誰かの秘密
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ようやく取得したグリーンカード。
父である務武の真相を知るために入ったFBIで、今すぐにでも奴らに近付きたい赤井を焦らすように、上はつまらない現場にばかり行かせた。
奴らのことはFBIの中でも限られた者しか知らない、最高機密。世界を股にかける犯罪組織があるという認識は皆あれど、それだけだ。
もちろん赤井が知りたいのはそんな上辺のことではない。もっと奴らの奥、時折捕まる足切りの下っ端ではなく、コードネームのついた幹部のこと。そして父のこと。それを知りたいがためにここまでやってきた。
その日も、赤井は命じられた現場で辺りを警戒していた。
フロリダで暴行に強盗、殺人を犯した者がニューヨークに逃げて来たのだ。遠いところからご苦労なことだ、と思いながら、確かにニューヨークに逃げ込むのは一理あると冷静に分析する。
華やかに見える街も、夜になれば違う顔を覗かせる。
大通りから一本入れば薄汚い路地が広がり、浮浪者やギャングがそこらじゅうにいる。それに伴って治安も悪くなり、毎晩銃声が響く。
実際、取り締まれば刑務所が囚人で溢れかえるほど逮捕者が出るだろう。そうしたくてもしないのは、罪状が軽い者ばかりで捕まえてもすぐに出てくるからだ。それで重犯罪を犯した者を収容する場所がなくなってしまえば意味がない。
( ここでアピールすれば奴らに近付けるチャンスがくるかもしれない… )
赤井はそう自分に言い聞かせて気持ちを鎮めた。
醸し出す雰囲気といい、表情といい、到底FBIには見えない。だがそれこそ赤井の狙いでもある。いつか組織に潜入することになったとき、外見からして正義感の漂う男と、悪人ズラの男、どちらを選ぶだろうか。要はそういうことだ。
その時だった。
「FBI?? なんでこんなところに……」
視界の端に映った金色と日本語という組み合わせに思わず振り向いてしまった。
ダメージ加工されたジーンズから覗く肌は真っ白で日焼けを知らず、ぴったりと肌に張り付く薄手のニットは彼女の女性らしいラインをよく表していた。その上からジャケットを羽織り、肩から小さなバッグを下げた女は、まさにいいカモ。あっという間に犯罪に巻き込まれるだろう。
赤井はFBIに見えない顔で、それでいてFBIらしいことを言った。
「観光客か? ここは危険だからすぐに離れた方がいい」
「いえ、こっちに住んでいます。日本語お上手ですね……というか、日本人なのになんでFBI…?」
首を傾げる彼女に、赤井は内心面倒だなと思った。
FBIはアメリカの組織。普通は他国籍の者は入れない。グリーンカードという例外を除いて。
だが、それを目の前の彼女に説明する義理も時間もない。
( 適当にあしらってこの場から離れさせようか )
そう思ったとき、目の前の彼女の口から信じられない言葉が飛び出した。
「…流石にFBIのコスプレは辞めた方が良いと思いますけど。」
その衝撃といったら筆舌し難い。
犯罪者に間違えられることはあっても、FBIのジャケットを着ている状態で疑われたことはなかったのだ。
色々言いたいことはあったが、とりあえず否定することしか出来なかった。
「………コスプレではない。」
「Shuichi!」
大きな声で名を呼ばれて振り返れば、アーロンがハンドサインで「早くあっちを見てこい」と伝えていた。赤井はわかっているさ、という意味を込めて頷き返してから、彼女に向き直った。
アーロンとのやりとりで赤井がコスプレではなく、本当にFBIなのだと気付いたのだろう。その顔色が一瞬で変わり、顔には「まずい」と書いてある。
ポーカーフェイスを知らない、わかりやすすぎる狼狽具合に思わずフッと笑ってしまった。腹の探り合いの多い日常の中で、やけに眩しく見えた。
「本物だ。わかったらここから離れた方がいい。凶悪犯が彷徨いてるんでな。」
「……っ!!! 凶悪犯!」
赤井は驚いたように言葉を繰り返す彼女に一瞬引っかかりを覚えたが、通りかかったイエローキャブを見つけてすぐに手を挙げて停めた。
財布から数枚札を取り出して運転手に渡す。かなり多めの金額だが、彼は女性に金を出させない紳士なのである。母の教育の賜物だ。
赤井は立ちすくむ彼女に痺れを切らして、華奢な背中を押した。
「ほら、乗るんだ」
「あ、ちょっ!」
大人しく乗ると思えば、彼女は座席に軽く腰掛けて止まってしまった。左脚が車の外に出ているためドアを閉めることができない。
伏せられた目が迷うように右往左往し、綺麗に色付いた唇が何かを伝えようと開いては閉じる。それを何度か繰り返してから、彼女は意を決したように赤井を見上げた。
透き通るアクアマリンの瞳と目が合う。
「明日開かれる音楽祭で、銃乱射を計画している人がいました。人数は5人。ボウズで頭に刺青、両腕に刺青の入ったムキムキのマッチョ、キンキーの男が2人、顔がピアスだらけの小柄な男。そのうち4人は4つある出口から乱射。残る1人は近くのビルの屋上から逃げ惑う人を狙撃、」
「一体、何を、」
本当に何を言っているのかわからなかった。
( 銃乱射の計画? 一体どこで誰が、というか、なぜそれを知っている? )
様々な疑問が脳を支配する。
全ての言葉を受け止める前に、彼女から懇願するように見つめられて動けなくなった。
「お願い。防いでください。」
それだけ言って用は終わったとばかりにタクシーに乗り込む。赤井はすぐに発車して遠くなるタクシーを見送ることしか出来なかった。
一人残された彼は、顎に手を当てて彼女の言葉を思い出した。
「……音楽祭で銃乱射、か。」
鋭い洞察眼を持つ赤井から見ても、あの目は嘘をついているようには思えなかった。彼女はメンバーの1人というわけでもなく、本当に偶然知ってしまったのだろう。
言う前の、何かを悩むような仕草。
強い意志のこもった瞳。
赤井はアーロンと合流し、先程の言葉を伝えた。
『信じられないが、それが本当だとしたら大変なことだぞ』
『あぁ、イタズラならいい。何事もなく終わればそれで。…いずれにせよ、俺たちだけじゃ手に負えん。上に掛け合って、州警察にも応援を要請しよう。』
『そうだな。』
それから別の者に現場を任せ、彼らは一度支部に戻った。
州警察に事情を説明し、この付近で明日開かれる音楽祭を探せばすぐに1件ヒットした。
『この会場は規模的には大きくないが、それでも1000人は入る。こんな会場で全ての出口を塞いで銃乱射なんてしたら、とんでもないことになるぞ。』
『情報提供者は?』
『……逃げられた。』
『欲を言えばもっと詳しい話を聞きたかったが、これだけ情報があれば十分だ。』
決行は明日。
警戒して、何事もなければそれでいい。ただの勘違いで良かったと笑い合えばいい。ただ、この場にいる誰しもが本当に銃乱射が起こると確信していた。
犯人たちはFBIと州警察が情報を掴んでいるなんて夢にも思っていないだろう。明くる日を心待ちにして眠りにつくに違いない。
久々の大舞台の予感に、武者震いがした。
* * *
翌日、ギターケースを背負ってビルの屋上にやってきた赤井の姿があった。
ギターケースの中にもちろん、彼の相棒のライフル。一番手に馴染むお気に入りを持ってきた。
犯人はおそらく会場が見渡せる低層ビルの屋上からの狙撃を計画している。赤井はそれを狙撃するため、そこから500ヤード離れたビルの屋上を狙撃ポイントにした。ここから会場の様子を伺うことはできない。
乱射を未然に防ぐことが出来れば最善だが、それでは刑務所に入れてもすぐに出て来てしまう。奴らに正しい刑を受けさせるには、乱射する直前で捕まえる必要がある。そのタイミングを誤れば犠牲者が出る。もっとも、できるだけ一般人を巻き込まないようにするために、出入り口には防弾チョッキを着た捜査員を配置しているのだが。
「そっちは任せたぞ…」
FBIは殉職することもある。
数時間前に笑い合った同僚が物言わぬ死体になって帰ってくることも珍しくない。
犠牲者が出ないことを願いながら、赤井はうつ伏せになってスコープを覗き込んだ。
狙撃手は待つのが仕事と言っても過言ではないくらい、待つことに慣れている。時間を潰すことに慣れていると言い換えても良い。
例に漏れず彼も待つことには慣れており、煙草を吸いながら物思いに耽っていた。
考えるのは、今日自分がこの場にいる原因を作った彼女のこと。
偶然聞いてしまったなら、それを伝えて堂々としていればいい。しかし、あの迷ったような仕草を見る限り、伝えるかすら悩んでいたのだろう。それはその情報が信憑性に欠けるからか、それとも別の理由か。
確かに、銃乱射の計画を立てている者がいて、それを偶然知ってしまったとしよう。その全て信じることが出来る人間がどれだけいるか。心のどこかでイタズラなのではないかと疑ってしまう。
「いずれにしろ、彼女にはもっと話を聞きたいのだがな…」
見事に逃げられてしまった。ここ数年で一番の失態かもしれないと己を笑う。女に逃げられたのは初めてだった。
この件が片付いたら、あの名も知らない女のことを調べよう。赤井はそう決めてから煙草の火を消した。同時に無線が入った。
『こちらE地点。犯人グループと思われる5人組を発見。4人はボストンバッグ、残る1人はゴルフバッグを持っている。』
無線を聴いた全ての者がピリついたのを察した。起こらなければいいと思っていたことが現実になる。
『こちらC地点。1人が予想通りビルの屋上に上がって行った』
『了解』
赤井は短く返答してスコープを覗き込んだ。報告通り、ゴルフバッグを持った男が屋上にやってきた。予想した通りの場所に座ってライフルを取り出す。
ようやく敵さんのお出ましである。
「待ちくたびれたよ……」
あとは合図を待って引き金を引くだけだ。
* * *
結果的に、乱射されたものの全て捜査員の防弾チョッキに当たり、怪我をした者はいたが犠牲者ゼロでこの事件は幕を閉じた。
計画通りに行われていたら、アメリカ史上でも最悪の銃乱射事件になっただろう。それを未然に防いだFBIと州警察への賞賛は目を見張るもので、赤井はこの事件をきっかけに次々と重要な現場に回されるようになった。おかげで潜入捜査官として奴らの組織に潜ることが決まった。
しかし、いくら探してもあの情報を提供してくれた彼女を見つけることは出来なかった。
アメリカに住んでいると言っていたが、アメリカの人口はおよそ3億。その中から名前も知らないたった1人を探し出すのは不毛すぎた。
そんな彼女と7年後、遠く離れた日本で再び会うなど、一体誰が予想しただろうか。