成り代わり主の死に方
成り代わり夢主の元の名前
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身体中の痛みで目が覚めた。俺は擦り傷だらけで薄暗い木々の隙間に一人で寝転がっていた。自分がどうしてここにいたのか記憶が曖昧だ。何故か自分の手足の短さに違和感を感じる。この場に居続けることに得体の知れない不安に襲われ、歩き出す。思考が落ち着いてくると この辺りが自分の知る場所だと気づく。そして明確になった不安の元凶である場所へと一直線に走った。道中、俺は前世のことを思い出していた。今まで何度も痛みによって俺の人生の途中から複数ある前世の記憶を思い出し、自分にとってより良い未来に向かえるよう頑張っていた。前世の知識によると俺は寺にいた頃、鬼に襲われて共に過ごしていた寺の者たちを鬼に売って自分だけ逃げたようだった。そして今の俺は善良な盲目の住職に拾われて寺で過ごしていた。記憶を思い出すタイミングはいつも嫌な時だったが、この目で見るまではその事件が今ではないと、手遅れではないと信じたかった。鬼が出てもおかしくない月明かりの下、微かに残った今世の思い出を頼りに何事もなく寺に辿り着いた。
俺が過ごしていた寺には複数の子どもの死体が転がり、歪な音が響いていた。
途中で鬼に会わなかった時点で、薄々こうなってると分かっていた。気分が悪くなるほどの正しくない答えが一致した、それだけだ。今まで散々必死に逃げて忘れてきたから自分のしたことなのに何一つ実感が持てなかったが、これが俺の命を優先させた結果なのか?どう足掻いても仕方なかったと切り捨てられるようなものではない。鬼と会った時俺が死ねば良かったと訴えてくる景色だ。住職が生きているのは知っているが、他の子ども達はみんな死んでしまったのか?ほぼいないであろう生存者を捜しに血の匂いが充満する境内に入る。すると一人分、子どもの死体が見つからない。捜していないのはあと音がする方だけだが、自然と脚が動かなくななった。
確かめに行きたくない、今更逃げ出してしまいたい。だがもしそこに子どもが生きていて、治療が必要な怪我をして動けずにいたら?
そうだ、これ以上俺の罪が増えないように、死なせないように俺がなんとかしないと。絶え間ない音からして住職は鬼から手が離せない状態だ。ならば俺が出てきてもすぐに手を下されることは無いはずだ。思考とは無関係に足がガタガタ震える。
俺は何故ここまで来てしまったんだ。まだ引き返せる、気づかれていないから逃げ出せる。俺がこの寺に住んでいた奴らを見捨てて殺したのに。そんな自分に何ができる…?
でもここまで来たんだ。子どもがまだ生きてるなら、絶対に助けたい。もうこれ以上俺のせいで誰かを苦しませるのは嫌だし、死なせたくない。
なけなしの正義感で呼吸を整えて音のする方へ向かうと、血や肉が飛び散った酷い場所に出た。住職が一心不乱に鬼を殴り続ける様にゾッとしつつも、生き残りの子どもを見つけた。小さい身体を更に小さくさせている。想定通り、住職は鬼に手一杯で俺の存在に見向きもしなかった為 子供の側に行くことができた。見たところ怪我はないようだが、この空間にいるのは精神衛生上良くない。一先ず身を呈して酷い視界と音を保護すると、子どもの震えが治った。
「あ、兄ちゃん…?かい兄ちゃん!」
声と呼び方を聞いてこの子どもが誰なのか思い出した。最年少の沙代だ。俺の視線の返事の代わりに俺にしがみ付く力が強くなる。
「沙代、そんなに引っ付かなくても俺はいなくならない、大丈夫だ。行冥さんが沙世を護ってるから、大丈夫だよ」
「兄ちゃん、あの人が、化け物…っみんなが」
「あぁ、……間に合わなくて、ごめん…」
沙代の涙が俺の汚れた服に染み付いてくる。後悔に似た感情が湧いてくる。本当に、どうして今更思い出したんだ。こんなどうしようもない、死に方を選ばせるようなタイミングで。もっと早くに思い出してたら、俺はこんな悲劇を起こさずに済んだのに。みんな俺が殺したようなものなのに、偶然生き残った沙世だけは庇おうとする。自分が鬼と変わらない酷い生き物に思える。それでもこの子がこれ以上傷つかないようにしたい。
朝日が昇ると鬼は灰になり住職がこちらを振り返って俺達の存在を認識した。何も見えてないはずなのに全てを見透かされているようで心臓が飛び出そうだ。
「君は…まさか、獪岳か…?何故、ここに帰ってきた」
俺の緊張を感じ取った沙代が俺の服を握りしめる。不思議なことにそれだけで不安が消え、覚悟を決められた。
「寺のみんなも沙代も悲鳴嶼さんも、俺の保身の為だけに酷い目に合わせてしまいました。謝って許される事ではないとわかっています。死んで償えと言うのなら、その通りにします。もし生きて償えるなら一生かけて沙代と悲鳴嶼さんに尽くし続けます。寺のみんなの命を奪ってしまい、沙代と悲鳴嶼さんを傷つけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
反応が無い。俺は悲鳴嶼さんに言葉を伝えられたのかどうか、自分の言葉に自信が持てなくなる。寺に戻る前からある擦り傷がじくじく痛むのに本当は悪夢なんじゃ無いのかと不安になる。こんな弱気じゃダメだと思っていても視界が溢れ出てきたもので歪んでいく。
「俺は、これ以上俺のせいで誰かを苦しめたくないから帰ってきました。許されたいなんて思っていません、悲鳴嶼さんが望む通りに俺はこの命を使いたいんです、お願いします」
悲鳴嶼さんの質問に答えなくてはと焦って口走った言葉は自分の命を他人に丸投げする思考放棄した最低なものだった。あぁ、今世はもう終わりか。俺の命が鬼と出会った瞬間になくなっていれば、無駄に死なせず傷付けずに済んだのに。沙代、悲鳴嶼さん、寺のみんな、苦しませてしまって本当に申し訳なかった…
自分の命を諦めていると悲鳴嶼さんが漸く反応した。
悲鳴嶼さんは俺からの謝罪を受け入れた。俺が一緒に過ごしてきた寺の子どもの一人だからこれ以上失いたく無いと。元凶である俺でも護ることができて良かったと泣きながら話してくる。前世から俺を苦しめ続けていた罪があっさり終わろうとしているのに釈然としない気持ちになる。沙代は悲鳴嶼さんのおかげで無事だったし、俺は謝罪をしただけで悲鳴嶼さんからの答えを最後まで聞いていない。少しの沈黙が生まれて、俺の横から沙代が出てきた。
「ぎょうめいさん、あの人いなくなった?みんなを殺した、化け物…ぎょうめいさんが、さよとかい兄ちゃんをまもってくれたの?もう、だいじょうぶなの?」
「あぁ、もう大丈夫だ。あの化け物は私が、この手で葬った…どこにもいない……」
「ぁ…あ、ありがとう、ぎょうめいさん」
俺のしたことをよくわかっていない沙代が悲鳴嶼さんに感謝を伝えていると、夜の騒ぎの確認をしにきた大人達の悲鳴が響いた。
死体が転がった場所にいる血塗れの人間の主張より 生き残りの人間の主張の方が印象がマシな筈だと咄嗟に思い、悲鳴嶼さんの前に出て駆けつけた大人達にこの惨状の説明をする。俺が鬼を連れてきて、子ども達を殺したのは鬼で。鬼を倒したから悲鳴嶼さんは血塗れで、倒した鬼は日の光で灰になって消えたと。しかし大人達は聞く耳を持たず、悲鳴嶼さんを犯人だと判断して連れていってしまった。
「私のことも昨夜のことも忘れなさい。沙代のことをよろしく頼む」
優しいまま悲鳴嶼さんは去っていった。前世で悲鳴嶼さんのことを散々忘れて逃げてきたのに、いざ本人からそう言われると嫌でたまらなくなる。このまま俺を置いて行くなと、ふざけるなと叫びたくなる。前世の知識では悲鳴嶼さんが鬼殺隊に助けられたと知っているが、俺の些細な行動で未来が変わっていてもおかしくない。幼い沙代は大人達の好意で身の安全が保障された家に引き取られることになった。沙代は一先ず大丈夫だと確認した俺は、行く宛があると嘘を吐いて藤の花の家紋の家を探しに出た。時間は掛かったがその家を見つけ出し、必死に悲鳴嶼さんを助けて欲しいと伝える。しばらくして、無実の悲鳴嶼さんは解放された。数日後に再会できたが、鬼殺隊の存在を知った悲鳴嶼さんは入隊を決意していて、今までのように過ごすことはもう無いと話した。
「獪岳、謝罪と決意は十分に受け取った。君は、沙代の側で幸せを守ることに命を使いなさい」
この言葉を聞いて、はじめて自分の役割をみつけたと思えた。
それから俺は、農家で住み込みの仕事をすることになった。悲鳴嶼さんのことで世話になった藤の花の家紋の家と繋がりがあった家だ。今の俺は時々沙代に会いながら、悲鳴嶼さんに自分達の近況を手紙で報告して日々過ごしている。いつのまにか俺は周囲の人から信用を得ていて近所の子ども達の世話も任され、その子ども達に兄と呼ばれて慕われていった。あの日以来鬼と関わらず穏やかな時が過ぎていく。本当は幸せを守る為に鬼殺隊に入隊して一人でも多くの鬼を倒した方がいいだろう。俺にはそれができるだけの知識もある。でも、沙代の幸せを側で守れなくては意味がない。だからこうして悲鳴嶼さんからの手紙で鬼殺隊が人知れず戦っていると知りながら、与えられた穏やかな時間を享受していた。