誰かの秘密
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日本の血が流れているせいか、リラは約束の7分前に待ち合わせ場所に到着した。全体的に時間にルーズなアメリカでは驚かれるほど、彼女は時間を守って行動する。
駅前広場の大きな時計の下はわかりやすいこともあり、待ち合わせ場所に最適だった。それを証明するように、リラの他にも誰かと待ち合わせしている人がいた。
リラの待ち人であるキャシーはそこまで時間にルーズではないため、大体待ち合わせ時間前にはやってくる。だからリラは携帯を気にしながら、アメリカでは珍しくもないアクアマリンのような瞳で道ゆく人を見ていた。
そんな時、携帯が着信を知らせた。
『リラごめん、地下鉄で事故があったみたいで電車が来ないのよ!』
『えぇ!?』
『今駅を出てバス停まで来たんだけど、やっぱりみんな考えてることは同じみたいですんごい列なの!! だからリラを待たせるのも申し訳ないし、別日にしよ? 私ももう諦めるわ』
『えぇ〜、そんなぁ……』
通話終了の画面を見て一人立ちすくむ。
そのまましばらく考えてから、やはりどうにもならないことに気付いてリラは深いため息を吐いた。
以前から計画して楽しみにしていたスイーツビュッフェ。その待ち合わせ30分前になって発生した事故で電車が止まってしまい、キャシーが来られなくなってしまったのだ。
運転再開見込みは今から3時間後の時刻。こうなれば潔く諦めて別日にした方がいい。
キャシーが来られなくなってしまったのは、仕方のないことだ。本人は全く悪くない。むしろ被害者である。
リラはそう自分に言い聞かせたが残念な気持ちは変わらず、肩を落とした。
しかし流石に1人でスイーツビュッフェに行くメンタルの強さはない。せめてこの憂さ晴らしにショッピングしようと思いたち、近くのショッピングモールに足を向けた。
店を冷やかし、気になったものがあれば手に取る。だが欲しいと思えるものは少ない。結局手に取っては戻すを繰り返すばかりで生産的なことは何もない。
しかしそんなことを1時間以上続ければ、片手にはいくつかのショッピングバッグが下げられていた。
『ねぇキミ! これからお茶でもどうだい?』
『興味ないわ。』
通りかかった女性に声をかけるナンパ男。
ドラッグの匂いをぷんぷんさせながら歩く露出の激しい若者。
確実に一般人ではない雰囲気の男。
華やかなメインストリートも、一本入れば途端に道が狭くなり、薄暗く汚い路地が広がる。そこに巣食うのは闇を生きる者ばかりで、関わって良いことなど何一つない。
特に、リラの場合は。
「って、思ってたんだけどなー。……はぁ。」
リラは公園のベンチに身体を預けて項垂れた。
知りたくなかったことを知ってしまった。だが、知ってしまったからには後戻り出来ない。
リラの両親にしか、話すことができない。
なぜかといえば彼女自身、秘密を抱えているからだ。ーーーーーー物の記憶を視ることが出来るという、大きな秘密を。
偶然知ってしまった計画を馬鹿正直に警察に伝えても、犯人グループの一人が自首してきたとしか思われないだろう。取調室に放り込まれる未来が容易に想像出来た。
だがここで
計画通りに物事が進めば、1人2人が犠牲になるなんて生ぬるいものではない。何十人何百人という命が犠牲になる。
まるで自分の中に、2人の自分がいるようだ。
真っ白な正義を掲げる彼女は、警察に計画を話すべきだと叫ぶ。何人犠牲になるかわからないから。命に替えられるものはないから。
自分の利益だけを考える彼女は、秘密にしておくべきだと叫ぶ。誰かに告げれば、必ずなぜそれを知ったのかを聞かれるから。もし本当のことを言えば、良くて警察の協力者、悪くて実験室行きだ。どちらにせよ今までの生活はできない。
「はーーー……」
幸せだけではなく様々なものが抜けていきそうなため息を吐いてからリラは立ち上がった。
いつまでもここにいても仕方がない。せっかくの楽しい休日が事故と偶然知ってしまった計画のせいで台無しである。
リラは帰るために駅に足を向けたが、地下鉄は事故の影響で止まっていることを思い出してすぐに足を止めた。またため息を一つ。
( 仕方ない、タクシーで帰るか。 )
そう思って大通りに出たが、通りかかるイエローキャブは全て先客がいる。ニューヨーク公式タクシーであるイエローキャブ以外は乗らないようにしている彼女にとって、非常に痛手だった。
「ある程度歩くか〜……」
このままでは本気で家に帰ることができない。
既に日が暮れ始め、街もギラギラとした夜の雰囲気に変わりつつある。昼間は比較的安全なニューヨークも、人が減る夕方から夜にかけては治安が悪くなる。
リラは生まれてからニューヨーク近郊に住んでいるが、夜の街を一人で歩くほど不用心ではない。通りを一本入れば犯罪の温床だ。
カツカツとヒールを鳴らしながら足早に歩く。最寄りのバス停まで徒歩10分ほど。歩いている間にも日は暮れていき、顔を覗かせる怪しげな雰囲気にリラは追い立てられるように懸命に歩いた。
その間も通りかかるイエローキャブを探す。早くイエローキャブかバスに乗ってしまいたかった。
その時だった。
リラの目の前を黒いジャケットを着た男が通り過ぎた。アメリカは体格の良い人が多いがその中でも彼は背が高く、鍛えられているのが一目で分かった。
その背には、「 F B I 」と大きく印字されている。
「FBI?? なんでこんなところに……」
何か事件でもあったのだろうか。
辺りを見回しても規制線が張られているわけでも、他のFBIが集まっているわけでもない。
リラのつぶやきが聞こえたのか、彼が振り向いた。
ハーフかクオーターなのだろう。日本人の血を感じる黒髪に、異国を思わせるエメラルドのような瞳。
「観光客か? ここは危険だからすぐに離れた方がいい」
驚くほど流暢な日本語で返されたが、彼からすれば金髪碧眼のリラから流暢な日本語が出てくる方が驚きだろう。
「いえ、こっちに住んでいます。日本語お上手ですね……というか、日本人なのになんでFBI…?」
FBIはアメリカの組織。普通は日本人が入れるものではない。では目の前の彼は一体どうやって入ったのか。
そこまで考えた彼女は、ある一つの可能性に気付いた。
( コスプレなんじゃない? 最近はネットにそっくりなものが売られているし、絶対そうだ )
残念ながらリラを止める者は誰もおらず、思ったことがそのまま音になった。
「…流石にFBIのコスプレは辞めた方が良いと思いますけど。」
「………コスプレではない。」
コスプレと決めつけられた時の彼の気持ちは一体どんなものだろうか。怒りを通り越して呆れ、ただ否定することしか出来なかったに違いない。
「Shuichi!」
名を呼ばれた彼が振り返った。リラも自然と同じ方を向けば、彼と同じFBIのジャケットを着た男の姿。
( もしかして本当にFBI…? )
その考えに至った瞬間、背中をダラダラと汗がつたった。恥ずかしすぎて今すぐ穴に埋まりたい気分だ。
本物のFBIに向かって「コスプレは辞めた方がいいかと、、、」なんて、名誉毀損で逮捕されてもおかしくない。
サーッと音を立てて青ざめていくリラの顔を見て彼は目を丸くした後、フッと穏やかに笑った。驚いた顔の幼さと、口角を上げるだけの笑い方に滲む大人な雰囲気にくらりときた。
「本物だ。わかったらここから離れた方がいい。凶悪犯が彷徨いてるんでな。」
「……っ!!! 凶悪犯!」
その言葉で、彼女は帰路に着く前に散々悩んでいたことを思い出した。
剥き出しのコンクリートの部屋。壁一面に描かれた落書き。隅に散乱するジャンクフードのゴミと大量の酒瓶。
そんな場所で、ドラッグを吸いながら床に広げられた紙を囲む男たち。それぞれが銃を持ち、弾や当日の段取りを確認している。
「俺はこっちから侵入して、ぶっ放す。サイモンはここ、ジョンはここ。」
「で、俺はこっちで逃げてくる奴らを撃ち殺せばいいんだな?? 一番おいしいところじゃねぇか、ありがとよ」
ヘラヘラと笑いながら酒を飲む。
明後日はこの酒がさらに美味いだろう。そう言って瓶を飲みきって口元を拭う。
リラがこの作戦を知ってしまったのは、先程すれ違った男のポケットから落ちた財布を拾ったからだ。1秒にも満たない間に記憶が脳に入り込んできて、何が何だかわからない間に財布を男に返した。
『あぁ、ありがとう!』
渡されて初めて財布がないことに気付いた男が、眉を下げて礼を言う。正直それどころではなかったリラは『気をつけてくださいね』と答えることしか出来なかった。
リラが記憶を辿っている間に彼はタクシーを呼び止めたようで、ずっと見送り続けた黄色い車体がゆっくり停車した。
彼は財布から何枚か札を取り出すと運転手に渡した。これだけあれば足りるだろう、と。止める間もないスマートな行動に唖然とする。
「ほら、乗るんだ」
「あ、ちょっ!」
リラは大きな手に背中を押され片足を入れた。そのまま座席に腰掛けるが、完全に乗り込む前に自分の意思で動きを止めた。
言わなければ。
言わなければいけない。
今を逃して計画通りに事が進んだ時、一生後悔し続けるだろう。
そう思えば思うほど、口の中は乾いて、喉が貼りついたように声が出ない。
誰かに伝えなければ、何百人もの人が犠牲になる。
アメリカでは残念だがたまに聞く話だ。だが未然に防げるのならそれに越したことはない。例え犠牲者が出てしまったとしても、最小限の犠牲で抑えられるなら。
リラは大きく息を吸ってから、透き通るエメラルドを見上げた。
「明日開かれる音楽祭で、無差別殺人を計画している人がいました。人数は5人。ボウズで頭に刺青、両腕に刺青の入ったムキムキのマッチョ、キンキーの男が2人、顔がピアスだらけの小柄な男。そのうち4人は4つある出口から乱射。残る1人は近くのビルの屋上から逃げ惑う人を狙撃、」
「一体、何を、」
口早に捲し立てた言葉に、彼がどれだけ理解しているかわからない。記憶に留まっているかもわからない。
ただ、これだけは言いたかった。
「お願い。防いでください。」
目を見開く彼から逃れるため、リラは今度こそタクシーに乗り込んだ。呆気に取られた彼の顔が窓越しに見える。
秘密を言う勇気はない。
だがこの計画を知っていて黙っている鋼鉄のメンタルもない。
そんなわがままな彼女がとったズルい行動。
『16番通りのスーパーまでお願いします』
『あいよ』
あっという間に見えなくなったFBIの文字に、なぜか少しだけ安心した。
( もう、会うことはないでしょう……頼んだよ、Shuichi。 )
他力本願な願いを胸に目を閉じた。