オンボロの引き戸に触れた瞬間ピリッとした痛みに気がつく。指に木の破片が刺さったようだ。血色の良い自分の掌を見て違和感を覚える。見慣れてた筈の自分の掌が、鬼のような血の気の失せた手では無いと気がついた瞬間、あらゆる記憶が頭に流れ込んできた。

そうだ、俺は。

自害しようとしていた先生を生かそうと踠き色々見誤った間抜けな前世、敵対していた弟弟子と共闘しようと足掻き失敗した馬鹿な前前世。この世界を題材にした漫画の読者だった前前前世。複数の記憶を今までの出来事のように思い出した。周りに誰もいないおかげか、自分は今までで一番落ち着いている。でも、一度目も二度目も嫌なタイミングで思い出していたんだったな。今回も良くない予感がする。俺が今いるのは廃屋だ。経験上最悪を予想する。俺はここから出ると恐らく上弦の壱と対面するだろう。
ならば、動かなければ。一刻も早く、ここから出て逃げなければ。まだあの圧倒的な気配すら感じない。大丈夫だ、逃げ切れる。逃げ切るんだ。呼吸を使い、誰にも捉えられる事無く。鬼になんてならず、未来は予想できてるんだ。だったら選択肢は、生き残る為の路はただ一つだ。
扉と真逆に位置する窓をぶち破り、雷の呼吸を使い、一目散に駆けた。駆けて、駆けて、意を決して振り返る。






いた。

月明かりに照らされた男が一人。

何度も見たんだ、間違いない。あれは上弦の壱だ。やはり、今この時だったんだ。俺が鬼になる最悪の日は。大丈夫だ。大丈夫だ、もうだいぶ離れてる。もっと距離を遠ざけるんだ。俺はこのまま人として、絶対に生き延びるんだ。
息を切らして隣町に着いた。鴉。そうだ、情報を鬼殺隊に報告しないと。いや、まだ、もっと遠くに行こう。追いかけて来るかもしれない、追いつかれてもおかしくない。俺の身にはいつだって最悪が降りかかってきたんだ。この程度で済むはずがない。上弦の壱の情報が鬼殺隊に知られてないのは、出会った奴は皆殺しにされてるからなんじゃないか？なら、急いで逃げなくては。
前世を思い出した俺は、現状誰よりも上弦の壱のことを知ってる。俺がここで生き延びれば、鬼殺隊は万全の状態で奴と対峙できる可能性が生まれるんだ。自分には生き延びるべき価値がある。とにかく逃げるんだ。追いつかれないように、雷の呼吸を使い、もっと遠くへ。