碧を知る
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入学から一ヶ月もすれば、任務も始まり新入生感も抜けつつあった。最近は四人揃って授業を受けることが少なく、誰かしら任務で不在という状況が続いていた。そのことに寂しさを覚える。
夏前の繁忙期に向けて、少しずつ呪霊も増えてきた。私の術式は近距離から遠距離まで対応可能で、凡庸性が高いこともあり、様々な任務に駆り出されていた。
「こちらになります。」
補助監督が車を停める。
うとうとしていた私は目覚めるために大きく伸びをした。窓の外にはおどろおどろしい雰囲気の廃墟。かつては観光客の絶えない旅館だったらしい。しかしここで殺人事件が起きてからというもの、こんな山奥までわざわざ訪れる人はいなくなり、あっという間に閉館した。その成れの果てがこれである。
私は自分の感知能力に引っかかった呪霊の等級に疑問を抱いた。私は一応二級。でもここにいるのはどう考えてもそれ以上。準一、いや一級かな。
窓の報告から予想した等級と実際の等級が違うことがあると聞いたことはある。しかし他の等級よりも、二級と一級には確たる差がある。これは間違えようのない呪力の密度の違いだ。となれば、答えは一つ。
(嫌がらせか....。)
随分と命懸けの嫌がらせだこと。私は廃墟を見ながらフッと鼻で笑った。
私が扱う神器は全て特級。祓えないわけがない。それに今の二級という等級だって、つい最近発表された私という存在を見極める時間がなかったため、とりあえず二級にしたというようなかたちである。中学の時から呪霊が居そうな場所に行き、勝手に祓ってたりしていた私にとって一級までなら余裕だ。特級はちょっと手こずるかもだけど。
私は補助監督と共に車から降りる。
「帳を下ろします。」
今回のことに一枚噛んでいると思われる補助監督に口先だけのお礼を言った後、廃墟へ歩き出した。
正面玄関らしき場所で足を止める。苔が生えて読めなくなった表札、割れた玄関扉、黒く澱んだ建物。私はその建物中に広がる
「
天之麻迦古弓。
この弓は呪力だけを射抜く能力を持つ。つまり呪力を持たないものはこの弓で放った矢では射抜くことは出来ず、通り抜けるのだ。これが超便利なのよ。
鍛えられた呪力操作で呪力を細く伸ばして矢を作る。これがなかなか出来なくて癇癪を起こしたこともあったなぁと遠い昔を思い起こす。
私は右手で作った矢を左手に持つ弓の弦につがえ、脇を大きく開き構えた。
「
斜め上に向かって放たれた一本の矢は、空中で広がり無数の矢となって廃墟に降り注ぐ。呪力だけを射抜くため、建物をすり抜け中に潜む呪霊だけを貫く。
しばらくすると廃墟から感じる呪霊の気配がだいぶ減ったのがわかった。お掃除完了である。
「さてと。行きますかねー。」
私は弓矢を消して、再び谷間に手を入れる。そこから出てきたのは鞘と柄が茶色の刀。通常の刀よりも少々反り返ったその刀は、あの
童子切安綱の能力は破邪。この剣で傷をつけるとそこから呪力が飛散して弱体化するという刀だ。基本的に呪霊を祓うときはこの刀を使う。
私は童子切安綱を右手に持ち、廃墟の扉を思いっきり蹴り飛ばして中に入った。
先程一掃したおかげか、呪霊がいた名残があるものの、三級以下はほぼいなくなっていた。
二級が三体に、一級が一体。二級は一階に一体、二階に二体。一級は殺人事件が起きた最上階である五階にいるらしい。
一階から順に祓っていくことにする。一体目は廊下にいるのを後ろから一刀して終わった。
二階にいる二体は同じ部屋にいた。私はジャケットの内側に仕込んでいた試作品の短剣を投げる。
((グキャァァァ!!))
短剣が呪霊に刺さった瞬間、呪霊は汚い音をあげて消えていった。
さすが特級呪具職人の兄が作った短剣。効果抜群だ。ただちょっと重たくて携帯するには少し不便だ。そう兄に伝えておこう。
呪霊に刺さっていた短剣がカランと音を立てて地面に落ちる。私はそれを拾い上げてジャケットにしまった。試作品だからまだ階級はないが、二級呪霊が一撃だったため、少なくとも二級以上の呪具だから消耗品になんて出来ないのだ。
あっという間に二級終了。私どう考えても二級じゃないよね、なんて思いながら、ところどころ劣化して崩れている階段を上がる。
一応他の階も見て回ったけど、めぼしい呪霊はいない。五階に着いた瞬間、漂う濃い呪力。その呪力の発生源に迷わず向かう。
朽ちた扉を蹴飛ばして部屋に入ると、そこには人型と言っていいのかわからないが、一応人型の呪霊がいた。床まである長い髪の毛の間から数多の目と手がのぞいている。足は二本だが、その表面には無数の足跡がついている。人のパーツで出来てるから余計に気持ち悪い。
「....そういえばバラバラ大量殺人だっけ、ここで起きた事件。」
なるほど。バラバラにされた人々が核となっているのか。にしても気持ち悪いな、さっさと祓おう。
私が童子切安綱を顔の前で横向きに持ち、ゆっくりと刀を抜いた。鈍色に光る刀身に私の翡翠の目が映る。
私が一歩踏み出すと、呪霊はそこに立ったまま髪を伸ばして襲いかかってきた。私はその髪を一度避けて、横から髪を切り落とす。切り落とされた髪は童子切安綱の破邪の能力により、塵となって消えていった。
一級だから何か術式があるはずだけど、さっさと祓った者勝ちでしょ、と誰かと勝負してるわけではないが思う。
何か術式を使おうとしているのか知らないが、呪力を集めている呪霊と一気に距離を詰めてその胴体を半分にした。呪霊はなす術なく消えていく。
帳が上がった気配がした。これで今日の任務は終了のようだ。私は呪霊が残っていないことをしっかりと確認した後、童子切安綱を消した。そして割れた窓から飛び降りて、補助監督の待つ車へ向かった。
「お疲れさまでした。」
心なしか悔しそうな顔をする補助監督に自然と口角が上がる。
「残念だったね。一つの怪我もないよ。」
補助監督は何も言わずに高専へと車を走らせた。
+ + +
長い時間をかけて高専に戻った時、既に陽は落ちていた。
車から出て凝り固まった身体をほぐすために大きく伸びをする。
「「美桜!!」」
階段の上に悟と傑がいた。悟がそこから一気に飛び降りて私の隣に着地する。そして焦ったような顔で私の肩をガシッと掴んだ。
「大丈夫かっ!? 怪我してねぇか!?」
前後に激しく揺すれながら問い詰められる。私が等級違いの任務に行かされたことをどこかで知ったのだろう。それで心配して来てくれたようだ。
でも待って、今の状況の方がダメだ。
「それくらいにしといてあげなよ、悟。美桜、怪我してないかい?」
悟と違って一段ずつ階段を降りてきた傑が、悟の隣に並ぶ。傑の注意を受けて悟は私の肩から手を離し、傑に喧嘩を売り出した。
「大丈夫。傷一つ付いてないよ。」
喧嘩しようとしていた二人はその手を止めて、私を上から下まで観察した。確かにどこも怪我していないと確認できたのだろう。二人の顔が緩んだ。そんなに心配させてしまったのかな。
「ならよかったよ。戻ろうか。」
傑に言われて、三人で階段を登る。途中傑が、「悟がすごい心配してたんだよ」とか言うから、照れ隠しのために殴りかかってきた悟と喧嘩になってた。この一ヶ月ですっかり見慣れたその姿に、声をあげて笑う。
中学まで普通の学校に通い、一般人のふりをして過ごしてきた。そこでたくさんの友だちも出来たし、中には呪霊が見える子もいた。その子とは呪霊のことを話したり、兄に作ってもらった呪霊避けの呪具をあげたりして仲良くしてたけど、やっぱり同じような力を持った"仲間"っていいな。
悟はともかく、傑と硝子は一般家庭出身だ。私なんかよりもよっぽど強く疎外感を感じてたんじゃないかな。
数少ない呪術師。その中でもさらに少ない同級生。ずっと、大切にしよう。そう心に決めた。