥まで燃え移って行く。
霧が僅かに薄れる。
「今だ!行くぞ!」
炭治郎のかけ声と共に三人は、薄くなった霧の中ヘ飛び込んだ。
「出てこい!このクソ外道があ!」
伊之助が怒りの叫びを上げる。
霧の向こうにいたのは。
「霧で散々惑わして未だに力尽きんとは、小賢しい」
忌々しげに唸る鬼。
身体中を樹皮のようなものが覆っていた。
祢豆子の爆血の貰い火をくらい、所々火傷している。
「へっ!いい様だな!どうよ、俺様の子分の一発はよ!」
「鬼狩り風情に何故鬼が味方している?」
不快げに鬼は唸る。
「こいつは綿パチ朗の妹で、俺様の子分だ。てめえと一緒にすんじゃねぇよ」
切っ先を突き付け、伊之助は鼻で笑う。
「鬼とかなんとか、そんなことはな大した問題じゃねえからな」
かつては祢豆子を斬ろうとした。
だけど、今は違う。
「それよりも俺達はてめえをぶったぎる為にきた」
怒りを滲ませ、伊之助はぎりぎりと奥歯を鳴らす。
「ほう?長きに渡って肉の果実を喰らって力を着けた俺をか」
「けっ!やられる三下が吐く台詞だな」
「見るからに未熟げな鬼狩り風情には敵の強さも分からんようだ」
「それがやられ役の台詞だって言ってんだ!」
伊之助が斬りかかった。
「馬鹿が!!逆に喰らってやるわ!」
辺りは、実を下げた果樹園のようになっていた。
実を実らせていない木が、根からごそりと動きだし手裏剣のように刃のように鋭い葉を飛ばしてきた。
「んなっ」
「伊之助!」
ねじれ渦。
螺旋を描く剣撃で伊之助に襲いかかる葉の群れを炭治郎が切り払う。
旋回に巻き込まれ、ほとんどが粉々になる。
「伊之助、冷静になれ。ここはあいつの領域だ」
炭治郎の鼻をつく、果実とは程遠い異臭を放つ実を実らせた果樹園。
「お前、人を木にしていたのか」
炭治郎は鬼を睨み付けた。
「効率的に飯を喰う為さ。種を飲ませ樹人に変えて養分を摂らせる」
「養分…?」
「人を襲って、樹人が喰うのさ。ある程度喰えば養分が貯まる。満ち足りた奴から肉の果実を実らせる」
いやらしく鬼は嗤う。
「実ったそいつを俺が喰う。肉の果実を実らせた樹人は用済みだ。カスカスになっちまうんでな」
ニヤニヤと得意気に鬼は語る。
「まともに人間狩っていても鬼狩りに目を付けられる。大昔、鬼狩りに酷い目にあわされたからな。だから、考えたのさ」
人の肉の実を実らせる、果樹園を。
「良いことわざがあるよなぁ。木を隠すなら森の中だったか?」
鬼はけたけた嗤った。
森を山を点々とした。
鬼狩りが迫って来たら、そいつらを樹人に襲わせ逃げたり鬼狩りを喰わせたりして逃げ延びてきた。
「ちまちまやってたのさ。果樹園も規模をでかくすると、鬼狩りにすぐばれちまうからな」
柱をよこさない鬼狩り組織には感謝さえした。
「力が着くとよぉ、鬼狩りも柱以外はカスばっかりになってよぉ、柱が動かない程度にあしらってやれたぜ」
「なんだと…」
炭治郎の語尾が怒りに震える。
「本当の事だぞ。まともに動けるのは数える程度。群れなきゃ戦えねぇカスども。俺はそれだけ力を着けたのさ!」
そして自分で、ある集落を襲った。
人狩りをしたくなったのだ。
久々の悲鳴は心地よく、肉の果実にはない肉の食感と血の喉ごしを堪能した。
ちょっとのつもりだったが、久々に味わうと止まらなくなってしまった。
新しい樹人にする人間にはさっさと種を飲ませ、食事した。
ある家を襲った。
扉をぶち抜いたら、美味そうな少年がいた。
腹をぶち抜いて引き寄せようと腕を変化させ襲った。
そしたら、餌がかってにもう一人そいつの前に飛び出して来て一緒に貫かれた。
女だった。
「訳が分からなかったぜ。自分から餌になりに来てよ」
まあいいかと思っていたら、鎌を手に喚きながら男が斬りかかってきた。
あっさり、頭を潰してやったが。
ーさて、こいつ喰ってから女喰って1番美味そうなあれ喰って終わるかー
と、男を喰い尽くしてそっちへ向かったら、
少年が死に損なっていた。
女の背中を抱きしめ泣いていた。
でももうすぐ死ぬ。女が割って入ったせいで即死できなかった。
鮮度の心配せずに女が喰えるからいいか。
と女を喰らおうとしたら、剣士が飛び込んできた。
すぐわかった。
鬼狩りだと。
しかし、剣士はこっちを無視して餌にとりすがっていた。
『父さん!母さん!颯太ぁっ!』
絶叫していた。
取り乱していた。
鬼を前に、錯乱状態。
ちょうど良いから、鬼狩りも喰うか。
奴らがやるように、首を飛ばそうとした。
そしたら。
ー霹靂一閃ー
稲妻を纏う一撃が、鬼の蔦の腕を斬り飛ばした。
呆然とした鬼の前には小柄な剣士が、柄に手をかけたまま、睨み付けていた。
全身がたったそれだけで総毛だった。
ただの鬼狩りではない。
こいつは柱だと。
力を着けたから分かってしまった。
まずい!狩られる!
焦燥感に駆られた時だ。
同じ鬼の匂いがした。
『颯太!やめろ!』
剣士に、鬼が喰おうとした少年が襲いかかっていた。
柱の注意が一瞬それた。
好機と、時間稼ぎに樹人を柱に焚き付け逃げた。
柱は追って来なかった。
それどころではなくなったのだろう。
すぐに遠くに逃げた。
近くは危険だから。
ある森まで逃げて、樹人をちまちま増やしていた時だ。
あの鬼狩りが森に入ってきた。
腕にはあの餌の少年を抱いて。
少年は餌というより鬼になっていて美味しい匂いがなくなっていた。
しかも少年の体から、食べると危険な匂いがしていたのだ。
藤の匂い。
非常食にもできなかった。
剣士の方はなんだか虚ろで痩せこけていて食べても美味そうではなかった。
『颯太、兄さんが治してやるからな』
とぶつぶつ呟いていた。
『だけど見つからないんだ……ごめんな…。薬で眠らせ続けさせてしまって。ごめんな』
崩れ落ちるように座り込み、少年を抱きしめていた。
『師範も斬った……友にも剣を向けた。間違ってるのかな…だけど、ああするしかなかったんだ!』
慟哭と憔悴。
したり、と鬼は思った。
こいつを利用して、更に力をつける。
そして、柱を狩る程の力を得て、無惨の耳に届けばなれる。
「俺は十二鬼月になるために、その鬼狩りを利用しようって決めたのさ」
十二鬼月と聞いて、炭治郎の表情が怒りにびきっとひきつる。
伊之助は全身が怒りに震えた。
剣士にとって腕の中の少年はどうやら重要のようで、そこへつけこむのは容易だった。
「話しを持ちかけたら、あっさり乗ってきたぜ」
「お前、なんて唆[そその]かした……」
炭治郎の声は低い。
「唆す?言い方が悪いガキだな。提案と言え」
鬼はせせら笑いした。
「俺は鬼だ。鬼は鬼になった人間を元に戻す方法を知っている。俺と取引しようってな」
「ー!!」
炭治郎の顔色が変わる。
祢豆子を人間に戻す方法を探していた。
炭治郎もそうだった。
しかし、炭治郎の表情はすぐに曇った。
「嘘だな……」
「あ?」
「お前、その剣士に嘘をついたな」
炭治郎は鼻が利く。
善逸が相手の音を聞き取るように炭治郎は匂いで相手の事が分かる。
「得意気にべらべらとほざくな!!」
鬼を睨み付けた顔は般若のような形相と化していた。
「気持ち悪いガキだな…嘘ついて何が悪い?さっきのお前みたいな顔して俺にすがってきたぜ?あの男」
剣士は驚き、しかし寸暇を置かず、すがってきた。
十二鬼月になる力をつけるまで協力しろ。
鬼が十二鬼月になったら弟を人間に戻す、取り引きだと。
「ちょっとためらってたが、うなずくのに時間はかからなかったな。よく働いてくれたぜ」
あの剣士の提案も飲んだ。
場所を今のこの森にする事。
鬼狩りに足がつかないよう樹人を剣士が間引く事をすると。
良質の樹人を残せば良質な腹持ちの良い実ができるからと。
樹人の元はそれとなく剣士があちこちからさらってきた。
餌もそうだった。
しかし、時が経つと集落ができだした。
それらが森に入るようになってきた。
『心配はいらない。かなり力はつけているんだ。そろそろ、鬼狩りみたいな強い餌の肉の実も食べた方が良いぞ』
「奴はわざと樹人を間引かず、森からわざと溢れさせて鬼狩りを引き寄せる餌を巻いたのさ」
「んで、読み通りのこのこと俺達が来たって事か」
「変なものを被っているわりには、物わかりが良い奴だ」
伊之助は無視した。付き合う気もない。
「もう何も喋るな。てめえさえいなくなりゃ、そいつは貴様の言いなりにはならねえ」
「俺が鬼狩りを心底信用すると思うか?」
嫌な感情の匂いに炭治郎の胸がざわついた。
「あいつには、俺の一部が植えてある。建前は、『老化』させない為」
「ー!!」
「まあ、年とられて死なれても困るのは本当だが、いざ手のひら返されてやられるのは嫌だったからな」
不気味な匂いが漂い出す。
「お前らより森に入った鬼狩りがもう一匹いたろ?いつまでも俺に喰わせずに飼ってやがるし、様子は変だし」
だから。
鬼は嗤った。
「あいつも弟も『芽吹かせて』そいつを殺させてやる!貴様ら喰えば充分柱を喰える力が手に入りそうだしな!」
「ー!!その前に貴様の頸を斬る!」
炭治郎は鞘を払い、地を蹴った。
伊之助も祢豆子も続く。
(速い強い技で、こいつを斬らなければ!)
ごう、と炭治郎の息が陽炎を吐く。
ヒノカミ神楽!
刀身が陽炎を纏う。
(もう一度、できるか?いや、やるしかない!)
炎舞!
「お前、状況見ずにごり押しする奴だろう」
鬼が嗤う。
炭治郎の軌道上に、肉の実を実り終わらせた樹人の集合体が立ちはだかった。
既に炎舞は迸り、止められなかった。
ヒノカミ神楽・炎舞で斬り飛ばしたのは、
樹人の集合体。
鬼に届かなかった。
「残念、用済みの樹人はこうやって有効活用してるんだ」
伊之助、祢豆子も牽制されていた。
「焦って周りが見えてなかったようだな」
炭治郎の全身が痙攣を起こした。
ヒノカミ神楽の反動だった。
使いこなすことが厳しい現状で、無理やり使おうとすると、すぐに倒れてしまう。
「権八郎!」
蔦が炭治郎を貫く寸前、伊之助がかっさらう。
その伊之助を祢豆子が援護する。
「お前!そこはヒノなんとかじゃねえだろが!一度使ってんだからよ!」
怒鳴られた。
「でかい威力に頼るな。焦んじゃねえ!!」
「おいおい、なんだあ。仲間の足引っ張ってんのかよ」
愉快げに鬼は嘲笑った。
「やかましい!こいつは勇み足しただけだ!」
……フォローになっていない。
「今はヒノなんとかじゃなくて、水の呼吸に絞れ」
「伊之助…ごめん…」
びきついた伊之助は、炭治郎の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「こんな時にぶっ倒れられると迷惑なんだよ!誰も助けられないどころか全滅だ!」
伊之助は祢豆子が二人を樹人から守りながら、戦うのを背中に感じていた。
「しっかりしろよ。最善の技くらい使い処を見ろよ。お前師匠から何教わったんだ」
突き放された。
「体動くようになるまで引っ込んでろ」
乱暴に炭治郎を突飛ばし、伊之助は祢豆子に加勢する。
「芽吹かせる前に、あのクソ外道の頸を斬る!力を借せ!子分の三!」
「そのデコ野郎に礼を言うぜ」
樹人を撃破して、あと僅か。
ほんの僅かの差。
「芽吹け」
それは呟かれた。