彼の秘密
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日曜日の朝10時ぴったりにインターフォンを鳴らしてきた人物を確認して、リラは「ついに来たか……」と独りごちた。
モニターに映るのは顔に見合わない大きなメガネをかけた少年。自分を見ているであろうリラに向かってにっこり笑顔で手を振ってくるところが憎たらしい。
彼に居留守なんてものは通用しない。そんなことをすれば最後、あの手この手で侵入を図るだろう。最悪窓をサッカーボールで割られるかもしれない。
リラには招かざる客を大人しく受け入れる道しか残されていなかった。
「リラさんってさ、赤井さんと知り合いなの?」
そうして迎え入れられた新一、もといコナンは出されたアイスコーヒーで唇を湿らせてからそう言った。
リラは "赤井さん" という人物を知らない。だが杯戸中央病院で会った日から一週間も経たずにコナンが来たということは、 "赤井さん" はエメラルドの瞳を持つ彼を指しているのだろう。そこまで容易に想像出来ていながら、リラはあえて事実を述べた。
「赤井さん? 誰それ。」
「この前杯戸中央病院にいた全身真っ黒のお兄さんだよ。2人は会ったことがあるんでしょ?」
スルスルと口から出てきた事実確認の言葉に、リラは誤魔化しが効かないことを察すると大人しく認めた。
「……フルネームは知らなかったけどね。FBI捜査官ってことは知ってるよ」
「ふーーーん。何がきっかけで出逢ったの?」
「日が暮れかけたニューヨークでFBIのジャケットを着た彼に会って、タクシーに乗せてもらったの。今は治安が良くなったから路地に入らなければ大丈夫だけど、あの頃は大通りでも危険だったから。」
「へーーーー。」
タクシーに乗せただけの赤の他人を7年間探す人間が居てたまるか。コナンの心境を端的に表せばそんな感じだ。
しかもあの赤井である。何か彼の興味を引くようなきっかけがあったからに違いない。それを知りたくて仕方がないのに、赤井は口を閉ざして何も教えてくれない。この件に関してのコナンの好奇心を満たし、充足感を与えてくれるのはリラだけなのだ。
「でもそれだけじゃないよね? 何かきっかけがあったはず。しかも赤井さんはリラさんに "世話になった" って言ってたよ?」
「ふふ、世話になった、か…。それに関してはお互い様というか、彼の力だと思うけどなぁ」
リラはあの日を思い出して穏やかに微笑んだ。
彼女からすれば、偶然知ってしまった計画を赤井に託しただけのこと。最後まで自分の秘密が露呈することを恐れ、一度は多くの命を犠牲にする方に天秤が傾いた。あの時あの場所で彼に出逢わなければ、誰にも告げずにいる可能性もあった。
赤井からすれば、出所のわからない怪しい情報だが、実際に計画を阻止することができ、それがきっかけで重要な現場に回されることが増え、最終的に組織に潜入することができた。
確かにリラは情報を与えたが、それを活かして結果につなげたのは他でもない赤井の力なのだ。
記憶を掘り起こして懐かしい気持ちになるリラをキラキラとした瞳で見つめる一対の目。リラは諦めたようにため息を吐くと、コナンを冷ややかに見た。
「……そんなに知りたいの?」
「うん!!!」
こんな時だけ全力で子どものフリをするコナンの頭を軽く叩いたリラは、バチッと音が出そうなほど見事なウィンクをして言った。
「ひ み つ ♡」
「ちぇーっ」
こうなった彼女は何をしても教えてくれないことをコナンは知っていた。
嘘をつくわけでも、黙りこくるわけでもなく、「秘密」と言うのだ。つまりコナンには言えないということ。そう言われてしまえば、大人しく引き下がるしかないのだ。コナンも彼女に対してはお得意の誘導尋問や追及も出来ない。
素知らぬ顔で自分もアイスコーヒーを飲むリラにコナンはやりにくさを感じた。
そもそも、2人がどうやって知り合ったかなんてコナンが知らずとも問題ない。つまりこれはコナンの完全な好奇心で、姉のように慕っているリラと組織を追う同志である赤井が知り合いだったことに、純粋に驚いたのだ。
デザイナー兼モデルとFBI捜査官。普通に考えたら交わることない2人が、7年の時を経て遠く離れた東京で再会する。どんなドラマだ。
だが、2人の物語がこれで終わってしまうであろうことをコナンは知っていた。
「赤井さんさ、亡くなったんだ。」
「……え?」
「殉職したんだ。」
「…………そう。」
リラは一体どんな顔をすればいいかわからなかった。自分が変な顔をしていないか、今すぐ鏡で確認したい気分だ。
見ず知らずの人間の、眉唾のような言葉を信じ、州警察を巻き込んで事件を未然に防ぐことが出来る者が一体どれくらいいるだろうか。そんな貴重な存在を失くしてしまったことへの残念さ。
一方で、己の秘密の一端を握る唯一の人物がこの世から消えたことへの安堵。そしてまた独りで抱えていかなければならない孤独感。
そんなぐちゃぐちゃな心に蓋をして、リラは努めて明るく言った。
「久しぶりにバディと遊ぶ?」
「お!」
名前を呼ばれたことに気付いたバディがコナンの元にお気に入りのおもちゃを咥えてやってきた。コナンは頭をわしゃわしゃ撫でてそれを受け取ると、立ち上がってダイニングの開けたスペースで遊び始めた。
どこか釈然としない気持ちを抱えながらも、秘密を知られるよりは良いと自分に言い聞かせて、リラは日常に戻った。
ーーーーーーまさか彼が別人になってやってくるなんて夢にも思わず。