誰かの秘密
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「どう? 2回目の小学生ライフは楽しめそう?」
放課後の阿笠邸でリラが持ってきたファッション誌をペラペラと捲る灰原は、そんな質問をされて顔を上げた。
灰原が阿笠とリラに保護されてから2週間と少し。本当は18歳でも、今はどう考えても6歳前後の子ども。保護者は子どもを学校に通わせる義務がある。故に灰原もコナンと同じ小学校に通い出したのだ。
灰原の正体を知ったコナンが血相を変えて飛び込んできたのも今では良い思い出だ。あれほど心臓に悪いドッキリはないだろう。
「まぁ、それなりにね。手のかかる人もいるし、退屈はしなさそうよ」
「新一くんねー。ちゃんと小学一年生になれてる?」
「私からしたらまだまだね。挙動不審なところが多すぎるわ。」
「あっはは」
表情をピクリとも変えずに言い放つ灰原に苦笑いする。
新一はスイッチが入れば伝説の大女優藤峰有希子の血を感じる演技が出来るのだが、基本は大根役者なのだ。もっとも、それはリラも同じことだった。要は心の準備が出来れば強いが、それ以外はポンコツなのである。
「歩美ちゃんたちとも仲良くなれそうでよかった。」
リラの目線の先には灰原の胸についたバッジ。シャーロックホームズに模されたそれは、阿笠が作った発信機付きの通信バッジである。
同様の物を持っている者同士なら携帯電話のように会話が出来る。またコナンのメガネと連携しており、そのメガネで発信機の電波を受信し、位置を特定することが出来る。
それがあの缶バッジサイズにおさまっているのである。とんでもない技術だ。
「別に、これは吉田さんにお願いされて仕方なく、よ。」
「うんうん、そういうことにしておくね」
ご丁寧にそっぽを向いて言った灰原にリラは顔を緩めて頷いた。ツンデレは需要が高いのだ。
「本当はそれ、私も欲しかったんだけどねー。歩美ちゃんに "リラお姉さんはお姉さんだからダメなの!" って言われちゃった。年齢制限があっただなんて……」
「あら、博士に言えば作ってくれるんじゃない? 同じようなもの。」
「うーん…考えなかったわけじゃないけど、とりあえずいいや。そういうのは子どもの特権だからね」
友だちと秘密基地を作ったり、大人に内緒で何かに挑戦する。そういう経験が心の発達を促すのだ。大人がとやかく言う問題ではないと、リラは思っている。
口ではそう言いつつ、少し寂しげに目を細めて探偵団バッジを見つめるリラに、灰原は初めて会った時から思っていた疑問をぶつけた。
「なんで…そこまでするの?」
見ず知らずの自分を保護し、今もこうして気にかけている。警察に突き出すことも手切れ金を渡して放逐することもなく、灰原に普通の生活をさせようとする。以前阿笠に聞いたところによれば、灰原が生活するにあたって必要になるもののほとんどはリラが購入したらしい。
なぜ、そこまでするのか。
生まれた時から組織に縛られ、言われるがままに毒薬を作っていた自分に。
「……私ね、ずっと妹が欲しかったの」
いつか聞かれるであろうと思っていたことにリラは静かに答えた。
「私は一人っ子で、5年前に両親を事故で亡くしてる。親戚もみんな鬼籍に入っていて、本当にひとりぼっちで。バディを迎えてからようやく前を向けるようになったけど、小さい頃からの憧れってずっと心に残ってるんだよね」
両親に妹が欲しいと駄々を捏ねた記憶がある。困ったように眉を下げる二人には何か理由があったのだろう。幼いながらに何かを察して、それから妹が欲しいと口にすることはなかった。だが心にはずっと残っているのだ。
「哀ちゃんも、家族を亡くしているでしょ? だからかな……親近感を感じるの。」
「まぁ、わからなくもないわ。私もリラさんに、お姉ちゃんと似たものを感じるもの。」
元来の性格として、リラは困っている人を放っておけないのだ。ただ、それはあくまでも自分の秘密が露呈しないことが大前提であるため、知っていても言うことができないという場面が生じることもある。だからこそ力になれる時は全力で力になる。
「それに哀ちゃんハーフかクオーターでしょ? 私もなの。だからそこも似てるなぁって」
「クオーターよ。母が日本とイギリスのハーフだったみたい。会ったことはないけどね。」
「そっか。」
家族のことを考えれば姉の最期を思い出してしまう。だから灰原は出来るだけ考えないようにしていたが、リラと話している分には不思議と辛い気持ちにはならなかった。
「……時々、こうやって話してもいい?」
「!! もちろん。いつでも呼んでね。家に来てもいいから。」
リラは立ち上がって灰原の小さな身体をギュッと抱き締めた。
その温もり、柔らかさ、におい。全てに姉と似たものを感じた灰原の目が潤む。瞼を閉じたときに一筋だけ流れた涙はリラの服に吸い込まれて消えていった。
* * *
予定のない来客を知らせるインターフォン。
訝しげにカメラを確認したリラは来客の顔を確認するなり慌てて玄関に向かった。
「リラちゃん!! 元気だったかしらん♪」
「ゆ、有希子さん!! なんでこっちに?!」
「私もいるよ。」
「優作さん!!」
このタイミングで、この二人が帰国する。それだけで全て察したリラは表情を険しくして二人を招き入れた。
ダイニングテーブルを囲むように置かれたソファで三人は顔を突き合わせた。
工藤夫妻が帰国した理由はただ一つ。ーーーーーー新一のことだ。
なんと新一は、自分の身体のことを両親に何も言っていなかったのだ。自分だけで解決できると思ったのだろうか。それとも自分の尻拭いを親にやらせる気はなかったのだろうか。いずれにせよ、 "身体が縮む" という摩訶不思議な出来事がその身に起こった高校2年生の青年が両親に言わずして誰に言う。
新一がコナンになってしばらくしても優作はおろか、有希子からも連絡がない。新一の身に何かあれば、二人は真っ先にリラから状況を聞き出す。仕事で度々海外出張に行く二人とリラの間のルールのようなものだった。
だから絶対におかしいと思ったのだ。
案の定、新一は両親に何も言っていなかった。身体が縮んだ翌日に有希子から近況を伺う連絡があったにも関わらず、だ。これには流石の二人もお怒りである。
「それで。どういう状況だい?」
「私もその場にいたわけじゃないので詳しくはわからないですけど、阿笠さんの話によれば、遊園地で怪しい男を見かけて、着いていったら後ろから襲われて変な薬を飲まされたみたいなんです。で、起きたら身体が縮んでしまっていた、と。」
本当は視て全てを知っているが、阿笠と話して聞いたことをそのまま伝えるリラは相当だ。
「……はぁ、、」
優作は頭を押さえて深いため息を吐いた。
以前から新一には向こう見ずなところがあったのだ。正義感が人一倍強いせいか、怪しい人物がいるとすぐに追いかけて正体を暴こうとする。
なまじ能力があってそれが出来てしまうだけに、自信がついてしまった。大人になるまでに一度手痛い失敗をして学んで欲しいと思っていたが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
失敗するのはまだ良い。どんな内容だったとしても、人間なのだから失敗する。当然である。問題はそこではない。
それを両親にさえ隠していたというのが、大問題なのだ。
「全くもう、新ちゃんったら。自由にさせすぎたかしら…」
「そうかもしれないな。しっかりしている子だと思って自由にさせていたが、一度首輪をつけた方が良さそうだ。」
「……すいません、まさか二人にも言ってないだなんて思っていなくて」
「いや、いいさ。リラ君も最近知ったのだろう?」
「私は2週間程前に会って、小さい頃の新一くんそのままだったからおかしいなって。しかも新一くんの遠い親戚って言うんだもの。あんなそっくりな子がいたら絶対有希子さん好きだろうし……それにバディも初対面の人とは思えない反応で、それもおかしいなって。」
リラとて、まさか二人に何も言っていないとは思わなかったのだ。いつまでも連絡がないためリラからアクションを起こし、「新一くんの話、聞いていますか?」なんて聞いたら「なにも?」と返ってきたときの彼女の気持ちを察して欲しい。文字通り空いた口が塞がらなかった。
「新一が悪いからリラちゃんを責めたりなんてしないわよぉ。逆に教えてくれてありがとね。」
「いえ、私は全然、」
「私も同意見だ。リラ君が教えてくれなければ取り返しのつかないことになっていたかもしれないからね。」
二人の中では新一をアメリカに連れて行くことで合意しているらしい。ただ、絶対新一は反対するだろう。
「そこなのよね〜。でもここは元大女優の意地、見せちゃおうと思って」
バチッと音が出そうなウィンクをした有希子に、リラは新一の身が少し心配になった。