誰かの秘密
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ある日の夕方。今日もバディと一緒に散歩していたリラは、向かいから見慣れた姿が歩いてくるのを見つけて片手をあげた。
「あ! リラお姉さん!!」
いつもの三人組だ。皆ランドセルを背負ってるところを見るに、学校からの帰り道なのだろう。
「こんにちは、学校お疲れさま。」
「ホント疲れたぜ!」
「ふふっ」
やれやれという感じで両手を顔の横で広げた元太に今日の時間割に体育がなかったことを察する。体育があった日は楽しそうなのだ。
リラの目は三人と一緒にいる男の子に釘付けになった。顔に合わない大きなメガネをかけて、青いジャケットに赤いリボンタイという小学一年生にしては大人びた格好をしている男の子。剥き出しの膝小僧だけがやけに子どもっぽかった。
( 小さい頃の新一くんにそっくり!! )
顔立ちはもちろん、特徴的な髪型さえも小さい頃の新一によく似ていた。彼の子どもと言われても違和感がない。
そして三人組と一緒にいるということは、きっと彼が歩美の言っていた転校生なのだろう。
「初めまして。僕が噂の転校生くんかな?」
「えっと、はじめまして。ボクは江戸川コナン!」
「篠宮 リラです、よろしくね。……変なこと聞くけど、工藤新一くんの親戚かな? すごいそっくりなんだけど…」
「あ、いや……そうなんだ! 新一兄ちゃんとは遠い親戚で!」
最初の迷うような、言い淀んだ様子が気になった。ただそれよりも気になるのが、コナンに出会ってからバディが尻尾を振って嬉しそうにしていることだ。
リラもバディもコナンとは初対面。初めての人には警戒心を露わにするバディが、コナンにだけ昔から知っている人に会った時のような反応をするのだ。喉に小骨が刺さったような違和感を感じる。
「よーしよし」
コナンは遠慮なくわしゃわしゃと背中を撫でている。バディも当然のように受け入れている事実に、リラの心に疑念が生じる。
身に纏っている服に一瞬でも触れれば何か得られるものはあるだろう。しかし、リラはそうしなかった。それはひとえに、この平穏な生活を手放したくなかったからだ。
米花町に移住してから、知らない方が幸せなことを偶然知ってしまった経験が数えきれないほどある。それでも、何も知らない住人Aでいるためには引き際というものがあるのだ。
知ってるくせに知らないふりをしている時点で住民Aにはなれない気もするが、それは一度置いておく。
「そっか。最近新一くん見ないけど元気してる?」
「あー、うん! ちょっと難しい事件で手が離せないみたいなんだ! でも元気してるよ!」
「そう、ならよかった。……みんな帰り道でしょ? 途中まで送っていくよ」
「やったー! じゃあもう少しバディくんと一緒にいれるね!」
五人と一匹で住宅街を歩きながら、リラは三人の話の聞き役に徹した。身振り手振りで一生懸命説明する彼らに自然と頬が緩む。
「……で、元太くんはお腹が痛くなっちゃってトイレに行ったんですよー!」
「給食食べすぎちゃったんだってー!」
「あはは、今日も給食美味しかったんだ? 何出たの?」
「「「揚げパン!!」」」
三人揃った回答に「なるほど」と返した。給食で出る揚げパンはいつの時代も人気なのだ。普段は少量しか食べない子でも揚げパンになると目の色を変える。
「周りにきなこがついてたの!」
「オレ3コも食べちまった!」
「3個!! すごいねぇ!!」
「でもそれでお腹痛くなってたら本末転倒ですけどねー」
「そんな難しい言葉よく知ってるね〜!」
小学一年生にして四字熟語を使いこなす光彦を褒めれば、彼は少し頬を赤くして「いえ、そんな、」と謙遜する。謙遜する小学一年生など謙虚すぎて恐ろしい。
「じゃあ俺、こっちだから」
「コナン君バイバーイ!」
「じゃあなー、コナン!」
「また明日〜!」
「気をつけてね。ばいばい」
十字路でコナンと分かれた。リラが大通りへの道を歩いていく後ろ姿を見ていると、転校初日にコナンに根掘り葉掘り聞いた歩美が得意げに言った。
「コナンくんねー、探偵事務所に住んでるんだよー!」
「……もしかして蘭ちゃんのところ?」
「そう!!」
「なんだっけか、 "いそうろう" らしいぞ!」
小学一年生にして、居候。色々と心配になる文面である。
居候しているということは、当然両親と離れて暮らしていることになる。6歳の子どもを他人の家に居候させて、両親は一体何をしているのだろうか。
( もしかして、ネグレクトとか? )
これは次会った時記憶を視た方がいいかもしれない。リラが本気で心配していると、気付けば光彦と元太が分かれるところだった。
「じゃあねー! また明日学校でねー!」
「おーう! じゃあなー!」
「はーい! また明日ですー!」
「二人とも気をつけてね。」
元気いっぱいの二人を見送ってから残った歩美の家へと歩き出す。二人きりになったのをこれ幸いと、歩美が期待に満ちた目でリラを見上げた。
「ん? どうしたの?」
「あのね、リラお姉さん。歩美、バディくんお散歩してみたい!」
「リード持ちたいの? ふふっ、歩美ちゃんのお家に着くまでならいいよ。」
「えー!! やったー!!!」
両手を挙げて全身で喜びを表現する歩美にバディのリードを渡す。
バディは頭が良いから落ちているものを食べることも、急に走り出すこともしない。もし歩美がリードを離してしまったとしても、逃げることもない。だからリラも安心して預けられる。
「後ろ姿がかわいー」
「尻尾がぷりぷりしてるんだよね。かわいいよね」
「お散歩楽しいんだね!」
すぐに目的地に到着してしまい、歩美は肩を落としながらリラにリードを返した。彼女はカチューシャのついた頭を撫でながら笑う。
「また一緒にお散歩しようね。」
「うんっ!!! じゃあねー!」
歩美が家に入るところまでしっかり見送ってからリラも帰路に着いた。
その間に考えるのは、先程知り合ったコナンのこと。
また二、三言しか交わしていないが、普段歩美たちと接しているリラは強烈な違和感を覚えた。
落ち着きすぎているのだ。それはもう、不自然なほどに。
中に高校生が入っていると言われた方が納得できる。そう思ってから自分でその考えを否定した。
「ふふっ、そんな非科学的なことが起きるわけないじゃない……ねぇ、バディ?」
ではやはり、大人びた普通の小学一年生なのだろうか。最近の子は精神の成長が早いときくが、まさかここまでとは。
それからリラは新一に、コナンという新一そっくりの子どもがいたこと、最近会っていないが元気なのか、といった近況を聞くメールをした。返ってきたのは「難しい事件で立て込んでいる」というコナンと同じ答え。
「そんな難事件あったっけ……?」
気になり出したらもう止まらない。インターネットで探しても、ここ数ヶ月に難事件や未解決事件は発生していない。なぜなら、他でもない新一が全て解決してしまったからだ。
にも関わらず、難事件で手が離せないと言うのだ、彼は。ますます怪しい。これで納得する大人がいるのならぜひとも紹介していただきたい。
優作と有希子はアメリカにいるため、工藤邸には新一しか住んでいない。二人がアメリカに旅立つ時、リラは言われたのだ。「新一のことよろしくね」と。だから彼女は時々新一とテーブルを囲んでいたし、頻繁に連絡を取っていた。
その新一に何かあったとなればリラにも責任が生じるし、場合によっては工藤夫妻を呼び寄せなければならない。
ということで、リラは工藤邸を訪れた。窓から見える室内は暗く、人の気配もない。一応インターフォンを押してみたが、当然反応もない。
( あんまりこの手段は取りたくなかったけど……仕方ないよね )
リラは自分の行動を正当化しながら、そっと工藤邸の門に触れた。その瞬間、脳内に流れ込んでくる記憶。
イエローのトレーナーの上からグリーンのパーカーを羽織った新一がどこかへ出かけていく。
暗くなってから目の前に停まったのは見慣れた黄色の車。阿笠の車だ。その助手席から降りて来たのは新一が着ていた服と同じ服を纏った子ども。サイズが合ってないためブカブカで今にも脱げてしまいそうである。
頭に怪我をしたのか包帯を巻いて、指先が全く出ない手で門に手を伸ばす。
「新一、これからどうするんじゃ?」
「とりあえずここには住めねぇから、着替えだけ取って別の場所に行く。でもこんな身体じゃホテルも泊まれないだろうしな……」
「ワシの家におるか?」
「いいのか!? 助かるぜ博士!」
背伸びして鍵を開けた子どもと、それを追うように中に入っていった阿笠。
記憶を視たリラは慌てて家に帰った。生きてきた中で5本の指に入るほど衝撃的だった。
鍵を閉めてからドアを背にズルズルと座り込む。
「ちょっと待って、どういうこと……?? やっぱり、コナンくんは新一くんなの??」
ただそう考えると色々辻褄が合うのだ。
小学一年生にしては大人びた話し方。
両親と一緒に暮らしていない理由。工藤夫妻は今アメリカにいる。
入学したばかりなのに転入して来たこと。
考えれば考えるほど、今までの疑問が嘘のように消えていく。
ごちゃごちゃになった頭に浮かんだのは、純粋な感心だった。
「人間の身体って縮むんだね……」
間違えてはいないが、普通は縮まない。