短編連載
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この地獄は私の生きていた頃とほとんど変わらないようで、季節が巡り相応の時が過ぎた。私は相変わらず先輩面してくれる獪岳と一緒にいろんな場所を転々としながら、この数年を過ごしてきた。最初の頃は土いじりでやり過ごしていたコミュニケーションも、今ではペンと紙を持ち歩いてるから手を汚さずに済んでいる。厳しい場面は多々あったが、互いの手を取り合ってなんとか今日まで過ごしてこれた。獪岳と一緒に過ごすのは試行錯誤の連続で大変だったけど楽しかった。
その日は突然訪れた。獪岳の力を見込まれて弟子にならないかと桃園の主人に誘われたそうだ。私も一緒でいいならと、獪岳はあっさりそのスカウトを受け入れた。私は今まで通り、手を引いてくれる獪岳に着いていく。
私はこの数年で、獪岳とはずっと一緒にいられると思い込んでいた。
新たな定住場所としか認識していなかった桃園の主人は、鬼や鬼殺隊について私と獪岳に説明した。それを聞いた獪岳は鬼を倒せるように強くなりたいと、繋いでいた手を離して真っ直ぐに伝える。お前はどうする?と、獪岳と主人によって選択肢の前に立たされた。獪岳と一緒に鬼殺隊を目指すか、桃園の主人との生活か。一人に戻って亡者らしく放浪するか。
まず鬼殺隊。要は人を食う鬼を殺す組織らしいが…この地獄って鬼狩っちゃっていいの??業務妨害とかにならないの?もしかして、この地獄には元々人を食う鬼がいなかったから鬼を狩るってことなのかな?頸斬れば鬼たちは実家の地獄に帰ることができるとか…?そんで、この地獄は亡者をなるべく生かして苦しませて死なせることが目的で。あ、だから生前の規則が存在するのか!なるほど?とりあえずこういう雰囲気の事情なら、鬼殺隊が何なのかを多少は理解できたな。うーん…また獪岳と一緒にいられるけど、痛い目にあうってはっきり分かることに首を突っ込みたくはないな…。
次の桃園生活。主人の桃園を引き継ぐのか。出会ったばかりの亡者にちゃんとした仕事くれるとか、この人も懐が広い人だな。でも獪岳と会えなくなるし、主人が優しすぎるからちょっと考えさせてほしい。
最後に放浪。一番私らしい選択であり、一番選べない選択だ。ここでお別れは少し寂しいが、獪岳が色んなことを教えてくれたからもう頼らずに歩いていけるはずなんだが…彼に恩を一つも返せていないから、選べない選択だ。
どうしたものか、なんて分かりきっていたな。
私は鬼狩りになる。痛い目にはあいたくないが、獪岳の側にいないと恩が返せない。主人は少し驚いていたけど、横にいる獪岳はため息をついてじっとり私を睨みつけてきた。なんだなんだ、返事が遅くてごめんな。これからもよろしく、獪岳。そしてこれからよろしくお願いします、主人。
恩なんて優しい考えで鬼狩りを目指そうなんて、やめときゃよかった。生前は運動部じゃなかったし、亡者になった今は生き残れる程度の運動が多少できてただけだ。主人の指導は厳しく、もはや一種の刑罰じゃないのってくらい疲れ過ぎておかしくなる。でも自分で選んじゃったんだ、やりきらないと恥ずかしいだろ。獪岳は私よりずっと修行をがんばってるんだ、立ち止まって足引っ張らないように頑張らないと。
獪岳は私に主人のこと、呼吸や型のことを紙に書き起こして教えてくれた。桃園の主人は元々鬼殺隊最強の称号を与えられていた人で、現役を引退し今は雷の呼吸の使い手を育成する育手と呼ばれるお方だったらしい。生前の感覚でいうと、オリンピックの代表選手みたいな立場の人がその辺の子供に直接指導するってことになるのかな。例えが大袈裟な気がするけど、貴重な機会に思える。そんな人にスカウトされた獪岳は本当にすごいや。私はおまけでついてきちゃったのに、見捨てずにちゃんと伝えてくれる。体に直接叩き込むって感じの厳しめのやり方ではあるけど、面倒見が良すぎて…すごい人っていつまでもすごいんだなぁってつい拝んでしまう。主人のことを尊敬してると話す獪岳の姿をみて、憧れのヒーローについて語る少年の姿を連想した。
雷の呼吸は六つの型が存在していて、居合いで基本の壱とそれ以外の派手めな動きのやつがある。文字で頭で覚えるより見たり動いて覚えろと睨まれたが、手本となる主人の動きも獪岳の動きも速すぎて全然体が追い付きそうになかった。2人が遠すぎて、身体の疲れもあって地味に心が折れそうだ。
与えられた僅かな休憩中に岩の上に乗り、思いつきで腹から声を出す。音は一切聞こえないけど、生前の記憶をなぞって音を出すような呼吸をする。いつのまにか桃を持った獪岳が側にいた。迎えに来たのか、差し入れに来たのか。桃を差し出されて受け取ると、獪岳は反対側の手首を掴んで私の手のひらを指でなぞる。紙とペンがないときはこうしてコミニュケーションを取っていた。なぞられた言葉は「うたえ」だった。さっきの呼吸は歌と呼べるくらいには、聞ける音になってたらしい。嬉しくなって何度か頷き、さっき思い出していた音を出せるように呼吸をした。
主人が一人の少年亡者を連れてきた。大人しくて虐められてたところを主人に助けられたのかなってくらい弱々しい雰囲気だった。
獪岳が軽い挨拶をして私も挨拶をする。声が出せないので少年の手をとって「よろしく」と指でなぞった。ぶわりと、少年と獪岳の気配が急変した。少年は顔を真っ赤にしてがっちり私の手を握り、獪岳はその手を離そうとして少年と私の手首を全力で引っ張った。主人がいないとちょっと危うかった。
いや、主人がいても危うい。少年は獪岳にとって割と地雷だったようで視界に入るだけで獪岳の方が少年を気にしていた。少年も獪岳のことを気にしてはいるが、主人との修行が大変でそれどころじゃなさそうだった。主人との修行が泣くほど大変だったのはよくわかる。彼が私の側にいるときは優しく接しておこうとひっそり決めた。
少年は隙を見ると全力で修行から逃げて、私の元だったり台所だったり桃園の外へと向かう。私の元に来たら、手早く手を繋いで修行場所に返した。台所は盗みに関してとても厳しい獪岳が殺さんばかりにキレて追い出した。桃園の外は主人が投げ縄持って連れ戻した。獪岳をあそこまで怒らせたことがない私は、泣き喚いてそうな少年に自分から近づけない。逃げたり泣いたりするところが獪岳の神経を逆なでしてるんだろうな。すまない、怒りに触れたくないんだ。でも、少年から近付いてきたら仕方ないよな。頼むから怒らないでくれよ、獪岳…これも修行だ…たぶん……。
後日、私と獪岳で打ち合いの稽古があったがいつも以上にボコボコにされた。終わっても獪岳はトゲトゲした雰囲気で、私も八つ当たり受けた気分だったので離れて個人の修行に戻る。地獄で過ごしてんだから楽しいわけないのにな。獪岳に突き放された気がして少し悲しかった気持ちを、記憶にある歌を真似て吐き出してみる。深呼吸とは違うのに、歌詞や音を思い出してみると不思議と心が軽くなった。少年が来てから上手くいかないなんて当たり前だ。獪岳に先輩の役割を任せて、私がまだ後輩として動いてたからだ。獪岳の怒りは正当だ。善は急げだ。今から改めよう、私も少年にとって先輩なんだ。まず、獪岳を見習ってちゃんとした自己紹介から始めないとな。
わたしはまだ、あの少年の名前を知らないままだったから。
私が善逸に先輩ぶって頑張った行動は全て裏目に出て、獪岳を余計に焦らせることになってしまったらしい。耳が不自由なことを言い訳にしたコミュニケーション不足が原因だ。獪岳に頼りきりで頑張らせてるから少しでも楽させたかったんだけど、獪岳にとってはそれが迷惑だったみたいだ。獪岳が喜ぶことってなんだろう。だいぶ一緒にいたのに全然知らない。2人だけの頃は些細なことでも笑ってたのに…2人……?そういえば前の家でも子供が増えてったのが嫌そうだったな。人が増えるような環境変化が辛いのかな?修行もあって疲れは溜まる一方だろうし。うーん。今晩気晴らしに少しだけ抜け出そうか。手を繋いでみると、拒否されなかったのでそのまま連れ出した。
月が綺麗な夜だった。桃園を抜けて疲れて動けなくなるまでずっと進んだ。振り向くと獪岳は迷子の子供みたいな顔をしていた。そりゃ行き先も伝えず、適当に走ってきたからな。歌の記憶を振り返り呼吸をする。この手段は歌の歌詞を聞いてくれた善逸がいなければ気付けなかった。私の記憶にある言葉なら、歌を意識ながらだと割と聞ける言葉で出てくる。
うまく言えてるだろうか。穏やかだった眉毛がどんどん険しくなっていき、ペタリと地面に腰を下ろしてしまった。獪岳の横にとりあえず腰を下ろす。ゆるゆると手を取られ、文字を書かれる。
きらい、ばか、あほ、へたくそ、あたまわるい…罵倒してきたってことは、声はちゃんと伝わってるのかも。獪岳は続けて書いてくる。
おれはにげない、おまえもにげるな、いっしょにこい
真剣な目でジッと見られて反射的に頷いて返事をする。もしかしてこの休憩が、逃げたと思われてる?真面目すぎないか?逃亡癖のある善逸と同じことをしたと思われるのは恥ずかしいな。でもいつまでたっても立とうとしないし手も繋いだままだ。…2人で過ごすのは久しぶりだし、別になんでもいいか。
▷探検コソコソ話
転生主はとりあえずで音の聞こえない自分と関わったことへの感謝から誰にでも恩を返そうとします。意図した悪事は働こうとしません。生死の危機の場面に直面しても側に恩人がいたら、とりあえずで自分より優先して潔く死を受け入れます。