彼の秘密
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杯戸町にある、古民家カフェ。
そこで先週に販売開始したフルーツタルトを食べるべくリラは家を出た。販促のポスターを見た時からずっと気になっていたおかげでその足取りは軽い。
時刻は14時すぎ。昼食を少なめにしてタルトのために胃のスペースを確保したため、小腹がすいてくる時間だ。
平日の昼間のカフェは人がまばらで、すぐに案内された。
彼女の容姿が外国人のそれだからか最初は困ったように眉を下げていた店員も、何度も来ているうちにリラが日本語を話せることを知り、今では当たり前のように日本語で話しかけてくる。
「ご注文お決まりでしたらお声掛けください」
ブラウンベースでサイドにホワイトのラインが入ったお揃いの制服を着ている店員にフルーツタルトとアイスコーヒーを頼む。
いつ来ても綺麗に掃除され清潔感のある店内。窓から差し込む光も、観葉植物も、無造作に置かれた雑貨さえも居心地を良くするスパイスにしかならない。話を妨げない程度の音量で流されたバイオリンの音色も良い。
「お待たせいたしました、フルーツタルトとアイスコーヒーになります」
「ありがとうございます」
シュガーコーティングされたフルーツたちが店内の光に反射してキラキラと輝く。小さなタルト生地の上にイチゴ、キウイ、マンゴーが並べられて、差し色にブルーベリーの紫。
( どう考えても美味しい……じゅるり )
リラはお手拭きで拭いた指でタルトを持ち上げると、あーんと口を開けてかぶり付いた。その姿ですら魅力的に見えるのだから、美人というのは得である。
硬めに焼き上げられたタルトのサクッとした食感と、噛んだ瞬間にじゅわぁと果汁が溢れ出すフルーツの食感。少し酸味のあるフルーツもシュガーコーティングのおかげで良いアクセントになっている。
タルトに舌鼓を打ちつつ、アイスコーヒーを口に含めばその苦味でさらにタルトが際立った。もちろんアイスコーヒーも美味である。
「おいしぃ……」
まさに至福のひとときである。
ーーーーーーはずだった。
腹も心も大満足で古民家カフェを出てから1時間と少し。
リラは胃のむかつきを覚えていた。これではせっかくのショッピングも楽しめない。
もたれている感覚とも少し違う。胃の粘膜が波打つような、とにかく不快な気分だ。少し休むために近くのベンチを探しているとき、唐突に込み上げてくる吐き気に耐えられず、近くのトイレに駆け込んだ。
便器にしがみ付くようにして全て吐き出す。
消化途中のタルトやフルーツ、原型のなくなった吐瀉物を大量に吐き出す。昼食とカフェで食べた量を考慮すればもう胃は空のはずだ。それなのに吐き気が止まらず胃がヒクつく。
しばらく胃液ばかり吐き出して、それでもまだ吐き足りない気がするのだ。
依然として吐き気は治っていないが、とりあえずすぐに吐きたい欲求は落ち着いた頃、リラはヨロヨロとしながら個室を出た。
胃液で喉が焼け、口の中は不快極まりない。持っていたミネラルウォーターで何回か口を濯ぐと少し楽になった。だが、水を飲み込もうとすると衝動的に吐き出してしまう。
「……顔色わる。」
鏡に写った彼女は一目見て具合が悪いとわかるほど真っ白な顔をしていた。
嘔吐している時はそれで精一杯だったが今は少しだけ余裕が出てきたため、身体が発するサインに気付いた。倦怠感が強く、寒気がするのだ。自分の身体が熱くなっている気もする。
己の症状を欄に入れて検索をすれば、すぐにヒットした。
食中毒だ。
30分から8時間後、急に激しい吐き気に襲われる。自力で水分補給が出来ない場合は医療機関を受診するように、と書かれている。まさに今のリラの状況である。
「……病院行こ、」
確かこの近くには杯戸中央病院があったはず。
リラは重たい身体に鞭を打って歩き出した。
決死の思いでやってきた杯戸中央病院は患者で溢れかえっていた。受付で問診票をもらってなんとか記入した彼女は、ついに柱を背にしゃがみ込んだ。立ち上がる体力すら残されていなかった。
「大丈夫ですか?!」
近くの受付スタッフがリラに気付き、意識が朦朧としていることを確認してすぐに看護師を呼んだ。
自分の周りで誰かが騒ぐ声を聞きながらリラの意識は深くへ落ちていった。
ポタリ……ポタリ……
目を開けた時、最初に見えたのは点滴だった。一定時間おきに落ちていくそれを見ていると、段々意識が覚醒してくる。
目覚めたことを知らせるためにナースコールを押すとすぐに看護師がやってきた。
「体調いかがですか?」
「結構回復しました。ありがとうございました。」
吐き気も発熱も治り、身体を起こして問題ないほど体力も回復した。体調不良の名残りともいえる独特な疲労感は残っているものの、日常生活には支障ないだろう。
「よかったです。問診票を書いていただいていたので助かりました。…診断結果としては食中毒ですね。脱水症状が出ていたので点滴をさせていただきました。終わるまでここにいてくださいね。終わる頃にまた伺います」
「はい、ありがとうございます」
点滴が終了し、無事解放されたリラはロビーを見て足を止めた。ロビーはまさにカオスだった。
泣き叫ぶ子ども、それを必死に宥める母親、喉が痛いと咳をする男性、診察の順番はまだかとスタッフに詰め寄る老人。
ロビーの椅子は足りておらず、空いている椅子がない。リラは仕方なくまだ気怠い身体を壁に預けて周りを観察した。
「二丁目でボヤがあって……」
「あっちで集団食中毒だとよ!」
「商店街の近くでひどい異臭がして……」
周りの話から察するに、どうやら近隣で集団食中毒に異臭騒ぎに火事が発生したらしい。おかげでリラが今いる杯戸中央病院は大量の患者で溢れかえっていた。突然のことで軽くパニックになってる人も多いせいか、ロビーには絶えず怒声が響いている。
( 早く家に帰って寝たい )
一度眠ってからでないと、とてもではないが動けない。今日に限って徒歩で来た自分を恨んでも後の祭りだ。
大きなモニターに表示される番号を睨んで呼ばれるのを待っていれば、別の声で名前を呼ばれた。
「あれ、リラさん?」
声のした方を振り向けば、大きなメガネをかけた新一、もといコナン。彼女がここにいるのを予想していなかったんだろう。なんでここに、とその幼さを残す顔に書いてある。それはリラのセリフである。
「あら、コナンくん。どうしてこんなところに?」
「ボクはちょっと用があって……リラさんはどうしたの?」
「食中毒になっちゃってね、点滴受けてたの。」
「え!!! 大丈夫なの?!」
「今はだいぶ楽になったから大丈夫よ。……ところでコナンくんは一人なの? 誰か保護者の人は?」
仮の保護者である蘭や小五郎を探すもその姿はどこにもない。
本当は高校生だとしても、今はどう見ても小学一年生。力も子どもになっているため、様々な犯罪に巻き込まれやすい。もっとも、彼自身犯罪に慣れすぎてその恐怖心が薄れていることも否定できない。
「一人じゃないよ! あのお兄さんと一緒にいるから大丈夫!」
コナンは少し離れた場所で壁に身体を預けて立つ一人の男性を指差した。黒いニット帽に黒いトップスとボトムス。ウェーブのかかった髪も黒。その中で綺麗なエメラルドの目がリラを鋭く貫いている。次第にそれが見開かれた。
( 私を見て驚いてる……? なんで? 会ったことなんて…… )
だがどこか既視感を感じるその色に、リラの記憶が蘇って来た。
7年前のニューヨーク。銃乱射を目論む者たちの計画を、あるFBIの男性にだけ教えた。その後のニュースで、リラが与えた情報を有効活用し、犠牲者ゼロで犯人を逮捕したことを知った。安堵の息を吐いたのを覚えている。
( まさか、こんなところで会うなんて…… )
どんな運命の悪戯だ。
ニューヨークから飛行機で14時間離れた東京の、こんな病院で再会するだなんで、一体誰が想像しただろうか。
リラは驚くと同時に、まずいと思った。
彼女はあの時、もう二度と会うことはないと思って知っていることを教えた。彼がFBIならば、犯人グループが計画を立てていた場所が密室であることくらい、取り調べをすればすぐにわかってしまう。
ではなぜ、リラは計画を知っていたのか。そこを突かれてしまったら上手く答えることが出来ない。
( どうしよう、どうしよう…… )
答えのない問いが頭の中をぐるぐると駆け回る。建設的なことは何も浮かばない。どうしたのかと見上げてくるコナンの視線が痛い。
「224番の方、3番窓口までお越しください。」
持っている番号札の番号が呼ばれた瞬間、リラは弾かれたように顔を上げた。
「!!! コナンくん、私呼ばれたから行くね。」
「あ、うん。リラさんお大事に。」
「ありがとう。コナンくんも一人じゃ危ないからあのお兄さんと一緒にいるんだよ。」
「はーい。」
これ以上にないタイミングで順番が回ってきたことに感謝していたリラは、背中にコナンと赤井の視線が突き刺さっていたことなど気付く由もなかった。