碧を知る
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朝、珍しく目覚ましよりに先に目が覚めた。
暑い。寝汗でベトベトしていることを理解して、汗を流すためにシャワーを浴びることにする。
夜中暑くて蹴飛ばしたのであろう掛け布団を拾い上げ、替えの下着とタオルを取り出して部屋のシャワールームに向かった。
いつもより少し低い温度に設定し、頭からぬるいお湯をかぶる。排水溝に流れていく水をボーッと眺めながら、そろそろ夏服かなんて考える。
お気に入りのボディソープで身体を洗う。上品な花の香りに心が洗われる気がしたけど、すぐになぜ朝からシャワーを浴びなきゃいけなくなったのかを思い出して気分が落ちた。
シャワーを止めて身体を拭く。新しい下着を着けてから脱衣所を出てクローゼットを開ける。ちょっと奥にしまってある夏服を引っ張り出した。新品であることを表すタグがついている。
ハーフジップの紺色のノースリーブに、これまでと同じくタイトスカートに見える短パン。しかしそのサイドには飾りベルトではなく、ジッパーがついている。裾から太ももの半ばまであるこれを開け閉めすることで可動領域が広がるというものだ。トップスのハーフジップは胸の下あたりから上だけで、いつもは見苦しくない程度に閉めておく。要は戦闘時にそこから神器出す用ってことね。オープントゥのショートブーツを合わせれば衣替え完了だ。
世間一般では、夏は夏季休暇が存在する。私も中学まで一ヶ月程の夏休みがあった。でもそれは世間一般の話。呪霊に夏休みなんてあるわけないから、必然的にそれを祓う呪術師にも夏休みなんてない。
ふと思う。私たち呪術師だけど、それ以前に高校生じゃない?? 少しぐらい遊んだって良くない??
「ってことで、旅行いこっ!」
私の突然の提案にぽかんと口を開ける三人。
「行けるならな。」
「呪術師は人手不足が常。一年だとはいえ、既に一級が三人に、反転術式遣いが一人。全員貴重な戦力。そんな私たちが二、三日いなくなるだけで、他の術師の負担が増えてしまう。そもそも許可すらでなさそうだけど。」
私がそこまで説明すると、頬杖をつきながら傑が続きを促した。
「で、どうするんだい?」
「兄さんに頼む。」
「「「....は?」」」
「散々もったいぶっといて出てきた案が兄貴かよ!」と叫ぶ悟を横目に、説明を続けた。
「私の兄さんはどちらも特級呪具職人でいつも呪具作ってるけど、術師としても優秀でね。ただ、物作るのが好きだからずっと引きこもってるわけ。私のお願いは叶えてくれるから、青春のために任務二、三日代わりに受けてって言えば許可してくれると思う。」
「ふーん。でも高専の許可なんて出るか?」
私は悟の質問に対し、あっけらかんと答える。
「私たちってそんな良い子ちゃんだっけ?」
私がそう言うと、三人ともニヤリと笑った。
「ちげぇな。」
「悪い子だね。」
「あぁ、そうだね。」
よし、決まりだ!! そうとなれば行き先を決めよう!!
私はこの前買ってきたパンフレットを机に広げた。
+ + +
兄二人の都合を考えながら予定を立て、予約を取り、全ての準備が整ったのは夏本番の頃だった。
「ってことで夜蛾先生。私たち明日から四日間いないから!」
授業が終了し、夜蛾先生が職員室に戻ろうと扉に手をかけたとき、私は告げた。
「....なぜだ。」
「旅行っ!! もう予約もしてあるの!」
そう言うなり、すぐにみんなで明日からの旅行について話し出す。
「美桜たちは水着買ったのかい?」
「買ったよ。この前美桜と一緒に買いに行った。」
「飛行機の時間何時だっけ、てか何時集合?」
完全に浮かれている私たちに、鉄拳が落とされた。たんこぶが四つ仲良く並ぶ。私と硝子のたんこぶが悟と傑のよりも小さいということは、手加減してくれたのだろう。
「どういうことだ。旅行? お前らにそんな時間などない! 大体任務はどうした!」
夜蛾先生が怒鳴る中、呑気な声が響いた。
「あー、夜蛾先生ってばそんな怒ってると寿命縮むよ?」
「多分もう遅い。」
私たちが扉の方を見ると、和服を着た二人組が立っていた。
片方は背中まである真っ直ぐな黒髪を首の後ろで緩く結び、両腕を組んでいる。その背には何十本もの様々な武器を背負っている。
もう片方は目にかかるほどの長めの黒い前髪に、短い後ろ髪。両腕を組んで着物の裾にしまいこみ、壁に寄っかかって立っている。
「一樹兄さん!泰樹兄さん!」
私が二人に呼びかけると、二人とも片手をあげて返してくれた。
「お前らは....!!」
「ひっさしぶり夜蛾センセ。少し老けた?」
「やつれた。」
「老けてもやつれてもない!! それよりどういうことだ!! なぜお前らがここにいる!!」
二人とも呪霊を祓うより呪具を作っていたいという、どこまでも呪具職人らしい考えの持ち主で、高専を卒業してからは任務を受けることなく家で呪具作りに励んでいるのだ。
「他でもない可愛い妹のためだ。青春したいから任務を代わってほしいと言われれば、喜んで代わるに決まっているだろう。」
「愚問だ。」
三人のやりとりを眺めていると、泰樹兄さんが私たちに近付いてきた。泰樹兄さんは私の頭にあるたんこぶを見ると、たんこぶにそっと触れて治してくれた。
久々に感じる泰樹兄さんの反転術式の呪力。暖かくて、私への愛情に溢れているのが良くわかる。表情はあまり変わらないけど、その分呪力から感情が伝わってくる。
「....反転術式遣いか!?」
「っ!? まじかよ!」
悟も傑も、硝子以外に反転術式を使える人を見たことがなかったのだろう。
そう、泰樹兄さんは反転術式遣いで、呪具職人としては後方支援系の呪具を作ることに特化している。
一方で一樹兄さんは戦闘系の術式を持ち、攻撃特化の呪具を作ることに特化している。
この二人がいれば、急な任務はもちろん、硝子のカバーも可能という、まさに最強の助っ人なのだ!!
「お前たち二人が代わりに任務を行うということか。」
「そーゆーこと。よろしくね、夜蛾センセ。」
夜蛾先生は渋々了承してくれた。「じゃああとはよろしく」、そう言って私たちは教室を後にした。
「お前の兄貴も大概やべーな。」
「私以外に反転術式遣いがいるとは、驚いたよ。」
「お兄さんにお土産を買って帰ろう。私たちのために任務を代わってくれたんだ。それくらいしないと失礼だ。」
呪術師になってよくわかった。呪術師に休みなどない。長期休みなんてもっての外だ。そんな貴重な休みを作ってくれた兄さんたちに感謝した。