彼の秘密
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
オフショル気味のホワイトの花柄トップスに、シンプルなネイビーのマーメイドスカートを合わせる。トップスの露出が多いため、ボトムスは露出なしにしてバランスをとる。
全身に日焼け止めをしっかり塗ってから軽くメイクをする。マスカラとアイブロウを少々、リップはお気に入りのピンクベージュのティントリップ。ショルダーバッグに貴重品とポーチを入れ、日傘とサングラスを持って家を出た。
今日は前々から予定していた沖矢とのショッピングの日だ。
住んでいたアパートが全焼し持っていた服も全て灰になった沖矢が、デザイナー兼モデルであるリラに服を見繕うよう頼むのは自然なことだった。アパレルのスペシャリストが近くにいるのである。特に服の良し悪しがわからない沖矢にとって、リラは非常に頼りになる存在だった。
「こんにちは。待たせてしまいましたか?」
「ああ、こんにちは。いえ、今来たばかりですから。今日も素敵ですね」
「ふふ、ありがとうございます」
リラが家を出れば既に沖矢が愛車を背に待っていた。澱みなく褒めてくる辺り、流石は紳士の国イギリス出身である。
そうしてやってきたデパートの紳士服売り場でリラは沖矢の要望を聞いた。
「何かこだわりはありますか?」
「そうですね、首が隠れている服がいいです。首元を晒すのに抵抗があるのでね……」
実際はそこにチョーカー型変声機があるからだが、リラは首という急所を晒すことが怖いのだと判断した。布一枚で何が変わるのかわからないが、彼には思うところがあるのだろう。
「ハイネックですか……夏物でハイネックは数が少ないかもしれませんね。とりあえず見てみましょう!」
「よろしくお願いします」
「沖矢さん体格良いですし、男性の洋服を選ぶ機会はなかなかないので楽しみです!」
そう言いながらリラは早速近くのトップスを沖矢の身体に当てては戻すを繰り返した。
「あ、これなんていいんじゃないですか?」
リラが手に取ったのはオーバーサイズのハイネックプルオーバー。五分袖という半袖よりも長めの袖とハイネックのバランスが良く、肩幅が広めの人が着ればさぞ映えるだろう。そう思えるものだった。
「いいですね。首元も隠れていますし」
「是非シルバーチェーンのネックレスを付けてください!! 絶対似合うので!!!」
「は、はぁ」
彼女の勢いに若干押された沖矢は戸惑いながらも頷いた。リラはそのまま沖矢の背中をフィッティングルームへと押した。
「ありがとうございました〜」
笑顔の店員に見送られたのは今日何度目だろうか。
沖矢の右手は様々な店のショッピングバッグで埋まっており、しばらく服の心配をしなくていい数を購入した。機嫌良く隣を歩くリラの手にもいくつかのバッグがあるのを見る限り、彼女も良い買い物が出来たのだろう。
「すいません、少々知り合いを見かけたので声をかけてきます。リラさんはここにいてください」
「あ、わかりました。私もお手洗い行っていますのでごゆっくり」
リラは足早に去っていく沖矢の背中を見送ってからトイレに向かった。
リラがトイレから出ると、エレベーター前に人集りが出来ていた。
彼女も気になって様子を見ると、ダイナマイトと思われるものを身体に巻いた中年の男がいた。男はひどく狼狽しており、大きな声で「この階から一人でも出たら爆発させるってその男が!!」と叫んでいる。警察に通報するのも禁止されているようだ。
パニックになる人がいてもおかしくないが、流石は犯罪都市米花町に住む猛者たち。動揺していないわけではないが、皆意外と冷静だ。事件に巻き込まれることに慣れているのだ。心臓に剛毛が生えているに違いない。
一方、リラは。
殺人や強盗といったニュースに慣れたが、自分の命が危険に晒されているとなれば話は別。心臓は嫌な音を立てて脈打ち、背中には冷たい汗が伝っている。何かに縋りつきたくて、持っていたショッピングバッグを両腕に抱いた。
どんなに逃げ出したいと思っても待機するしか道はない。リラが離れた壁際で岩のように固まって様子を見ていれば、コナンと蘭、そして小五郎が爆弾を巻きつけられた男から事情を聴き始めた。
( コナンくんも蘭ちゃんも、そんな爆弾の近くにいたら危ないよ…… )
そう思っても我が身が一番可愛い彼女はその場から一歩も動くことが出来ない。そもそも出ていったところで戦力外も甚だしいため、すぐに離れているように言われそうだが。
彼らはリラより十以上年下にも関わらず、なぜそんなに肝が据わっているのか不思議で仕方がない。やはり生粋の米花育ちはメンタルが違う。
リラが眉を下げて不安そうな顔で見守っていると、剥き出しの肩に誰かの手が触れた。
「ひゃっ!!!」
バッと振り返れば、手を伸ばしたまま固まる沖矢の姿。思った以上にリラが驚いたため、彼も驚いたのだ。
「すいません、驚かせてしまいましたね。」
「す、昴さん!! 知り合いの方には会えましたか?」
「えぇ、まぁ。……それより今どういう状況でしょう?」
「私もよくわかりませんが、あの男性が誰かに気絶させられて、起きたら身体に爆弾が巻いてあったみたいです。それでその犯人の言うことをきかないと爆発させるって…」
説明しているリラの顔がどんどん泣きそうなものになっていく。確かに彼女は特殊な能力を持っているが、それ以外はただの人間。転べば怪我をするし、爆発に巻き込まれれば死ぬことだってある。
「大丈夫だ。君には指一本触れさせやしない。」
そう言って肩を抱き寄せた沖矢に一瞬ぐらりときてしまったのは仕方のないことだ。
ここから出ることができないという状況に変わりはないが、沖矢が隣にいてくれるだけで心強かった。彼なら犯人の一人や二人くらい簡単にいなしてしまいそうだ。
エレベーター前では、何やら赤いTシャツを広げて考え込んでいるコナンの姿があった。しばらく考え込んで犯人がわかったのか、腕時計を眠りの小五郎に向けて、麻酔銃を打つ。当たった瞬間に寝ぼけた声をあげて座り込んだ小五郎を確認すると、自分はエレベーター横の暗がりに身を隠す。
その一部始終を見ていたリラは「なるほど」と頷いた。阿笠の発明品を使って数々の事件を解決していく姿勢は目を見張るものがある。
しかし、同時にもう少し人目を気にした方がいいとも思った。その証拠にリラの隣にいる沖矢からもコナンの行動がよく見えていた。
推理ショーを繰り広げるコナンを見ていたリラは、コナンが使用している変声機を見て思い出した。
( そういえば、チョーカー型変声機は怪しい電話対策にすごい便利だったのに、デモ品すら回収されちゃった……買おうと思っていたくらいなのになんでだろう )
割と変なものばかり作っている阿笠は時折良いものを作る。
以前購入したゆで卵メーカーはリラのお気に入りだ。コンセントをさしてボタン押せば、温泉卵から固茹でのゆで卵まで自由に作れる優れものだ。ゆで卵を作るためだけにコンロが1つ占領されることもなければ、温泉卵を作ろうとして失敗することもない。
「事件、解決しそうですね。」
「そうですね。早く家に帰って休みたいです。疲れました。」
結局、爆弾を巻いた男の自作自演で、怪我人も出ずに事件は幕を下ろした。リラは命の危険から脱したことに安堵して大きく息を吐く。
このフロアからの移動制限も解かれ、わらわらと人が出口に向かっていく。そこに突撃する元気も急ぐ必要もない二人は、人がいなくなるのを待つため窓際に寄りかかった。
デパート正面の通りがよく見える場所。すぐ下の出入り口から人が勢いよく出てくるのが見える。
そのすぐ横に、黒いポルシェ。
「!!!」
リラは黒いポルシェに関わらないよう、細心の注意を払っている。なぜなら、あの車に乗っている人間が只者ではないからだ。
数年前、偶然触れてしまったビルの壁。
建物などの大きなものに触れて記憶を視ると、触れた場所だけの記憶ではなく全体の記憶を視ることが出来る。要はその中でどんなことが起こったのか、全てわかってしまうのだ。非常に疲れるため早々やるものではないが、その時は人殺しの瞬間というあまりにも強烈な記憶が飛び込んできた。
その記憶は、いまだに彼女の心に大きな傷を残している。
それからだった。米花町を中心に巨大犯罪組織が暗躍していることに気付いたのは。
彼らは決まってカラスのように黒い服を纏い、光を嫌う。そんな闇に生きる者たちがこんな白昼堂々、人目の多いデパートの前にいるのには何か理由があるはずだ。
リラは辺りを見回して奴らの目的を探った。奴らはデパートから出てくる人々を注意深く見ている。誰かを探しているのだろうか。
その時、視界の端で何かが光った気がした。
通りを挟んで反対側のビルの窓から飛び出す、黒い筒状のもの。アメリカという世界最大の銃大国で生まれ育った彼女には、すぐにその正体がわかった。
ライフルだ。
向かいのビルから、誰かを狙撃しようとしているのだ。
頬を冷たい汗がつたう。誰が目的かもわからず、時間もない。奴らはいつでも引き金が引ける状態なのだ。今から警察を呼んでも遅いだろう。では、どうするか。
ぐるぐると考えても見つからない答えに焦りを滲ませたとき、リラの耳に沖矢の声が飛び込んできた。
「そろそろ私たちも行きましょうか。」
「……ッッ!! ダメッ!!!」
リラは咄嗟に彼の手を強く掴んだ。絶対にそちらには行かせないという強い意志が感じられる。
突然の行動に沖矢は不思議そうな顔をした。
「……? どうかしましたか?」
「まだ行っちゃダメです。危ないので。」
「危ない? 人が多くてですか?」
「いえ。……下には良くない人たちがいるので、彼らが去ってから行きましょう。」
リラが窓から下をチラリと見ながら言うと、沖矢も窓際に寄った。何も知らない人間にはあまり見かけないポルシェが停まっていることと、デパートの周りに大勢の人がいることくらいしかわからない。だが彼はその状況を見て「……なるほど」と呟いた。
( ……なるほど?? )
もしかして、彼も黒いポルシェの意味を知っているのだろうか。
リラはそう聞こうと思い口を開いたが、すぐに閉じた。聞いたところでなんと答えられても自分の首を締める結果にしかならないことに気付いたのだ。
「知っている」と言われても困る。その理由を聞けば彼も必ず同じことを聞き返してくるだろう。
「知らない」と言われても困る。「知らないので教えてくれませんか?」なんて笑顔で言われた日にはリラに逃げる術はない。
だから彼女は、笑顔を貼り付けてその場を乗り切った。
「ほら、あの真っ暗な服着てる銀髪の人、すごい危ない雰囲気じゃないですか。関わらない方がいいのでもう少し待っていましょう?」
「えぇ、そうですね」
納得したように壁に身体を預けた沖矢の目が開かれていることに、リラは気付かなかった。