誰かの秘密
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ひどく熱い。身体の中に煮えたぎるマグマでもあるのではないかと思うほど、熱い。吸い込む息も吐き出す息も全て熱い。しかし身体が溶けそうな感覚はなく、ただただ不快だった。
そんな中、優しく頭を撫でる手を感じた。額に触れて熱を測り、体温と同じになって気持ち悪くなった冷却シートを新しいものに替えてくれる。
その手が、幼い頃に熱を出した自分を看病してくれた姉のようで、少女はその名を口にした。
「……おねえ、ちゃん…」
誰かが優しく笑った気配がした。
再び頭を撫でられて、また意識が深くに落ちていく。
熱さは、もう感じなかった。
目を開けて最初に見えたのは、全く見覚えのない天井だった。自分が与えられていた部屋はコンクリートが剥き出しの寒々しい部屋で、置かれた家具もモノクロかシルバーといった味気のないものばかり。今いるこの部屋のように木の温かみを感じる色合いの天井でも、家具でもなかった。
目を開けてから身体を動かさず、視線だけで知らない部屋であることを確信した志保は、その身体を硬直させた。
最後の記憶は、APTX4869の服薬者の中で唯一死亡が確認されていなかった工藤新一の家に向かったところだ。家が見えてきた時安心して膝の力が抜け、そのまま倒れ込んだところまでは覚えている。親切な誰か保護してくれたのだろうか。
長い時間同じ姿勢でいたのか、固まった身体をゆっくりと動かして起き上がった。ーーーーーーその瞬間、何かと目があった。
「ーーーッ!!」
息を呑んだ志保だったが、その正体が犬だと知ると身体の力を抜いた。
黒と白のボーダーコリー。志保が目が覚めたことに気付いたバディは、ずっと伏せをしていたクッションから起き上がって大きく伸びをすると、己の主人に少女の目が覚めたことを伝えるために部屋を出ていった。
これに焦ったのは志保である。手当された全身の傷に役目を終えた冷却シート、サイドテーブルに置かれた水。それを見るに、倒れていた志保を助けて看病してくれたことはわかった。ただ、一体何の目的で見ず知らずの志保を助けたのかがわからない。
「あらバディ。もしかしてあの子起きたの? ……教えてくれてありがとね。」
そんな声と共にパタパタとスリッパの音が聞こえてきた。どう考えても目的地はここで、フローリングに爪が当たる音も聞こえる。
志保の身体が目に見えて硬くなった。何か身を守る手段を探すも、この部屋にあるのはベッドとサイドテーブル、机と椅子のみ。己の身体は発熱の名残りがあり、いつも通りには程遠い。
そうこうしている間にドアノブがひとりでに回る。まばたき程の一瞬のことなのに数分のように感じられる。
色白の女の手。長いアッシュブロンドの髪。
それを視覚で捉えた瞬間、志保の脳裏にはある女の顔が浮かんだ。まさか、まさか、という思いが強くなる。
しかし、現実は優しかった。
「おはよう。気分はどう?」
優しげに細められた透き通る水色の瞳。左右対称のアーモンドアイ。「ちょっと触れるね」と断ってから額に触れる手は、熱に浮かされていたときに感じたものと同じ。
「うん、だいぶ下がったね。」
「……ぁ、」
「身体気持ち悪いと思うし、シャワー浴びる?」
「……ここ、は?」
「米花町二丁目よ。貴女が家の前で倒れていたから、ここの家主である阿笠さんが保護したの。私はそこに偶然通りかかって。……とりあえず色々混乱しているだろうし、シャワー浴びておいで。一人で入れる?」
言われるままに風呂場にいき、頭からシャワーを浴びた状態で志保は考えた。
先程鏡に映った自分の姿を確認した。何度見ても見慣れた18歳のそれではなかった。実験していたマウスの中で、ある個体だけ小さくなったことがあった。それと同じことが己の身体で起きている。俄かには信じられないが、何度確認してもこの小さな身体は己のものだった。
全身の汗を流した後、人の気配を感じるリビングのドアを開ければ、優しい顔が志保を出迎えた。
「ぁの、ありがとうございました」
「思ったより元気そうでよかった。お腹は空いてる?」
「……少しだけ。」
座らされ、消化の良さそうなゼリーや果物を置かれる。志保はその中から食べることができそうな果物ゼリーを手に取ると静かに食べ始めた。
「……なにも聞かないのね。」
「聞いてもいいなら聞くけど、まだ本調子じゃないでしょ?」
「別にいいわよ。聞いても。」
「そう……」
少し迷うように視線を彷徨わせた後、口を開いた。
「じゃあ単刀直入に聞くけど、貴女何歳?」
「!!」
その質問だけでリラが志保の身に起こったことを少なからず知っていると判断した志保は隠すことなく真実を告げた。
「18よ。今はこんな身体だけどね。お隣さんの工藤新一君と同じ、ある薬を飲んで幼児化したの。」
「あの黒ずくめの組織との関わりは?」
「……幹部よ。元、だけどね。逃げてきたの。あの牢獄から。」
「なんで逃げてきたか、聞いてもいい?」
「……私は科学者で、ある薬を製薬してた。その薬がまだ完成していないのに勝手に人間に服薬させていたの。それが許せなかったのと…。それと。姉を、たった一人の家族を、殺されたの。」
志保は拳を握りしめた。思い出すだけで腑が煮えくり返りそうになる。姉の行方を聞いた時の、人を馬鹿にしたような、心底愉快といったジンの顔。そしてこう言うのだ。「俺が殺した」と。
「そっか。……これからどうする? 警察に行く?」
「いいえ、きっと警察にも組織の手が伸びているわ。心配しなくても、今日の夜までには出て行くわ。」
「そう、なら余計心配ね。だって行くあてがないんでしょう? その小さな身体で夜遅くに出歩いたら、どうなるかわかっているよね?」
確かに元の18歳の身体なら問題ないが、この6歳前後の身体で夜遅くに一人で出歩いたらすぐに補導されるだろう。
「ここに住めば?」
「え?」
「って、家主でもない私が言うのも変だけど、阿笠さんもそのつもりみたいよ? それにね、ここにはよく貴女と同じ身体になった探偵さんも来るの。同じ境遇の子が近くにいるって安心じゃない?」
「……」
幸いにも、志保の身体が縮んだことは組織の誰にも知られていない。別人を装って、暮らしていくことも出来るだろう。
「ま、これ以上は阿笠さんが帰って来てからにしましょうか!」
リラはテーブルの上を片付けると、志保の背を押してベッドに寝かせた。布団をしっかりかけ、仕上げとばかりにポンポンと軽く叩く。
「さっきも思ったけど、随分と詳しいのね。工藤君から聞いたのかしら。」
「ううん、新一君は私が知ってることすら知らないんじゃないかなぁ…。私にもね、秘密の手段があるから。」
そう言ってバッチリとウィンクをするリラに志保は力が抜けた。この人はどう考えても善人だ。根っからの悪人ばかり見てきた志保の勘がそう告げている。
「色々、ありがとうございます」
「どういたしまして。ここは安全だからゆっくりおやすみ。」
リラが退室して一人になったことを確認してから志保は目を閉じた。